第二章 

第一話 麒麟のいる日常

卓袱台に並べられた湯気が出ている炊きたてのご飯、卵焼き、海苔、味噌汁。香ばしい香りが寝起きの胃袋を刺激し目覚ましとなる。

いつもと変わらぬ朝、いつもと変わらぬ朝食。

これぞ日常、シンプルイズザベスト。


「いただきます」


手を合わせ、今日も食べられることに感謝し、朝食を頂く。

これもいつもと変わらぬ風景だ。

……俺だけならな。


「いただきます」


俺の向かいに座り、ご飯にジャムを掛けて手を合わせる少女が。


「あぁ……またコレが食べられるなんて……」


一口、また一口とジャムの乗ったお米を口に運び、幸せそうな笑みを浮かべる。その証拠に彼女の尻尾が犬のように激しく動いている。麒麟なのに。


「……それ、おいしいのか?」


「無論です! 論より証拠、食べてみますか?」


「…………いや、やめとくよ。遠慮せず食べてくれよ」


苦笑いで返し、彼女の勧めを断る。


「え〜美味しいですのに……ん〜美味しい」


白雷の箸の動きが止まらない。

一方で、俺の箸は止まっており、食欲も半減している。

すまない白雷、俺にはまだ早すぎる食の境地だ……

食事を終え片付けた後、ひと心地つけるためにお茶を出し、二人で啜る。


「これから神矢神社へ?」


「あぁ、あの件について話そうと思ってな」


あの件、降野山に現れた常世の存在や森に現れた陰の気を持った大猪のような危険な存在と対峙するバイトの事だ。


「そうですか……その、本当によろしいのですか? かなり危険なのですよ?」


確かに最早バイトの域を越えてる。仕事でだってそんなのあり得ない。

それでも俺は


「分かってる。でもさ、昨日助けてもらった恩もあるし、俺のあの浄化の力っていうのが役に立つならやっぱり力になりたい」


「それは、そうかもしれません。ですが……」


「まぁ何とかなるだろ。それにさ、昨日みたいに常世の存在と遭遇することもあるかもしれない。そうすればいつか、また特異点が見つかるかって幻界に帰れるかもしれないからな」


「流様……どうしてそこまで」


「そうだな……」


正直こんな状況とタイミングで言える訳が無い。

とりあえず適当に誤魔化しておこう。


「俺もよく分からないけど、お前と一緒にいればその内分かるだろ。分からんけど」


「そんな適当な理由で……命懸けだって分かってますか?」


「昨日、痛いほどな」


白雷はため息をつき、呆れたように頭を抱えた。

だがすぐに顔を上げて真剣な眼差しで向き直った。


「……分かりました。この家に居候をさせて頂いている身、私も流様のお手伝いをさせて頂きます」


「ありがとうな、白雷」


元々、白雷が帰った後でも引き受ける予定ではあったけれども、残ってくれていて手伝ってくれるのなら心強い。

怪我もマナも戻ったらしいし、しばらくは大丈夫そうだ。


「そういえば特異点ってどれくらいの頻度で出てくるんだ?」


ふと思った世界と世界を繋ぐ特異点について聞いたが、俺はすぐに後悔することになった。


「そうですね、幻界では数百年に一度とされていますね」


「え……す、数百年に一度?」


途方も無い年数に唖然とした。

人間の一生、いや、何世代にも渡ってやっと一回。そんなチャンスが昨日あったのに、彼女は俺達の為にそのチャンスを逃したってのか!?


「昨日の事ならお気になさらず。私の意志で残ったので悔いは……まぁそんなにありません。幻界から堕ちた幻獣は死ぬ、そう教わってきた私にとって、今この時は奇跡に近いです」


「けど」


「私が大丈夫と言ったら大丈夫なんです! 静電気起こしますよ!」


彼女が右手を出し、目に見えるように雷を出した。

それ触って静電気で済むのか!?

これ以上は俺が危ないのでやめとこう、やばい。


「わ、分かった分かった! これから頑張ろうな!」


「そうです、分かればよいのです。昨日のような貴方で良いのです。だから私は……」


「……ん? どうした?」


「……いえ、何でもありません」


彼女は何かを言いかけたが、すぐに首を横に振り何でもないと言った。

その先の内容が気になるが、追求しすぎるとさっきの雷を浴びせられるような気がするのでやめた。

彼女のあのポジティブというか前向きというか、その考えを見習ってみよう。


「それよりも、神矢神社に向かうのでしょう?」


「ああ、薫はもういるだろうし、行くか」


玄関のドアを少しずつ動かし、開ける。

このドアは薫に破壊されてから応急処置でなんとか体裁を保っている。

昨日、帰ってきてから壊されていた事を思い出し、慌てて家の中を確認したが、特に荒らされてはいなかった。

田中さんが駆けつけてきてくれてたとか言ってたな、ありがとう田中さん、今度羊羹持っていきます。


「あの……以前から思っていたのですが、私がいない間に何が?」


当然の疑問だ。

でも原因が原因だからなぁ……


「その、急いで来た薫が壊してな」


「……人間、ですよね? もう少しマシな冗談を言ってください。怒りませんから」


「いや本当なんだって! てか怒らないってどゆこと!?」


あーだこーだと言い合いながらも神矢神社へと向かう。

これからが大変だな……一体どんな仕事になるのやら。

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