第十五話 決断 弐

それを聞いた薫は固まり、慌てて首を振る。


「駄目! 置いてけない!もしここが見つかったらリューが……」


「でも俺は隠形術みたいなのは使えない。白雷を背負わなくても見つかっちまう。今気づかれずに動けるのはお前しかいないんだ」


「でも……でも……!」


次第に彼女の声が涙声になっていく。

多分コイツもそれが最優だと考えている筈、だが俺という枷があるから出来ない……なら自分から外れにいくしかない。

正直俺も心が痛い、ズキっとくる。

それでも譲る訳にはいかない。いや、それしかないんだ。


「薫、お前何か勘違いしてないか?」


「え……?」


予想しなかった言葉にキョトンとする。


「何で俺が死ぬ前提で話してるんだよ。まだ分かんないだろ? 運良く生き残れるかもしれないだろ? まるで今生の別れみたいな雰囲気出すなって」


「何を暢気な事言ってるの!? 確かに私だけなら気づかれずに山を降りられるかもしれないけど、その間に二人が見つかったら殺されちゃうんだよ!?」


「なんだよそんな事を気にしてたのかよ。それならもう対策考えてるぞ」


「え……え!? そうなの!? どんなの!?」


やっぱり食いついてきたな。

ならば伝えよう、この策を……


「いいか、その対策はな……」


「うん……」


そして俺は、秘めていた策を伝える。


「俺たちが見つかる前にお前がパッと神社に戻って俺たちが殺される前に合流する」


「…………………。」


…………うん、我ながら完璧だ。

薫はポカンとして、固まった。どうやら言葉が出ないようだな。


「はぁ〜……本気で心配してるのに、このお馬鹿は……」


「なんだよ、お前なら簡単だろ?」


袖で顔を拭くと、真剣な表情で俺に向き直る。


「どうかご無事で」


ただ一言、それだけ言うと手で印を組んで急いで洞穴を出て行った。

冷たい風が洞穴を巡り、鈴虫の音だけが聞こえてくる。


「ふー……どうすっかな」


白雷を降ろし、近くの岩場に座り込む。

正直足が震えて立っているのが限界だった。薫を説得するまでは保たないかも、と思ったが何とかなってくれた。

さて、どうするか。


「全く……乙女を泣かせるとはどんな神経しているのですか」


白雷の声。

慌てて振り向くと彼女は意識を取り戻しこちらを見ていた。


「白雷! 気がついたのか!」


「はい、あの治癒符とこの山から、ですかね、そのマナのお陰で何とか……依然、お荷物に変わりありませんが」


自虐する元気はあるらしい。これならすぐに大事に至るということも


「それに比べ、私を助けようなどとなんと烏滸がましいことか。隠形術、それ以前にマナを持たない者が常世の存在からの目を欺こうなどとは莫迦の極みです」


……罵倒する元気もあるらしい。

大丈夫だ、コイツ死なないわ。

てか意識戻ってるならさっき何か言ってくれよ。


「……ですが、そんなマナを持たない貴方に、私は二回も命を救って貰ったのですよね」


「え?」


ちょっと待て、俺は川で倒れていた時以外で白雷を助けた事なんてあったか? それとも俺がそう思っていなかっただけで実はどこかで助けてたり……

え、どこだろ。


「覚えていませんか? あの雨の中、私を死焉……あの男から、不浄の矢から救った時のことを」


ヒントをいくつか出され、それと同じ出来事があった日を思い出そうとする。

雨、死焉、矢。

…………思い出した、あの夢の事か!

答えを出せてスッキリし、思わず手を叩いてしまった。どうやら彼女が言っているのは青龍と逃げていたあの夢の事のようだ。

でもアレは……


「なんだ、やっぱり見えてたのかアレ。ならもっと早く言っとけば良かったな」


そう言うと彼女は微笑んで


「あぁ……やっぱりアレは貴方でしたか」


「……え? お前今……あれ?」


「ええ、変とは思いましたが、貴方が見えていた訳ではありませんよ」


カマを掛けられてしまった訳か。

それが分かった瞬間、急に恥ずかしくなって白雷から目を逸らしてしまった。


「やっぱり……悔しいか?」


彼女から背を向けて尋ねる。


「そうですね…………悔しいです。人間に命を救われる事が、とても」


まただ、また胸が痛んだ。

何故だろう。ちょっと前までは言われ慣れてて平気だったのに、弱った彼女を見た時から何かが変だ。

もしかして白雷に盛られた薬にが関係してたりとか。


「以前の私だったらそう言うでしょう。でも今は違う……貴方のような人間もいると知れましたし、最期に良き縁を結べた事に感謝しています」


なんで。

なんでそんな事を言うんだ。

なんでそんな事が言えるんだ。

まだ生きてるだろ。

彼女は今どんな顔をして言っているのだろう、だがそれを確かめるのが怖い。ただ顔を見るだけなのに、それだけなのに。


「私が囮になります。その隙に逃げてください」


そう言って彼女は立ち上がり、洞穴の入り口から出た。

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