第十六話 脱出

……いや、逝かせるものか。


「待てや白馬鹿」


「きゃひぃん!?」


出ていこうとする白雷の尻尾を掴む。彼女の体がビクッとし、その衝撃と力が抜けた事によりその場に尻餅をついた。


「な、ななな、なな、何をするのですか!? わ、私の尻尾をつ、つつ掴むなんて……万死ですよ万死!」


顔を真っ赤にして刀を振り回して抗議。

腰が抜けたのか立ち上がる事が出来ていない。


「そうだよ、俺が態々二度も助けたんだ。そう簡単に死なれてたまるか」


「そんな事を言っている場合ですか!? 見つかれば二人とも死にます! なればこそ……ッ」


彼女の表情が苦悶に歪む。見れば懐の傷がまた開いたようで手の隙間から血が出ているのが見えた。

どうやら思っていたより時間は無いらしい。


「行こう」


「な、何を……降ろしてください……!」


白雷を背負い、洞穴を出る。

背中に当たる柔らかい感触に幸せを感じるが、それ以上に腰の生暖かくヌルッとした感触には焦りを感じさせられる。


「お前にはまだ味わって貰ってない未知のジャムがある。こんな所で、この世界に失望されたまま死なれちゃ困る」


「未知の……ジャム……ですか」


「そうだ、この世界には色んなジャムがある。お前はまだ一つだけ……イチゴジャムしか味わってない。まだ沢山あるんだ、死なれてたまるか」


ゆっくりと歩き出し、洞穴から離れた。自然と足が小刻みに震え、気を抜けば転んでしまいそうだった。

足に力を入れ、しっかりと道を進む。さっきまでは懐中電灯が無ければ見えない程だったけれども、今は暗闇に目が慣れてきていて月明かりだけで先が見通せる程になっていた。


「……そう、ですね。頑張らないと、ですね」


なんで未知のジャムで生への執着が生まれるんだ!? もっと他の事とか無かったの!?

いや、俺から振った話題だし、それで頑張ろうと思ってくれたのならそれでいいか。


「だろ? だから……ッ!?」


体全体を針で突かれたような変な感覚に思わず立ち止まる。

この感覚、とても嫌な予感がする。

考えたくはなかった。


「もしかして……」


「ええ……ここまでのようです。『影縛』、いつもの私なら……いえ、まず捕まる事はありませんが、今の私では……」


『影縛』、名前からして動きを止めるみたいな感じの術だろう。

それを掛けられたという事は俺達は常世の存在に見つかってしまったということか。


「ごめんなさい、やっぱり私は」


「だったら急いで逃げるぞ!落ちるなよ!」


さっきは妙な感覚に立ち止まってしまったが、幸いにもまだ足は動く。道も緩やかな斜面だし気をつければ少しは走れる。

それに相手の動きを止める術を使ってきたということは、まだ追いつかれてはいない筈だ!


「えっ!? 貴方何で動けて……ふわぁ!?」


少し前屈みになって動けない白雷が落ちないように暗闇の中を走り出す。

あの洞穴は薫の後をついて行った場所だから、どうやって行ったかは分からないし帰り道がどこにあるかも分からない。

本当なら動いてはいけなかったんだろう。

けれどもあの洞穴が見つかれば逃げ道が無くなっていた。あの場所から逃げる事が正解だということを、今は祈るしかなかった。


「傷は大丈夫か!?」


「は、はい、今は不思議と和らいで……それよりも何故貴方は動けるのですか!? 影縛は掛けた相手の動きを止める常世の存在の術、マナを持つ者ならまだしも何も無い筈の貴方が破れる術では無いのですよ!?」


「そんなの俺が知るか! 動けて逃げれてるなら後で考えよう!」


何も考えられない。

今はただ奴ら、常世の存在から逃げることだけに専念し、走り続ける。


「白雷、後ろからどれくらい来てるか分かるか?」


「へ? えーっと…………少なくとも20以上は」


「20以上!?」


そんなにいるのかよあのおっかない化け物が!?

無理だ!一対一ならまだしもそんな集団で来られたら間違いなく殺される。

やっぱり逃げるしかない。

けれどもこの状況、あとどれぐらい保つのだろう。

まだ数分しか経っていないのに、足が疲れてきている。こんな事になるなら少しは運動をしておけば良かったと後悔する。


「……! 気をつけて! 撃ってきました!」


撃ってきた……?

普通、撃つってことは遠距離での行動だと思うんだが……


「不浄の矢です! 擦らずに避けてください!」


不浄の矢……白雷が夢の中でかすり傷を負わされたあの矢か!

そんなの俺が当たったら……


「クソッ! アイツらも出来るのかよ!?」


本当の意味で寿命が縮む時間が始まってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る