第九話 危険な仕事
スーパーでジャムを買った後、俺と白雷は神矢神社へ来ていた。今は社務所の中で薫を待っている状態だ。
神矢神社に来た理由は二つ。一つはバイトの頼みだ。二人分の生活費ともなると流石にバイトをせざるを得ない。幸い以前から神矢神社でバイトはした事があるからその辺りは問題ない。問題はやらせてくれるかどうかだ。
そしてもう一つは白雷の着替えだ。
俺の家には女性物の服は無い。俺自身もそういった知識は無い。薫ならそういうの知ってそうだし、薫に任せるのが一番いいだろうと思ったからだ。
しばらくして薫が紙袋を持って入ってきた。
「おまたせ〜これ余りの巫女服だよ」
渡された物を受け取り中身を確認すると三着分が入っていた。
相変わらず何でもお見通しなんだな。
……でもなんで巫女服だけなんだ?
「ありがとうございます、薫様」
「助かる。いつも悪いな」
「いーのいーの、本当ならリューはここで暮らせる筈だったんだから、せめて私達で出来ることはやらせて。あと結婚して」
「やだっての」
「かーっ、ガード硬いなぁ」
薫は頭をおさえ、大の字に寝転がる。
とても年頃の高校生のする行動には思えない。
「で、バイトの件なんだけど……リューに出来そうなのは今はないかなぁ。繁忙期は終わったし、夏は暑いし」
「そうか……」
その繁忙期の時は俺も参加していた為、よく覚えていた。この神矢神社では6月と10月に特別な大神楽が行われる。それを見ようと全国から観光客が殺到する為、その対応に追われる。特に朱印帳は……地獄だった。
やっぱり、難しかったか。
となると、町の外で探すしか……
「まぁまぁ落ち込みなさんなダーリン」
「気持ち悪いからやめろ今鳥肌立ったぞ。どうしたんだよ」
「確かにリューに出来そうな事は無いと言ったけど、それはリュー一人の場合であって、白雷ちゃんと二人でなら頼みたい事があるよ」
「私と流様で、ですか?」
服の確認をしていた白雷が突然話を振られ、キョトンとしている。
起き上がった薫は地図を取り出し、見せた。
「今日の23時にここに来て」
地図に示されたのは隣町の森の入り口だった。
しかもこの森はただの森じゃない、有名な心霊スポットだ。
「23時って、結構遅い時間だな……」
「詳しい話はそこで。こっちの話も含めてね」
親指と人差し指で円の形を作る。
その時間の遅さに違和感と不安が過ぎるが、今の俺には選ぶ余裕は無い。
俺と白雷はこれに了承し、23時に隣町にある森の入り口に来た。念の為、俺は動きやすい服装に着替えて来た。白雷も昼に薫から貰った巫女服に着替えてはいるが……袴の色が青から赤に変わっただけで変化は特に無い。
「一体、どんなお仕事なのでしょうか?」
「さぁ? 俺もこういうのは初めてだしさっぱり……肝試しかな?」
でも神社がそんな仕事するのか? 町の便利屋じゃあるまいし、もしそんな仕事が来ても断られそうだが……
「おまたせー二人とも」
23時ぴったりに薫がやってきた。腰には刀、手には弓を持っていた。
「……映画の撮影か?」
「違うよ〜異変調査の依頼だよ」
「異変? この森で何か起きているのですか?」
「うん、それも公に出来ないような事がね。ついて来て」
何をするのかは分からない。森の中へ入っていく薫についていく。
「今まではリューにも内緒にしてたんだけど、白雷ちゃんも常世の存在を実際に見た今のリューなら大丈夫だと思って連れて来たんだ」
常世の存在……たしか白雷達、幻獣の敵であの気味悪い首なしの影のやつか。白雷も連れてきたって事は……
「もしや、常世の存在がこの森に!?」
常世の存在が絡んでいるかもしれない、それを察知した白雷が薫に問う。
薫は首を横に振る。
「あくまで私は例を出しただけ。今まで空想上の話だと思っていた事が現実にある、その事実を受け入れられてるならこの事も受け入れられるかなって」
「それは、まぁ……」
信じたくはないけれども、実際に起きてるからそうなってると受け入れないとダメだろ、逃げられないってこんなの。
気分が重くなり、深いため息をつく。
「これから二人にお願いするのは、陰の出来事、ある機関からの正式な依頼。勿論、ここで起きる事は他言無用になるから気をつけてね」
物騒だ、物騒すぎる!
ある機関からの正式な依頼? 他言無用の事が起きる?
いやいやいや、一般人の俺にそんな事を任せるし話しちゃうの!? 俺消されない!?
「おぉ……なんだか特務部隊みたいでカッコいいですね」
隣で目を輝かせている白雷を見て、更に不安が高まる。
なんでこんなに楽しそうなんだこのお姫様は!?
もしかして俺がおかしいのか!?
というかそんな大事に俺が行っても邪魔になるだけなんじゃ……
「大丈夫だよ、リューは私が必ず守る。それに、リューにしか出来ない事があるんだ」
「俺にしか出来ない事?」
「うん、後でやって貰いたいんだけど……先に私達だね」
薫が立ち止まると同時に、白雷が刀を生み出し前に出る。
「成る程、これが私が必要な理由でしたか」
白雷と薫には何が見えているのか、二人に近づこうとした時、嗅いだ事の無い不快な匂いがして立ち止まる。
薫が懐中電灯を点けると、辺りに動物の死骸があちこちに転がっていた。それも何か獰猛な存在に食い荒らされたような。
「なんだよ、これ」
「……流石リュー、初日で解決出来そうだね」
「白雷……熊か、なんかの動物だよな、そうだよな?」
惨い有様を受け入れられず、動物の死骸を確認している白雷に聞く。
「生物の仕業に違いありませんが……必要以上に殺している様子を見ると、正気ではありませんね。それにまだ新しい……近くにいます」
忠告と同時に周囲に止まっていたであろう鳥達が一斉に飛び立ち始めた。
俺にも分かる……何かが近づいてきている!
汗が一斉に吹き出し、自然に足が震える。
「リュー……私が合図したら伏せて」
薫が矢をつがえ、暗闇に向けて弓を構える。
白雷も役割を理解しているのか、暗闇に目を向け刀を構える。
そして風を頬に感じた瞬間
「今!!」
合図。
足が震えていた事もあり、半ば倒れ込むかのように屈む。
その時に見えた一瞬の出来事……薫が放った矢は暗闇から飛び出してきた何かに刺さり、白雷は足のような部分を斬りつけていた。
そしてその何かは俺の頭上を越え、後ろに重い音を立てて落ちた。
「もう大丈夫だよ、リュー」
薫の声に、ゆっくりと顔を上げ、周囲を見回してから立ち上がる。まだ足が震えていて、上手く立てない……恥ずかしい。
「い、今のは……」
俺の問いに薫が俺の後ろを指差す、ゆっくりと振り返ると、そこには2メートルはありそうな巨大な猪が倒れていた。体のあちこちは骨が見える程に爛れており、何故動けていたのか分からない。
よく見ると頭には薫が放った矢が刺さっていて、四本の足も斬られていた……これは多分、白雷だ。
「常世のマナ、程ではありませんが……人界でもこのような事が……」
「私達は『陰の奇』って呼んでる。今の人界には多くてね、特に自然と一緒にいる時間が多い動物は悪いものを吸いやすいんだ。この猪のように」
言葉が出ない。
俺の……いや、大多数の人が知らない裏ではこんな化け物が存在していたなんて。
「リュー、これを」
薫から渡されたのは薄緑色の勾玉だった。
「これは……翡翠ですか?」
「うん、神矢家の秘宝の一つだよ。それをかざして」
言われた通りに、恐る恐ると勾玉をかざすと、猪から黒い煙のようなものが出てきて勾玉に吸い込まれていく。
そして全て吸いきったのか、猪から煙が出なくなると、骨だけの状態になった後、砂となって風に乗って消えていった。
「流様、今何を……!?」
「い、いや、俺にもさっぱり」
寧ろ俺が聞きたいぐらいだ。
黒い煙が勾玉に吸い込まれていって……理解が追いつかない、俺は今何をした!?
「これがリューにしか出来ない事。陰の奇についたマナをその勾玉に吸い、浄化して自然に還す。リューにはその力があったんだよ」
な、なんだそれ!?
そんな空気清浄機みたいな力が俺にあったなんて知らんぞ!?
「言っても分からなかっただろうし、そもそも信じなかっただろうから。で、今のリューだったら色々信じられるかな〜って」
舌を出しこちらにウィンク、それを受けてデカイため息をつき、その場に座り込んだ。
「流様にそのような力が……ッ」
「白雷!?」
刀が消え、白雷が倒れようとした時、慌てて立ち上がり抱き抱えようとしたが、力が入らずそのまま白雷のクッションになるように倒れてしまった。
「も、申し訳ありません、少し疲れてしまって……」
「い、いいっていいって……いてぇ……」
お腹の辺りになんか幸せな感触があるが、背中は地面に打って痛む……代償が伴った訳か。
「マナ不足によるものかな……後の処理は私がしておくから二人は帰った方がいいかな。明日、神社で改めて話をするね」
「……分かった。気をつけてな」
「それはリューもでしょ。今日はありがとうね、おやすみ」
白雷に肩を貸し、ゆっくりとその場を去って家へと帰った。
道中、白雷が何度か目眩を起こした為、背負って帰る事に。背中は幸せだった。
「……これで漸く、一歩前進かな」
森の中で一人、薫は呟いた。
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