第六話 抑止
「さて……どういう状況でしょうね」
白雷の持っていた弓が瞬時に刀へと形を変え、彼女は狐ノ葉さんをじっと見据える。
両者とも相手の出方を伺っているのか動きを見せない。
「流様、頑張って教えてください。彼女は本物ですか?」
最初から狐ノ葉さんの変化を見破っていた、と言うよりそれしか見えなかったが、結果としては見破っていた俺の目。その目に映る狐ノ葉さんに偽りはなさそうだ。
「た、ぶん……ほんもの、だ……」
まだ上手く呼吸が出来ないが、擦れる声を絞り出して答える。
聞こえただろうか、そんな不安があった。
けれどもその心配は杞憂に終わったようだ。彼女の耳がピクリと動く。
「だとすれば、厄介ですね。無力化って難しいんですよ」
狐ノ葉さんが針のようなものを投げるが、難なくそれを弾き落とす。その時、白雷の足下に五芒星が浮かび上がるが地面に刀を突き刺すと五芒星は消えた。
「悉く効かぬか……此度の猩猩は手強いな」
「猩猩、ですか。少々腹立たしいですね」
少し駄洒落じみた事が聞こえたような気がするが今そんな事を言っている場合じゃないし余裕も無い。
てか白雷怒ってない? 狐ノ葉さんと同じく冷たいものを感じるんだけど?
「流様、出来れば立って下さい。私は守りながら戦うのは苦手なんです」
そう言いながらも狐ノ葉さんから繰り出される攻撃を漏らす事なく次々と斬り払っている。
呼吸が少し楽になってきたが、腹は相変わらず痛いままだ。
「狐ノ葉さんは、どうしたってんだ?」
「幻惑術の類を掛けられてしまっています。私の事も猩猩に見えてしまっている事ですし」
すごい根に持ってる。
馬はよくても猿はダメか。
俺は何に見えてるんだろうか、少し気になる。
「後、怪我をしているようです。恐らく私達をこの世界へと引き摺り込んだ者と遭遇し、戦い、負ったものでしょう。術に長けた霊狐族が幻惑術に掛かるとは……相当なものです」
「どうすればいい?」
「……マナが尽きるまで耐えれば……ですがあの様子では玉砕は覚悟しています。マナが少なくなってきたら私達を道連れに、と考えていることでしょう」
「な、ならどうすればいいんだ? やっぱり気絶させるとかか?」
「幻惑術を解かない限りは気絶させても無駄です。術者を倒さなければ……ッ」
白雷に突き飛ばされた瞬間、狐ノ葉さんが彼女の目の前に現れる。手には鍔の無い刀を逆手で持っており、白雷との激しい打ち合いが始まる。
速い。
刀身は辛うじて見える程度で、全貌は俺の目では捉える事が出来ないが、二人の周囲には火花が散り、その激しさがよく分かる。
攻めているのは狐ノ葉さん、鬼気迫る表情で斬りかかっているが、白雷は冷静に対処している。
そして白雷から青い軌跡が見えた瞬間、狐ノ葉さんは距離を取った。どうやら白雷は刀に雷を纏わせていたようだ。
それ当たったらヤバイんじゃ……
「ハァ……ハァ……うっ……小癪な……」
狐ノ葉さんの表情からマナも体力も消耗しているのは明らかだ。さっき白雷の言った通りなら、もう時間は無い筈。
「今の、当たってくれれば良かったのですが……」
「殺そうとは……してないよな?」
「まさか、痺れる峰打です。ただ、次当てるのは難しいですね」
「そ、それじゃどうすれば……ん?」
狐ノ葉さんの腰……いや、お尻か? その辺りから半透明な何かが揺らめいているのが見えた。
「白雷、狐ノ葉さんのお尻の辺りにあるのは何だ?」
「こんな状況だと言うのに何処を見ているのですか!? いくら緊張を解す為とは言え……」
「違うっての! なんかこう、半透明な……なんか見えないか!?」
「そんなのどこにも」
「何をゴチャゴチャと抜かしている!」
狐ノ葉さんは持っていた刀を鞘に納めると、遠距離で白雷に攻撃を仕掛ける。周囲には針、手裏剣、光の玉のようなものが多数に現れ白雷を囲む。
「ッ、まだこれだけの力が……!」
俺は慌ててその場を離れて木陰から様子を伺う。
猛攻に対応する白雷だがいつまでも続くものじゃない。何とか突破口が無いかと狐ノ葉さんを見ると、半透明の物体が徐々にはっきりと見えるようになってきた。
それは狐ノ葉さんの尻尾だった。
「尻尾……か」
そういえば、狐ノ葉さんの尻尾を見るのって初めてだな。神矢神社でも見えなかったものがどうして今になって見えるようになったのか。
……今、そんな事はどうでもいい。
狐ノ葉さんは今、白雷の事で手一杯の筈。あの尻尾を握れば隙が生まれる、そこに白雷の峰打ちさえ決まれば……
姿勢を低くし、木々に隠れながら狐ノ葉さんの後ろに回る。注意は変わらず白雷に向いている。
今なら……いける……いけるか? 本当に?
……行くしかない。
今いる場所は狐ノ葉さんの真後ろ、死角だ。
ここでダメなら……いや、失敗を考えるな。やらない後悔より、やる後悔だ!
静かに、ゆっくりと狐ノ葉さんに近づいていく。
あと少し、あと少しと自分に言い聞かせ、あと1メートルぐらいまで近づいた時、
彼女の耳がピクリと動いた。
バレた。
そう直感で感じた俺は、尻尾を掴もうと急いで手を伸ばす。だがやっぱり人間の俺と幻獣の狐ノ葉さんでは反応速度が違う。
振り向かれ、俺の手は尻尾には届かなかった。
「クソ……!」
「甘いわ下衆が!」
再び刀に手を掛け俺を斬ろうとする。
だがその隙をアイツは見逃さない。
「お互い様ですッ!」
遠距離による猛攻が止んだ瞬間を、白雷は見逃さなかった。
一瞬にして距離を詰め、刀の峰を振り下ろす。
「速……ぐッ!」
すぐさま向きを変え、白雷の刀を止めるが、彼女の刀には雷が帯びていた。その対応までは出来なかったのか、狐ノ葉さんに電流が走る。
「先に謝っときます……すみません!
ありがとうございます!!」
そして俺は、彼女の尻尾を思いっきり掴んだ。
「きゃひッ!?」
想像の斜め上をいった悲鳴を上げ、狐ノ葉さんは倒れた。
「……なんて無茶をしたのですか」
「まぁ、一件落着という事で」
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