第三話 霊狐

「今し方、紹介に預かった狐ノ葉じゃ。此度は宜しく頼むぞ」


柔らかく、どこか妖しい雰囲気を漂わせ古風な喋りをする女性、今回の依頼主の狐ノ葉さん。

いきなり人間以外が来るとは予測出来なかった。

そんな予想外の訪問者に呆気に取られていると、お尻が一瞬痺れたような感覚がした。


「白雷です。よろしくお願いします」


隣の白雷が自己紹介をした事で我に返った。


「み、水無瀬 流です。人間です。よろしくお願いします」


慌てて自己紹介し、頭を下げる。

その様子を見て狐ノ葉さんは袖で口を隠し、クスクスと笑う。


「よいよい。して流よ、お主の目に儂はどう映る?」


「え?」


突然、謎の質問をされて困惑する。

どうやら俺は試されているらしい。

俺の目には狐ノ葉さんがどう映っているか……で良いんだよな? それで合ってるよな?

綺麗、妖艶、神秘的……一体何が正解なんだ!?

もし回答を間違えたら依頼を取り下げられるかもしれない。それによって神矢神社の信用が落ちる可能性も……


「どうした? なに、お主が思った事、感じた事、第一印象、何でも良い。お主の言葉で教えておくれ」


「あ、はい……その……」


何でも良い! それ一番困るやつ!

俺の一言で神社の未来が左右される。適当な、間違った事言ったら本当に終わる。

脳内をフル回転させて正解と思われる答えを探す。

だがもうそんな時間は無い。

白雷からは早くしろみたいな視線が、薫は何故か小刻みに震えている。

狐ノ葉さんは変わらずニコニコしている……その笑顔が逆に怖い。


「み、ミステリアスな感じと清楚な感じが合わさって大変魅力的な方です。黄金色の髪も綺麗で……素敵です」


「え?」


隣の白雷が驚いたような顔でこちらを見た。

もしかして……今何か間違えたか!?

さっき言った事のどこに間違いがあったか必死に考えるが思い当たらない。俺はそれが最適解だと思って言ったから、俺自身では何が間違っているのか分からない。


「あ、貴方の目はどうなっているんですか!? この方はどう見ても黒髪じゃないですか!」


小声で俺に言う。

く、黒髪!? そんな馬鹿な! 俺の目には確かに狐ノ葉さんの髪は金色で耳が生えてて……

そして一つの答えが浮かぶ。

俺が見ている彼女の姿は幻……変化の術みたいな姿を変えるような術を使っているのではないかと。そしてそれを見破る力があるかどうか、確かめるためにこの質問をしたと。


「ふむ、流には儂が金色の髪に見え、白雷には黒髪に見えると……さて、どちらが正解かの?」


狐ノ葉さんがパチンと指を鳴らす。

変化の術を解いたのだろうか……けれども彼女の姿に変化はない。もしかして薫が答えを言うとか……そう思い薫を見るが変わらず小刻みに震えているだけで何かを言うような雰囲気は無いように見える。


「き、金色に耳……!?」


隣で驚きの声をあげる白雷。狐ノ葉さんの髪の色が彼女の目には金色に映ったようだ。耳も見えたらしい。


「うむ、正解は金色じゃ。残念だったのぅ、麒麟族」


「っ!? か、隠れてませんでしたか!?」


慌てて耳を抑えて隠すが角は隠れていない。

顔面蒼白で俺の方を見るが、俺の目には彼女の耳、角、尻尾がハッキリと見えている。

最初から今までたっぷりと見えていたからいつ隠形術を使っていたのか全然分からなかった。今も分からない。

俺は白雷に苦笑いで返した。


「まぁそれはさておき、流には隠せていなかったが、真偽の程までは見極める事が出来ぬようじゃな。しかし、変化には自信があったのにのう…て儂の修行不足か、或いは……」


帯に仕舞っていた扇子を広げ、口元を隠し俺を見つめる。

こんな美人にじっと見つめられると……恥ずかしさで汗をかいてきそうだ。

やめてくれ、それ以上俺を見ないで。


「…………あの、先程私の事を麒麟族と……もしや『霊狐族』ですか?」


霊狐? また新しい種族が出てきたな。

てっきり稲荷神かその遣いとかだと思ってたけど、幻界にもいたのか。


「ご名答。儂は五百年前に人界に堕ちた霊狐じゃ」


「やはり……では、貴女も帰る方法を今まで……?」


白雷の問いに、狐ノ葉さんは首を振る。


「いいや、幻界に帰ろうとはしなかった。死んだと思っておったのでな。道行く者達に声を掛けるが知らぬものばかり、挙げ句の果てには妖狐と言われ退治されそうになる日々……今思えば地獄であった」


五百年前って、だいたい戦国時代ぐらいか。そんな頃からなんて……

彼女の送っていた日々は人間が想像するよりも過酷だっただろう。少なくとも俺では彼女の受けた苦しみを理解する事は出来ない。


「まぁ良き事が続かぬように悪き事も続かぬ。あやつと出会ってからは……」


そこまで言いかけると狐ノ葉さんはハッとし俺達を見ると扇子で顔全体を隠した。


「す、すまぬ。今のは忘れよ……そ、それよりも依頼じゃ!」


話の流れからして惚気話になりそうな雰囲気だったな。

ちょっと興味があったけど、依頼メインだし別にいいか……と思っていたが、白雷と薫は小さくため息をついて落ち込んでいるように感じた。

てか薫、お前惚気話聞かせる為に呼んだ訳じゃ無いだろ。依頼メインだろ。


「コン……さて、儂が依頼したいのは『人探し』じゃ」


狐ノ葉さんは小さく咳払いをし、今回の依頼を告げる。

人探し、大変そうではあるものの、命の危険とかは無さそうだな。


「ただ、『コックリさん』をしてしまった者じゃがな」


安心したのも束の間、難易度が一気に跳ね上がった。

いや、まぁそんな気はしてたよ。普通じゃない事ぐらいは覚悟してたさ。


「この子じゃ。名を楓、コックリさんをやった翌日、行方知れずとなっておる」


差し出された写真に写っていたのは小学生ぐらいの女の子。短髪で紅葉の装飾が施された髪留めをつけている。

大人しそうな子だけれど、どんな関係かは聞かないのがいいだろう。もしかしたら何か深い訳が


「この子とはどのようなご関係ですか?」


「おぉい白雷!?」


敢えて、敢えて聞かなかったのに!

なんで聞いちゃったの!?


「よい流、やましい関係でも無いでの。恩人の子孫の娘だからじゃ。近所に住んでいて、よく遊んで欲しいとせがまれてな……愛い子よ」


ホホホ、と笑いながら話す。

まるで近所の……………これ以上はいけない。


「これは儂の願望でもあるが、楓はまだ生きておると信じている。頼む、引き受けてくれぬか?」


両手をつき、頭を深々と下げて頼み込まれる。

その行動から彼女の必死さは強く伝わってきた。


「頭を上げてください狐ノ葉様。この子は私たちが探し出します」


白雷が狐ノ葉さんに近寄り頭を上げるよう促す。

俺は薫と目を合わせ、頷く。

ここまでしてもらって断るなんて出来ない。

するつもりも無かったけど……


「狐ノ葉様、そのご依頼、承りました。リュー、白雷ちゃん、私は準備してくるから」


そう言って薫は準備の為に部屋を出た。

いきなり有名どころの都市伝説……一体何が出てくるのか。

不安の中で、どこか期待している自分がいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る