それは、鶴でなければならなかった。
カクヨムWeb小説短編賞2021【短編小説部門】
☆短編賞☆を受賞致しました 読み切りでコミカライズします!
(満月の晩に泉にいるのは鶴ばかり)
それは誰もが幼い頃から繰りかえし聴かされる御伽噺のような掟だ。
静まりかえった泉のほとりでは姑娘がひとり、身を清めていた。その背には鶴が、いた。翼を拡げていまにも舞いあがらんとする、それはそれは美しい鶴が。
故にそれは。
鶴でなければならなかった。
《鶴》――脈々と一族に受け継がれた因襲。鶴とさだめられた娘は満月を映した浄瑞だけを吸い、十年掛けて刺青を育て、天に昇る。つつがなく鶴が昇れば、むこう五十五年に渡り豊穣が約束され天候の禍に見舞われることはないとされる。故に一族は帝から重んじられ、庇護されてきた。
鶴には衛(まもり)が就く。従者にして護衛だ。だが鶴の衛には祟りがあると語られていた。
「これまでわたしにつかえてきたものはみな、ひととせも経たぬうちに死に絶えた。死ななかったのはおまえだけよ」「おまえは愚かね」「わたしは鶴よ。そう望まれ、わたしもまた鶴であろうと決めたのよ」
恋ではなく、愛かどうかもわからず。
それでも彼女ほど美しい鶴(もの)を俺は、知らない。
「あなたを、遠いところにさらいたいといったら、ついてきてくださいますか」