鶴に殉ずへの応援コメント
コミカライズの方から来たのですが、あちらもとても美しく描かれていましたが、小説の方がこう美しさや切なさが際立ってますね。最後の鶴になる場面は、美しさだけでなく恐ろしさも感じられてザワッとしました。
カクレイもトウセツも、因習に縛られながらも、自分の誇りや想いを最後まで貫いたように思えて、悲恋ではありますがどこか救いがあるような感じも受けました。すばらしいお話でした。
作者からの返信
天城らんさま
お読みいただき、ありがとうございます。
有難い御言葉を賜り、恐縮致しております。私の想い描く美しい言の葉をひとつひとつ集め、紡ぎあげた物語なので、そのように仰っていただけて大変嬉しいです。供物であることを知り、供物として役割を遂げながらも、彼女らのその誇り高い心だけは決して供物ではなかったと作者ながらおもっています。
またどこかで私の小説が天城様の御目に触れれば嬉しいです。
鶴に殉ずへの応援コメント
10年をかけて鶴を育てる。徐々に文様が拡がっていく姿を見守り続けることは、タイムリミットが目に見えてしまい辛いことであっただろうし、鶴である彼女を愛した彼にとっては幸せなことでもあったのであろうと。
鶴であることを自分で決めた鶴玲だけれど、鶫刹と出会えて最後に一緒に舞い上がることができたのは、悲しくはあるけれど救いでもあったと思います。
透明感があって自然と吸い込まれる不思議な感覚に陥る文章ですね。素晴らしかったです。
作者からの返信
tomo様
お読みいただき、ありがとうございます。
楽しんでいただけたと伺って、とても嬉しいきもちです。比翼連理。という言葉を絶えず頭のなかにおきながらの執筆でした。最後は哀しい終わりですが、ともに舞いあがれたことは、ふたりにとっての最大の幸福だったともおもっております。
こういう抗えない宿命のなかでも揺るぎなく立ち続けている姑娘を書くのが非常に好きです(*^^*)
鶴に殉ずへの応援コメント
鶴である瞬間を愛する。
誰でも長い人生の中で、鶴である一瞬があり、その刹那に惹かれ合う相手がいる。
瞬間を切り取り永遠を選ぶか、爛れ落ちても凡庸な誰かと生きる事を享受するのか、私はそんなふうに解釈してしまいました。
私の稚拙な解釈では、おそらく本質の多くを見誤っているのかもしれません。
それでも、色鮮やかな言葉を心地よく堪能させていただきました。
とても素晴らしい物語でした。
作者からの返信
K-enterpriseさま お読みいただき、御礼申しあげます。
……素晴らしいご感想を賜りまして、感激致しております。誰でも鶴である一瞬がある。素敵な言葉、素敵な解釈です。作者でありながら、たまらなく胸に響きました。こうして読者様に物語の新たな扉を啓いていただけることが、まさしく小説の醍醐味だなあとあらためて感じ入りました。
ほんとうにありがとうございました。
鶴に殉ずへの応援コメント
ひとつの物語でありながら、抒情詩のような……不思議な調べを聴いているような感覚になりました。
美しいものは何よりも美しく、それでいて罪深い。
人を魅せるものは人でなくても、惹かれるものの心の奥底に何かを植え付ける。
心の中を少し覗かせていただいたような感覚があります。
素敵な物語でした。
とても素敵な……
想像と言葉と映像が全て自分の目の前で流れているような気持ちです。
忘れられない言葉の深さにしばらく浸っていたいです。
作者からの返信
森嶋あまみさま
今頃になって、コメントをお寄せいただいていたことに気がつくという失態をお許しくださいませ。素敵なご感想を賜りまして、遅れ馳せながら御礼申しあげます。
美しいものは罪深い。甘美な響きですね。仰るとおり、美しいものには《罪》が隠れているとおもいます。それは滅びの予感を振りまくに等しく、しかしながらそれを理解しながらどうしても惹かれてしまう。わたしもまた、そうしたものに惹かれ、魅了されたひとりなのだと時折思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
鶴に殉ずへの応援コメント
美しい鶴だから愛した。
鶴でないわたしはわたしではない。
わたしと会わなかったお前はお前ではない。
一番好きになった言葉です。
鶴だから好きになったけど、そうならなかった虎は虎ではない。
作者からの返信
Y.Tさん
お読みいただきまして、ありがとうございます。
仰るとおり、わたしがもっとも書きたかったのはそこでした。とても嬉しいです。「鶴」というものに絶望があり、諦めがあり、悲しみがあっても、それがない「鶴」は「鶴」ではなく、その昏いものすべてを受けとめて愛してくれる「虎」でなければならなかったのだとおもっています。
ご縁を賜りましたことに重ね重ねですが、御礼申しあげます。
編集済
鶴に殉ずへの応援コメント
美しいですね。
文章が、この言葉しかないと言う当て嵌まり方をしており、上手いだとかそういう表現ではいけないように思えました。初めからこうやって生まれて来たと言うべきでしょうか。夢見里さんがお書きになったわけですが、初めから終わりまでがひと繋ぎの文章としてどこかに存在していて、それをそのまま綴られたような。そんなしっくりさがありました。いや、しっくりというのも失礼と思えるほどに。
なにかの犠牲になって使命を果たす。というのは、実はあまり得意ではないのですが、それを越えてこれは、純粋に二人の愛を描いていたので好きになれました。
最後の、羽根。
白が赤をやさしく包み込んでいるようで、それはつまり、二人の愛が成ったようにも見え、悲恋の先にある情熱、絶望の暗闇の中でしか見えない小さな小さな光のように思えました。
でも多分希望という言葉すら生ぬるい、焦げるような「思い」がそこにはあるように感じました。
美しかったです。
ありがとうございました。
作者からの返信
詩一さん
ありがとうございます。
そのように仰ってくださることがどれほど励みになることか。……大変嬉しいです。
供物だといいつつも、鶴のなかに絶望は、ないんですよね。あるいはすでに絶望を踏み越えて、誇らかに胸を張っている――ゆえに彼女は、鶴なのです。その誇りを愛してくれるのはやはり、従者として寄り添い続けた彼だけ、だとおもっています。
まさしく純愛。
最後は無垢なる白と血潮の赤で、鶴のすがたを象りました。
お読みいただき、しかも言葉の乗ったお星様まで頂戴し、ありがとうございました。
鶴に殉ずへの応援コメント
題名の「鶴に殉ず」を拝見して、内容が全く想像できなかったのですが、こういうことだったのですね……。すごく切ない……。
でも鶫刹が言っていたように、「美しいもののいないせかいに絶望することは不幸ではない」のかもしれませんね。美しいものを知らずに一生を終えるよりは、よほど幸福だったのかも。
短い中にぎゅっと独特の美しい世界があって、読み始めるとあっという間に取り込まれてしまいました。いつもながら、すごいなあと思います。
美しいことばと、美しい人物と、美しい光景を見てきたなあ……という読後感です。
鶴呤の美しさが凄まじくて印象に残っています。白と黒と赤の鳥の女性って、もうそのイメージだけでもすごく素敵!
イメージ自体も美しい上に、さらに描写が美しすぎて(って、これはいつも言っていますが…)
「紅を乗せずともあざやかな口唇がじゅんと月影に潤む」みたいな繊細な描写って、なんかこう視覚だけでなく聴覚や触覚にもじわりと訴えてくるようです。
鳥も美しい少女も大好きなモチーフなのですが、その二つの姿がうまく重なり合っているところがすごく素敵です。
拝読しながら個人的に、谷崎潤一郎の一番好きな短編『二人の稚児』のラストで、女人の生まれ変わりである血を滴らせる白い鳥が雪の中に登場する美しいシーンを思い出していました。すごく綺麗で印象的で鮮烈に心に残っている場面なんです。
圧倒的なイメージ力と描写力、どちらも兼ね備えた作家様でないと描けない題材だったと思います。
読んでいる間は周囲の音が消えたようでした。本当に美しい物語でした。
作者からの返信
松宮かさねさん
お読みいただき、ありがとうございます。美しいと仰っていただけると、張りつめていた呼吸がふっと抜けるような心地になります。感謝致します。
如何なるものであれ、識ることは希望と絶望を同時に誘うものだとおもっています。「愛」も「美しさ」も「運命」も知らなければ。それでもその絶望は不幸ではないとおもって、逝けた彼はやはり幸福だとおもっています。
鶴呤は強い姑娘ですよね。誇らかといいますか。鶫刹は彼女の誇りに寄り添い、殉じたのだと作者は想います。「雛牡丹を摘む」もそうですが、徹頭徹尾美しいものに殉ずる。こういう主従関係もすごく好きです。
二人の稚児。谷崎潤一郎せんせいを敬愛している身でありながら未読です。不覚。これから拝読させていただきに青空文庫まで出掛けてきます(*^^*)
重ね重ねになりますが、最後までお読みいただき、感想まで賜りましてありがとうございました。とっても励みになります。
鶴に殉ずへの応援コメント
前任者がみな早死にした件、なぜ大事な役目であるはずの鶴の衛がそんな死に方をするのか不思議でしたが、つまりは「そういうこと」なのですね……。鶴の美しさを間近に見続けて、長く理性を保てる者はそうは居ないと……。
鶫刹も「鶴」に心を奪われていながら、「彼女」のことを本当に見てはいなかったのでしょうね。あなたが鶴でなくなっても連れ出したい、と言ってくれる男が一人でもいれば、彼女の運命も変わったでしょうか。
いつもながら美しい言葉運びと幻想的な情景に引き込まれるお話でした。夢見里さんにしか描き出せない世界だと思います。
作者からの返信
板野さん
素敵なご感想をお寄せいただきまして、ありがとうございます。短編は長編と違い、手癖のままに筆を走らせていますが、美しいと仰ってくださるその御言葉で、ああ書いてよかったと報われます。
なるほど、板野さんはそのように読み解かれましたか。読者様の受け取りかたによって不幸な終わりにも幸せな終わりにもなる物語だとおもっています。鶴に殉じたのは彼女なのか、彼なのか。
御時間を賜りまして、ありがとうございました。読んで頂けて嬉しかったです(*^^*)
鶴に殉ずへの応援コメント
……私程度が言葉を尽したところでこのお話の魅力を語り尽くすことはできないのですが、「美しいということの本質」について深く考え、感じさせられたお話でした。とても静謐で、言葉にできないほど美しい。美しさとおそろしさは常に背中あわせだ、という文中の言葉が深く深く胸に突き刺さっております。
鶴玲の容姿と張りつめた弦のごとき心根が合わさった美しさは彼女が鶴であること、言い換えれば死を運命づけられているというおそろしさゆえに一層冴えわたっている。
作者からの返信
田所米子さん
身にあまる御言葉を掛けていただきまして、ありがとうございます。
Fair is foul, and foul is fair.
マクベスに登場する一節です。有名な和訳は「綺麗はきたない、きたないは綺麗」ですね。わたしは「美しいものは惨たらしい、惨たらしいものは美しい」と胸に刻んでいます。
美しいものは哀しく、惨たらしく、時に恐ろしい。透きとおるほどに奇麗なものは絶えず、滅びを誘うから……
御時間を賜りましてありがとうございました。読んでいただけて、とても嬉しかったです。
鶴に殉ずへの応援コメント
先にコミカライズの方を読んだのですが、やはり小説だと幻想的で美しい言葉が引き立ちますね。
ラストシーンは直前の台詞のかけあいも含めてとても好みでした。
作者からの返信
右中さま
原作のほうまでお読みいただき、ありがとうございます。小説のほうだとトウセツの視点で物語が紡がれているので、客観視していた漫画とはまた違ったかたちでふたりの掛け合い、関係も読者さまに伝わるのかなと想っています。受賞という身に余る名誉を賜り、この鶴に殉ずはわたしにとってひとつの結実となりました。