#024 姉心
「お、やってるやってる」
俺は明け方から1人、森の広場でシクスティーナに魔力を送る練習中。
そこにコロンがやってきて、切り株に腰を下ろした。
「おはようコロン。俺は今忙しい。なんか用か?」
「ううん。どんな感じか見にきたの」
俺はダガーを下ろし、汗を拭った。
「こんなに苦戦するとは思わなかった。マッチョのイップスだな」ちょっとボケてみる。
「恥の多いミッフィーを送ってきました」コロン言う。
「どっちのマッチにする?」
「ウガンダに浮かんだミッフィーを送ってきました」
「エッチなタッチですね」
「え、エッチなタッチって……、ボディタッチの方か筆遣いなのか、分かんないよおっ!」
「そっちのポットお願い」
「お湯沸かす方か、宇宙船的なアレなのか、分かんないよおっ!」コロンはもう半狂乱だ。
「辛いか、コロン。今楽にしてやる」俺は止めを刺しに行く。
「や、やめろお。ボクは、ボクはもう……」
「スグルくんの、ランドセル!」
「小っちゃい『ツ』縛りは何だったんだぁ!!!」
んで。
「お母さんもね、意地悪してる訳じゃないよ。シクスティーナの扱いって、感覚的すぎて、言葉で説明するの難しいんだ。逆に1回覚えちゃったら無意識にできると思うよ」
「子どもの自転車練習みたいなもんか」
「うん。強いてアドバイスするなら、四六時中そのダガーと一緒にいなよ。そのうち、魔力の通りやすいとことそうじゃないとこが見えてくる。あとは成功のイメージを持つことかな」
「う~む。そのつもりでやってんだけどな」
「お母さんが作るシクスティーナはね、クセがないって評判なんだ。逆にボクがシクスティーナを作るとアクが強くて扱いにくいんだって」
「ん? あれ? お前も作ってんのか?」
「うん。装備に関してはまだ店に出せるレベルじゃないってお母さんには言われたけどね。でも日用品とかモンスターの撒き餌とかはボクもやってるよ」
「サブの工房でもあるのか?」
「うん、3階にね」
「マジか。俺、ここに来て結構経つけど、3階までたどり着いた事ないぞ。今度連れて行ってくれ」
「ダーメ」
「なんでやねん」
「お母さんが許さないと思うよ、それは」
「余計に気になるな」
「失言だったかな、今の」
※
俺がやりたいのは、切っ先からドヒュンと突風が出て敵をふっ飛ばす感じだ。
風自体は出始めている。突風と言うには足りないが、そよ風くらいは出てる。
俺はベッドの中で手の中のダガーをもてあそびながら、リサの言葉を思い出していた。
魔女の因子、メヴィーナは火種。
起きた現象が炎なら、俺の炎はあまりに弱い。
理由は? 仮説を立ててみる。
もしかして、薪が足りてないのか? 燃料として燃やすマナ。
今まで単語だけ聞いて理解した気になっていたが、メヴィーナ、マナ、そしてシクスティーナ。そのどれも、俺は何も知らないに等しい。
開け放った窓の向こうで、夜の秋風が涼風を運んでくれる。
それからは、とにかく試行錯誤の毎日だった。
切っ先に魔力を集める、刃全体を魔力で覆う、やけくそで柄に魔力を集める。
色々やっていると、誤差はあるが全部同じ天井にぶつかる。
魔力を送れない部分があるのだ。
しかも、その部分ってシクスティーナの機構の大半だ。
俺は今までシクスティーナの扱い方を誰かに教わった事はない。だからそれが普通なのか、俺が悪いのかも分からない。
ぶっちゃけ、魔力を送って試せる事は全部やった。おそらく、俺は根本で何かが違う。でもその何かが分からない。
俺は追い込みをかける事にした。
※
「おっとうと。もちろん手加減はするけど、ケガ覚悟しとけよ。このアルファさんを相手にするって事はそういう事だ」
「ああ。今回はさすがの俺も覚悟決めてきた。ここで足踏みしてる場合じゃねえんだ、ビシバシ頼む」
「オーケーぇ!」
アルファが大剣、ライトニングアサルトを構え、俺を見据える。
俺は頷き返す。
次の瞬間っ!
視界からアルファが消え、ダガーには鈍い衝撃。
今のは、刃に当ててくれたな。俺が防いだわけじゃない。
視線を巡らし、アルファを補足する。
居た。
大剣を胸の前で斜めに構え、前後左右に滑るように移動している。
俺は突撃する。
退いたらやられる。退いたら練習頼んだ意味がない。退いたら、ここに立っている意味がない!
「うおおおぉ!」
ダガーで薙ぎ払う。
アルファはバックステップで躱し、大剣の柄の先で強烈に俺の胸を突いた。
「んっ、ぐむう。スラッシュ!」
風の斬撃を放つ。
スラッシュは体技だ。魔力ではなく身体能力。火種も薪も関係ない。
大剣で弾いたアルファは、距離を取ると俺を正面に捉えた。
「スラッシュ!」
アルファの爆風をはらむ風の斬撃が俺を襲う。
同じスラッシュでこの差だ。
こんなん、食らったら死ぬ。
俺は横っ飛びで避ける。
「どうしたどうしたあ。アルファさん、まだ魔力使ってないぞ。少しは根性見せろ」
ふざけんな、こっちも必死なんだよ。
「でやあああぁーーー!」
ガキイイィン。
刃と刃がぶつかり合う。
「食らえ、『当て空蝉』っ!」
がくん、とアルファの身体が傾く。
「勝機! エアスラッシュ!」
俺は態勢を崩したアルファに、体技と魔力の合わせ技、エアスラッシュをぶちかます。
アルファは大剣で受けきり、次の瞬間! 再び胸に大剣の柄がぶつかって俺はふっ飛ばされた。
「その空蝉、それだけが厄介だな。エアスラッシュって言ってたけど、ほとんどただのスラッシュだったぞ。打つんなら魂込めろ!」
魂って、抽象的すぎて分からんわ。
疼く胸を押さえて立ち上がる。
「お前の攻撃はなあ、お前だけで完結してんだよ! みんな知ってて言わないけどよお、お前の剣は臆病者の剣だ。わたしはお前に斬られたくらいじゃ死なねえよ! もっと気合い入れろ! 自分以外の何かを信じてみろよ! わたしたちがお日さまの下で息してんのは何のためだっ!」
言われている事が、分からない。
自分だけで完結? 戦いの中で、自分と仲間以外に頼れるものってなんだ?
だいたい、俺は死ぬ気で斬りにいってる。
こんだけ怒鳴られているのに、その理由が分からない。
「はあぁ~~。おっとうと。また得意の熟考モードか? わたしは今決めた。斬る! 甘えてんじゃねえぞっ。わたしはお前をぶった切るからなっ!」
アルファの目つきが変わる。
「ぜええぇい!」
左腕に衝撃。
アルファの大剣で、俺の腕は切り裂かれていた。血が滲む。滲むなんて生易しい、ドックドクと血が噴き出している。
「くっ、二段突き!」
「当たんねえんだよお!」
アルファが躱し、胸に斬撃。
「ぐわあぁ」
うぐわあぁー、く、クソ痛い。マジで斬りやがった。
「戦闘は痛かったら終わりか? 甘えてんじゃねえぞクソガキ!」
さらに右足に刃が迫る!
「くっ、くっそ、空蝉!」
アルファの剣を包み込むようにいなす。
そう思っていたが……。
「甘いんだよ、ガキ。お前が対抗できるのはそれだけだもんなあ! 予測してりゃ、んなもん怖くも何ともねえっ!」
大剣でぶっ飛ばされる。
俺は地面を無様に転がり、倒れる。
クソ痛てえ。コロンとの戦いの比じゃねえ。
マジで、マジでかなわない。
これがアルファの本気か。
「祈れよ、クソガキ。調子こいててすいませんでしたって言えよ。何も知らない、何も出来ない小僧が粋がってましたって言えっ! お前の命は、今このアルファさんの手のひらの上だ。想像しろよ、お得意の頭で。てめえなんてな、わたしたちギルドのメンバーがその気になったらいつでもぶち殺せるんだよっ! 優しい配慮に、お前は生かされてるんだよっ!」
「認めない」
「あ?」
俺はプッツン来ていた。怒りの感情に心が燃え上る。
姉としてじゃなく、生まれて初めて、アルファを敵として見た。
「許さない。いくらアルファの言葉でも、俺は許さない」
「じゃあどうする?」
「アルファ! 俺もお前を、斬るっ!」
両手でダガーを握りしめる。
心の中で、ダガーに話しかける。
おいてめえ、いつまでナマクラでいるつもりだ?
斬りたい相手がいるんだ。斬って謝らせたい相手がいるんだ。
力貸せ、バカ野郎。
てめえもリサの子どもだろう? 根性見せろっ!!!
「うおおおぉーーーっ!!!」
全魔力をダガーに送る。
もっとだ。もっとやれるだろう、俺は!
「あああぁーーー!」
張り裂けるほどに魔力を送る。
もっとだ。もっと。もっと。もっと!
その時。声が聞こえた。
『ようやく戦う意思を持ったな、弱き心よ』
瞬間!
今まで魔力の通らなかったダガーの回路が開いていく。
俺の魔力が、スフィアランダルに、浸透していく!
「スフィアランダル! 行くぞぉっ!!!」
風が巻き起こる。
突風の刃だ。
風がうねり、暴風となって俺の両手の中で渦巻いている。
「エアスラッシュ!」
爆風が巻き起こる。
地面を切り裂き、風の刃がアルファに襲いかかる。
「ライオットストライク!」
アルファが叫ぶ。
ドゴオオォーン。
粉塵が巻き起こる。
「くっ、くっそお……」
俺は魔力を放出しきり、身体が動かない。
こつこつこつ。
アルファの足音が響く。
「やるじゃねえか、おっとうと。やれば出来るじゃねえか、最初からやれよ、バカ。おねえちゃんに、もう今みたいな役、やらせんな……」
アルファの腕がそっと俺を包み込んだ。
「ある、ふぁ?」
温かな雫が、俺の顔に降ってきた。
俺は涙を流すアルファに、強く強く抱き締められていた。
※
「スフィアランダルは、頑固で真面目な剣だ。君には合わないと思って渡した」
「なんでやねん」
夕食の席で、俺はリサにツッコむ。
「君のアイスダスト。あれは、相当歪んだ魔女の生んだ刀剣だ。だから、君とは真逆のスフィアランダルで修行させたって訳だ」
「もうなんかよく分からんが、シクスティーナって喋るんだな。そこにまず驚いた」
「ほう。武器の声を聞いたか」
「ああ。一瞬だったけどな。あの後話しかけてもだんまりだ」
「それはそうだろう。シクスティーナは生物と物質の狭間。意志を持つ道具だ。君のお喋りの相手はしたくなかったんだろう」
「俺嫌われてんのか?」
「シクスティーナってそういうものだ。少なくとも、君の本気を見て、スフィアランダルは力を貸した。一応は君を認めたのだろう」
「納得いかんなあ」
俺がぼやきながら飯を口に運ぶと、リサは皮鞘に収まったアイスダストを俺に押しやった。
「それは返しておく。育め、絆を。今の君にならできる筈だ」
俺は鞘からアイスダストを抜き出した。
おかえり。
そう思って刀身を撫でる。
ただいま。
そんな言葉が、聞こえた気がした。
クソガキと100年の魔女~最強のママに保護されてるから大概の事は大丈夫~ 鈴江さち @sachisuzue81
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