クソガキと100年の魔女~最強のママに保護されてるから大概の事は大丈夫~

鈴江さち

1章

夏の憧憬

#001 おかえり


 覚えているのは、夕焼けの紅。

 覚えているのは、集落の焼け跡から立ち昇るどす黒い煙。

 覚えているのは、銀色のその髪。


「来い。わたしが君の居場所になってやる」


 そうして俺の、『100年の魔女』との旅が始まった。



 どこを歩いているのか、分からない。

 草原のみじかな穂はどこまでも伸びていて、連れた馬が草を踏む音を横に聞く。視界の向こうは、大平原。

 闇夜に照らされた、眩暈がするくらいの大平原。


「エビ丸。もう少し進むぞ、この辺りは馬賊が多い。奴隷として売り飛ばされたくなかったら、さっさと歩け」

「エビ丸じゃない。エピだ」

「それは悪かったな、エビ丸」


 キレイなおねえちゃん。それはキレイなおねえちゃんだった。

 馬の背の魔女の、流れるような銀髪は腰まであって、頭には黒のとんがり帽。

 身体にピタッと張り付くシルクの生地は紫で、腰には冒険者袋、右手に携えた杖。


 キツい鷹の目に、高い鼻。大きめな厚い唇。

 やわらかそうな、厚い唇。


「どうした? 何を見ている?」

 魔女は意地悪そうに、俺が考えていることを知っているような、小バカにした顔でそう言った。

「お前はイヤなやつだ」俺は言う。

「はははっ。命の恩人をお前呼ばわりか。子どもも子ども、毛も生えてないジャリボーズだが、気構えだけはいっちょ前だな」

「うるさい」

 なんて言っていいか分からなかったから、うるさいと言った。


「そんな顔をするな。君が歩くのも、馬が買えるまでの辛抱だ。キリキリ進め」

「そんな事を気にしてるんじゃない」

「ふふっ。エビ丸。君は今いくつだ」

「…………。5歳……」

「エビ丸。家族が恋しいか?」

「うん」

「強くなりたいか?」

「うん」

「じゃあ、わたしとの約束を守れ」


「約束?」

「そうだ。この、『リサ・マギアハート』の言葉に従え。わたしが『命令』したら、必ず実行しろ。それだけでいい」

 魔女は、リサは、そう言って右目をつむった。

「おねえちゃんは、リサっていうのか」

「そうだ。5歳のションベンボーヤ、今日からわたしが、君のお母さんだ」

「お母さん……」


「辛かったな、今日は」

 リサはそう言って馬の足を止め、するりと地に降りた。

 満天の星空が、草原の上に輝いていた。

「おかあ、さ、ん……」

「そうだ。エピ。わたしが、君のお母さんだよ」

 満天の星空が、草原の上に輝いていた。

 どうして俺は、泣いているんだろう。

 気が付けば涙が頬を伝っていた。

 どうして俺は泣いているんだろう。


「うわ、うわあ、うわぁーーーっ!」


 リサの匂いに包まれて、俺はやっと、今日初めて、心の底から涙していた。

 リサはバカにしたように息を吐き、そっと俺を抱きしめていた。


 星空がただ、キレイだった。



 数か月後。


「見ろ。ここがわたしの村だ。名を『アイーシャ』という。見ての通りの漁村だ」

 船場の渡しから町を見上げる。

 目の前には白亜の建物が立ち並んでいる。

 低い屋根の港町。

 海の、潮の香りが鼻をつき、風に揺れる船の帆がぱたぱたとはためく。


 村は浜辺を底辺に丘となっていて、なだらかな斜面に民家が立ち並び、奥には小さな要塞のような石造りの砦が立っていて、アーチのような城門が町と砦を隔てている。


「あの砦に住んでいるのか?」

「そう思うだろう? だが違う。わたしの家はこっちだ」


 リサは村の坂を上り、舗装された石道を歩いていく。

 丘の頂まで歩を進めると、目の前に平地が広がっていた。

 丘から下るように平地は広がり、奥には山々、穏やかに流れる川、その手前に、1本の巨木が立つ森。

「あの森だ。エビ丸、君は今日からあそこで暮らす」

「森で?」

「ふふふっ。そうだ、君はきっと驚くぞ」


 その家は1本の大木を、丘から見たあの大きな大木をくりぬいた、まるで秘密基地のような家だった。

 見上げれば巨木の中心に、おおきなおおきなガラス窓のステンドグラス。

 幹から生える太い枝にはログハウスのような部屋が無数に建っている。

 部屋の数は20以上。

 大木の付け根は日の光をさんさんと浴びていて、木立が囲む天然の、野外ステージのような広場が広がっていた。


「すごい……」

「どんぐり眼ってやつだな。期待通りだ」


 リサはするすると広場を歩いていく。

 薪割り場、露店風呂、井戸に屋外調理場、まるでキャンプ場だ。

 俺たちが大木の付け根にたどり着くと、リサは声を張り上げた。


「コロン、アオイ、アルファ! 帰ったぞ! お母さんのお帰りだっ!」


 その声に答えるように、3人の人影が顔を出した。


「コロンだよっ! お母さんおかえりっ!」

 飛び出してきた黒髪ショートボブの少女がそう言って微笑む。

 大人になりかけている、すらっとした手足が眩しい。


「ママ! 会いたかったあ! あれ、その子だれ?」

 俺と同い年くらいの小さな女の子が小首を傾げる。浅黒い肌に、肩までの青髪。

 なんとなくだけど、この子がアオイなんじゃないかと思う。


「やっと帰ったな、リサママ。旅のついでに、オマケがくっついてるみたいだけどな!」

 赤褐色の模様が入った肌。トカゲのようなその身体の上に、半人半妖のキレイな顔が乗っている。

 男勝りな話し方。声は低く、ガサツな感じだ。


「ただいま。いい子にしてたか君たち? さっそくだが驚け。新しい弟のエビ丸だ」

「エビ丸じゃない。エピだ」


 ぶっきらぼうに答えた俺の声に、3人が沈黙で答える。3人はどこか、震えているようにも見えた。

 歓迎、されてないのか。そりゃそうだ。急に、俺みたいなやつが……。


 そう思っていたが。


「んーーーっ。おっとうとデキたー!!!」

「えッ!」

 トカゲの人の叫びに、俺は固まる。

「落ち着け、アルファ。喜び過ぎて食うんじゃないぞ」

「誰が食うか!」

 リサにアルファがツッコむ。

「エビ丸くんかあ~。エビ丸くんかあ~。いい名前! よろしくね、ボク、コロンだよっ!」

 コロンが言う。ボクっ子なのか。なんかこの子、自己主張強いな。

「はじめまして。わたしはアオイ。エピは何歳なの?」

「5歳、だけど」

「アオイは7歳なんだから、エピより2歳もお姉さんだね! あ、それなら、みんなお姉さんか。アハハ」

 あざとい。アオイには7歳ながら、女のあざとさが見えた。だが俺は言ってはいけないだろうと自制する。


 きゃあきゃあわあわあと3人の女子に囲まれる。

 ちくしょう、なんだよ。俺が子どもだと思ってナメてるのか?

 ちやほやちやほやと、なまぬる~い空気で俺を取り囲む笑顔の3人。

 それを眺めていたリサは、くくく、と喉の奥で笑い俺の背を押した。

「エビ丸。自己紹介だ」


 俺は、どうしたらいいだろう。

 冗談じゃないかと思う。からかわれていると思う。


 出会ってすぐに家族。

 コロンも、アオイも、アルファも、当たり前のように俺を見つめて温かなまなざしを送ってくる。

 そんなの、普通無理だろ? 家族って、そんな簡単になれるものだっけ?

 俺はあの青い草原で見た、母の顔を、父の顔を、姉の顔を思い出す。


「怖いか、エビ丸」

 リサは腰を屈め、俺の背に手を回した。

「この子たちはな、みな親のいない子だ。君の知る絶望を知っている。君の知る喪失感を知っている。だから笑う。だから君を受け入れる。彼女たちにとって君は弟だ。そして、君たちはわたしの子だ」


 俺は、望んでもいいのだろうか?


「小さな家だ。ぽつんと、闇夜に浮かぶ小さな家の灯。だがその灯りは、はるか遠く、闇夜を切り裂く希望の灯だ」

 あの日、消えたと思っていたあの光は、ここに今、宿るのだろうか?

「俺は、俺は」

「怖くない。エビ丸、いや、エピ。こわく、ないんだよ」

 リサの声が優しい。

「呼んでごらん。わたしたちの家の名を」

「家の、名?」

「そうだ。わたしたちの家、そのギルドの名前を」

「リサ。教えてくれ。俺たちの、家の名を」

「叫べ、エピ! その名を!」

「おおおぉー!」


「その名はギルド、『固い尻』だっ!!!」


「いや、なんでやねん! その名前なんでやねーん!」

 5歳の少年、エピは生まれて初めて関西弁でツッコんだ。

『いい~やっほ~うっ!』

 アホ3人が吠える。

「うむ。いいツッコミだ。エビ丸、君に教えておこう。ギルド『固い尻』はボケてツッコめるエンターテインメント集団だ」リサ言う。

 アオイが口を開く。「恐れないで。闇の奥には、光があるのよ」

「いや、キングダムハーツの面倒くさい設定か!」俺言う。

「FFXのパロディ作品をアップして、速攻で運営から削除された過去を恐れないで」コロン言う。

「作者の黒歴史を言うな」

「ドラクエVのデモンズタワーで……」アルファ言う。

「お前らスクエアエニックス好きすぎだろ!」

 俺の息が上がる。


「はあはあはあ」

「どうした、そのくらいの連撃で息が上がったのか?」

「いや、ツッコミのこと連撃って言うな」

「ファンタジーっぽいだろ」

「クソやかましいわ」

 俺の答えに笑ったリサは3人の後ろに回り、笑顔をみせた。


「エビ丸」

「あ?」


 それはまるで、物語のプロローグの1枚絵のように……。


『ようこそ、固い尻へっ!』

「なんでやねーん。なんでやねーん、なんでやねーん! その名前やっぱおかしいやろ! そんで、なんでみんなキメ顔やねん! ここからOP始まります、みたいな空気感やめろ! シャララランランランランラン♪ みたいな入りすんな!」

 どっかからピアノのBGMまで流れてくる。

「見て、流れ星」

「いや、流れてないやろ! 今昼だから! Aメロに入って、夕闇の草原で髪抑えながら空を見る少女たちすんな!」

「そしてBメロへ」

「やかましいわ!」俺ツッコむ。

 4人が魔法戦士の衣装で燃え上る火山を見上げている。

「いよいよね」「油断しないで」

「そこに直れっ~!」俺のツッコミはもう止まらない。


 ボクらを乗せて、メロディは続く。


『堕ちていく蒼穹の空に、ビザンチンの壁~♪』

「ちょっと待てーーー!!! サビの歌詞それなん? そんで物語をなぞるように1人ワンカット必殺技映すのやめれー! そんで聖女っぽい子が涙してたけどその子だれ~!」


『流れゆくヒンギスの彼方、ザンビアの嫁~♪』

「微妙に韻を踏むなー!」


『恐れない、ハゲない、めげない、固い棒を、あの固い尻に打ち込むまでぇ~~~♪』


 タラリタラリタラリタラリラア~~~~!!!


 リサが笑う。

 コロンがウィンクする。

 アオイがジャンプする。

 アルファが干し肉を噛みちぎる。


 そして俺は…………。


「俺はエピ! ぜってえ、魔王を倒す!」

 そう言って、笑顔でバストアップが抜かれる。


「この番組は、ごらんのスポンサーの提供で、お送りします」


 ………………。

 …………。

 ……。


 はあはあはあ。

 サビ後の、メインキャラ決めポーズをみんなでしてCMに入る。

 ありえん。アホだこいつら。俺が世界観に追いつけなかったらどうするつもりだったんだ?



「そんな感じだ」

「どんな感じだ!」

 大木の家に入り、広いリビングでアオイがクッキーと紅茶を出してくれる。

 ギルド、固い尻。所属メンバーは俺を含めて6人。

 一応説明しよう。

 まずは俺、チャンティ国の、遊牧民の子ども、エピ。

 そして、銀髪の魔女にしてみんなの母親、リサ・マギアハート。


 黒髪おかっぱボクっ子少女、コロン・ゴワーズ(15)。

 あざとい妹キャラ(年上)、アオイ・オダ(7)。

 姉御肌のトカゲ獣人、アルファ・ポーン(17)。

 そして。

「ジノ・スキャバーである。おいーっす」

 テクノカットの耳のとがったデカいおっさん、ジノが俺に挨拶する。

「ジノ、さんですか」俺は若干ヒき気味だ。

「ジノは執事である。ジノのことはジノと呼んでくれたまえ。ちなみにエルフだ。弓とか得意だ。あとフルートとか詩吟が得意だ」

「そうなのですね」

「そうなのですよ」

 こいつは、あんま関わらんでおこう。無駄に明るいおっさんのエルフ。5歳児でも感じる違和感だ。


 テーブルに紅茶がいきわたり、席に着いている俺たちを見て、リサが口を開く。

「久々の再会だ。そして新しい息子、エビ丸の加入。ジノ、留守の間はご苦労だったな。何か変わった事はあったか?」

「ありませえん!」

 いや、声がデカい。

「よろしい。では今日はパーティだ。港の酒場へ行こう!」



 酒場、「ビィーナスの貝がら」は、村の荒くれ漁師でいっぱいだった。

「オヤジ、牛乳だ。ありったけの牛乳をもってこい」リサ言う。

「金持ちのくせに、牛乳しか頼まないんだよな、魔女様は」

「へい、お待ちどうさま! 名物のビィーナスのミルクだよ!」女店員が牛乳とおばんざいを運んでくる。


「新しいおっとうとに、乾杯だ!」アルファがジョッキを掲げる。

「エピに」

「エビ丸くんに!」

「エビパエリアくんに」


『かんぱー~い』


 騒めく夜の酒場。

 楽しそうに飲んで食って騒ぐみんな。


 宴会なんて、くだらないと思ってた。

 バカな大人が飲んで騒いで、そんな場所だって。


 でもさ。違うんだ。空気が違うんだ。


 みんなは本当に歓迎してくれていて、内心疑っていた俺を、「まあまあ」みたいなテンションで、「気づいてよ、わたしたちの気持ちに」みたいな瞳で、急かす訳でもなく、でも期待一杯の目で、待っていてくれた。


「俺さ」

「ん?」

 食べ物の並んだテーブル越しに、俺はリサを見つめる。

「初めてなんだ、こんな風なの。こんなに、楽しいのは。部族の儀式は、つまらなかった。家族以外のほとんどの大人は、バカだと思ってた。威張ってばっかで、厳しくて……。でもさ、みんなが訳もなく殺されて、悔しくて、あんな村滅んじゃえって思ったこともあったのに、でもほんとに滅んじゃって、きっと俺は悲しくて……」

「…………」

「でも、だから、なんか分かんないけど、なんか分かんないけど、今、嬉しいんだ! お前たちが歓迎してくれて、嬉しい。俺はここに居て、いいんだろ? 俺が……」


「…………」

「リサ?」

 呟き見上げた俺の視線の先には、100年の魔女、リサ・マギアハートが、頬を緩めて俺を見ていた。


「家族なんだよ」

「リサ……」

「家族なんだよ」


 泣いたらダメだ。泣いたら俺はカッコ悪くて、そんなのはダメで……。


『エピ!』

「…………」

 みんなが、声を揃えて言った。


『おかえり、固い尻へっ!』


 俺は叫んだ。

「やっぱその名前台無しだ~~~っ!」

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