#006 ウソでもいいから水着は褒めろ


「結婚してください」

「えっ、ボ、ボクっ!?」

 シュンがそう言って、コロンの前で膝をつく。

 マジか、大人しそうに見えて、シュンって案外積極的だな。

 いや、それも一目惚れの、恋のなせる業か。

 コロンの方も、まんざらではないらしい。どぎまぎと、自分に手を差し出すシュンを見つめて、頬を染め曖昧な表情だ。

 そう思っていると。


「お嬢さん。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「ボクはコロン。コロン・ゴワーズだよ。きみは?」

「シュンと申します。それではコロンさん。失礼ですが、舌を見せてもらえませんか?」シュンが言う。

「いや、めちゃめちゃ失礼だな」

「ど、どういうこと? なんでボクが舌を出すの?」コロンが狼狽する。

「いえいえ、そんな難しいことではありません。思い切ってベロっをべ~~~って」

「ゴミすぎるだろ」

「これさえなければ完璧超人なんだがな、シュンは……」オリヴィエが呆れ顔で下を向いた。

 普段の穏やかなキャラはどこへやら。シュンがたたみかける。

「我が故郷エガンデでは、女性のふくらはぎを舐めると幸福が訪れると言われておりましてね。良ければ……」

「誰かやめさせろ」俺言う。

 強制的にシュンとコロンが引き離される。


「い、いきなりですまんかった。エピ。約束通り遊びに来たぞ。姉がいるとは聞いていたが、まさかシュンにヒットする人がいるとは思わなくてな」

「ああ、いや、それは構わんが」

 視線の先には、シュンがアルファに羽交い絞めにされてジタバタしている。

 シュンは地引網で引き揚げられた魚くらい抵抗していたが、オリヴィエが頭を張ると大人しくなった。

 シュン……、あいつああいうやつだったのか。人は見かけによらないな。


 場所を変えて、リビング。

 みんなが卓に座り、ジノがミルクティーを出して回る。

「エビ丸の友だちのオリヴィエにシュンか。過日は互いに世話をかけたな。我が家、固い尻一同、君たちを歓迎する」リサがそう言ってカップを掲げた。


 しばらく談笑していると、オリヴィエがリサを見て言った。

「エピには話してあるんですが、オレたち、妹の療養でこの町にいるんです。夏が終われば、州都の『ガルバナ』へ帰ります。ちょうど、納涼祭の終わる頃に」

「ガルバナか。あの辺りは盆地だからな。避暑にここアイーシャに来たのもうなずける。納涼祭は、半月後だったかな?」

「はい」

「あと半月……」俺は呟く。

「心配すんな! ガルバナはそう遠くないぞ。こっからだと川越えて湖越えて、5日の道のりだ」アルファがフォローする。

 いや、でも簡単に言うけど俺は川なんて越えられんぞ。


「とにかくさ、夏が終わればこれまでみたいに頻繁にお前に会えない。だから、こっちに居るうちに、妹のクリスも交えて、海水浴でもしないか?」そう言ってオリヴィエが笑った。

「海水浴? いいじゃんいいじゃん。アオイは賛成だよ」

「まあ、せっかくできたエビ丸の友だちだ。好きにすればいい」

「いや、何を言っている。俺が行くなら当然ママ上も行くのだぞ」

「なに、わたしもか?」

「せっかくだから、みんなで行きましょう。アルファさんも、コロンさんも一緒に」

 オリヴィエはそう言うが、コロンは思いっきりシュンをガン見して考え込んでいる。

「ジノも行こうかな。コロンくんのために、シュンくんのお目付け役をうけたまわろう。それでいかがかな?」

「まあ、ジノさんが行ってくれるなら」コロンも渋々納得する。


「コロンさん。水着を着るとなると日焼けが気になるでしょう。お任せください。不肖、このシュンがぬるっぬるのローションを肌という肌に塗りたくって差し上げますので」

「オリヴィエ。海に行くのはいいが、その前にシュンを修理しとけよ」

「ああ、善処する……」


 そうして、みんなで海水浴に行くぞ大作戦は幕をあげた。



 ところ変わって、ここは町の水着屋さん。


「おっとうと~。これ見てくれ。ラムちゃん水着とハイレグ水着、どっちにしようかなあ」

「エピ。アオイね、やっぱりパレオがいいと思うの。ただでさえ色が黒いし、身体もロリロリだから」

「エビ丸くん。水着は決まったんだけど、上はやっぱTシャツかなあ? ボク的には……」

「うるっせえ! 海行くだけだぞ、男は水着の柄なんて見てねーんだよ!」

『それ最悪な発言だよ~』

「うるせ、うるっせえ!」

 俺たち男4人と、リサはもう水着を決めていたので、店頭で買う気もないサングラスなどを眺めて時間を潰す。


 そしてお買い上げ。


「8万4千ガルンになります」

「おお、たかが水着でだいぶいったな」俺言う。

 リサが会計をする。

「領収書のお名前はいかがしますか?」

「エピで」当たり前のようにリサが言う。

「ふざけんなっ!」俺はツッコむ。

「ふざけてなどいない。今回はいわば君たちの持ち込み企画だ。1週間後に徴収するから、それまでに君たちは金を稼げ」

「か、金を稼げって。うちだって少しは金がある。エピにつけるのはやめてもらえないか?」

 オリヴィエがそう言ってリサを見つめる。

「分かってないようだな、ボクちゃんたち。金額の多い少ないじゃない。君たち自身が、望んで遊びに行くための出費。ならば本人たちが稼がないでどうする?」

「全員、全裸ならタダだ」俺言う。

「州兵に捕まるだろう」

「だからって……」俺は食い下がる。

「いいから1週間で稼いでみろ。稼げなかったら、今回の海水浴はなしだ!」

「な、なんだってえ~!!!」

 シュンが血の涙を流していた。



 家に帰ってからも、女たちはあれこれと水着を見せびらかし、リビングはかしましい限りだった。

 みんながドタバタやっていると、ジノが呆れたようにカウンターからコーヒーを出してくれた。

 男4人でカウンターを囲み、ナッツをつまみに談話する。

「娘さんたちの熱はすごいですな。ま、コーヒーでも飲むがいい」

「いただこう」

 一口飲む。

「む。今日のウマいな」

「さっき州都・ガルバナの話が出ただろう? それで思い出して、ガルバナで買った豆を挽いてみたのである」

「ふっ。さすが俺。違いの分かる男なのでな」

「オレはコーヒー苦手だ。砂糖もらえますか?」

「オリヴィエ。この香り、上等なガルバナの高原の香りだ。砂糖などいれては失礼にあたる」

「かまいませんぞ、シュンくん。美味しく飲んでもらえるのが執事にとって1番の喜びでしてな」

 みんなでコーヒーを飲みながらダバダバする。

「納得と言えば納得だが、この騒ぎにママ上は混ざらないんだな」

 俺は疑問を口にする。

「うむ、どうやらシクスティーナの依頼が入ったようでな。久々にセミオーダーの注文なので、張り切って工房に向かっていったぞ」

「シクスティーナにセミオーダーとかあるのか?」

 ジノが頷く。


「うむ。ほとんどの場合、冒険者は市販のシクスティーナ店から物を買う。だが稀に、討伐したモンスターのレアドロップ素材を持ってくる者がいてな、自分の武器に特性付与して欲しいと、依頼を持ち込んでくる事がある。ジノが使っているあの弓。名を『葉隠れの弓』と言うが、あれもリサくんに頼んで作ってもらったセミオーダー品なのだよ」

「ふ~ん。じゃあ俺のアイスダストも、素材次第で強くなるのか」

「エビパエリアくんはまだその段階じゃない。装備のポテンシャルを最大限まで引き出した後に行うのがセミオーダーだ」

「うへえ。先は長そうだな」

「ところでどうだろう。よろしければジノのおニューの水着のお披露目など……」

「お前も楽しみなんかい」


 話を戻す。

「金稼げって、俺たちどうすりゃいいんだ?」

「普通に考えれば、バイトであろうな。ここは港町だから、漁業関連の日雇いならいくらでもあるだろう。ああ、それに丘の上のマルガージョさん家の農家でも求人を募集しているぞ」

 ジノの話を聞き考える。

「農家か。俺は遊牧民の子どもだったから、家畜の世話は自信あるぞ。俺と、オリヴィエと、シュン。3人も雇ってもらえるだろうか?」

「人数は問題ないだろうが、農家は半日仕事だ。午前マルガージョさん。午後に昼漁で稼いだらどうだ?」


「どうだお前ら?」

 俺はオリヴィエとシュンに話を振る。

「わたしは構わない。だが、オリヴィエはどうだろう。辺境伯の子息に農作業、漁業とは、御屋形様はお許し下さるだろうか」シュンがやっと平常運転になって、オリヴィエの出自を気にかける。

「民の暮らし知りて、治世に活かす。これが父上の口癖だ。実際に体験する事で見えてくる事もあるだろう」


「決まりですな。マルガージョさんのところへはジノが話しを通しておきましょう。明日の朝から働けるように手配しておくぞ」

「よろしくお願いします」

「うむ。昼漁については、自分たちで探して見なさい。なあに、どこの漁師も人手には困っているのでな」



 再び町に戻り、俺たちは浜に船を止めている漁師たちに声をかける。

「男1人に、子ども2人? ダメだダメだ。漁は命懸けだぞ。お遊びの小遣い稼ぎなら丘でやれ」

「網の修理なら3人雇えるが、たいした金は払えないぞ。そこのガタイの良いあんちゃんなら沖に連れて行ってもいいが」

 色々声をかけてみるが、帰ってくる答えはみな同じだ。

 シュンならいいが、俺とオリヴィエは戦力外。

 あるのは網の修理や、揚がってきた魚の仕分けみたいな仕事だ。当然、給料も安い。

「どうするエピ?」

「う~ん。そうだな。考えてみれば、1週間後に、8万4千ガルン用意すればいいんだろ? 全員が同じ仕事に就く必要はない。シュン。お前漁業でいいならここで決めてしまえ。俺とオリヴィエは他でなんか探す」

「そうか。じゃあ悪いがわたしはここで働かせてもらう。マルガージョさんのところへはお断りをしてもらえるかな? ねえ、オリヴィエ。これも社会勉強だ。短気を起こさず、決めた場所で勤め上げてくれ」


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