うんとこどっこいしょ

#013 スーパー戦士、その名はイェレナ!


 波打ち際に、おばさんが漂っていた。

「おい、あんた。生きてるか?」

 俺の声に、漂った頭が痙攣する。

「い、い、医者あ~~~!」


「塩分の取り過ぎだね。コレステロールも基準値以上だ。尿酸値が高いので、最悪痛風になるぞ」

「いや、健康診断じゃなくて、死にかけたおばさんの診察を頼んでいるんだが」

「ありゃ単に腹減らして行き倒れてただけだ。どっからか知らんが、船も使わずこのアイーシャまで泳ぎきってきたんだ。倒れない方がおかしい」

「なんだ、ただのバカか」

「ああ、ただのバカだ。医者にもどうしようもない」



 なんで俺が、と思うが、身元不明のおばさんを伴って町の診療所からマルガージョ牧場に向かう石畳を歩いていく。

 おばさんはマルシェで買い与えたリンゴを種の部分まで食っている。

 早いとこ本格的な食事をとらせた方が良いだろう。

「おい、おばさん。俺はこれから仕事だ。そこで飯を食えるから、そこまで頑張って歩け」

「ああ、優しいわねボーヤ」

「エピだ」

「素敵なお名前ですってこと。ねえ、おねいさんとっても辛かったの。ワタクシに何かして欲しいことはなあい?」

「生きてこの町を出てくれ」

「つれないわねえ」


 描写するのも悲しくなるくらいのおばさんだ。

 顔はむくみ、腹はぽっちゃりを通り越してぼってりしている。二の腕はハムのよう、足に至っては建築用の材木くらいある。

「嗚呼、聞きたくもないが、呼びづらいのでアレだ。名を何という?」

 目を開けていると現実に殺されそうだったので、目をつぶっておばさんに問う。どうせなら美少女を助けたかった。


「イェレナよ。誇り高き『エトネシア』の戦士、イェレナ・ウサーチェヴァよ!」

「そうかイェレナ。それでその誇り高き戦士は何でアイーシャの浜辺に打ち上げられていたんだ?」

 そう聞くと、イェレナとやらは無駄に巨乳な胸を張って言う。

「ワタクシ、マクスリーという町の近くにあるという遺跡を探しておりましたの。ところがエトネシアからの船は途中で座礁し、そこからは路銀も尽きて、ショートカットかと思って沖に漕ぎ出したら漂流してしまって。ここはいったいどこなんですの?」

「ここはアイーシャ村だ。お前の目指すマクスリーの1つ手前の町だ。運が良かったなおばさん。普通なんの考えもなく沖に出たら死んでるぞ。これを機に人生を見つめ直してまっとうな道を歩め」


「父とのおっ! 約束ですのおっ!」


 おばさんが叫ぶ。

 ああ、超めんどくさい。

 訳もなく通りすがりのガキの頭を引っ叩きたい気分だ。ここで置き去りにする事も可能だが、そうしたらこいつ絶対に意地でも「父との約束」の話を聞かせようとするだろう。

 こっちは今から仕事の上に、職場におばさんの飯を恵んでもらえませんかと頼む身だ。

「イェレナ」

「なんですの?」

「俺はお前に飯を提供する。お前は黙って食って、速やかにこの町から出る。それが契約だ。オーケー?」

「でも! 一宿一飯の恩を返さないと……」

「ああああああああ! 超めんどくせー! 誰か助けてくれえ!!!」



「すごいのを拾ってきたな」

「言わないでくれ、親方。俺、さっきから胃腸がなんか変なんだ」

「おじさんもまさか、3杯目のシチューを作ることになるとは思わなかった」

「出産前の忙しい時期にすまんな」

「許し合っていこう」

 許し合っていこう、か。神の言葉だ。

 親方は納屋から食材を取りだして鍋をコトコトいわせだした。

 嗚呼、もうほんとに、世界に土下座したい気分だ。


 それに引きかえあのババアは!

 食っては腹を掻き、食っては生え際を掻き、食っては脛を掻く。

 ふざけんな、さらに敏感肌かよっ!!!


 だれかあ、だれかたすけてくれよお~。

 ぼくもうむりだよお~。


 親方に申し訳なくて、でも親方も黙って飯の準備をしていて、ここで俺が投げ出すわけにはいかない。

 人生って、辛いな……。



 農場の隅で、ぽつんと、おばさんが俺を見ている。

 俺は気にしないように作業に精を出していたが、おばさんは丸太の横木に腰を下ろして、ぽつんと、悲しそうに俺を見ている。飯を食い終わった腹に膝を抱え、窮屈そうだ。

 惑うな。惑うなかれ、エピよ。

 契約はもう履行した。あとはあのおばさんが自発的にこの町を立つのをただ待てばいいだけだ。

 しかし。振り返るとそこに。ぽつんと、おばさんの姿。

「あぁ、ああぁ、あぁああああ!!!」

「エピ! 落ち着け! 気をしっかり持つんだ!」親方が叫ぶ。


 しかし俺は!


「聞け、イェレナ! 例え刑法がお前を許そうが、お前は悪だ。無自覚な悪、本来誰にも罪などないだろう。だが俺は斬るっ! 今日を過ごす民のため、誰かの明日の未来のため、心を鬼にして、天魔を払うっ!」


「ブラヴォ、その心意気、ブラヴォですわ」

 おばさんが拍手している。

「お前に言ってんだよ!」

 ああ、もう、メガンテしたい!

「ふう~、ふう~。いいか、イェレナ。3秒数える。その間に立ちあがって西のあぜ道を目指せ。お前の行くマクスリーへの道はそこだ」

「もう。照れ隠しなんかしちゃって。おませさんなんだから。そこまでがっつかれるなんて、ワタクシも罪な女ね」

「あ?」

「一宿一飯の恩義、身体で返させてもらうわ。Bまでよ。ペッティングまではよろしくってよ! おいでボーヤ! 大人の温もりを、その肌に刻むがいいわ!!!」

「きけごじゅるぶわあぎゃみおんふべれーーー!!!」

「エピ! しっかりしろ、エピ!」

 親方の声が、すっげー遠くで聞こえた。



「大丈夫か?」

 うっすら目を開けると、そこにはリサの顔。

 安心が身体を包む。

「あぁ、ママ上。俺……」

「安心しろ。家だ。お前、牧場で倒れたらしいな」

「俺って、あの後、あの後……」

「考えなくていい。それより、ほれ」

 リサが親指で指す。

 みるとそこに。


「起きたわねミルクボーイ。ワタクシ心配しちゃたわ。興奮のし・す・ぎ♪ いけない子ね」

「おぎゃあああーーー!」

「どうした、しっかり、しっかりしろエビ丸!」リサが身体を支える。

「悪魔が、悪魔がいる……」俺は震えながらおばさんを指さす。

「落ち着け。この部屋にはわたしたちしかいない。あそこに居るのは、親切にも君を運んできてくれたイェレナさん(26)だぞ。何を怖がっている?」

「まず、26じゃねえ!」

 俺は血の涙を流す。

 これは罠だ。しんどいけど、だるいけど、ここで頑張らなきゃ、もっとしんどい気がする。確かにする。

「そいつを、自称26歳の女を、すぐに追い出してくれ」

「なぜだ、確かにブスだが、親切な人だぞ」

「誰がブスやねん」イェレナがツッコむ。

「聞けばイェレナさんは天涯孤独の身だそうだ。おまけに親切にも君を助けてくれた。彼女はマクスリーの遺跡を目指しているらしい。さっき、イェレナさんの気が済むまでうちに泊めようと家族会議で決定したところだ」

「優しさが邪魔をする~~~!」



 んで。

「イェレナさんは、どうして遺跡を目指すんですか?」アオイが純粋な目でイェレナを見る。

「それはね、父とのおっ、約束だからよおっ!」

 嗚呼、せっかくジノが作ってくれた夕食の味がしない。「父との約束」エピソードはもういいわ。

 なんならこのおばさんに最初から父がいたかどうかを疑うレべルだ。人間から生まれたって証明のための壮大な作話なんじゃないかと俺は疑っている。

 そもそもどうしたいんだ? 何でみんな平気なんだ? 俺がおかしいのか?

 おばさんは昼も山盛り食ったのに、夜も特盛で食っている。

 明日はギガ盛の枠を飛び越えるかも知れない。



 風呂に入っている。

 おばさんと。


 ところ変わって、ここは露天風呂。

 何故こうなった? 俺は何も悪いことはしていない。強いて言えば2日連続で夜食にチャーハンを食ったくらいだ。


 ちゃぽん、とぷん。


 嗚呼、水音がする。地獄の調べだ。

 ロケットランチャー持ったクマと戦う方がまだマシだ。

「ねえん、どうしたのお? 照れちゃってるのかしら? もう食べないわよお。時間切れ。女の賞味期限は早いのよお。食べたい時が、た・べ・ど・き!」

 神様、力を下さい。アレをアレする力を下さい。

「イェレナよ、俺は目をつぶっているから早く風呂から出てくれ。普通くらいの女が必要以上に警戒してエレベーター乗るのズラすくらいムカつくが、俺は頑張って我慢する。だから頼むから今日の安眠を約束してくれ」

 俺の声にイェレナが答える。

「お尻の方が良いかしら?」

「は?」

「ボーヤには、お尻の方が良いのかしら? 仕方ないわね。見せてあげますわ、とっておきのグレートバディ!」

「やめろ、やめてくれ!」

「ダッダーーーン!!!」

 ぎゃおおおぉーーー。

 最悪だ。しかもうっすら、前もちょっと見えた。

 殺してくれ。俺はもう地上で生きていけない。

 ああ、もう、美人のおっぱいだけ触って生きていきたい……。

 俺は現実逃避をする。


「はあはあはあ」

「大丈夫、ボーヤ」

 おぎゃあああ! その肌が! その肌が俺にとって今凶器だ。

 冷静に考えよう。

 一生に一度、ハリウッド映画で主演を張ったあと落ちぶれた女と、男をとっかえひっかえして毎日を優雅に過ごす素人。

 どっちがいい?

 決まっている。セッソ(イタリア語)に酔いしれる日常だ!

 しかし今晩どっちか選べと言われたら、俺はきっとマイナーハリウッド女優を選ぶ気がする。

 自分でも何を言ってるのか分からないが、まともな神経ではこの荒野は渡れない。

「あ、流れ星」おばさんがなんか言っている。

「ねえ、見て。今流れ星が光ったのよ。突然すぎて願い事するの忘れちゃった。ねえ、エピ。もし流れ星を見たらボーヤは何を祈るのかしら?」

「どんなにつらい時でも優しさを忘れない男になる事だ」

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