#012 片耳の約束


 あっという間に、納涼祭当日だ。

 家では珍しく酒樽を開けて、アルファが昼間っから酔っぱらっている。

 俺やアオイたちも1口飲んでみたが、故郷の、馬乳酒以外の酒の味はまだ俺には分からん。


 昼食は町の露店で買い食いだ。

 イカゲソ、ドネルケバブ、たこ焼きに牛串など、簡易な料理で腹を満たす。

「オリヴィエたちはまだ荷造りかな。あいつらにワインの1つでも飲ませてやりたかったんだがなぁ」アルファが真っ赤な顔でごちゃごちゃ言う。

「酒飲みたいなら親方んとこでも行け。あそこと納涼祭の運営委員会のテントではゴミみたいな大人が朝から気炎を吐いてるぞ」俺言う。

「マルガージョさんって、子どもの頃はこの辺り一帯のガキ大将だったらしいぞ。いい歳こいた大人が少年の頃の夢見て集ってるらしい」

「ピーターパンシンドロームか。フック船長にファックされてしまえ」

「言うなよおっとうと。大人は飲まなきゃやってられないんだ。なあ?」

「わたしにフるな。君、ちょっとウザいぞ、アルファ」

 リサが冷たくあしらう。


 アルファは「ちょっとあの子の様子見てくる」と言って去って行き、それぞれ適当に過ごす事になった。あの子とは足の悪い、村外れの農家の少年の事だろう。

 夕方までは俺とアオイとコロンで町を巡る。

 リサとジノはヴィーナスの貝がら直行らしい。


 マルシェでは、簡単な紙の仮面が多く売られていて、それを見てアオイが得意げに説明する。

「納涼祭のメインはね、この仮面を使うの。貝合わせって知ってる? ハマグリとかの2枚貝にそれぞれ同じ絵が描いてあって、仮面をした男女が自分の貝の絵と合うパートナーを探すって祭りだよ。元々は海の女神様に感謝する祭だったみたいだよ」


「ふうん。海への感謝が、今はネルトンパーティ化してんのか」

「ネルトンって言うな。エピは参加する?」

「しようかな。2人はどうするんだ?」

「わたしは、エピが参加するならしようかな」

「コロン、お前は?」

「う~ん。ボクはいいや。せっかくだから2人で楽しんできなよ。じゃ、ボクは用事あるから」

 コロンが駆けていく。

「コロンちゃん、なんか変な感じだったね」

「あいつにも色々あるんだろう。とりあえず俺たちは仮面を買うぞ」



「誰か、カモメのマークの人居ますかぁ?」

「こっちは亀なんだけど」

「俺は栗っぽい、ウニっぽいギザギザだ。誰か聞いてないか?」

 仮面をつけた男女が声をかけ合っている。

 町の広場からマルシェの方にかけて、人波でごったがえしている。

 この町にはこんなに適齢期の男女が居たのかと思わせる。

 こんな人数の中から、自分のとピッタリ合う貝の持ち主と巡り合えたら、そりゃ運命の1つや2つ感じてしまうだろう。

「アオイ、ちなみにお前のマークなんだっけ?」

「天秤だよ。エピは?」

「イソギンチャクだ。なんか海関連の絵が多いな」

「やっぱり海の祭りだからねえ」


 マルシェの端の方まで歩いていくと、さすがに人通りも少なくなった。

 俺とアオイは仮面を脱いで夜風を浴びる。

「けっこう蒸すな、この仮面」

「ね。小顔効果みたいになってる」アオイが笑う。

「コロンたちは、今頃どうしてるかな?」何気なく呟く。

「コロンちゃんたち? どういうこと」

 思わず口に出した言葉だったが、アオイが食いついてきたので話す。

「いやさ、昨日たまたま聞いちまったんだよ。シュンがコロンをデートに誘ってるの。アオハルだよなあ」

「その時コロンちゃん、何か言ってた?」アオイの語調が強くなる。

「ん? 少し考えさせてくれって。ありゃ正直、どっちの意味だったのかねえ?」

 アオイの表情が変わる。


「どこで会うって言ってた?」

「おい、なんだよ急に」

「いいから答えて!」マジギレである。正直こっちがヒくというものだ。

「村の教会とか言ってたけど……」

「しまったっ、間に合って! エピ! 何やってるの、エピも来る!」

 な、なんだなんだあ。

 俺は状況について行けてない。

 そのあと、アオイは前屈みで独り言を言いながら阿修羅の勢いで教会を目指す。

 俺は訳も分からずアオイの背を追いかけていた。



「お気持ちを、決めてきてくれましたか?」

 暗い納骨堂に月光が差し込み、青い光となって白石の壁を浮かび上がらせる。

「決めてきたよ、シュン」

 コロンが答える。

「それは……」

 コロンは強い瞳で前を見て、真っ直ぐにシュンを射抜く。

「ボク、コロン・ゴワーズはシュン。君を愛せない。ボクの事は忘れて欲しい」

「そういう答えも、予想していました」

 その時、俺たちは教会にたどり着いた。息を切らして納骨堂の影から2人を見守る。

 コロンはいつもの笑顔がウソのように、凍り付いた眼差しで、シュンを見ている。

「時が違う。流れが違う。そして、理が違う。ボクは魔女だ。君の世界に、掠めるように存在するのが、コロン・ゴワーズという、『忘却の魔女』だ。ボクの『オリジナルスキル』は、『記憶操作』だ。忘れて、眠れ。暁の頃に、君はその心を覚えてはいない」

 ゆっくりと、コロンがシュンに近づいていく。

 コロンが何か呪文を唱えた。彼女の右手からは、紫色の蛇が鎌首をもたげる。


「コロン。何をしている」

 突如、薄明りの中で声が響いた。

 こつこつこつ。

 こつこつこつ。ぴた。

「魔女が私利私欲のために力を使うのか? わたしは君をそんな子に育てた覚えはないぞ、コロン」

「リサ・マギアハート……」

「お母さん、だ。『パスト・スネイク』を解除しろ」

「お前に、お前に何が分かる!」

 コロンが叫ぶ。

「分かるとも。自分の葛藤の重荷に耐えられず、魔法でシュンを引き離そうとした、恥知らずな魔女見習いだよ」

「うるさいっ!」

「向き合え。自分の心に。今、君の心は何と言っている?」

「邪魔する者を、消せと言っているっ!」

 コロンが歯をむき出す。

「ならば来い」

 リサが杖を掲げた。


「うおおおぉ!」

 コロンが大鎌を提げて突進する。

 ガキイン。

 杖と鎌が火花を散らす。


「こっちだ。こっち来い」

 声に振り向くと、アルファとオリヴィエがいつの間にか傍に来ていて、俺たちを納骨堂の端へと連れて行く。

「おい、どういう事だ。コロンは、あいつは魔女なのか?」

「あの子は忘却の魔女、コロン・ゴワーズだ。止められるのはリサママしかいない」


「フレアダンス!」

 爆炎が躍る。リサの攻撃を鎌でかき消したコロンは、次の瞬間リサを見失う。

「上か!」

 コロンが吠える。

 だがしかし。

「下だよ」

 コロンの影法師から、リサが浮かび上がる。

 そして!


 キイン。


 ガラン。


 コロンの手から大鎌が離れた。リサは涼しい表情でコロンを見下ろす。

「勝負は決したな。負けた気分はどうだコロン。心と戦うことなく魔法で事を収めようとした憐れな魔女よ」

「うるさいっ!」

「君の心は君の物だ。そして、シュンの心もシュンの物だ。パスト・スネイクで誤魔化して、君たちに何が残る?」

「シュンは幸せになれない。幸せじゃないシュンの隣でっ! ボクも幸せになんかなれないっ! 全部忘れてしまえばいいんだ。その力がボクにはある」


「いいや。君にそんな力はないな。あるのは、臆病で弱い、裸の心だ」

 そこにシュンが歩いてくる。

「忘れても、忘れない。わたしは貴方を愛した。この世に愛より強い魔法などないと、わたしは信じる。貴方は優しい、コロンさん。その優しさごと、どうかわたしに包ませてくれませんか?」

「シュ、シュン……」

「愛してる。コロンさん」


 人間にこんな声が出せるのだろうか。


「うわあああああ、ぅわぁあああああああぁーーーー!」


 焼き切れるような、コロンの慟哭。

 納骨堂に反響したのは、魔女でも何でもない、1人の女の子の涙だった。



 オリヴィエたちの隊列が、東の街道を進んでいく。

 翌昼。

 俺たちは魔女の森の広場からそれを見ていた。

 隣にはコロンの姿。

 晴れ晴れとした表情で、道を行く隊列を見守っている。

「お前魔女だったんだな。どおりで普段の態度が悪いはずだ」

「なんて言い方だよお、それ」

「お別れは済んだか?」

「うん。シュンは迎えに来てくれるって。長い長い、ボクの遠距離恋愛の始まりだっ!」

「魔女って、リサも含めてだけど、こんなに普通な存在なんだな」俺は言う。

「普通だよ。だってボクは魔女だけど、女の子だもん」

「女の子、か」


 隊列は街道を渡り、やがて消えていった。

 その時に俺は気付いた。

「コロン。お前イヤリング……」

 コロンの耳には、右耳しか、あの珊瑚のイヤリングがついていなかった。

「半分は、預けてきた。そのもう半分は今頃……」

 呟いたコロンの声を消すようにリサが大声を出す。

「さあ、諸君。見送りは済んだ。新しい1日の始まりだぞ!」

『おおう~~~!』

 叫び返して、コロンと一緒にリサの背を追う。

 隣を駆けるコロンの右耳には、約束のイヤリングが陽の光を受けて瞬いていた。

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