#011 納涼祭


 今日は馬の調教の日だ。

 普段の世話や、牛たちの乳搾りに加えて、調教後の馬体の世話もある。

 マルガージョ牧場が1番忙しいサイクルの日だ。

 俺は馬のひづめの汚れを取っていた。今日は雨だ。調教に出されていた馬たちのひづめには泥やら藁やらがこびりついている。

 金具で汚れをかき落とし、上薬として油を塗り込む。爪の匂いと油が混じって、カニのような匂いがする。湿気が高く、蒸し蒸しと暑いので余計に匂いが鼻をつく。


「オリヴィエ、丁寧すぎるほどでいいぞ。ゆっくりでいいから汚れ0を目指してくれ」

「やってるけどさ、そんなかっちり落としきらなきゃダメなのか?」

「馬は足に蹄鉄打ってるだろ、僅かな隙間に汚れが溜まってると、腐ったりひび割れたり、最悪歩けなくなる。だからご丁寧にも油まで塗ってるんだよ」

「ふ~ん。ちょっとは知った気になってたけど、やっぱ奥が深いな」


 俺は自分に割り振られた馬の掃除をしながら、オリヴィエが仕上げた馬のチェックまでする。

「おい、言っただろう。汚れ0だ」

 チェックした馬を見て、俺は声をあげる。

「あ、ええ、ウソ? まだ残ってたか?」

「爪もまだ少し甘いが、足首にまだ泥がこびりついている。爪だけじゃないぞ。全体をしっかり見ろ、ながら作業するな」

「くそ、ここではエピの言いなりだな」

 ぼやいて、オリヴィエが洗い直す。

「面倒だけどな、足やった馬は無価値だ。どんなに手塩にかけた馬でも、行く先は馬肉だ。そんなのは嫌だろう」

「こいつらが馬肉か。しゃーねえ。もうちょっと頑張るか」

「その意気だ」



「2人とも、ごくろうだったな。特にオリヴィエは今日が最後の仕事だ。半人前だが、よくやったな」

「ありがとうございます。マルガージョさん。お世話になりました」

「ああ。来年、また機会があればうちに来い。それまでに元の家でも少しは馬術の勉強をしろ。将来の役に立つ筈だ」

「その頃にはマルガージョさんもお父さんですね」

「ははっ。ガキがナマ言うな。お疲れな、オリヴィエ」


 俺とオリヴィエ、親方、そして調教師さん2人の5人で昼飯を食う。

 マルガージョ牧場は昼のまかないつきだ。意外なことだが、マルガージョさんは料理も得意らしい。

 今日はひよこ豆とチキンとほうれん草のカレーがメインだ。付け合わせにはパンとスープ。

 男料理なので、大鍋から各自すくって豪快に食べる。

「もうすぐ納涼祭やなあ。村の若いもんは今から鼻息荒くしとるぞ」

 調教師のおじさん、ボーゲンさんが笑う。中年の穏やかそうなおいちゃんだ。

 俺はまだ一方的だが、ボーゲンさん大好きだ。可愛い大人に見える。

「うちの息子もじゃ。あいつは行き遅れとるからのう。祭りで嫁を探すと息巻いておる」

 もう1人の調教師、年配のスラヴォミールさんも言う。

「俺と嫁の出会いも、そう言えば納涼祭だったなあ」親方が遠くを見るような顔をする。

 村の大人たちにとって納涼祭は懐かしい思い出であり、若いやつらにとっては、恋人ゲットの一大チャンスらしい。


「ロズデイルの若様は祭りに参加できるんかい?」スラヴォミールさんがオリヴィエに話を振る。

「ええ。明日明後日は荷造りで、祭りに参加して次の日に帰郷します」

「どうじゃった若いの、アイーシャは?」

「ステキな村です。友と、巡り合えた」

「ははははあ、青いのう青いのう」

 オリヴィエは照れたように笑い、俺を見つめて表情を緩める。

「新年祭には、ガルバナへ来い! 花火も上がるし、通りはワインの匂いだらけで、街は賑やかだ。お前に、俺の生まれ故郷を見せたい」

「ああ。約束だな」

「約束だ」

 俺たちはがっちりと握手する。


 もうすぐ、お別れだ。


 ガキで世間知らずで高潔なお前は、俺の友だちだ。

 シュンも、クリスも。


 夏が終わったら、寂しくなるな。



 オリヴィエたちが夕方森の家にあいさつに来ると言うので、時間いっぱいで上がらせてもらい、教会で待っていた。

 ヒマだったので、初めて尖塔に登る。丘の頂の尖塔からは町が一望できる。

 せっかくの展望だったが、雨が降っていて、なんとなく暗い風景だ。どんよりとした雲が空を覆い、町は影に沈んでいる。

 この町に来て、もう半月以上か。

 なんか、あっという間に馴染んだような気がする。

 それは固い尻のメンバーのおかげであり、オリヴィエたちロズデイル一家のおかげでもある。もちろん親方や、ヴィーナスの貝がらのオヤジも含めて。

 でも、悔しいけど今はまだ半分お客様だ。早く、この町の住人として認められたい。焦っても仕方ないのは分かっているけど。


 そんな事を考えながら景色に目をやっていると、下から声がかかる。

「魔女様のとこの坊ちゃん。ロズデイルの若様たちが見えられたわよ。降りてきなさい」

「はーい」

 シスターさんの声に返事して梯子を下りる。

 下りるとそこにはシュンの他に、クリスとリサも居た。

「クリス、お前も来たのか? 家まで歩けるか?」

「平気です。身体が弱いって言葉にいつまでも甘えてられません。それに、魔女様たちにはお世話になったし」

「そうか。んで、ママ上はどうしてここに居るんだ?」

 俺はリサを見る。

「ああ。前にお前がアイスダストを折られただろう。完全にお前が悪かったが、衛士たちには世話をかけたのでな。先延ばしにしていた礼を告げてきたところだ」

「おお、ありがとう。ホーホルたち元気だったか?」

「ホーホル?」リサが小首を傾げる。

 それにオリヴィエが答える。

「うちの衛兵の名前です。ちなみにもう1人はエンゾ・マルローだ。2人ともなんだかんだ言ってたが、お前に会えなくなるの寂しそうにしてたぞ」

「そっか。あいつらもガルバナに帰るのか」

「お前には引き合わせるヒマがなかったけど、アイーシャ一帯を統治するオディロン叔父上はマクスリーの庁舎に留まる。何か町の事で困ったことがあったら叔父上に手紙を送ってくれ。直接オレに送って来てもいいしな」

「ああ。じゃあそろそろ行こうぜ」


 その夜は宴会だった。

 家の連中とオリヴィエんとこをごちゃ混ぜにして、騒いで飲んでダベった。

 ジノがピザを焼き、アオイがケーキを作り、広場のバーベキュースペースではアルファとコロンが豪快に肉と海産物を焼き上げる。

「オレはハマグリ好きだぞ、ハマグリ。汁が美味いんだ、ハマグリは!」

「おいオリヴィエ、実験だ。ハマグリとエビと牛脂の汁を醤油バターに混ぜて飲もうぜ!」

『うっま~い』

 ぶっちゃけ、食う物は何でもいい。


 この時間が楽しくて、みんなが笑顔で、別れなんて、今日はなくなる。


「エピさん」

「ん?」

「お兄様の、あんな笑顔をクリスは久しぶりに見ました。お兄様はいずれ辺境伯となられるお人。ガルバナに帰れば、ここに居るようにはいきません。エピさん、いつまでもお兄様のお友だちで居て下さい。クリスにも守りたい物があるのです。お兄様がお兄様らしくいられる、この町の優しさを、お兄様が道に迷った時、思い出させてあげてください」

「お前は良い子だな、クリス」

 クリスの金髪の頭をなでなでする。

「クリスもエピさんに会えて幸せでした」

「別れみたいに言うな」

「そうですね」



 茂みでおしっこをして広場に戻ろうとすると、話し声が聞こえた。

「コロンさん」

「シュン。ボクに何の用だい?」

 月明かりに照らされた薪割り場で、コロンとシュンが向かい合っていた。

「わたしは女性に慣れていません。失礼なことも申し上げた。でも、わたしは貴方が好きです。納涼祭の夜、教会で待っています。どうか来てください」

「そんな、勝手だよ! ボクは困っていたんだぞ! 迷惑だったんだぞ! それなのに……」

「今お返事をいただく必要はありません。祭りの日までに、ぜひ考えておいてください」

「いきなり……」

「わたしはいずれ、本当の意味でオリヴィエの右腕となるでしょう。そうなれば、わたしはオリヴィエのものです。しかし、そのわたしが本当に手を繋いでいたい女性は、コロンさん、貴方なのです」

「シュンは勝手だ」

「男は、勝手な生き物です」

「………………。返事、ちょっと待っててよ」

「はい。お待ちしてます」


 ………………。


 ヤバいとこに出くわしてしまったな。

 いきなりアオハル路線一直線だ。

 コロンが最初、シュンを憎からず思っていた事は知っている。

 シュンが女慣れしてないからなのか知らんが、無様なまでに暴走してからコロンのシュンを見る目が変わった。

 シュンとコロンか。

 どうなるんだろう。

 仮に結ばれても、納涼祭が終わればシュンは遠いガルバナの空の下だ。

 問題は当日、シュンが何て言うかだな。

 ガンバレ、シュン!

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