#022 キラキラ輝け、アイドル道!
「コント、騎乗位」
イェレナがオーディションの他の女の子と一緒に舞台に上がっている。
書類審査をパスして、2次審査は歌唱力&ダンスパフォーマンス。そして今は3次審査の個性だ。
まず書類選考にパスしたことにびっくりする。たぶんダリル社長がどうにかねじ込んで誤魔化したんだな。
そして意外な事に、ダンスと歌は、イェレナ案外良かった。なんならおばさんのポールダンスでちょっと会場が沸いたくらいだ。
そして今の審査。
相方の女の子は泣いている。
当たり前だ。まだ10台の女の子に40オーバーの下品なコント付き合わさせんな。
泣き濡れる女の子の上でイェレナはご機嫌にロデオしている。
確かに若い女の子にはない度胸があるが、それでいいのかソレソレオソレザン46?
「いよいよ審査結果だね」
「ああ。おばさんも奇跡的に3次審査までいったがここまでだろうな。まあよく頑張ったと言えなくもない」
「アオイは通ると思うな」
「あ?」
「キラキラしてるのがアイドルでしょ? イェレナさん、キラキラしてたけどな」
アオイはそう言って舞台を見つめる。
「キラキラっていうか、ギトギトしてなかったか?」
「ううん。エピ、女の子の可愛いは1つかな? 顔が可愛い子たちを並べたら、それはアイドルかな? なってから、どれだけ歯を食いしばれるか、食いしばった顔を笑顔に変えてお客さんに見せられるか。そういう視点で見れば、イェレナさんは100点満点だったよ」
「ブロッコリーに体積の2倍のマヨネーズかけて食うやつがか?」
「アオイは、イェレナさんに頑張って欲しいよ」
「まあ、それは俺もそうだが」
そしていよいよ結果発表。
正直に言おう。ちょっとドキドキしている。
詐欺なんじゃないかって思ったり、規定の46歳よりオーバーしていたりと色々あったが、ここまで来たら逆にアイドルとしておばさんをデビューさせてやりたい。
3次審査、結果発表。
今回のエントリーは16人。
残った人のほとんどが10台か20台前半だ。
その中で異例の47歳(非公開)。
何人合格するのか知らんが、おばさんに勝機があるとすれば、それは人生の経験しかない。
美人に生まれた訳でもなく、冒険者として戦う毎日。ストレスって言葉を言い訳に、食って飲んで太り、残ったのは腕力だけだ。
「3次審査、合格者。1人目は、エントリーナンバー1番、エーファ・ゲイリー」
拍手が巻き起こる。
エーファは凛とした表情に一瞬笑顔を浮かべ、1歩前に出て頭を下げた。
エーファはハーフらしい。抜群のルックスで、おまけに歌もすごく良かった。当然の結果と言えなくもない。
その後も合格者の発表は続く。
「最後の発表になります。エントリーナンバー……」
来い、来い、イェレナ来い!
「15。ユリエ・ビーラー!」
それは、おばさん相手に騎乗位コントを付き合った10代の女の子だった。ユリエは号泣して、ただただ頭を下げていた。
イェレナ、落ちたか。でも頑張ったぞ。おばさんも必死こけばやれるじゃないか。
イェレナは笑顔で拍手を送っている。
そうゆうとこ、あいつらしいな。今日はエピ特製の茶碗蒸しでも作ってやるか。
そう思っていると、そこに……。
「補欠合格者枠、エントリーナンバー16、イェレナ・ウサーチェヴァ!」
えっ?
会場は一瞬沈黙に包まれ、それからうわっと空気がうねる。喝采の叫び声だ。
「おばさーーん、よかったぞお。最終審査でもかませっ!」
「ユリエちゃんの審査パスはおばさんのおかげだぞ! よく頑張った!」
「どーせならデビューしちまえ! 大ニュースになるぞ、推さないけど応援はするぞっ!」
おばさんはステージの端で、拳を握り、震える肩を、震える呼吸を抑え、正面を向いた。
「おうえんありがとう、レディース&ジェントルマン! ワタクシの走り出す瞬間、しっかりとその目に焼き付けなさあいっ!!!」
※
番狂わせだな。
補欠とは言え、合格は合格だ。
会場の熱気も潮が引いたようにやみ、司会者に視線が集まる。
「いよいよお、最終審査でえす! 挑戦するのわあ、ズバリ! 料理審査なんでえす!」
『な、なんだってえ!』モブが騒めく。
「最終審査は、オーディエンスも参加の料理大会だっ! 腹を減らせ、オタクたち! あの子の手料理が待っているぞ! お題はズバリ、オムライス! 定番メニューで未来を掴め! ヒィウィゴっ!!」
俺はこのオーディションが始まった時から思っていたが、あの司会の人、メンタル大変そうだな。
家に帰ったら浴びるほど飲んでないかと心配する。
最終選考に残った8人が、ステージの厨房で料理を開始する。
アチチ、とあざといパフォーマンスを入れてくるやつ、子気味良い手捌きでフライパンを振るうやつ。
見せ方は十人十色だ。
うちのおばさんは、肉の仕込みをしている。
遠目だから分からんが、あれチキンじゃなくてチャーシューじゃないか?
肉をタコ紐でグルグル巻きにしている。
「おおっとお、ナンバー16、話題のイェレナはチャーシューを作っているぞぉ! 最後まで笑いをとりに行く貪欲さ! 客席には妙なファンも付いて来ているぞぉ!」
俺はイェレナの料理もさることながら、司会の人に2日間の静養をあげて欲しいと運営に祈る。
エントリーナンバー1番のエーファは華麗な包丁捌きだ。
ストトトトトン、とまな板を叩く音が軽快に響く。
エントリーナンバー15のユリエは、料理できない属性だ。
お玉を持って右往左往。その姿にファンは絶叫する。
「ユーリエ、ユーリエ、ユーリエ!」
嗚呼、落ち着けオタク共。
目の前にいるのは、アイドルを目指しているだけのただの漁村の小娘だぞ。
大人の歪んだ性欲でユリエを見るなと言いたい。
俺はお前らとは違う。
俺はユリエちゃんの困った涙が見たいんだ!
「その調子、ユリエちゃん~~~!」俺言う。
「お前もかよ」アオイがツッコむ。
そして一方、おばさんのターン。
順調にチャーシューを仕上げている。
飴色に輝く表面の照りが堪らない。
俺は何となくその色から、大ブレイクしてないけどコアなファンがいる黒ギャルのセクシー女優を思い出していた。
まな板には大量のネギとショウガ、鍋にはエビなど海鮮の具が入ったスープ。
おばさんが仕上げにかかる。
「掻き、混ぜるっ! オオ、カキマゼル! コメはパラパラ、ワタクシアダバナ、卵をかければ、それはウタカタ!」
いらん即興ラップまで入れている!
溶き卵に絡まった米とチャーシューとネギが軽やかにおばさんが操る鍋で踊る。
「仕上げ、行くわよオオ!」
海鮮スープに片栗粉を溶き、皿に盛りつけられたチャーハンに、どろっとした極上の餡が絡まる。
「完成よっ!」
おばさんが吠える。
会場は興奮のるつぼだ。
俺は黙ってステージの光景を見つめる。
ああ、美味そうだよ。美味そうな、チャーハンだ。
お題は、オムライスだけどな……。
「結果発表~~~!」
それぞれの観客の卓に並べられた挑戦者たちの料理も下げられ、ステージには最終選考の8人が並び、運命のその時を待つ。
「最後に、1人1人に抱負を語ってもらいましょう。まずは先頭、エーファさん」
順々にオーディション参加者が最後の一言を述べていく。
そしてイェレナ。
会場は微妙な雰囲気に満たされている。
「ここまで来れました。あと1歩で、憧れが現実になります。皆様の声援のおかげです。カマせるだけカマしました、後悔はありません。今運営の方々は、可愛いアイドルに混じって、おばさんを入れる事により、話題性やバラエティー力アップに期待しているかもしれません」
冷静に分析してるなと俺は感心した。
「でもっ! ステージに立てば、ワタクシはアイドル! キラキラ輝いて見せますわ! ご飯のお供じゃない、ワタクシがご飯になりたいんです。そして皆様にとっては、最高のオカズになりたいんですっ!!!」
やってしまった……。
抑えきれなかったんだろうな。ある意味さすがは固い尻の系譜に連なる者だ。
ボケれるだけボケていく。1度ウケたら、例えスベると分かっていても2回3回と重ねていく。それが固い尻スタイルだ。
「さあ、恥ずかしいお帽子をお脱ぎになってっ! マッシブに行くわよお!」
イェレナが洋服に手をかけた。
運営は慌ててカーテンを下ろし、閉幕となる。
会場は怒号の嵐だ。
………………。
…………。
……。
「ご迷惑おかけしました」
俺は保護者として運営の方たちに頭を下げ、イェレナを引き取った。
「残念です、ミスグレンジャー。あなたには100年に1人の才能を見出していましたのに」
「重ね重ねうちのバカが申し訳ありませんでした」俺言う。
「ボーヤ、そんなに卑屈に頭ばかり下げなくても。もういいじゃない、ね?」
誰のためだコノヤロォ~!
俺の視界は怒りで真っ赤に染まる。
「それにワタクシ、吹っ切れましたの」
「あ?」
「中森明菜さんでさえオーディションは何回も受けている。次の機会に、また頑張りますわ」
おばさんはそう言って、ふわっと笑った。
「ダリル社長」
「なにかしら」
「このオーディションで、ワタクシ大切な何かに気付かせてもらいましたわ。そしてボーヤ、エピ」
「ん?」
「頑張るって、たまにはいいものね」
俺は不意打ちを食らって、不覚にも一瞬泣きそうになった。
「この感動があるから、プロデューサー業は、やめられないわ……」
ダリル社長の声が、秋風に乗って夜空に舞い上がった。
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