#023 メヴィーナ
「エビ丸くん、素材狩りお疲れさま。だんだん良くなってってるね」
馬車を引く俺に追いついてきたコロンがポンと肩を叩いて笑顔をみせる。
「うん。自分でも感じてる。サポートでできる事は大体覚えたぞ。でも問題は前衛だよなあ」
「前衛は体力勝負だからね、エビ丸くんはまだ5歳じゃん。気にする事ないよ」
「そうかな? でもさ、サポートで援護の攻撃手段もないんだよな。できるのはドロップチェックとか警戒とか、目を使う部分ばっかなんだよな」
何となくぼやく。
何回か素材狩りクエストに連れて行ってもらい、できる事が増えてきた。
だから余計に、根本の戦闘スキル不足を痛感する。
「ボーヤは良い目してるわよ。視野の広さだけじゃなくて、戦術面の判断も迅速ですわ。ワタクシは目の前の敵にだけ集中できるから助かっていましてよ」
「そうだぞおっとうと。強い敵はおねえちゃんに任せとけばいいんだ!」
アルファ、フォローしてくれてるつもりなんだろうけど、男の子としてはちょっと複雑な心境だ。
「この前までギルド総出でエビ丸くんのフォローだったのに、今はもう4人でのクエストやれてるんだよ。身体や体力なんてすぐには身につかないんだから、今は長所を伸ばしてこうよ」
※
森の家に帰って素材を運び込み、アルファは馬車を返しにマルガージョ牧場へ。残りのみんなはのんびりと過ごす。
俺は広場の井戸で汗を拭い、リサの工房を目指す。
この家の2階もだいぶ慣れてきたな。
廊下1本間違えただけで未だに遭難するが、ギルドメンバーのそれぞれの部屋と工房の位置くらいは頭に入っている。
コンコン。
「ママ上~、俺だー。入っていいか?」
「いいぞ」
部屋の扉を開ける。
リサは机で本を読んでいた。
普段はかけていない銀縁の細い眼鏡をしている。
部屋の中央の大釜からは、相変わらず煙が上がっていて、室内はいつものあの独特の匂いが充満していた。
「なんだ、本読んでダラダラタイムか?」
「錬金中だ。煮詰めてるところだから今はやる事がない。それよりおかえり、エビ丸。クエストはどうだった?」
「問題なし。と、言いたいところだがちょっとアレだ」
俺は今日感じていた戦闘スキル不足について話す。
「ふうん。まあコロンも言ってた通り、身体は急に強くならないからな。それでここに来たって事は、自分なりに答えを考えてきた、そう捉えてもいいな?」
「うん。身体がだめなら魔法力強化を、と思っていたんだが」
リサは予想通りという表情で俺を見て、1つため息をついた。
「君は何か勘違いしているな」
「勘違い?」
「ああ。基本的な事を聞こう。魔力、マナとはなんだ?」
「この世のあらゆる物に備わる、魔法を使うための力、だったよな?」
「そうだ。そう教えたな。ではそれをどうやって使う?」
どうやって? そんなもん考えたこともなかった。
「シクスティーナに魔力を送って使役する、じゃ間違いか?」
「間違ってはいないが、わたしの望む回答ではないな」
「うーん。分からん」
そう言うとリサは表情を緩めて少し笑った。
「君は思い切りがいいと言うか、分からない事への反応が素直だな。うだうだうじうじ考えないところは、長所で欠点だ」
「褒められるのは好きだぞ。さあ、ヒントをくれ」
俺の答えに、リサはまた笑った。
「ああ、つくづくわたしは君に甘いな。まあいい。魔力、マナは薪だ。薪で立ち上がる炎が、シクスティーナを使役した時に起こる現象。君の場合はアイスダストの刃だな」
「じゃあ、俺は無意識に薪に火種を付けてた訳か」
一瞬優しい目になったリサは、次の瞬間厳しい表情に戻る。
「うん、君はやっぱり頭の回転が速いな。人が持つ魔力の火種。その由縁は魔女の力だ」
「魔女おぉ?」
急に人から魔女に話が飛んで俺は変な声をあげていた。
「人の中に生きる魔女の力。この魔女の因子を『メヴィーナ』と言う。メヴィーナは外界からのマナを蓄え、魔力を使う時の火種となる。人に限らず、この世の生命にはすべからくメヴィーナがあると考えられている」
「ふうん」
「まあ、解説はこのくらいにして解答だ。メヴィーナはほぼ鍛えることができない。持って生まれた力が9割だと言っていい。子どもの成長期に合わせて緩やかな成長を続け、成人した辺りでメヴィーナの成長も止まる。生命の危機や、精神の錬磨で飛躍的に進化する事はあるが、まあそれは例外だな」
「マジか。じゃあ俺、どの道やれることがないって事か?」
「そうとも言えるが、別のものを鍛える事はできる」
「なんですかそれは?」何故か急に敬語。
「シクスティーナを扱うセンスだ。そして所持したシクスティーナとの絆。覚えているか? 出会った時わたしは君に強くなりたいか聞いたな」
「ああ。強くなりたい。きっと、あの時よりもずっとだ」
「よろしい。では、リサ・マギアハートが『命令』する! アイスダストは、没収だっ!」
「な、なんだってえぇ!!!」
※
ちっとも風が出ない風のシクスティーナのダガーを振るうこと数百回。
「スフィアランダル」とかいうご大層な名前のわりにチビたダガーだ。
でもアイスダストにない刃のギザギザはちょっとカッチョイイと思う。
「工夫していけよ。外から見えないシクスティーナの内側を意識しろ」
「残念だが、きみの気持ちには答えられない」俺言う。
「素直に出来ませんって言えっ!」リサがツッコむ。
「あかんか、世界は今日も余裕がないな」
「スケールがデカすぎるわ!」
「もういいよ。ご自由にどうぞ……」
「諦めんなっ!」
だってさあ、これじゃあ鉄の短剣で素振りしてるのと変わらんぞ。
魔力を送っているのに、風が出てんのか出てないのか分からんくらいだ。
こんだけ目に見えて成果が出てないとやる気も落ちるというものだ。
「今君は、そのダガーに何をやらせようとしている?」
「風を出せと思っている」
「じゃあイメージしろ。その風は、シクスティーナの中のどの回路に魔力が流れて起こるのか。風が出るのは剣先か、刃か。出てきた風は竜巻か、突風か、かまいたちか。イメージもなくただ魔力を送っても意味ないぞ。魔力をどの出口に導いてやるのか、その時シクスティーナはどう反応したのか、トライ&エラーだ。ガンガン行け」
初日は何の成果もなく終わった。
俺やっぱ、魔法の才能ないんだな。
前に俺のアイスダストを使って、リサとコロンとアオイが魔法を使っていた。
リサとコロンは、大氷塊。
アオイだって、初めて触る俺のアイスダストで氷の矢を作り出していた。
それはきっと、メヴィーナとかいう火種もそうだが、シクスティーナへの慣れも影響してんだよな? リサの言葉で言うならセンスだ。
俺が初めてアイスダストに触れたのはまだ半年くらい前でしかない。
今なら、アイスダストで試したい事が山ほどある。スフィアランダルに触れて初めて、俺はアイスダストを1つの使い道でしか使っていなかった事に気づく。
露天風呂につかりながら、風のダガーに魔力を送る。
お湯の中でブクブクと、小さな気泡が上がっていた。
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