#021 ソレソレオソレザン46


 しばらくの時が流れた。


 悲しいことに、イェレナはまだ我が家に滞在している。

 なんか最近朝起きると違和感なく挨拶してる自分に気づく。

 いや、そろそろ誰かツッコめや、いつまでいるんだよって。

「ああ、低血圧だわあ。ミスター、コーヒーをいただけるかしら」

 ジノが朝のコーヒーを出す。

 おばさんは半分下着みたいな格好で太い足を組み、優雅にコーヒーをすする。

 ついでに言えば低血圧って絶対ウソだろ。100%高血圧だと思う。やる気がないだけだ。

「おいおばさん、遺跡探索はどうした? お前ここ数日、昼はコーヒー飲んで夜は酒飲む生活しかしてないぞ」

「まだ前に行った素材狩りクエストのお金があるから大丈夫ですの」

 ゴミだ。久々に大人のゴミを見た気がする。


「ああ、言いにくいんだが、イェレナくん」

「なあにミスター」

「素材狩りの金ならとっくに赤字だぞ。野球で言えば2アウトランナーなしの状態だ。おまけにノーボール2ストライクだ」

「なんですって!?」

「あの時の金なら、全部その胃に吸収された。言いにくいんだが、最近さすがの我々もイェレナくんを持て余している」

「なんってことっ!」

 おばさんが色めき立った。

 当たり前だ。毎日人の倍食って酒を飲み、いつまでも金が続く訳がないんだ。

 むしろ最初にこのおばさんを受け入れようと決断した我が家にこそ俺は疑問を感じる。

 まあ、あん時は俺が倒れたところに、親切なおばさんが俺を運んでくれたとみな思ったのだろう。


「来いおばさん。町に行くぞ。職を探せ」

「ちょっと、急ですわ! ワタクシ朝はボケーっと1時間はコーヒー飲まないと目が覚めませんの!」

「黙れ。気合いの問題だ。アオイ、お目付け役としてお前も来てくれ。脱走した時に足を殺す役割のやつが必要だ」

「じゃあ、槍持ってくね」

「なんでですのっ!」



 町を歩く。

 どうせこの辺で仕事なんて漁業関連が多いんだ。おまけに身体だけは立派過ぎるおばさんなら体力的にも問題ないだろう。

「おい。あんたに拒否権はないぞ。漁に出ろ」

「イヤですわ!」

「拒否権ないって言ってるだろ。念のために聞くが何が嫌なんだ?」

「ワタクシ、立派なレディよ。それが力仕事の漁業なんて。おまけにワタクシは冒険者! ここで折れるべきではないと、ワタクシのこの心が叫んでますの!」

「カッコいい言い方すんな。いいからやれ。アオイ、念のためにアクアハルバードを構えとけ、逃げようとしたら刺していいぞ。峰に返す必要はない」

「オッケーだよ」アオイが槍を構える。


「…………。分かったわ」

「分かってくれたか!」

「ええ。だからお嬢ちゃん、その槍を下ろして。ワタクシも女よ。こんな辱めは耐えられないわ……」

 イェレナが声を震わせる。

 そうか。ちょっと強硬に行き過ぎたな。

 おばさんだって立派な大人だ。子どもの俺に言われるまでもなく、理を説いて話せば分かってくれるよな。

 アオイが槍を下げる。

 その瞬間!

 バシィ!

 おばさんのムチが、アオイの手の甲を打った。

「あいたっ!」

「オーッホッホッホ! 甘いわねえ甘いわねえ、チョコより甘いわ! 大人はズルいのよボーイズ&ガールズ。イイ女はルックス良くて当たり前! でもね、極上の女は、見た目はもちろん、おまけに自分の欲望に素直な無邪気なハートの天使なのよ! 我儘も傲慢も許される、それが天が二物を与えた絶世の美女なのよ!」

 俺はカチンと来ていた。

「お前の美女論は分かったが、その美女はどこに居るんだ? お前ちょっと、マジでいい加減にしとけよ。アオイに謝れ」

 俺は半ギレだ。

「ちょ、ちょっとボーヤ。いやだわ、ほんの冗談じゃない? そんな本気の目で……」

 一触即発の雰囲気だ。ケンカなんてしたくもないが、家だって善意で働かないおばさんを置いとく理由はない。

 おまけに今の暴挙。あれは冗談じゃなくて悪ふざけだ。


 そこに!


「ポッター、待ちなさい!」

 突如凛とした声が聞こえた。

 魔法学校の副校長先生のような厳格なその声。

 目を向けた先には、白髪頭をポニーテールにした小柄なマダムが居た。

 目つきは鋭く、他人にも自分にも厳しそうな人だ。

「ポッター、怒りは分かるわ。しかしそこのミスグレンジャーの言う通りよ。女には女の生き方がある。ミスグレンジャーは心がピュアなのよ。わたしたちの価値観で彼女を縛ることは出来ない」

「いや、まず俺の事ポッターって呼ぶな。お前誰やねん」

 そう言うと、マダムはバックを開け、名刺入れから1枚すっと差し出した。


 アイドル専門事務所、「ミート&ヒット」株式会社。

 社長、ダリル・マクレーン。


「アイドルの、社長? ダリルさん?」

 アオイが横から名刺を覗き込んで言う。

「ええ、ダリルです。単刀直入に申します。うちのオーディション、受ける気はありますか?」

「わ、ワタクシがですの?」イェレナが驚いている。

「アイドルとは、容姿だけではない。これがわたしの持論。ミスグレンジャー。あなたの中に、アイドルの未来を見ました。受けなさい、オーディションを! 幸い、今日は申し込み最終日。滑り込みで間に合うわ」


 どういう展開なんだ、これ?

 うちのおばさんにアイドルのスカウト?


 考えられる答えは1つ、詐欺だ。


「ダリルとやら、胡散臭さがハンパないんだが。うちのおばさんにアイドルが務まる訳ないだろう。なにが目的だ? このおばさんには金なんかないぞ。あるのは脂肪ばかりだ」

 俺がそう言うと、ダリル社長はキッと、鷹の目で俺を見据えた。

「お金? お金のためにこのダリルが動いているとでも?」

「このおばさんには今日すぐにでも金が必要だ。アイドルなんぞやっとるヒマはない」

「なるほど。そちらの要求は分かりました。ついて来なさい、そこで話しましょう」



 カフェに入る。

 テラス席に通された俺たちはドリンクを頼み、向かいにダリル社長が座る。

「我が社は地域に根付いたご当地アイドルグループを企画、運営しています。このカフェもそう。接客してくれるアイドルを目指していて、ここのウェイトレスたちはみな『ソレソレオソレザン46』の研修生たちです。昼間はカフェですが、夜は店のステージで踊ってもらっているわ」

「なんでネーミングが恐山なんだ……」

「坂からの山です」

「なるほどやかましいわ」

「でも、確かにステージあるね、そこに」アオイ言う。


「ええ。今日、あのステージで新2期生メンバーオーディションを行います。参加条件はただ1つ。それは46歳以下の、魅力ある女性であること!」

「ワタクシ、47歳なんですけど」イェレナが言う。

「1歳くらい、良しとしましょう! さあ、ミスグレンジャー! あなたの前には、夢への道がばっくり開かれているのよ。諦めなければ夢は叶う、そんな青臭いことはわたしは言いません。夢を叶える人は、勝ちとっていく人! ここで掴みにいかなくてどうするの! わたしはね、あなたに賭けているの。想像して! 鳴りやまないカーテンコールを!」

 すげえいっぱい喋るな、この社長さんは。

 イェレナは沈思している。

「1つ確認ですけど……」

「何かしら?」

「ワタクシは腐っても冒険者。兼業は可能かしら?」

「問題ないわ。やりたい事を突き進む。その強い意志があれば」

 いやいやいや。なんかうちのおばさんやる気になっちゃってるじゃん。

 冷静に考えると相当怪しいぞこれは。

 だがおばさんは双眸に光を湛え、キラキラしたコガネムシの目でダリル社長を見つめ返す。

「やりますわ」

「よく言ったわ、ミスグレンジャー。いいえ、イェレナ・ウサーチェヴァ! 世界に知らしめてやりましょうよ」

「ええ、ワタクシが来たって事をねっ!」

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