#015 ハート型のケツ


 ギイン、ガギギン、シャアン!

「アオイ!」

「うん、エピ!」

『連携、ダブルスラッシュ!』

 2人で叫んで、俺は氷の長剣を縦に、アオイは「アクアハルバード」を横に薙ぎ払う。

 十文字に切り裂く風圧の斬撃を、イェレナは1本のムチでかき消し、それを大きく振りかぶった。

「受け止めようなんて思っちゃダメよ! ぬうういりいりゃ! 『イェレナ・クラッシュ』!!!」


 ドゴオオーーーン!!!


 ………………。

 …………。

 ……。


 ああ、その通りだな。受け止めなくて本当によかった。

 地面が爆圧で抉れている。

 ムチの振り下ろしで爆発が起こるって、誰に想像ができるんだ?


「筋力よ。筋力が足りないわ2人とも。筋力とはすなわち、筋線維の太さと柔軟性。いっぱい食べて、いっぱい寝て、いっぱい動きなさい。ワタクシはこう見えて、朝と夜のストレッチを欠かしたことはございませんの!」

 自慢する事か、それ? その辺のおばちゃんたちも割とやってると思うが。

「色んな物を食べること! 知らない食材はガンガン食べなさい! それが明日のナイスバディの秘訣よっ!」


 つらい……。午前マルガージョさんのとこで働いて、午後はおばさんとの特訓の日々が数日続いていた。調子こいてアオイとフィギュアスケートごっこしてた事もあって身体はもうヘロヘロだ。

 明日は仕事休み。

 とにかく今日は飯食って風呂入って、ゆっくり寝よう。

 そう思っていた。


 翌朝。

「起床~~~! きしょおおううう! 朝よ、グッドモーニングよ! 小鳥さん今日もおはよう、さあ、マッシブに行くわよっ!」

 嗚呼、うるせえ。

 ここ、俺の部屋なんだが。

 おばさんは構わずに乱入して来てカーテンを開ける。

「起きたわねボーヤ、夢精なんかしてないわね?」

「うるせえよ。おはよう、イェレナ。朝からとてもマッシブですね」

「当然よ! 夜明けと童貞の射精は待ってくれないの!」

「そうなのですね……」

「今日はマクスリーの町の視察よ! さあ、張り切っていきましょお!」

 俺はいたって冷静だ。だが、生まれて初めて人にウンコをかけたいと心から思った。


 出会わなければ殺戮の天使でいられたんだ……。


 大丈夫。言いたかっただけだ。



 おお、ここがマクスリーか。

 同じ港町だが、さすがにアイーシャ村とは違うな。

 海際に船のドックがいくつも並んでいる。

 大きさも建物の素材も様々だ。

 小さなものは小屋くらいしかなく、大きなものは見上げるほどの大きさ。ベニヤで出来てるんじゃないかと思うほど簡素な造りから、レンガを重ねた重厚な建物まである。

 おまけに港の中心には魚や物資を卸す巨大な屋根付きの市場が堂々と鎮座している。


「アイーシャはほんと漁村だが、ここは職人町って感じだな。村の規模もこっちの方がデカい」

「そうですわね。アイーシャとは町の活気の種類が違いますわね」

 イェレナが言う通り、雰囲気が全然違う。

 木槌やカンナ、ノコギリの音が軽快に響き、潮の匂いと木くずの匂いが混ざって、なんとなく木造りの露天風呂に入ってるようなかんじだ。

「この町の酒場、カモメの止まり木はあの建物だよ。イェレナさん、すぐに入る?」アオイが小首を傾げてイェレナを見る。

「そうですわね、まずは情報ですわ。冷たいビールなんかあると最高ですわね」イェレナが答える。

「悪いが俺は、ちょっとこの町を探索したい。昼に店で合流で構わないか?」

「うん。いいよ。エピにとっても初めてのマクスリーだもんね。楽しんできて」


 俺は流浪の民だったからすでにもう町って物自体が珍しい。

 町の規模としてはアイーシャ村より2回りくらい大きいだろう。人の多さに愕然とする。

 まずはマルシェを、と思って覗いてみたが、うちよりも物流が盛んだ。

 牛肉、鶏肉、ラム肉など、精肉店なんかでは、生肉が多く売っている。氷のシクスティーナを使っているのか鮮度も良さそうだ。

 果物や野菜も見たことのない種類のものが多い。

 食材に関しては雲泥の差があるな。


 色んな店を回って話を聞いてみたが、やはりここマクスリーは造船と物流の町のようだ。

 船を使っての一大物流集積地。

 近隣の港や村から、海や川を使って物資がここ、マクスリーに集まっている。

「ここいらは平地で、川は曲がりくねってるだろう。川が曲がるって事は、流れが穏やかだって事だ。内陸の川縁の村からも物が届く。造船用の材木もそうだな。川底が浅いから使うのは中型船までだが、この町はまさしくガルバナ領の台所だ」

 モブが得意そうに言う。

 モブのおっさんが得意げに語りたくなるくらい、この町は栄えている。

「遺跡があると聞いたが、そこはどうなのだ?」

「遺跡い? あそこはダメだ。過去の遺物だよ。あの場所に冒険者たちが集まったのはもう何十年も前だ。宝は取りつくされて、今では骨1本探すのにも苦労するらしい」



 昼時。

 町を見て回った俺は、待ち合わせのカモメの止まり木へと向かう。

「ら~りほぉお~~~!」

 扉を抜けるとそこに、泥酔したおばさんが顔を出した。

「ご機嫌? ボーヤご機嫌? ハッピーなの? ハッピーなのかしら?」

「できあがってんじゃねーよ。アオイ、お前が付いていながらどうした訳だ?」

「それがさ……」

 アオイの話では、意気揚々と店に来たおばさんだったが、遺跡はすでに過去の遺物で、今さら遺跡探索なんてと散々笑われたらしい。俺が聞いた話と同じだ。で、昼間からヤケ酒らしい。


 席について飯を食う。

 おばさんは、あんなにも好きな食事に手を伸ばす事もなく、ビールジョッキ片手に消沈している。

「今まで聞かなかったが、なんでそこまでマクスリーの遺跡にこだわるんだ? 遺跡なら各地にあるのだろう」

「父はいまわの際にこう言いましたの。『マクスリーには、まだ発掘されてないシタリィがある。俺は最後の冒険で、その可能性を見た』と」

 シタリィとは魔導具。人類の英知を超えた存在だ。俺たちが使っているシクスティーナは、シタリィに似せて魔女が作った魔具だと言われている。


「ワタシもその与太話を信じてる口でねえ。どうだ姉さん、いっちょワタシと組まないか?」


 突然、横合いから声がかかる。

 見ると、側頭部を刈り上げて三つ編みにした、色の黒い女が、カウンターに肘をついたまま前を見て言った。


「貴方は?」涙声のイェレナが聞く。

「冒険家、兼、船頭だ。マクスリーの遺跡についての噂はたまに聞く。ワタシは自分の目で確かめないと気がすまなくてねえ。発掘全盛期から早30年。なのにたまに町に来る冒険者は未だにマクスリーの遺跡にロマンを持っている。それは何故だ? 火のないところに煙は立たない。あそこにはまだ、隠された秘密があるとワタシも思っている」

 そこそこ大事な話をしているみたいだが、俺の耳には入ってこない。

 気だるげにカウンターに身体を預けた格好は、男心をくすぐる。

 イスに窮屈に収まったケツが堪らない。キレイなハート型のケツだ。むしゃぶりつきたくなるようなケツをしている。


「ワタクシはイェレナ。エトネシアの戦士よ」

「ワタシはアイサ。よろしくな、イェレナ。そしてワタシは君たちを知っているぞ、アオイにエピ」

「えっ。アオイたちの名前、なんで?」アオイが驚きの表情を浮かべる。

「妹から聞いた。魔女の森の子どもたちだろう?」

「妹さんって?」

「アイーシャのヴィーナスの貝がらの店員、メルサだ。世間は広いようで狭いな」

 アイサが笑う。

 ヴィーナスの貝がらのメルサ。あのワンピースごっこしてくれた気の良い姉ちゃん。あれがこの女の妹だったのか。正直、あんま似てないな。

「君たちや魔女様を直接見たこともあるぞ。あの店への納品はワタシがしてるんでな」



「そこそこ力のある冒険者なら、遺跡の最深部まで行ける。だが、これまでいくつもの報告があった通り、最深部には宝がない。おそらく初期の冒険者がとっくに採掘したのだろう」

「ええ。父も最深部まで行ったと言っていましたわ。そしてそこに宝はなかったとも。謎解きのような仕掛けがあるのかしら?」

「それは微妙なとこだな。職業としての冒険者の台頭は今から50年前。だがワタシは、それより前の記述を追い求めてきた。そこにはこうある。『遺跡は必然により作られている』と」

 アイサは古いメモ帳を見返してそう言った。


「必然って、何にとっての必然なんだろう?」アオイが呟く。

「作った側の必然なんだろうな。遺跡を作ったのは大昔の古代人だ。彼らにとって何らかの利益があったから、あんな大掛かりな遺跡を作った、ともとれる」

 アイサが言い、続ける。

「地層から見るとな、マクスリーのあるここら辺は比較的新しい平地だ。大昔は海底だったみたいだ。そして、古い地図に今の地図を重ねると見えてくるのが、ここ。あの遺跡は、古代の海岸線の近くに立てられたものらしい」

「それってどういう」アオイが眉を寄せる。

「さあな。昔の海岸に立てられた遺跡。それがワタシが調べた答えだ。そしてそれが関係あるのかないのか、それすらも分からん」

「とへ~。遺跡探索はほんとにロマンだな」俺が言う。


「ええ、その通り! 遺跡はロマン! 父も、そしてワタクシも、そのロマンの風に当てられた舞台演者! アイサさんと申しましたわね。ワタクシはイェレナ・ウサーチェヴァ、貴方と共に、遺跡のお宝を見つけますわ!」

「落ち着け姉さん。ワタシが欲しいのは、戦力になる筋肉ダルマじゃなくて、考古学的に謎を解ける知恵者だ。海岸沿いの古代人の必然と、そして宝の在りか。人員割いて探すだけ探された遺跡だ。真っ当なやり方じゃ宝は見つけられない」



「すまんなアイサ。このおばさんに身内感はまるでないが世話になる」

「いいさ、気にするな。どのみちアイーシャには荷を届けるつもりだった。そのついでだよ」

「こんな荷物いっぱいの船に、さらに俺たちまで乗せて大丈夫か?」

「ああ、平気だよ。この辺りは常に海からの南風が吹いている。下りは水に乗っていけばいいだけだし、楽なもんだ」

 おばさんは赤ら顔で寝ていた。

 アイサの操る船で、俺たちはゆっくりと『マクスリーガルバナ川』を遡上していく。

 ガルバナ川は、山岳地帯のガルバナ近郊の湧水が集積したガルバナ湖に一旦集まり、そこから川となって流れていく。

 途中までは1本の川だが、平原に出た辺りから蛇行を繰り返し、今はアイーシャとマクスリーの2か所から海へと流れ出ているらしい。

 そこで、アイーシャ側に流れるものを「アイーシャガルバナ川」、マクスリー側をマクスリーガルバナ川と呼ぶようだ。


「メルサを初めて見た時も思ったが、アイサ姉妹は美人だな。ずっとこの土地の者か?」

「ワタシたちはな。母はこの地域の生まれだが、父はエノスヴァーゲン諸島出身の漁師だ。ワタシの肌の色は父譲りだ。妹は、メルサは母に似たようだが」

「そうか。おばさんがこんなんでアレだが、今後はどうする? うちのイェレナは探索したい気満々だ。そっちの都合はどうだ?」

「正直、急いでないんだよなあ、こっちは。船頭としての暮らしもあるし、ある程度確かな情報がないと動きたくないってのが本音だ。とはいえ、そこの姉さんはやる気満々。1度は空気見るためにも仮探索する事になるだろうな」

「繋ぎはヴィーナスの貝がらでいいか?」

「ああ。あそこなら週に何回かは顔を出す。妹のメルサに言づけておいてくれ」


 川は平原を流れ、ガルバナ川から流れてきた水が一旦のため池を作り、そこから2股に流れて行っていた。マクスリー側とアイーシャ側に流れる川だ。俺たちが遡上していたのはマクスリー側の川だ。

 俺たちはため池で方向転換し、今度はアイーシャ側の川を下っていく。


「少年。君は可愛い坊やだな。生まれはどこだ?」アイサが艪を漕ぎながら言う。

「チャンティ国だ。争いで家族を失った俺を、リサ、魔女様が連れてきてくれたって訳だ」

「ふうん。この辺りじゃ見ない系統の顔だ。魔女様はそこを気に入ったのかな?」

「知らん。そもそも自分の顔って自分じゃ分からん。俺からしたらお前らの顔の方がよっぽど珍しい」

「本音は?」アイサ言う。

「謙虚なんでちょっとしか可愛いと思ってないです」

「ちょっとは思ってるんかい」


 アイーシャ村の外れの河口に船をつけたアイサと別れを告げ、俺たちは魔女の森へと向かう。

「寝てるね、イェレナさん」

「ある意味で現実を突きつけられたからな。心のショックもデカいんだろう」

「でも、可愛い人だね」

「そうか? ん、まあ、言い方によってはな」

 そう言いながら、俺とアオイはイェレナを引きずっていく。

 敷布に乗せて、地面との摩擦も少なくスムーズにおばさんの巨体が運ばれていく。

「旧海岸沿いの遺跡ってどう思う?」俺は聞く。

「う~ん。とりあえず情報不足。海が近いって魚が釣れるって事でしょ? それだけじゃなあ……」

「まあそうだよな」

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