#016 マナ
「古代人は何を食っていたと思う?」
夕食の席で、リサが急に問題提起する。
「俺たちと同じものじゃないか? 肉とか魚とか」俺は答える。
「それは想像力の欠如だな」リサは言う。
「古代人は、食料を必要としていなかった。食べたのは、魔力だ。生命と魔力が混じり合っていたのが神話の時代。古代は、そこから人類が歩き出した時期だ。生きた生命として歩き出す、しかし、それは完全な生命ではない。必要なのは魔力、わたしたちが『マナ』と呼ぶ存在だったとされる。今を生きるわたしたちの視点から見れば、人間と神との境界の生き物とも言えるだろうな」
「ほお、魔女よりすごいのか?」
「さあな。比較するものがないから対象外だが、そうであったと見るのが謙虚な姿勢だろう」
「そんで?」
「そんで、じゃない。王様か君は。少しは考えろ。なんでわたしはこの話をした?」
「遺跡にまつわる話につながるのね!」おばさんが吠える。口からはコーンスープがダダ漏れだ。
「汚いがその通りだ。さあ、この話を踏まえて、古代人がマクスリーに遺跡を作った理由はなんだと思う?」
「漁業じゃない」アオイが言う。
「そう見るのが自然だろうな」
「海が見たかったロマンティスト!」アルファが答える。
「大喜利じゃないぞ」
「わかりませえん!」ジノが叫ぶ。
リサは指で額を揉んでやれやれといった表情だ。
俺は答える。
「神に似た古代人に必要なのかどうかわからんが、物流じゃないか? 俺は今日、マクスリー見てきて、海の偉大さはそこだなって思った」
リサは返事をせず、俺を見つめたままだったので続ける。
「俺は遊牧民だったが、生活に必要なのはいつだって物資だった。塩とか自分たちで作れない道具とかな。移動と物流のために馬を使ってたが、動物の馬には限界がある。もっと便利な物はないかと思っていた。それが海で、船ならば、彼らが海際に遺跡を作った答えの1つになるんじゃないか」
「エビ丸、君の推理は論理的だ。運ぶための海。じゃあ問題だ。何を運ぶ?」
「知らんよ」
「だから王様か。考えろって言ってるんだ」
「って言われてもな。俺が経験したのは、食う、寝る、暮らすための物流だ。魔力食ってなんもせんでいい古代人の思考なんて読めんわ」
「わたしの仕掛けた落とし穴に落ちたな」
リサが意地悪そうに含み笑いしてパンをちぎった。余裕の表情でスープにパンを浸し、美味そうに頬張った。
「ヒントをくれ。分からん」
「じゃあな、お母さんがわかりやす~くヒントを出してやろう」
リサは何回か深呼吸して、俺を見て、パンを食った。
「分かるかっ!」
「もう、バカだな君は。わたしは2つもヒント出したぞ」
「すーすーいってパン食っただけじゃねえか!」
「すーすーだけしてパンを食わなかったらお母さんは死ぬぞ」
「当たり前だ!」
「じゃあ、逆だったらどうだ?」リサがイタズラなクソガキのような笑った目で、俺を見て言った。
「あ?」
「すーすーいわずにパンだけ食ってたらわたしは生きられるか?」
なんか、引っかかるものがある。リサもそれを期待していたようで、真顔になって俺を見つめる。
「呼吸?」俺は呟く。
リサは目を垂らし、少しだけ笑った。
「当たりだ、エビ丸。話を少し進めてやろう。言った通り、初期の古代人は食事を必要としない。呼吸から、大気のマナを吸収して生きてきたからだ。呼吸と食事が一緒なんだ、ある意味植物だな。だが生物として進化していくうちに、大気からのマナ摂取だけでは足りなくなってきたと推測する。では核心だ。彼らは他にどこからマナを補給していたのか?」
マナとは、魔力の源とされる存在だ。
俺たちはそれがそこにあるのを当たり前に暮らしていて、魔力を使う時も、普段マナの存在を意識していない。
「マナは大気にあるんじゃないのか?」
「マナは逆に大気にしかないのか?」リサが聞き返す。
「マナはな、どこにでもある。空気に、水に、物に、太陽の光にすらもある。古代人は口開けてチリ食って生きていたんじゃない。ちゃんと生きるために知恵を使っていたんだよ」
「知恵?」
「そうだ」
「もしかしてだけど、海からマナをとってたのか?」
「そうだ、その通り。あの遺跡は、海水からマナをろ過する装置の役目であったと、わたしは考えている。つまり海運で運んでいたのは、海そのものだった。少し意地悪な設問だったが、マクスリーの遺跡に関してはこんな感じだ。お前たちが言っていた必然。理解できたか?」
「うーんと。ようするに、古代人は遺跡に海水引き込んでマナを食ってたんだろ。広大な草原に羊を飼って、草食った羊を、人間が食べるみたいなもんだな」
「君らしい解釈だな」リサが笑った。
※
「さて、話が長くなったな。食事は終わりだ。全員、しっかり寝て明日に備えろ」
リサの一声で夕食は解散になる。
俺は食器を片付けたあと、風呂上りにリサの部屋に向かった。
聞きたい事があったからだ。
「ママ上」ノックする。
「なんだ、エビ丸」扉が開く。
リサの部屋からは、西の空が見える。
マクスリーのある、西の空だ。
「古代人の話でうやむやになっていたが、結局遺跡にシタリィはあると思うか?」
「さあな、なぜわたしに聞く?」
「古代人の話、人間がこの地で暮らす前から、人間が使う事を想定していたとしか思えない魔道具シタリィ。ママ上は何を知っていて、何を俺たちに喋らなかった? 古代人にしてもそう、遺跡にしてもそう。知っている事があるのだろう? 何故話さない?」
「身に染みる、という言葉がある」
リサはゆっくりと話し出した。
「言葉で理解する事は、なるほどそう、理解した気になれる。人は答えにたどり着くと思考を止める。現に、君は行く前から、マクスリーの遺跡の事を知った気になってないか?」
「え?」
「肌で触れてみろ。遺跡の呼吸に。そうして初めて見えてくる物もある」
「答えになってないと思うが」
「答えは提示される物か? 答えとは、備わる物だ。君にはまだ何も備わっちゃいない。頭でっかちになるな。思考に行き詰まったら行動しろ。行動に行き詰まったら思考しろ。そして君はいずれ感じるだろう、世界とは、なんであるかを」
「俺は今、答えが知りたいんだ!」
「そうだろうな。答えは天にある。忌々しい思考が、天を漂っている。君は思考の果てで、何を手にするんだろうな……」
そう言って、リサは窓の外を見た。
西の空には、厚い雲が漂っていた。
星々の煌く夜の天空が、俺にあの日を思い出させていた。
リサと出会った、あの草原の星空。
「もう1つ、聞きたかった事がある」
「…………。なんだ?」
「風呂から上がると金玉がびろびろなんだがどうしたらいい?」
「知らんわ! 冷やしとけ!」
「さすがは魔女様だな。何でも知っている」
「バカにしてんのか! 用がないならもう行け」
「ああ、風に当たってくる。正確には、風に当ててくる」
「いらん報告するな!」
「じゃあな、おやすみ、ママ上」
「ああ、おやすみ、エビ丸」
なんか、なんかゴメン。
今回、解説っぽくなっちゃってゴメン。
そんで最後に、雑なボケでシメようとして、マジごめ~ぬ。
これ、フラグなんだ……。
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