#018 プライドの置き場所


 2日目も狩りは続く。

 初日を経験して、1晩ぐっすり寝たことで俺は元気全快だ。

 できる事からやる。何ができて何ができないのか。できない理由はなんだ。頭をずっと働かす。

 弱いから、だけじゃ理由にならない。アオイなんかは強さで言ったらみんなに劣る。でも、役割はしっかりこなしている。

 俺にできること。それは。

「イェレナ姉さん、ナイスう~!」

 声、出すこと!

「さすがエトネシアの戦士。相手ピッチャービビってますよ。ガインとやってやりましょうよガインと!」

「ボーヤ。まあいいけど」イェレナが呟く。

「あ、ドロップ出た! 俺行きます俺行きます。ジノさんは休んでて。いやあ、サポートに前衛に大変でしょうジノさんも。イェレナ姉さんの打ち漏らしだけチェックです」

「あ、ああ。うむ……」

「コロンさんも撒き餌ご苦労様です! イェレナ姉さんとジノさんコンビは機能してるんで、撒き餌もう少し多めでいきましょう!」

「お、オッケー。なんかキャラ違うから調子狂うけど」

「アオイさんもなんかすいません。俺のフォローばっかしてもらっちゃって。自分、頑張るんで、長い目で見てあげてください!」

「どうしたの、エピ?」

 ああ、そうだよ。

 内心、自分の金玉自分で噛みちぎりたくなるくらい滑稽だよ。

 でも声かけていくしかない。俺が分かっていること、みんなも当然知っていること。それを口に出して確認していく。


 丘で休んでいたアルファが、リサにそっと呟いた。

「おっとうと。あいつ根性あるな」

「ああ。出会った時から気構えだけはいっちょ前だった。恥ずかしい自分を殺して、それでもなんとかやれる事をやる。本当に、良い子を拾った」


 昼休憩。

 飯を食って、1時間くらい何もしない時間ができた。

「いつものフルメンバーに、イェレナさんとエビ丸の加入。素材は順調に集まっている。撒き餌の残量も想定より少なくなってきた。今日の最後は大物を狩りにいくぞ。休憩が終わったら、池の奥に移動する。今のうちにしっかり休んどけ」

 リサが声掛けしてダラダラタイムに突入する。

「ちょっとおしっこいってくる」俺は声をかけて茂みに向かった。


 茂みをかき分けて、中に入る。

 1人になった瞬間、俺の双眸から涙が零れ落ちていた。

「くうぅ、ひっぐ、ふあ、くっそ、くっそくっそ!」

 俺はうずくまって泣きに泣いた。

 なんだ、これ。これが俺かよ。

 喋ってるだけだ。雑魚モンスターを、1刺ししてるだけだ。

 護られてるのが、悔しい。知ってて、バカみたいに振る舞うのが悔しい。

 何より悔しいのが、俺が傷つかないように、さり気ないフォローをするあいつらの気遣いだ。

 今まで事ある毎に、自分の力の無さと弱さを突きつけられてきた。


 弱いのは、もう終わりだ!

 俺は覚悟する。

 俺は強くなる。

 自分も仲間も守れる強さを手に入れるんだ。



 腰に小瓶をぶら下げられる。

「これ、あの撒き餌か?」

「うん。この先、馬は通れないから、全員で撒き餌を持つんだよ。山岳地帯の素材狩りの時にも使うから覚えといて」アオイがそう言って紐をぎゅっと締めた。

 全員が準備を終えると、アルファを先頭に縦1列になって池の浅瀬に入っていく。

 水辺には杭が打たれていて、その外側を歩くようにとの指示だ。内側に入ると水にドボンなんだろうな。

 こういう杭も、長い年月かけて冒険者たちが少しずつ準備したんだろうなと考えていると、頭上に枝が増えてきた事に気づく。岸側から生えている木々の枝だ。

 その枝が影になって、進んでいくほどに薄暗くなってくる。

 やがて木々の洞穴を抜けているような状況になる。

 おまけに俺は背が低いから胸まで水に浸かっている。


 広場に出た。

 水かさは足首くらいになり、池から抜けたことがわかる。目の前は、木々の茂る森だ。アイーシャ側からだと川を挟むので馬車を連れて入れない森らしい。

 そこをさらに進んでいく。

「なんかこの辺、足場悪いな」

「ああ。この辺りはな、水かさが多い時は水中だ。夏場とか泥の匂いで鼻がもげそうになる」アルファは思い出したのか肩を軽く震わせた。

「見えてきたな。エビパエリアくん、あれである」


 ジノが指さしたのは、目を疑うほどにキレイな水を湛えた泉だった。

「すげえ……」

 水自体が、キラキラと光っている。薄暗い森の中で、宝石のようにキラキラと。


「あれは『マナフィール』だ。地中からマナが噴き出すスポットの事を言う。こういう場所には、強いモンスターが好んで集まる。エビ丸。脅すつもりはないが、本当に身の危険を感じたら1人でも逃げろ。お母さんと約束してくれ」

「分かった。足手まといにはならない。いざとなったら逃げるよ」

「それでいい」


 それぞれの腰にあった撒き餌を、泉に撒いていく。

「何が出るか分からん。相手を確認するまでは、アオイとエビ丸を中心に、全員で防御態勢だ。アルファ、ジノ。感覚研ぎ澄ませろよ」

 しばらくの時間が経つ。緊張の時間だ。

 やがて、森の奥から何かを引きずるような音が聞こえてくる。

「いらしたようね」イェレナが呟いてムチを構えた。


 現れたのは、スネークヘッジホッグ。

 イノシシの胴体に、蛇の尾を持つキマイラだ。

 尾の先端は、蛇の頭。

「全員散開! 正面にアルファ、イェレナさん。残りはサポート位置に後退だ!」

 リサが叫ぶ。

「うおらああぁ! 切り崩すっ!」

 アルファが突撃する。

 大剣で胴体を切っていく。敵は嫌がる素振りを見せてアルファを正面に捉えようとするが、イェレナのムチが顔にヒットして、どちらを向けばいいか分からなくなっている。

「フレアダンス!」

 そこにリサの爆炎魔法。

 火を恐れたのか、スネークヘッジホッグはむやみやたらに駆け出した。


「ギイィシャアア!!!」

 身も凍るような雄叫びだ。

 イェレナが引き離された。

 アルファは追っていって、蛇顔の尾に1撃入れる。

「足止めろ! 走らせといたらいつまで経っても狩れないぞ!」追いながらアルファが指示を出す。

 俺はコロンの傍で身を伏せながら戦況を見つめていた。

 走らせといたら、的は絞れないし、危険だ。

「アオイ!」俺は叫ぶ。

「どうしたのエピ?」

「あいつ転ばせるぞ。サポート頼む!」

 そう言って俺は駆けだした。

 そうする俺に、向かいにいたリサが気付く。

「コロン、その子を止めろ! 何やらせるつもりだ!」遠くからリサが鬼の形相でコロンに叫ぶ。

 俺は構わず突進する。

 スネークヘッジホッグの動線に立ちはだかる。

 俺はアイスダストを抜き、氷刃を構える。

「みんな! この直線だ! 敵が抜けたら、全力攻撃してくれ。アオイ、頼むぞ!」

「う、うん」

 自信なさげな返事に俺は答える。

「安心しろ。ここで死ぬかよバカ野郎。やれる事、ずっと考えていた。今やるしかない。行けるな、アオイ?」

「うん!」


 できる、と心に言い聞かせる。

 スネークヘッジホッグが俺を見つけて突進してきた。

 不思議と、恐怖はなかった。

「エピ、やるよ。アクアハルバードよ、水流を生め、ウォーターウェーブ!」

 水流が走り起こる。俺はその水流にアイスダストを突き立てる。

「行け、アイスダスト! 連携、『アイスウォーターウェーブ』!!!」

 アオイの水流をアイスダストで凍らせる。地面が水と朧氷で埋まっていく。完璧に凍らせきる力はどのみち俺にはない。

「みんな! 俺を信じろ! 俺が躱したら火力集めてくれ!」

 スネークヘッジホッグが間近に迫る。

 敵が頭を下げた。おそらく、鼻面でのチャージ攻撃。

「こい、イノシシ野郎! 空蝉っ!!!」

 刃を引く。衝撃を、包み込むようにいなす! 身体が動くままに全身で衝撃を抑え込んだ結果、俺はダメージを受けることなく敵の動線から外れ、敵は朧氷の足場にスリップして木に激突した!

「今だ! やれ!」俺は叫ぶ。


 アルファとすれ違う。

「よくやったおっとうと! うおおおおおぉ、吠えろ、ライトニングアサルト!」

 アルファの大剣がバチバチと帯電する。

「食らえ、雷の一閃、『ライオットストライク』!!!」

 ドオォオン!

 感電やスタン効果ではない、ただ一撃に最大限の威力を乗せたアルファの斬撃が決まった。

「おばはん、見せ場だ! 重いの頼むぜえ」

「だから誰がおばはんですのことよ。 ぬうういりいりゃ! 『イェレナ・マッシブ・クラッシュ』!!!」


 ドゴオオーーーン!!!


「コロン! 追い打ちかけろ! はああ、フレアダンス!」

「いっくよお、ネグロバル!」

 魔女2人の魔法攻撃が炸裂する。


 爆圧で閃光が走る。

 光と煙幕が暗い森に漂う。

 そこに。

「しょ~り!」

 おばさんがレアドロップの「ヘッジホッグの大骨」を片手に、Vサインしていた。

 あはは、勝ったから良いけど、緊張感ないな。



「やれると思ってやったんだな?」

 目の前で、リサが厳しい顔で俺を睨んでいた。

「うん。アルファも敵の足を止めろと言っていた。俺もそう思った。現に、イェレナは敵の疾走に追いついてなかった」

「他に言う事はあるか?」

「加えて言えば、ママ上やコロンの魔法はとどめに温存しときたかった。1発の威力が高いから。だからおとりになるのは俺が適任だと思った」

「ジノの弓やわたしたちの広範囲魔法で相手の体力を削る方策もあったはずだ」

「それはつまりジノたちだけで戦うって事だ。待機する俺やアルファやイェレナの戦力を捨てることになる。上策じゃないと思った」

「しかし……」

 言い募るリサの肩に、ジノが手を置いた。


「リサくん。もういいだろう。心配だったのは分かる。だが作戦を成功させたエビパエリアくんの策が、1番の上策だった。今回、最初からずっと、ジノはずっともやもやしたものを抱えていた。率直に言えば、リサくんの行動計画は過保護すぎると思っていた。ジノもエビパエリアくんを死なせやしない。だがな、彼も男だ。股に子芋をぶら下げた立派な男だ」

「誰が子芋やねん」俺ツッコむ。

「リサくんは強い。おまけに頭も抜群に切れる。だがな、男のプライドってもんを分かっちゃいない。男には、己を燃やす『その時』というものがある。エビパエリアくんはその時に、己を燃やした。そして見事作戦を成功させた、その機転でな。我々がするのは危険を冒した彼を責める事ではない。良くやったと、拍手を送ることだ」

 リサが沈黙した。

 静かな森に、静寂が満ちていた。

「ママ上」

「ん?」

「心配してくれてありがとう。俺は弱いよ。すっごく弱い。でも、強くなる。昨日より今日、今日より明日、強くなる。だから、信じて欲しい」

「エビ丸うぅ~……」

 リサのキレイな瞳から涙が零れる。

「俺はいつか、ママ上だって守れる男になるよ。このアイスダストに、俺は誓う」


 強さ。

 俺が掴むのは、どんな強さか。

 今はまだ分からない。


 でもさ。


 護りたいものがある。

 そのための力が欲しい。


 こいつらといつか対等に、笑い合って過ごしたいから。

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