#005 言えない先の愛情


 夕方、俺はアオイとコロンと駄菓子を食べながらウノをしていた。

 コロンの言葉はまだ戻らない。何か言うたびに「スッゴクイイ」を連呼する。

 だいぶストレスが溜まっているようなので、喋らなくともできるゲームをしていた。

「コロン、ウノ言ってないぞ」

「スッゴクイイ!」

「ブハハハハっ」

「エピ、コロンちゃんをからかわないの。何回笑えるのよこのネタで」


 そして夕食の準備が整う頃、フラフラになったリサがリビングに顔を出した。

「疲れた……」

「ママ上。疲労困憊だな」

「ああ、でもやっと終わったぞ。ほれ、お前の剣だ」

 革鞘に収められた短剣が手渡される。

「抜いてみろ」

 言われた通り鞘から走らせてみると、白銀の刃が出てくる。

「おおっ、元通りだ! ありがとうママ上」

「試し振りだ。ちょっと外へ出よう」

 リサが広場に出て行く。

 俺も続くが、流れでアオイもコロンも付いてきた。


 広場の原っぱで、俺は氷の短剣、アイスダストに魔力を込める。

 シャンっ!

 氷の刃が伸びる。

 うん、本当に元通りだ。

 何回か振ってみるが問題ない。

「大丈夫そうだ」

 だがリサはどこか不満そうで、腕組みをして俺を見ている。

「どうした?」俺は聞く。

「アイスダストは確かに短剣だ。刃を伸ばせば長剣としても使え汎用性が高い。しかし……」

 リサが手を伸ばすので、俺は刃を手前にしてリサに柄を渡す。

「心を通わせ、真に力を開放したアイスダストの力は、こうだっ!」

 リサが氷剣を振りかぶる。

 次の瞬間!


 ガギギギギンっ!!!


 振り下ろした剣の軌跡に、氷の大氷塊の海が広がっていた。

 夏のこの季節に白い風が吹いて息までも凍る。


「………………」


 マジですか、マジハンパないんですが。ヒロアカの轟くんの技くらいハンパない氷の塊が広場を埋め尽くしていた。

「こんなもんだ」

 リサが皮肉な顔をして唇を曲げる。

 驚いた俺をからかってるな、クッソ。

「コロン。君もやってみろ」

 リサはコロンにアイスダストを渡す。

「スッゴクイイ」あ、そうだった。返事できなかったんだな。

 言いながらコロンも剣を振りかぶり、下ろした。

 ガキインっ!

 リサには遠く及ばないが、それでも何メートルかの氷の壁が出来上がる。

 案外すごいな、コロンって。

「アオイもやってみたい、アオイも」

 アオイが飛び跳ねる。


 短剣を渡し、実行フェイズ。

 キイン、キイン、キイン。

 二人のように氷塊は出なかったが、氷の矢が3発放たれる。

「ダメだぁ」

「くそ、俺だって」

 アオイの手から剣を奪い取る。

「聞け、アイスダストよ! 主の牙となり、敵を滅せよ。ハッ!」

 ひょろ。

 ちっちゃい氷の粒が1個出た。

「なんでだよおオォ~~~!」

 俺は藤原竜也くらい絶叫した。



 夕食後。

「納得いかん。アイスダストの所有者は俺だぞ。それが何でちっちゃい氷が1粒なんだ。お前らなんかズルしてないか」

「バカか君は。わたしは魔女だし、アオイたちも普段、鍛錬している。鍛えもせず強くなんかなれるか、バカ」

「2回もバカって言ったな」

「今まであえて言わなかったが、君は家事もほとんど手伝わず、ヒマさえあれば遊びまわってリビングでダバダバして、寝て。ここは帝国ホテルじゃないんだぞ。少しは身になる事をしろ」

「ママ上。俺の事そんな風に見てたのか」

「確かにエピって、いつも何もしてないよね」アオイが言う。

「スッゴクイイ」コロンも言う。

「可愛いからいいじゃん」おお、さすがアルファ。相変わらず空気読めてないな。俺が言うのもなんだが。


「ジノ!」リサが声をかける。

「なんだね、リサくん」

「明日から、このバカを鍛えてやってくれ。最近ちょっと勘違いしてるから、ビシバシやってくれ」

「承った」

「よしっ! それならわたしも手伝ってやるぞ」アルファ言う。

「アオイもやるよ、アオイも」アオイ言う。

「スッゴクイイ!」コロン言う。

 嗚呼、なんか勝手に修行させられそうだ。愛されてんな、俺……。


 ※


 朝4時に叩き起こされて、俺は薪を割っていた。

「はあはあはあ。ちょ、ちょっとタンマ。握力がもうないんだ。一瞬でいいから、一瞬の休憩が必要なんだ」

「ダメである。その山をこなすまで休憩はなしである」

 クソ、ふざけんな。

 俺はアイスダストを振りかぶる。

 ザクっ。

 はあはあはあ、だいたい。ザクっ。せめて。ザクっ。オノを使わせてくれと要求したい。

 この短剣切れないんだもん。

 とんだナマクラ刀だ。こんなんが家宝とか、亡き家族に恨み言の1つでものたまいたい気分だ。


 2時間が経った。

 どうにか薪を割り終わり、朝飯を食うと、次のミッションが提示される。

 アルファ相手に、1太刀当てること。

 正直に言おう。激ムズである。

 まず俊敏性がハンパない。

 野生の獣かと思う。

 詰め切った、と思っても大剣で軽くいなされる。


 あんまりにも無理ゲーだったので、とりあえず剣に当てるとこから始めろと言われ、空腹の馬が馬房で暴れまわってるくらいの勢いで短剣を振り回したが3時間で3回しか当てられなかった。

 俺は滝の汗を流してへばっていたが、アルファは鼻歌混じりだ。

 こいつには一生勝てる気がしない。

「おっとうと」

「ぜえぜえ、な、なんだ」

「今日中にもう1太刀、剣に当てられたらお風呂で背中流してあげるぞ」

「やらいでかっ!」


 夕方。

「こ、こひゅ~、こひゅ~、こひゅ~」

「なんて言うか、命燃え尽きてるね」

 アオイがそう言って麦茶のグラスを目の前に置いた。

「次はアオイの特訓だけど、やる?」

「や、やらない、やれない……」

「だよねえ」



「おっとうと。根性あるじゃないか。剣には当てられなかったけどご褒美だ」

 お風呂で、アルファが背中をごしごししてくれる。

「ああ、生き返る。って言うか生きてるって素晴らしい」

「まあ、初日にしてはまあまあだ。これから毎日続けて行けば、そこそこ強くなれるぞ」

「ま、毎日続けるのですね」

「ああ、そうだ」

「ぼくガンバルよ、おねいちゃん」

「よしよし」



 翌日早朝。

 俺は逃亡を企てた。

 さすがに覚えた自室から1階のリビングへの階段をスニーキングで降りる。

 ふざけんな、何が修行だ。だいたいファンタジーだからってバトルしなきゃいかんみたいな風潮がおかしい。

 今は異世界スローライフとか、転売成り上がりとかが好まれているんだぞ。みんなうっすらと気付いている、バトルより、みんな仲良くせえと。

 そんなこんなで食糧庫に忍び込む。


 2、3日分の食糧が必要だな。数日経てばあいつらの熱も冷めるだろう。それまではおひとり様キャンプでもして時間を潰そう。


 お、上にハムがあるな。1塊持ってくか。背伸びするがギリ届かない。

 くっそ、踏み台かなんか……。

 その時、身体がふわっと浮き上がった。

 俺はハムをとって、すとんと着地する。

 修行の成果か、俺は武空術をマスターしてたらしい。

 ルンルンで振り向くと、そこにコロンが立っていた。


「スッゴクイイ」ドスが聞いた声で、コロンが言う。

「ああ、そうだよな。朝はやっぱりハムとトーストに限るよな」

「スッゴクイイ」俺の旅荷物を指さしてコロンが言う。

「違う、違うんだ。ちょっと沙羅双樹の花が見たくなって」

「スッゴクイイ」

「ああ、ウソだ。ウソに決まってんだろ! バーカバーカ! なにが修行だ、俺に修行させたかったら松明を口にくわえながら全裸でリンボーダンスでもしてみろ!」

 そう言うと、コロンは服を脱ぎ捨て、ハムを咥えてリンボーダンスした。

 さすがだな、ぶっ壊れている。

 まさかマジでやるとは思わなかった。

 コロンはそのまま俺を食糧庫から引きずって、明け方の広場へと連れて行った。


 ガキン、キイン、キン、ガキイイィーーーン!

 こ、殺されてしまう。誰か、誰か助けてくれ!

 コロンは両手で持った大鎌で完全に俺の命を刈りに来ている。

 ギリギリだ。ギリギリ、致命傷だ。

 俺は利き腕を斬られてアイスダストを握ってるだけで精いっぱいだった。

「スッゴクイイ」

「ああ、そうだよ。最高にハイってやつだ。こんなんやってられるか! 一歩間違えてたら死んでるぞ。コロンが……」

「スッゴクイイっ!!!」


 ガキイイィ―ン!!!


 俺の腕のアイスダストが吹っ飛ばされる。

「はあはあ、お、おい、いくら何でもマジで……」

「スッゴクイイっ!!!」

 コロンが絶叫した。

 そこに……。

 俺の背に、静かに声がかかる。

「もし本当に死んでたら、どうするつもりだったのって、そう言ってるんだと思うよ」

 明けきらぬ空に、アオイの声が聞こえた。

「アオイ……。お前いつからここに……」

「タイガーフェイクファー。今のエピに勝てる相手じゃなかった。聞いた時、アオイもコロンちゃんも震えが止まらなかった! 死んでたんだよ! あと、もうちょっとの差で、死んでたんだよ!」

 俺は何も言えなかった。

 コロンがよろよろと、涙を流して俺に近づく。

「スッゴクイイ……。スッゴクイイ、から……。い、な、く、なら、ないで。ボクの、前、からっ! エビ丸くんいなくならないでえっ!!!」

 広場に、コロンの絶叫が木霊した。

「ああっあああ、……」

「死ぬな、エビ、丸くん……。死なない力を、身につけてよ。忘れてないよね、ご両親たちが亡くなった時のあの絶望を」

「ああああああっ!」

「お母さんたちが、どれだけ泣いたと思ってるの? あの日、お母さんは不安と心労で倒れたんだよ。あのお母さんがだよ! だから無理に無理してエビ丸くんの短剣を直したんだよ。バカなのはいいよ、アホなのはいいよ。でも、家族のほんとの気持ちを知らないのは、救いようのない、大バカだっ!!!」

「ご、…………。ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。うわあ、うわあああーーーっ」

 怖さを知っている。みんな、知っている。あの怖さを。

 俺はどこかで甘えていて、はき違えていて、リサはそれを見逃さなかった。

 風が強く吹いた。

 昨日の大氷塊から吹く風が冷たかった。

 まるで、空が鳴っているようだった。


 俺の首に手を回したコロンの泣き声が、いつまでも明け方の空に響いていた。



「1、2、3、1、2、3」

「そうである。身体の声を聞け。お前の筋肉はどれだけの荷重に耐えられるのか? お前の関節はどれくらいの可動域で動くのか? お前の息はどれだけ続くのか? 知れ、自分の身体を。この動きでこうっ、この動きでこうっ! 身体の声を聞き、身体で反射しろ。頭で考えるな。極限を前に、人は頭で動けない。身体で動くのである」


 緊急体力テストが開催されていた。

 持久走、幅跳び、握力、腕立て背筋、エトセトラエトセトラ。


 結果、分かった事がある。

 俺は瞬発筋と回復力が人並み以上で、持久力と柔軟性が平均を下回っていた。

 持久走は途中でへばったが、シャトルランは好成績だった。つまり、一瞬のインターバルでの回復力がある。典型的なスプリンターの身体らしい。

 加えて、上半身より下半身の筋力が低いらしい。

 これは、走り込みで解決できるだろう。

 そして毎日の柔軟運動。

 逆に最も数値が良かったのは、意外にも肩の力だった。

 故郷で、ヒマさえあれば毎日ドッジボールしてたおかげだ。


「オラ、行くぞ、それそれっ!」

「おわ、く、こんにゃろ」

 アルファの連撃を受ける。

 今日も今日とて修行である。

「気合い入れろよ。頑張ったらまたおねえちゃんが背中流してやるからな」

「今日は流しっこだ!」

「上等だ。ビシバシ行くぜえ!」

 キイン、キ、キイン。

「食らえ新技、スラッシュ!」

 剣の風圧を飛ばす。風圧の剣を、アルファがぶった切る。俺は追い打ちをかける。

「二段突き!」

「おっと、食らうかよ」

 おし、チャンス!

「アイスアロー」

 俺は氷剣を振り下ろす。

 剣先から、極寒の氷塊が飛び出す!


 ふわふわふわ。ぴと。


 氷の粒がアルファのおでこにくっついた。

「なんじゃ、これ?」

「うるせえ、ほんとはもっとズビビビーンと、ドバババーンといく筈だったんだよっ!」


 そこに見学していたコロンが声をかけてくる。

「大したもんだよ、エビ丸くん。さっきのスラッシュ、受けた時アルファ、ちょっと本気だったもん」

「どこが本気だ。全然余裕だったよ」アルファが言い返す。

「ボクの目はごまかせないよ」

 ずっと「スッゴクイイ」しか言ってなかったから危うく忘れそうだったが、コロンはボクっ子だったな。


 なんとなく休憩する流れになって、俺たちが切り株に腰を下ろしていると、広場の入口から人が入ってきた。

「お? あれオリヴィエだな。お~い、俺だぁ!」

「エピ! 遊びに来たぞ。それにエピのお姉さんたちだな。こんにちはーーー!」

 オリヴィエとシュンが近づいてくる。

「初めまして。オリヴィエ・ロズデイルです。父は辺境伯のクリストフ・ロズデイルです。お姉さんたち、どうぞお見知りおき……」

 言いかけたオリヴィエの口が止まる。

「どうした、オリヴィエ?」

 俺は不思議そうにオリヴィエに尋ねる。

 ふるふるふる。

 オリヴィエの隣りにいたシュンの身体が震えている。

 どうしたんだろと思っていると、オリヴィエの横にいたシュンが、真っ直ぐにコロンに向かって行き膝をついた。

「結婚してください」

「えっ、ボ、ボクっ!?」


 はい、せ~の。


『な、なんだってえ~~~』

 広場にハモリが木霊した。

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