1 交遊部に入部したいと思い、ここに来ました……!

「そもそも私ね、こういうひと昔前のラノベみたいな謎部活に憧れて、自由な校風と生徒の自主性を重んじることで当時から有名だった、この私立成園なるその高校を第一志望に決めたんだ」

「だけど、いざ入った謎部活は思ってた活動内容とは違ったわけでしょ?」

「そうなんだけどね。でも、結果的には成園にしてよかったって思ってる。だってこうして、泉たちとも再会できたわけだから」

「……そっか」


 交遊部に入って数日が経った。


 案内された部室は部員数の少なさもあってやや手狭に感じられたが、それでも三人で駄弁るぶんには不自由のない広さだし、なによりただ駄弁っているだけの部が部室に文句をつけるのはいくらなんでも気が引ける。


 結局、環境が変わったところでやることは入部前とほとんど変わらなかった。

 交遊部の活動は交遊をすることなので、具体的には「話をする」、つまり雑談くらいしかやることがないのだ。だいたいなんだ交遊部って。謎部活すぎる。……まぁ、話し相手に澄夏が加わったことは素直にうれしいんだけど。


「ねぇ澄夏、先輩たちがいたときはどんなことしてたの?」

「ん〜? そうだなぁ……ガールズトークしたりとか、ラノベ読んだりとか……」


 澄夏は手元のラノベに視線を落としながら、生返事気味に俺の質問に答える。連日の雑談三昧に、さすがの交遊部部長もマンネリを感じずにはいられないみたいだ。

 泰記に至っては暇を持て余しすぎて掃き掃除をしている始末。


「ラノベ読んでたのは澄夏だけでしょ?」

「そうだね」

「ちなみに訊くけど、ガールズトークの内容って?」


 話のネタも尽きてきたので、参考になればと思って訊いてみたんだけど。


「……エッチなこととか」

「……そうなんだ」


 訊かなきゃよかった。ちょっと気まずい空気になってしまった。


「……詳しく聞きたい?」


 ちら、と上目遣いに俺を見て、澄夏は言った。


「……いや」

「誰々が初体験済ませたらしいとか、誰々と誰々が学校でしてるのを見たとか」

「いいって別に」

「……私、恋バナよりもそういう、露骨で生々しい話題のほうがむしろ好きで」

「訊いてないから」


 そんなときだった。

 コンコン、と。部室の扉が控えめにノックされる音。


 訪問者に心当たりはなかった。澄夏も泰記も同じなのだろう、俺たちは三人そろって扉に顔を向けたまま、数瞬のあいだ固まった。


「開いてますよ」


 いち早く我に返った澄夏が、扉に向けて声をかける。


「し、失礼します……」


 おそるおそるという感じでゆっくりと開かれた扉から、おそるおそるという感じでひょっこりと顔を覗かせたのは、見覚えのない女の子だった。


「あ、あの! ここって交遊部の部室……で、合ってますか?」


 ――なんか、ラノベに出てくる委員長っぽい。

 澄夏じゃないけど、俺が彼女に対して抱いた第一印象はそれだった。


 清涼感を感じさせるショートカットの髪と切れ長の目は、一見するとクールビューティーといった雰囲気なのだが、よくよくその顔を見れば幼さを多分に残しているのがわかる。クールビューティーというよりはクールキューティーという感じだ。


 一年生なのだろう。いかにもおろしたてなシワひとつない制服は、着ているというよりも制服に着られている感が強い。

 ガードの固さを感じさせる膝下丈のスカートと厚手の黒ストッキングが、彼女の委員長みをよりいっそう際立たせている。


「うん、ここが交遊部の部室だよ。私は部長の大野澄夏。あなたは?」

「わっ、私は一年二組の花森はなもり八瑛やえといいます。交遊部に入部したいと思い、ここに来ました……!」


 さすがは委員長、しっかりしている。聞き取りやすいハキハキとした口調に、そんな感想を抱く俺。緊張しているのか、表情は硬かった。


「うそ、入部希望!?」


 澄夏が驚きの声をあげる。どうやら想定していなかったらしい。


「泉、入部希望だって!」

「ああ。聞こえてる」

「ど、どうしよう?」

「なんで部長が動揺してるんだよ」

「……えっと、もしかして、募集してませんでしたか?」


 入部希望者の一年生――八瑛ちゃんが不安そうな顔で訊いてくる。


「あ、ううん、もちろん募集してるよ。えっと、八瑛ちゃん。とりあえずそんなとこ立ってないで、こっちおいで?」

「はい……」


 澄夏に勧められるがまま、八瑛ちゃんは俺の隣の椅子に腰を下ろした。目が合った俺に、軽く頭を下げる。


 それから八瑛ちゃんは、興味深そうに室内をぐるりと見回し――そして、ある一点に視線が止まった瞬間、ものすごい速さで首を元の位置に戻した。

 八瑛ちゃんの視線の先には、しゃがみこんでチリ取り片手に床を掃く男、泰記がいた。


「え? あの掃除馬鹿がどうかしたの? 知り合いとか?」

「い、いえ……」


 澄夏の問いかけに、八瑛ちゃんは俯きがちに首を振った。どことなく頬が赤い。

 そうは言っても、今の反応は明らかに、泰記のことをなんらかの理由で意識しているように見えたけど……。

 俺と澄夏は顔を見合わせ、首をひねった。


「ん? 俺の話か?」


 チリ取りに溜まったチリをゴミ箱に捨て、泰記はこちらに近づいてきた。


「せっかく入部希望の子が来てくれたのに、まだ掃除を続けてる馬鹿がいるって話をしてたの」

「あぁ、悪い悪い。ちょうど面白いところだったんで手が離せなくてな。えっと、花森さんっていったよな?」


 八瑛ちゃんは泰記のほうを見ないままコクンとうなずき、蚊の鳴くような声で「はい」と返事をした。


「俺は副部長の長谷川泰記、副部長をやってる。よろしくな! 困ったことやわからないことがあったら、副部長である俺になんでも訊いてくれよな!!」


 コクン。うなずく八瑛ちゃん。なぜか顔が真っ赤だ。

 八瑛ちゃんの様子は、さっきまでとは明らかに違っていた。あれだけハキハキしゃべっていたのが嘘のように、今は背中を丸めて縮こまってしまっている。


 ……縮こまっている?


 そういうことか!

 ぜんぶわかってしまった。ごめんな八瑛ちゃん、今の今まで気がつかなくて。



「――おい泰記。八瑛ちゃんが怖がってんだろ」



 俺は椅子から立ちあがり、泰記に詰め寄った。


「……え、そうなのか?」

「そうなのか? じゃねーよ。見てわかんねえのかよ? 八瑛ちゃんはおまえのたっけぇテンションにすっかり怯えちまってるんだよ!」

「そうだったの、八瑛ちゃん?」


 澄夏が訊いた。


「え、あの、それは違います……」


 え、あれ、違うの?


「なんでもないんです、ほんとに……」

「なんでもないってよ。疑って悪かったな、泰記」

「いや、俺もテンション高くて悪かった。本当に副部長になれたんだって思うと、つい……」

「気にすんな」


 俺は泰記の肩をポンポンと叩くと、八瑛ちゃんに向き直った。


「自己紹介がまだだったな。俺は浦芝うらしば。こいつらと同じ二年生で、交遊部では平部員だ」

「ちなみに下の名前は泉っていうの。女の子みたいで可愛い名前でしょ?」


 間髪いれずに澄夏が台詞を引き継いだ。


「おい、澄夏っ……」

「いいでしょ別に、入部するんならどうせバレることだし」

「ったく……」

「こんなふうに、泉って自分の名前にコンプレックスがあるの。そこがまた、泉って名前以上に可愛いと思わない?」

「どこがだよ……」


 黙って俺たちのやりとりを眺めていた八瑛ちゃんは、澄夏の問いかけにくすっと笑って、


「ちょっと可愛いかも……」

「でしょ! さっすが八瑛ちゃん、わかってる!」

「マジかよ……」


 笑った八瑛ちゃんのほうが断然可愛いだろ、という感想が自然と湧いてきたが、キモいので口には出さない。

 俺たち交遊部三人と八瑛ちゃんは、改めて向かいあった。


「それでそれで? 八瑛ちゃんはなんでうちの部に入ろうと思ったの?」

「はい、それは……」


 ちら、と八瑛ちゃんは一瞬だけ、なぜか泰記のほうを見た。


「うんうん、それは?」

「それは、リア充になりたいから……です」


 その答えを聞いて、俺は八瑛ちゃんに少し親近感を覚えた。八瑛ちゃんも俺や泰記と同じ、“こっち側”の人間――非リア充なんだ、と。


「リア充かぁ……それはちょっと難しいかもね」

「え、そうなんですか?」

「うん。あ、誤解しないで? うちの部に入るだけでリア充になるのは難しいってだけで、八瑛ちゃんがリア充になることじたいはそう難しいことじゃないと思うよ? なんたって八瑛ちゃん、美人さんだし」

「っていうか八瑛ちゃん、そもそも交遊部ってどんな部活か知ってる?」


 俺は横から話に割りこんだ。


「はい、クラスで噂になってますから。入るだけでリア充になれる部活があるって」

「だから〜っ! 入るだけでリア充になれたら! 私はとっくの昔に! 恋愛プロフェッショナルになってるっていう話なの〜っ!」


 それは澄夏の、心からの叫びのように思えてならなかった。あまりにも感情がこもりすぎている。


「ご、ごめんね……ちょっと取り乱しちゃった」

「いえ、よくわかりました……」


 でも、なんでだろう。澄夏くらい可愛ければ、モテないわけがないと思うんだけど。八瑛ちゃんにしたってそうだ。これだけ可愛い女の子たちがリア充になりたがっているという現実は、なんとも不思議だ。世の男子の草食化はそこまで進行してしまったのか?


「たとえばだけど――」


 澄夏は改めて、俺と泰記にしたのと同じような説明をした。


「友達を作ったり、友情を育んだり…………男女交際したり、ですか」

「だけど、実際の活動内容はといえば、雑談くらいしかないんだよな」

「え、なんでですか?」

「まず、俺たち三人はすでに友達だから、『友達を作る』ってことはできない。そして俺たち三人は友達なわけだから、『男女交際』も論外だ。となると、できることは『友情を育む』ことぐらいで、具体的には雑談くらいしかないんだよ。まあ、やろうと思えばUNOとかドンジャラもできるけどな」


「この部を作った先輩たちはね、もっとおっきな規模を想定してたんだって。それこそ、部員だけでカップリングパーティーが開けるくらいの。だけど思いのほか人気が出なくて、まぁ、どうなったかは見てのとおりなんだけど」

「ま、もし八瑛ちゃんがこの部の誰かと交際したいっていうなら、俺たちは交遊部部員として惜しまず協力するぞ。な?」


 俺は泰記と澄夏に同意を求めた。


「男女交際……そうだよな、交遊部だもんな……」

「泰記?」

「あ、ああ……もちろん協力するぜ?」


 泰記はどこか上の空だった。そういえばさっきから口数も少ないし、もしかしたらテンションが高くなりすぎないように自重しているのかもしれない。


「ぷっ、あはははっ! 誰かとって、泉か泰記しかいないじゃないっ、あはははっ!」


 澄夏は心底愉快そうにお腹を抱えている。


「いや、澄夏って線もあるだろ」

「そんなわけないでしょ、ばか泉」

「そこんとこどうなんだ、八瑛ちゃん?」

「えっと……」


 八瑛ちゃんは困ったように視線をさまよわせたのち、どこか遠慮がちに澄夏を見た。


「実は私、前に廊下ですれ違ったときからずっと、先輩のことが気になってて。それで、この部活に入れば、もっと先輩の近くにいられると思ったんです……」

「え、うそ、ほんとに……?」


 幼なじみの俺にはわかる。顔にはあまり出ていないが、澄夏は今、内心めちゃくちゃ動揺している。


「えっと、あの、あのね? 八瑛ちゃんの気持ちは、すごくうれしいんだよ? でも、でもね? 私には“そういうこと”はまだ早いっていうか、正直よくわからなくて……だから、」

「ごめんなさい、冗談です」


 八瑛ちゃんは申し訳なさそうに笑った。


「ごめんなさい! ……えっ?」

「ぷっ、くくく……」


 俺は必死に笑いをこらえた。


「本当、ごめんなさい。なんか、その場のノリで」


 試しに振ってみて正解だった。

 もっと堅物系の委員長かと思ったが、意外と冗談もイケるうえにアドリブも利く系の委員長だと判明した。


「もう、まったく……でも、八瑛ちゃん? もしほんとに相手がコレとかソレでもいいなら、私も喜んで協力するからね。もちろんそれ以外のことでも、なんでも遠慮なく相談してね?」

「っ……! はい、ありがとうございます、大野先輩!」

「私のことは澄夏でいいよ。交遊部らしく友達になろ、八瑛ちゃん」

「はい! よろしくお願いします、澄夏さん!」

「うん、こちらこそよろしくね。あ、そういえば八瑛ちゃん」

「なんですか、澄夏さん?」

「まずは見学とか体験入部って選択肢もあるんだけど、いきなり入部しちゃって大丈夫?」

「はい。正式に入部します! この部活なら、楽しくやっていけそうな気がしますから」


 八瑛ちゃんは“ソレ”呼ばわりされた俺を見て、柔らかく微笑んだ。

 可愛い子だな――改めて、そう思った。



     * * *



 八瑛ちゃんは入部届の記入&提出のため、ひとり職員室へと向かった。


「はぁ……それにしても」


 澄夏は呆れたような顔で俺を見た。


「どうかした?」

「どうもこうも。直ってないね、初対面の女の子相手にやたらとカッコつけようとする癖」

「そうかな?」

「ほら、それ。その口調。八瑛ちゃんの前と違いすぎ」

「そう言われてもね。癖なんだからしょうがないでしょ? だいたい、別に直す必要なくない?」

「あーあ、開き直っちゃった。ま、それで泉が疲れないんならいいけどね? 私としては、カッコつけてるときの泉は異世界で無双ハーレムしてそうで、あんまり好みじゃないけど」

「澄夏の好みは訊いてないから」

「私はやっぱり、ラブコメの鈍感主人公のほうが――」

「訊いてない」

「にしても、新入部員か」


 泰記がぽつりとつぶやいた。


「案外このまま部員が増えていって、カップリングパーティーは無理でも普通の合コンくらいなら開けるようになるんじゃないか?」

「普通の合コンって……」


 思考回路がリア充大学生だ。


「あ、わかった! 泰記って、そういうやらしい目的で交遊部に入ろうと思ったんでしょ? ね、絶対そうでしょ! そうなんだ!」


 澄夏がニヤニヤしながら囃し立てる。思考回路が男子小学生だ。


「いや……そうじゃねえよ。せっかく交遊部に入ったんだから、交遊部らしい活動をするのも悪くないよなって……ただ、そう思っただけだ」

「……ふぅん?」

「……へえ?」


 なんだか珍しく真面目な様子の泰記に、俺と澄夏は二人して、そんな間抜けな相槌を打ったのだった。

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