3-1 また、予行演習がしたいです
昨日の帰り際、俺と八瑛ちゃんは友情の証的なノリで、連絡先を交換した。
決意表明のLINEが送られてきたのが、今朝のことだ。
『昨日は泉先輩と友達になることができました。だから今日は、長谷川先輩と友達になろうと思います。先輩、どうか見守っていてください』
そんなわけで、放課後の交遊部部室。
「ねぇみんな、『おばあちゃんち』のこと、なんて呼んでる?」
「俺は『ばあちゃんち』だな!」
「なんだよ突然、それがどうかしたのか?」
「いいから、泉も答えてよ」
「まぁ俺も、泰記と同じだな」
「私は普通に『おばあちゃんち』ですね。澄夏さんは?」
「私も『おばあちゃんち』だよ。ねぇ八瑛ちゃん、不思議だと思わない?」
「えっと……なにがですか?」
「なんでみんな、『おばあちゃんち』のことを『おばあちゃんち』って言うんだろ? おじいちゃん……かわいそうじゃない?」
「あ……言われてみれば、確かに……」
「おばあちゃんのほうが子どもにとっては親しみがあるからじゃないか?」
「それはあるかもね。私のおじいちゃんも昔ながらの亭主関白で、ちょっと怖いし」
「俺はじいちゃんと仲良いぜ! 昨日だって――」
俺たち四人はいつものように他愛のない雑談に興じ、時にはラノベを読んだり(澄夏だけ)、時には床を掃いたり(泰記だけ)しつつ、のんびりと過ごしていた。
だが、八瑛ちゃんと泰記が一対一で直接言葉を交わすことはない。八瑛ちゃんはやはり緊張しているようだ。
そしてなぜか泰記も、どこかそわそわと落ち着きがない様子だった。……なんでだ?
ふいに、部室に静寂が訪れた。
――今がチャンスだ。
そう思ったのは俺だけではなく、八瑛ちゃんも同じだったようだ。
八瑛ちゃんのアイコンタクトに、俺と澄夏は小さくうなずいた。
「あ、あ、あのっ。は、長谷川、先輩……」
「…………」
声が小さすぎたのだろうか。泰記の耳には届かない。
泰記は椅子に腰かけ、考える人のようなポーズで固まっている。
「長谷川、先輩っ……」
「…………」
「せん、ぱい……」
「…………」
やはり無反応。
八瑛ちゃんは早くも心が折れてしまったのか、助けを求めるように俺を見た。
助け舟を出してあげよう。
「おーい、泰記! 八瑛ちゃんがなんか呼んでるぞ!」
「……ん? 花森さんが?」
ようやく顔をあげた泰記が、八瑛ちゃんを見る。
「あ、あ、えと……」
八瑛ちゃんは素早く泰記から目を逸らし、また俺を見た。
俺がしっかりとうなずくと、覚悟を決めたのか、神妙な面持ちで泰記に向き直る。
「きょ、今日は、その……いい天気、ですねっ!」
「……あぁ、そうだね。いい天気だな……」
会話終了。
……泰記のやつ、ほんとにどうしたんだろ? 心ここにあらずって感じだ。さっきまでは元気に雑談に参加してたのに。
「(も、もう無理ですっ……!)」
「(いや、その調子だ。もっとぐいぐい攻めるんだ)」
「(ぐいぐい……! そうでした……!)」
泰記には聞こえない声量で、コソコソ作戦会議する俺たち。
「……は、長谷川先輩は、お掃除がお好きなんですよね。じ、実は私も美化委員でしてっ」
「ん? いや、好きってわけじゃないよ。もはや生活の一部っていうか」
「そ、そうだったんですか」
「おう、まあな」
「…………」
「…………」
会話が続かない。
八瑛ちゃんは今にも泣きそうな顔で俺を見つめてくる。
「うう……私、もう……」
「八瑛ちゃんは頑張ったよ。よしよし」
俺は肩にもたれかかってきた八瑛ちゃんの頭を撫でた。
「泉先輩っ、泉せんぱぁいっ……!」
「いい子だな、八瑛ちゃんは。ぜんぶ泰記が悪いんだ」
頭を撫で続けながら、思う。
……何気なく触れたけど、ちょっと、いやかなりドキドキするかも。それになんか、甘くていい匂いもするし……。
女子に免疫がなさすぎて泣けてくる。これだから非モテは。
「ん? 呼んだか?」
「呼んでねえよ」
「ってか泉、おまえいつのまに花森さんとそんな仲良くなったんだ」
「……そんな仲良く見えるか?」
「見える。なあ?」
澄夏に振る泰記。
「まぁ、見えるけど。泰記も見習って、八瑛ちゃんともう少し親交を深めたら?」
お、ナイスパスだ澄夏。
「え、俺が花森さんと?」
「そ。同じ交遊部の仲間なんだから」
泰記は俺と八瑛ちゃんに視線を向けると、わざとらしく溜息をついた。
「はぁ〜、澄夏、あの様子を見て気づかないのか?」
「なんのこと?」
「俺が花森さんと仲良くしたら、泉に悪いだろ?」
言って、ニヤニヤと意味ありげに笑う。
「俺は空気が読める男だからな」
「ばっ……! おまえ、なに変な勘違いしてるんだよ……」
全然読めてない。まったく読めてない。鈍すぎだ、泰記。
「花森さんだって、俺より泉と仲良くなりたいだろ?」
話を振られた八瑛ちゃんだが、泰記の顔を直視できないため、視線は俺に向けられている。
「ほらな」
泰記は得意げだ。
「(今チャンスだったろ、八瑛ちゃん……)」
「(ちゃ、ちゃんす……?)」
「(そんなことない、って否定するんだよ)」
「(あっ、そうですよね……)」
今度はしっかりと泰記の顔を見て、八瑛ちゃんはハッキリと言った。
「そっ、そんなことないです!」
「……ん? それじゃ、泉より俺と仲良くなりたいの?」
「そんなことないです!!」
「へへっ、そりゃそうだ」
「あっ、ちがっ……!」
八瑛ちゃん……。
「みんなと仲良くしたいって意味に決まってるでしょ。特別、泉とだけ仲良くしたいわけじゃない。そう言いたかったんだよね、八瑛ちゃん?」
「え、は、はい! そうです!」
澄夏、ナイスフォローだ。
「泰記ってば、ほんと女心がわかってないんだから」
「ふぅん、そんなもんか。……ま、それはそうと――」
泰記は急に真面目な顔つきになって、澄夏を見つめた。
「澄夏」
「え……なに?」
きょとんとする澄夏。やっぱり、今日の泰記はどこか変だ。
「次の日曜、つまり明後日なんだけど……二人で映画にでも行かないか?」
「は? 映画? なんなの突然」
「いやさ、昨日の法事で久しぶりに会った親戚にチケットもらったんだけど、二枚あるんだよな」
「……それで、なんで私?」
「いや、別に深い理由はないんだけどな? なんつーか……そう、交遊部の活動の一環、みたいな? ほら、俺らって数年ぶりに交流が復活したわけだけど、まだまだ昔の感覚を取り戻しきれてないと思わないか?」
「そう? すっかり取り戻してると思うけど?」
「いや、まだまだ取り戻し足りないね、俺は。だから交遊部らしく、友人としてより親交を深めるために、行こうぜ、映画」
「んー、映画かぁ。私、映画ってそんなに興味ないなぁ。映画を観る時間があるなら、そのぶんラノベを読みたいタイプなんだよねぇ、私って」
「そう言うなって。せっかくチケットも二枚あるんだし、な?」
「うーん、そうだなぁ……あっ!」
澄夏はぽんと手を叩く。
「泰記、私じゃなくて八瑛ちゃんと行きなよ。それこそ同じ交遊部部員として仲を深めるいい機会だよ。ね、八瑛ちゃん?」
八瑛ちゃんはもげそうなくらいぶんぶんと首を横に振った。
「わ、わわわわわわ私はけっこうです! い、泉先輩が行ってください〜っ!」
ナイス澄夏と思ったが、さすがにまだハードルが高かったか。二人きりで映画なんて、まるでデートみたいだもんな。
もちろん、泰記がそういうつもりで澄夏を誘ったわけじゃないことはわかってるけど。
「なにが楽しくて泰記とデートしなくちゃいけないんだよ」
「ほんとだぜ」
泰記が渋い顔で同意する。
「わかった、じゃあこうしましょ」
全員の視線が澄夏に集中する。
「映画はやめにして、みんなで集まって遊ぶの。今さらではあるけど、八瑛ちゃんの歓迎会も兼ねてね。親交を深めるのが目的なら、みんな一緒でも問題ないでしょ?」
「あぁ、それは名案だな」
同調する俺。
二人きりはまだ早いが、俺と澄夏もついていれば八瑛ちゃんも少しは安心できるだろう。そして今度こそ泰記と仲を深めてもらおう。
「(……それなら八瑛ちゃんも平気だろ?)」
俺は小声で八瑛ちゃんに耳打ちする。
「(……は、はい)」
頬を染める八瑛ちゃん。
「あの、でも、私はうれしいですけど……いいんでしょうか?」
「「いいって、なにが?」」
ハモる俺と澄夏。
「映画、やめちゃって……」
「いいのいいの、気にしないで」
「どうでもいいだろそんなの」
「俺のチケット……」
「ほら、長谷川先輩も澄夏さんとの映画、行きたそうにしてますし……」
「いや、いいんだ花森さん。そうだ、澄夏の言うとおりだ。みんな一緒でも、親交を深められればそれでいい……」
それに、と泰記は言う。
「確かに、花森さんとは俺だけまだ距離があるように感じてたんだよな。だからこの機会に、花森さんともっと仲良くなれたら、俺はうれしいぜ?」
「……………………はい、私も長谷川先輩とお友達になれたら、うれしいです」
顔は真っ赤で、声は小さく、視線も定まってないけど。
八瑛ちゃんはハッキリと、自分の気持ちを口にした。
友達になる、までは行かなかったけど、充分だ。俺は花丸をあげたい。
その後みんなで話し合い、歓迎会の詳細を決めた。
日時は明後日の十三時。場所は駅から近くて集まりやすいという理由で、花森家に決定した。
* * *
その日の晩。
ベッドに寝転んで澄夏から借りたラノベを読んでいると、スマホに着信があった。
画面を見てみると……八瑛ちゃんからだ。
『夜分遅くにすみません、泉先輩』
「いや、ちょうど暇してたところだ。で、どうした八瑛ちゃん?」
『はい……その、急な話なんですが』
「うん?」
『また、予行演習がしたいです』
「……八瑛ちゃん、今日はよく頑張ったと思うぞ? 自信持ちなって」
泰記と友達になると宣言したが、実際はそこまでには至らなかった。そのことで自信を喪失してしまったのかと、そう思ったのだが。
『あ、ありがとうございます……そう言っていただけると助かります。けど、そういう意味じゃなくて。予行演習というのは、日曜日のことです』
「日曜日って、八瑛ちゃんの歓迎会のこと?」
『はい、その予行演習に……明日、付き合っていただけないかと思いまして』
ん? 歓迎会の、予行演習?
「それって、する必要あるか?」
『だ、だって、ウチでやるってことは、私の部屋でやるってことじゃないですかっ。私、男の人を部屋に上げたことなんかないです! それなのに、いきなり長谷川先輩を呼ぶなんてっ……そんなの、無理なんです!』
「そ、そうか……。要するに、泰記の前に俺で慣れておきたいってことか」
『はい、言い方は悪いですが、そうなります。お願い……してもいいですか?』
「ああ、明日は特に用事もないしな、いいぞ」
『ほんとですかっ! ありがとうございます、先輩っ!』
ぱあっと花が咲くように笑顔になる八瑛ちゃんが、電話越しでも容易に想像できた。
『……なんだか、泉先輩に甘えてばかりですよね、私って』
急上昇したテンションから一転、我に返ったみたいに、声のトーンが落ちる。
「八瑛ちゃん、そういうのはナシだ。俺は八瑛ちゃんに最後まで付き合うって決めたんだ。だから八瑛ちゃんも、遠慮せずに俺を頼ってくれ」
『先輩っ……はい。わかりました。私、もうしばらく先輩に甘えることにします』
「あぁ、そうしろ」
『はい!』
それから、俺たちは待ち合わせ場所と時間を決めて、電話を切った。
なんだかやけに気分が高揚して、今夜はしばらく眠れそうになかった。
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