3-2 私もちょうど今来たところです

 明日の歓迎会同様、十三時に駅前で待ち合わせすることになった。


 ……のだが、十二時を過ぎたあたりから俺はどうにも落ち着かなくなって、かなり早めに家を出た。その結果、三十分も早く目的地に到着しようとしている。

 なにをやっているんだろう俺は。


「デートでもないのに、どんだけ気合い入ってるんですか、先輩……」


 って、八瑛ちゃんに引かれたりしないかな。

 いや、こっちから言わなきゃバレないか。いかにも今来ましたって顔で立ってよう。そうしよう。


 けれど、その必要はなくなった。

 なぜならば。


「あっ、泉先輩〜っ!」


 八瑛ちゃんのほうが先に来ていたから。


 こちらに手を振っている女の子が、一瞬、誰なのかわからなかった。俺のことを泉先輩と呼ぶのは八瑛ちゃんしかいないので八瑛ちゃんに決まってるんだけど、制服姿しか見たことがなかったから、とっさに認識できなかったのだ。


 意外にも、八瑛ちゃんはパンツルックだった。


 ブラウスの上に薄手のカーディガンを羽織り、下はスキニーパンツにスニーカーというカジュアルな出で立ち。頭には黒のキャスケットをかぶっている。全体的にモノトーン調なこともあってか、いつもより格段に大人びた印象を受けた。


「おう、早いな。待たせちゃったか?」

「い、いえ。私もちょうど今来たところです」


 ……って、なんかデートのテンプレみたいな会話だ。

 八瑛ちゃんも気づいたのか、「あっ」という顔をした。


「な、なんかこれって」

「あぁ、デートみたいだな。これでデートの予行演習もバッチリだ」

「っ、デートなんてそんな私にはまだ早すぎますからっ……! 時期尚早にもほどがあります!」

「それは言い過ぎだろ」

「そんなことないですっ、今だって実は、デートだとしたらかなり失敗しちゃってますし……」

「失敗?」

「は、はい……あの、ほんとは、十二時には到着してました」

「え」

「嘘つきましたごめんなさい! だってっ、本番前なのに気合い入りすぎって泉先輩に思われるのが恥ずかしくて……!」


 ……同じだ。だけど、カッコつかないから俺も同じだとは言わない。ごめん八瑛ちゃん。


「別にそんなこと思わないが、それにしたって一時間前はさすがに早すぎだろ」


 自分のことを棚にあげて言う。


「うう……なんか、家にいてもそわそわして落ち着かなくて……緊張してるのかもしれません……」


 ……俺も緊張してたのかな? う〜ん、自分でもよくわからない。


「今からそんなじゃ明日は持たないぞ? 一緒にいるのは泰記じゃなくて俺なんだから、もっとリラックスしな」

「そう、ですよね……」

「ほら、俺の顔をよく見ろ。泰記じゃないだろ?」

「えっと……」


 八瑛ちゃんは俺と距離を詰め、まじまじと俺の顔を見あげた。


「相手は泉先輩、相手は泉先輩、相手は泉先輩、相手は泉先輩……」

「な?」

「〜〜〜っ、だっ、だめです! なんでかわかんないですけど、恥ずかしくなってきちゃいましたぁ……っ!」


 パッと俺から一歩分離れ、手のひらで顔をパタパタと扇ぐ八瑛ちゃん。

 俺相手に恥ずかしがるなんて、想像力が豊かだなぁ。


「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」

「落ち着いたか?」

「いえ、もう少し……すぅ、はぁ……」


 顔も若干赤いし、これはもう少しリラックスしたほうがいいだろう。


「そうだ八瑛ちゃん、昼ごはんは食べてきたんだよな?」

「ぁ、はい、軽くですが」

「それならさ、今からデザートに甘いものでも食べに行かない? それで一旦落ち着こう」


 我ながら名案だ。


「あ、甘いものですかっ」


 八瑛ちゃんの目が輝く。やはり女の子だ。


「行きたいです……!」

「よし、決まりだ。場所はどこがいい?」

「え、私が決めていいんですか?」

「あぁ。俺そんなに詳しくないし」

「そうですね、じゃあ……ゴゴストなんてどうでしょうか?」


 ゴゴストか。庶民的なチョイスだ。


「全然いいけど、普通のファミレスだよな。デザートってほとんど頼んだことないけど、おいしいのか?」

「私も普段はあんまり頼まないんですけど、CMで見た期間限定のパフェがとってもおいしそうだったんです! 妹も食べたがってたので、妹より先に食べて自慢したいです!!」


 鼻息荒く意気込む八瑛ちゃん。そうだった、後輩だしなんとなく妹感が強いけど、八瑛ちゃんってお姉ちゃんなんだよな。


「ファミレスのスイーツとしてはちょっぴりお高めらしいんですけど、せっかくの機会なので奮発しちゃいます!」

「よし、じゃあ行くか」

「はい!」


 そんなわけで、俺たちは急遽予定を変更し、駅からいちばん近いゴゴストへと向かった。

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