3-3 食べないんですか?
休日のランチタイムだし混んでいるかもと思ったが、タイミングがよかったのか、並ぶことなく席へと案内された。
テーブルを挟んで向かいあって座り、俺と八瑛ちゃんは同じメニューを覗きこむ。
「あっ、これですこれ!」
「おぉ、これは確かにうまそうだな」
全体的に薄桃色をした、春らしさ漂うボリュームたっぷりのパフェだ。
八瑛ちゃんが言っていたとおり、お値段もそれなりだ。
「ですよね! あ、でも男の人って甘いもの苦手なイメージありますけど、どうなんですか?」
「ん? 俺は普通に好きだぞ。そういや泰記もスイーツには目がないな。まぁ、その手の専門店には入りづらいってだけで、男も甘いものじたいはわりとみんな好きだと思うぞ」
「あ、そうなんですねっ。そっか、長谷川先輩も……くす、なんだか可愛いです」
「…………」
……今は泰記の話はいいか。予行演習しに来たんじゃないんだし。
俺はボタンで店員を呼び出すと、同じパフェを二つ注文した。
パフェはさほど待つこともなく運ばれてきた。
「それでは、いただきますっ」
八瑛ちゃんは手にしたスプーンでアイスと生クリームを一緒にすくうと、口へ運んだ。
「こ、これは……! ――ん〜〜〜〜っ、幸せですっ……!」
言葉どおり幸せそうにパフェを頬張る八瑛ちゃんを見ていると、なんだかこっちまで幸せな気分になってくる。
「先輩も早くっ! この幸せを感じてください!」
「いや、いくらなんでも大げさだろ?」
「本当ですって! 脳みそのどこか大事な部分が溶けます!」
「怖い表現だな……食べる気なくした……」
「もぉぉ〜〜っ、いいから早くっ!」
八瑛ちゃんは焦れったそうに言うと、ものすごく自然に俺のスプーンを奪い、自分がしたのと同じように俺のパフェから一口すくった。
そしてそのスプーンを俺の顔の前に差し出して……
「はい、どうぞ!」
「……え、いや」
……もしかして俺が気にしすぎなのか?
いやでも、これっていわゆる、「あーん」ってやつなんじゃ……。
「……? 食べないんですか?」
……とはいえ、たかが「あーん」で動揺してるなんてバレたらカッコつかないし、本当は恋愛強者じゃないとバレてしまうかもしれない。
ここは覚悟を決めるしかない……。
俺は差し出されたスプーンの先端をぱくっと咥えた。
「ね? 脳みそ溶けません?」
「ん……」
このアイス……これはラズベリーだろうか? 甘さの中にもほどよい酸味があって……なるほど、確かにうまい……気がする。
気がするというのは、俺が動揺を顔に出さないようにするのに必死で、しっかり味わう余裕がないからだ。
「……溶けた、気がする」
「でしょっ!」
「八瑛ちゃんにあーんしてもらったから、余計においしく感じるのかもな?」
俺は内心の動揺を悟られまいと、ついそんなことを口走ってしまう。
「え…………え、ぁ、私いまっ」
八瑛ちゃんは混乱した様子で、手に持ったスプーンと俺の口元を順に見た。
そして……
「〜〜〜〜っっ!? 私っ、今すっごい恥ずかしいことしてましたよねっ!? ぁ、そ、そっか、それで先輩、一瞬固まってたんだ……私の奇行にドン引きして……」
なるほど、無意識のあーんだったのか。
気にしてるのが俺だけじゃなくてよかった。
「別に引きはしないが。ただそういうのって、普通は恋人同士でやるものだから、ちょっと驚いただけだ」
「そうですよねっ、ごめんなさいっ、なんかあまりにも自然体になりすぎていたというか……以後気をつけますっ」
「いや、それだけリラックスできてるってことだから、良いことだと思うぞ?」
「うう……先輩のフォローが身に沁みます……」
「いやほんとに。明日もこのくらいリラックスできるといいな」
「リラックス、リラックス……それにしてもほんとおいしいですねっ、このパフェ!」
「そうだな」
そうそう、いい感じだ。
「もう一口食べちゃいますっ、あむっ」
八瑛ちゃんは今度は自分のパフェから一口すくうと、そのまま口に含んだ。……って。
「八瑛ちゃん、そのスプーン……」
俺にあーんをして、そのまま握りっぱなしだったスプーンだ……。
「んむ……え? ……あっ!?」
フリーズした八瑛ちゃんの顔が、次第に赤く色づいていく。
これって、間接…………だよね?
「ぅうう〜〜っ、ごめんなさい〜っ! あの、あの、ほんとにわざとじゃないんです! 今店員さんに言って新しいスプーンもらいますから……!」
……やっぱり、リラックスしすぎるのも考え物かもしれない。
「いや、気にしなくて大丈夫だから……」
「そ、そうですよねっ、こんなこと気にしてるの私だけですよねっ? 高校生にもなって間接キスなんて、そんなこと普通は気にしませんよねっ?」
「……いや、まぁ……多少は気になるよな、うん」
「ううっ、先輩の優しさが身に沁みます……っ」
「それより、アイス溶けるしパフェ食べようか」
「はい……」
俺は八瑛ちゃんから返してもらったスプーンでパフェを食べ進めた。さっきよりもさらに味がわからなくなっていた。
女の子と間接キス……非モテな俺には刺激が強すぎる。
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