6-3 ひとりにしないで
丸一日経っても、八瑛ちゃんの覚悟が揺らぐことはなかった。
八瑛ちゃんは帰り支度を始めた泰記に声をかけると、部室の外へと連れ出した。行き先は校舎裏。澄夏も含めた三人で、事前に話し合って決めた。
とうとう、この日がやってきた。
今から八瑛ちゃんは、泰記に告白するんだ。
そう思うと、まるで自分のことのように緊張感がこみあげてきた。
いや……他人事なんかじゃない。
だって、告白するのは八瑛ちゃんだけじゃない。
八瑛ちゃんが告白を終えて、結果を報告しに部室に戻ってきたタイミングで――俺も、八瑛ちゃんに告白する。
八瑛ちゃんの告白の結果がどうであれ、気持ちを伝える。
困らせてしまうだけかもしれない。傷つくだけかもしれない。
それでも、自分の気持ちに気づいてしまったからには、見て見ぬふりはできない。
今なら、澄夏に告白した泰記の気持ちがわかる気がする。
きっと泰記は、わかっていたと思う。澄夏に異性として見られていないことを。幼なじみなんだ、そのくらいわかっていたはずだ。だけどそれでも、告白した。
八瑛ちゃんだって、わかってる。可能性はけっして高くないって。わかっていて、それでも告白すると決めた。
玉砕覚悟で、ダメ元で……じゃない。その逆だ。
ほんのわずかな可能性だとしても、どうしても掴み取りたい未来があったから。
泰記の気持ちも、八瑛ちゃんの気持ちも、今の俺なら理解できる。
恋をするって、きっとこういうことなんだ。
「ねぇ泉、八瑛ちゃん大丈夫かな? あぁ、急に心配になってきちゃった……」
「……あのさ、澄夏。悪いんだけど、先に帰っててくれないかな? 八瑛ちゃんと二人きりで、話したいことがあるんだ」
「え……?」
「ごめん、結果はあとで教えるから」
「別にいいけど……なに、話って? ……泉?」
少し悩んで、俺は正直に言うことにした。
「俺、八瑛ちゃんのことが好きなんだ。だから今から、告白する」
澄夏は驚かなかった。
……いや、驚きすぎて思考が停止してるのか。
しばらくの沈黙のあと、澄夏は真顔で口を開いた。
「泉も……私を置いて遠くに行っちゃうの?」
震えてはいない。なのに震え声に感じるくらい、不安のにじんだ声だった。
「どこにも行かないよ」
「うん……わかってる、でも……」
「……」
恋愛感情というものがわからず、友達の輪の中で孤独を感じていた澄夏。
再会した親友には愛の告白をされ、本音を打ち明けたもう一人の親友も恋をしている。
周りに置いていかれることへの焦り。変わらないと信じていた繋がりさえも、容易く崩れ去ってしまうんじゃないかという恐怖。
揺れる瞳からは、そんな不安が痛いほど伝わってきた。
「泉…………ひとりにしないで」
「しないし、なにも変わらないよ。仮に俺が変わったとしても、俺と澄夏の関係が変わるわけじゃない。どんなことがあっても一生親友だって、言ったばっかりでしょ?」
「うん、そうだよね、わかってる。わかってるんだけどね……ごめん、変なこと言って。じゃあ私、先に帰るねっ」
「澄夏」
大切な親友を、不安にさせたまま帰らせるわけにはいかない。
俺は必死に頭を働かせ、澄夏を安心させる言葉を探した。
「澄夏さ、前に俺に言ったよね。『直ってないね、初対面の女の子相手にやたらとカッコつけようとする癖』……って」
「……それが?」
「あれってさ、俺としては癖というよりも……むしろ逆なんだよね」
「逆……?」
「つまりあっちが、カッコつけてる俺のほうが平常運転ってこと。俺、実は非モテだからさ。女の子によく思われたくて、モテたくて、自然とカッコつけちゃうんだよ」
それはモテたいなんて感情を抱く前、物心ついたころからそうだった。女の子みたいな名前が幼いながらにコンプレックスで、なるべく男らしくあろうとしていた。だからもう、カッコつけが身体に染み付いてる。
「で、女の子の前なのにカッコつけてない、今の俺のほうが特別」
「うん……」
「そんな相手は、澄夏だけ。俺は……澄夏の前でだけは、カッコつけずにいられるんだ。それは、親友だから。俺にとって、澄夏が特別な存在だからなんだよ」
澄夏の不安を解消するための言葉を慎重に選んでいたはずが、気づけばただただ、胸の内にある澄夏への想いをまっすぐにぶつけていた。
「そしてそれは、ちょっと恋をしたくらいじゃ絶対に変わらない。俺は澄夏の前からいなくなったりしない。俺と澄夏の絆は――永遠だよ」
「…………ぷっ」
澄夏は小さく吹き出した。
「なにその台詞。ちょっと泣きそうだったのに、キザすぎて笑っちゃった。私の前じゃカッコつけないんじゃなかったの?」
「いや、今はまったくカッコつけてないから。ただの本心だよ」
俺の言葉に、澄夏はまた、ふふっと小さく笑った。
「ありがと、泉。元気出た」
「それはなにより」
笑われたのは想定外だったけど、元気になってくれてよかった。
「というか、澄夏には特別な存在でいてもらわないと、俺が困るんだよね」
「なに、どういうこと?」
「胸を貸してもらうかもしれないから」
「え、唐突なセクハラ?」
「違うから。……告白が失敗したら、慰めてほしいんだよ。めっちゃ落ちこんで、みっともなく泣くかもしれないし」
「……」
「こんなカッコ悪いこと、澄夏にしか頼めないんだ。お願いしてもいいかな?」
「任せて」
「ありがとう」
「こちらこそ。……じゃ、そろそろ行くね。早くしないと八瑛ちゃん戻ってきちゃう。告白、頑張ってね」
澄夏は鞄を手に取ると、俺に背を向けた。
「あ、念のため言っとくけど」
扉に手をかけたまま、振り向かずに澄夏は言った。
「私にとっても、泉は特別な存在だからね! ……うわ、恥ずかしい台詞! よく真顔で言えたなぁ、さすが稀代のカッコつけ……」
照れ隠しなのか、ぶつぶつ言いながら澄夏は部室を出ていった……。
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