6-2 色仕掛け、ですか!?
「先輩のことが好きです! 私と付き合ってくださいっ!」
「〜〜〜〜っ!!!」
な……なんという破壊力。
「八瑛ちゃん八瑛ちゃん、そこはちゃんと、『長谷川先輩』って言わないと!」
じゃないと俺の心臓が持たない!
「はっ……! 確かに、そのほうが気持ちが伝わりますよね、きっと! もう一度やってみます!」
ただでさえ八瑛ちゃんに気持ちが向いていない泰記を落とすとなると、告白の台詞は相当重要になってくる。いかに心を掴む言葉を選べるかの勝負、といっても過言ではない……と思う。
「私、長谷川先輩のことが好きなんですっ! 私と付き合ってくださいっ! ……どうですか? 心、鷲掴みにできそうですか?」
「うーん……」
相手が俺なら鷲掴みだが……正直、泰記がこれしきで
「普通すぎる」
「う……」
「もっと熱い想いを伝えたほうがいいかもな。好きになった理由とか。かといって、あんまり長くても重いだろうし、
「じゃあ端的に……第一印象から決めてました! 私と付き合ってください!」
「いやいや、カップリングパーティーじゃないんだから」
まぁ一目惚れなら、間違ってはないんだろうけど。
「うぅ、難しいです……先輩からもなにか案ください……」
「そうだな……泰記が喜びそうなことと言えば……『付き合ってください! 今ならNintendo Switchもお付けします!』……なんてどうだ?」
「いやいや、通販番組じゃないんですから。それに、万が一それでOKされても気持ち的にかなり微妙です! ていうか真面目に考えてくださいっ」
「う〜ん……要は、問答無用で泰記を落とせればいいわけだよな……」
思考をめぐらせてみる。
どんな手を使ってでも、落とせさえすればいい。
それなら……
「もういっそのこと、色仕掛けで迫る、なんてどうだ?」
「い、色仕掛け、ですか!?」
「あぁ」
「そそそれってつまり、その、えっ、えっち……なこと、ですよねっ?」
「まぁ」
「た……たとえば?」
「そうだな…………キス、とか」
「き、キス、ですかっ! た、確かにそれは、えっちですっ……!」
「だよな……」
「はい……」
「……」
「……」
……なんだか変な空気になってしまった。
視線を逸らす八瑛ちゃんの頬が、ほのかに赤く染まっている。
「……あの」
沈黙を破ったのは八瑛ちゃんだった。
「してみても……いいですか?」
「えっ!!」
「……あっ!? ち、違います!! ちがくて、練習っ、シミュレーションをって意味で……っ!!」
……あーびっくりした。キスするのかと思った。
「練習でキス!? 八瑛ちゃんは大胆だなぁ……」
素で驚いたことを悟られないよう、茶化して誤魔化す。
恋愛弱者だとバレていようが、いい格好をすることはやめられない。ましてやその相手が、大好きな女の子ならなおさらだ。
「だから違いますっ! 本当にするわけじゃなくてっ」
「うんうん、フリをするんだよな。わかってるって」
「も〜〜っ、泉先輩ってときどき意地悪ですよね……」
あぁ、膨れっ面の八瑛ちゃんも可愛いなぁ。
「えっと……もっと近づいたほうがいいですよね?」
言いながら、八瑛ちゃんが距離を詰めてくる。
「こ、このくらい……?」
「いや、まだ遠い。これじゃキスできない」
「で、ですよね……じゃ、じゃあ」
さらに距離を詰めてくる。……いやこれヤバい近い。
八瑛ちゃんは依然顔を赤くしたまま、吐息がかかりそうな至近距離で、上目遣いに俺を見つめる。
「ん……」
そして、目をつぶった。
…………。
「いや、八瑛ちゃんから迫るんだから、目をつぶってじっとしてたらだめじゃない?」
「た、確かに言われてみれば……! でも、そもそも色仕掛けって、どうやればいいんでしょうかっ?」
「そうだな……」
甘い声でねっとりと誘惑する小悪魔女子のようなムーブは、八瑛ちゃんには難易度が高いだろう。ならいっそのこと……
「不意打ちだな」
「不意打ち……ですか?」
「あぁ。下手に誘惑して警戒されるくらいなら、キスしようとしてることに勘付かれる前に、不意打ちですればいい。意表を突いてドキッとさせる作戦だ」
「なるほど……!」
「できそうか?」
「はい! やってみます! 自然に……さりげなく……」
八瑛ちゃんは俺を見あげると、小さく声をあげた。
「あっ! 長谷川先輩、頭にゴミがついてますよ? ちょっとかがんでもらえますか?」
「ん、わかった」
言われたとおりにかがむと、八瑛ちゃんはそっと目を閉じ、顔を近づけてきた。
「いや待って八瑛ちゃんっ――」
いま目をつぶったりしたら事故る――という言葉が喉から出るよりも早く。
「んむっ……!」
…………嘘だろ。
触れている……完全に。
俺の唇と八瑛ちゃんの唇が、思いっきり密着している……。
「ンンン――っ!? ……ぷはぁっ!」
八瑛ちゃんは顔を離すと、勢いよく数歩後ずさった。自分からしたというのに驚愕したように目を見開いていて、ひどく動揺しているのが伝わってくる。
「っああぁぁごめんなさい先輩!!! ちが、今の、わざとじゃなくてっ!!」
「大丈夫わかってる落ち着け八瑛ちゃん落ち着け……っ!」
当然俺も平常心でいられるわけもなく、心臓は早鐘を打ち続けている。
「は、はいっ……!」
俺たちは二人して胸元を押さえながら、ひたすら深呼吸を繰り返した。
「……落ち着いたか?」
「はい……本当にごめんなさい。その、先輩もはじめてだったんですよね……? 大事なはじめてを私が……ごめんなさいっ!」
「いや俺は気にしてないけど、八瑛ちゃんのほうこそ気にするだろ? 悪い、俺が変な提案したばっかりに……」
「いえいえっ! 先輩はまったく悪くないですっ、完っ全に私の不注意が原因ですからっ! それに、私も全然気にしてませんから……! むしろ予習できてよかったくらいです!」
自分だって大事なはじめてだったのに、八瑛ちゃんは健気に俺のことを気遣ってくれる。本当にいい子だ。
「ま、事故だったわけだし、今回はノーカンってことにしようか」
「そうですね、そうしましょう。大丈夫です! なにもなかったです!!」
とはいえ、当分は頭から離れないだろうけど……。
「と、ところで、その…………どう……でしたか?」
「え? どうって……すごかったよ。キスの感触ってもっとふわふわで柔らかいものだと思ってたけど、確かに柔らかさもあるんだけどそれだけじゃなくて、思いのほかしっかりとした弾力があって、それに瑞々しさも――」
「〜〜〜っ!! ちっ違いますっ! 私の唇のレビューが聞きたいわけではなくっ! その、今の色仕掛けが長谷川先輩に通用しそうかどうかを聞きたかったんです!」
「あー、そっちね」
キスの感想を聞かされて真っ赤な顔で照れる八瑛ちゃん、可愛すぎる。
「まぁ……通用するかもしれないけど……」
いくら効果的だとしても、これは……。
「さすがにだめだな。キスで相手の気を引こうだなんて、やっぱり常識的に考えてありえない。仮にそれで告白が成功したとしても、なんというか不健全な関係になりそうだ……」
健全な男女交際を奨励する交遊部の部員としても、認めるわけにはいかない。八瑛ちゃんに掴んでほしいのは
「で、ですよね……」
「やっぱり、ちゃんと言葉で伝えるべきだと思う」
結局、話は振り出しに戻る。
俺たちはまたうんうんと唸りながら、告白のフレーズを考え始めた。
そして最終的には、
「下手に準備するよりも、素直な想いを口にするのがいちばんだな」
「確かに……!」
と、そんなあたりまえの結論に至ったのだった。
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