3-5 やっぱり経験人数も多いんですか?
駅からそれほど遠くない距離にある、それなりに裕福そうな一軒家が建ち並ぶ住宅街――そのうちの一軒が、花森家だった。
「あ、あの……手、繋いでくれてありがとうございました……」
「少しは慣れたか?」
「はい、これで長谷川先輩と繋ぐことになっても緊張せずに済むかもしれません」
玄関の前で、どちらからともなく、繋いだ手がゆっくりと解かれる。
……なんとなく、名残惜しさ。
今まで手を繋ぐことなんてなかったのに、離れてしまうと物足りない。誰かと手を繋ぐことで、こんなに満たされた気持ちになるなんて。
「どうぞあがってください!」
「お邪魔します」
八瑛ちゃんに促され、家の中に足を踏み入れる。
脱いだ靴を揃えたところで、奥の部屋からぱたぱたと足音が近づいてきた。
「おかえり〜八瑛ちゃん! あらイケメン! あなたが噂の浦芝先輩ね! イケメンじゃない! あ! 八瑛ちゃんから話は聞いてます! 部活でいつも八瑛ちゃんがお世話になってるみたいで! うふふ!」
「どうも……」
「ちょっとお母さん!! 来なくていいって言ったでしょ!?」
テンションこそ高いが、品が良さそうな雰囲気の女性だ。
随分と若々しく、八瑛ちゃんがお母さんと呼ばなければ、お姉さんと勘違いしていたかもしれない。
「いいじゃないの、一言挨拶させてくれても! ねぇ浦芝先輩!」
「はぁ」
「あ! そうだ! 八瑛ちゃんの小さいころの写真でも見ますか! 赤ちゃんの八瑛ちゃんも可愛いんですよ!」
「えーと……まぁその、興味はありますが……」
「お母さんっ!! 先輩が困ってるからっ!! 先輩ごめんなさい、私の部屋はこっちですっ、行きましょうっ」
「あ、あぁ」
八瑛ちゃんは俺の手を掴むと、八瑛ママに背を向けた。
「ゆっくりしていってくださいね! あ! 八瑛ちゃんをよろしくお願いします!」
俺は八瑛ママに会釈して、八瑛ちゃんに手を引かれながら二階へと続く階段を上った。
「はぁ……お母さんがすみません……」
「明るくて良いお母さんだな」
「好意的に捉えてくださりありがとうございます……」
俯きがちに答える八瑛ちゃんの頬は赤い。
家族と接する八瑛ちゃんは新鮮で、日常の一端を垣間見た気がして面白かった。
「――ぇ、ぁっ」
二階の廊下の半ばで、ふいに八瑛ちゃんが立ち止まった。
繋がれた手と手を見て、我に返ったようにぱっと手を放す。
「ご、ごめんなさい、なんか自然にっ」
「自然に握れるのは良いことだ。これでまた一歩前進だな」
正直、うれしかった。こんなに自然に手を掴んでくれるんだ、って。
と――そのとき。
目の前にあった扉が、小さく開いた。
「どうかした、八瑛ちゃん? ……あ!」
顔を覗かせた人物と、ばっちり目が合う。
中学生くらいの女の子だ。顔立ちが八瑛ちゃんに少し似ている。
まっすぐ伸びた髪は八瑛ちゃんより長く、少しだけ明るい。部屋着なのだろう、Tシャツに短パンという至極ラフな格好をしている。
全然着飾っていないのに、どこか垢抜けた、こじゃれた雰囲気がある。
それに……なんとなくだけど、リア充寄りのオーラを感じる。どこか、カースト上位グループの女子っぽさがあるというか。もし同じクラスにいたら苦手なタイプかも、とひと目見ただけでそこまで思ってしまった。
「こんにちはっ、えっと、長谷川先輩ですよね!」
「え? いや俺は」
「違うよ
泉先輩と言いかけて、とっさに言い直す八瑛ちゃん。名前にコンプレックスがある俺を気遣って、家族には「浦芝先輩」で通してくれているみたいだ。なんて出来た後輩なんだろう。
「あっ、そうだったね! はじめまして浦芝せんぱいっ、あたし、八瑛ちゃんの妹で樹里っていいます!
……あれ。第一印象とはちょっと違うな。
なんか普通にいい子っぽい。
「迷惑はかけられてないけど、お世話はわりとしてるな」
「あは、ですよね。実は八瑛ちゃんからだいたいの事情は聞いてるんです」
「あぁ、そうなのか」
「はいっ、あの、浦芝先輩って恋愛王者なんですよね?」
「恋愛強者な」
「そうそれ、すごいですっ! ということは、やっぱり経験人数も多いんですか?」
人数か……少ない数を答えたら怪しまれるか……いやこの歳で多くても逆に恋愛下手じゃんってなるか? 高二の平均って何人くらいなんだろう……
――いや待って、交際人数じゃなくて経験人数!?
それって、え、そういう意味!?
いやでも女子中学生がそんな質問する!?
「ねぇ樹里ちゃん、もう行っていい?」
「あーはいはい、歓迎会の予行演習するんだよね。それじゃ浦芝先輩、八瑛ちゃんのことよろしくお願いしますね〜」
半ばパニックに陥っているうちに扉は閉まり、八瑛ちゃんと二人きりになる。
……危うくボロが出るところだった。セーフ。
「妹がすみません……」
「明るくて良い妹さんだな」
「あの社交性を私にも分けてほしいです……あ、奥が私の部屋です」
部屋に通される。
「適当に座っててください! 私、お母さんが来る前に飲み物とお菓子持ってきますからっ」
そう言い残し、部屋をあとにする八瑛ちゃん。
「あ、あの!」
と思ったら戻ってきた。
「恥ずかしいので、あんまり部屋の物とか見ないでくださいねっ」
そう言って、今度こそ扉が閉まる。
……そう言われると気になってしまうのが人間という生き物だ。
俺はふかふかのカーペットに腰を下ろすと、部屋を見回した。
まず視界に入るのは、小学生から使ってるであろう学習机と椅子。それからベッドにテレビ、ガラス製のローテーブル、背の低い本棚、クローゼットに姿見。
なんというか……普通だ。あんまり女の子の部屋っぽくないというか。
俺はもう少し隅々まで見てみることにした。
テレビ台の収納スペースにはSwitchとPS5が並んでいる。その奥にはレトロなハードやマニアックなハードもいくつか見える。なるほど、ゲームボーイの話について来れるだけあって、なかなかのゲーマーらしい。
本棚には少女漫画と思しきピンクの背表紙に交じって、カラフルな背表紙のラノベが何冊かある。これは澄夏の影響だろう。
そのほかには男の部屋にはないような小物が多少あるくらいで、女の子の部屋要素はそのくらいだ。
そういえば昔よく遊びに行った澄夏の部屋も、本人のまとう女子オーラとは裏腹に、やけにこざっぱりとしていた。澄夏が特殊なのかと思ったが、案外それが普通なのかもしれない。俺は女の子の部屋に夢を見すぎているんだろう。
――なんてことを考えていると。
ガチャ。
そんな音が聞こえて、俺は扉に目を向けた。
「随分早いな…………え」
そこに立っていたのは。
八瑛ちゃん、ではなく。
「どーもー。ふふ、来ちゃいました♪」
八瑛ちゃんの妹――樹里ちゃん。
「さっきぶりですっ、浦芝せんぱいっ」
言って、後ろ手に扉を閉める。なんだろう、さっきと雰囲気が違うような。
「それとも――い・ず・み・せんぱい、って呼んだほうがいいですかぁ?」
「なっ……」
「ふふっ」
どこか小悪魔じみた微笑を浮かべる樹里ちゃんを、俺は黙って見つめ返すことしかできなかった。
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