俺の親友のことが好きな後輩を全力で応援していたら、頼られまくって俺が後輩と甘々になっている件
かごめごめ
プロローグ
高校生活も二年目となれば顔見知りも増える。少しでも気心の知れた相手がいれば、一年生のように友達作りに躍起になる必要もない。
クラス替えから一週間。
休み時間の教室には早くも怠惰な空気が蔓延しつつあった。
「なあ
「真剣にやると意外と面白いんだよね、ゴミ拾い」
「よしっ、決まりだな! 今日は隣町のほうまで行ってみようぜ!」
「ん〜……」
「実はよく拾えそうなポイントを下調べしておいたんだよなっ」
俺の後ろの席で楽しそうに地図を広げ始めたこの善良市民は、
背は高いが、顔は可もなく不可もなく。
アッシュブラウンの短髪は、俺のような無頓着ヘアと違って、時間をかけてきっちりとセットしているのがわかる。
どことなくチャラそうな外見に反して、性格は無邪気な子どもみたいで非常に話しやすい。
俺の小学校からの幼なじみであり、数少ない気心の知れた友人の一人だ。
ちなみに彼は別にゴミ拾いが趣味の男ってわけじゃなくて、単に暇が高じて新しい遊びを開拓しただけに過ぎない。
「泰記。悪いんだけど俺、ゴミ拾いはそろそろ飽きてきたんだよね……」
「え……嘘だろ……?」
「本心だよ」
「そんなこと言わずやろうって! 絶対楽しいって! きっと新しい発見とかもあるし!」
前言撤回。泰記はゴミ拾いが趣味の男だ。
「ねぇ、なんの話?」
泰記の熱意に根負けし、うっかり承諾しそうになったそのとき。
一人のクラスメイトがやってきて、俺と泰記、どちらにともなく声をかけた。
「聞いてよ
「は? ゴミ拾い?」
彼女――
誰よりも女の子らしい女の子。女性的な女性。
どこにでもいそうだけど、きっとどこにもいない女の子。
外見なんて子どものころとは全然違うはずなのに、彼女に抱くそんな印象だけは、不思議と昔から揺るがなかった。
「そうだ! 澄夏も一緒にやろうぜ、ゴミ拾い!」
「……」
澄夏は説明を求めるように、俺を見た。
「暇なんだよ。泰記も俺も」
俺は端的に説明した。
「あ、暇なんだ? ならちょうどよかった」
「なにが?」
「ねぇ泉、泰記。二人とも、部活は入ってないんだよね?」
……部活?
いきなりなんの話だと思ったものの、部活に入っていないのは事実だったので、俺はうなずいた。
「じゃあさ、私と一緒に部活やらない?」
予想もしていなかった展開に、俺と泰記は顔を見合わせる。
「あのね、
「聞いたことないな。泉は?」
「俺もない。交遊って、不純異性交遊とかの、あの交遊?」
「うん、そう。といっても、不純じゃなくて健全な交遊をするための部活だけどね? 念のため」
「健全な交遊ってのがイマイチわかんないんだけど?」
俺の素朴な疑問に、澄夏はあらかじめ用意していたかのように淀みなく答えていく。
「たとえば部活内で友達を作ったり、友情を育んだり、健全な男女交際をしたり……要するに、部活を通してリア充になりましょうってこと――っていうふうに、去年私が入部したとき、先代の部長は説明してくれたんだけどね? 実際入ってみたら部員は女子しかいなくて、その実態はただの女子会だったの」
「つまり、男子が足りないから俺たちを入れようってこと?」
男子がいなければ男女交際ができないから。そう思ったんだけど。
「あ、違う違う、そういうんじゃないの。今のは去年までの話。交遊部ってそもそも、三年生の先輩が三人と私の合計四人しかいなくて、その先輩たちも三月で卒業しちゃったから、今は私しかいないんだ」
「話が見えてきたぜ! 部員が一人だと廃部になっちまうから、数合わせに俺らを勧誘したってわけだな!」
泰記が自信満々に言う。
「ううん」
違ったみたいだ。
「うちの学校って部員が一人でも存続できるんだよ。知らなかった?」
「マジかよ……ゴミ拾い部でも作ろうかな……」
「まぁ、ラノベみたいに部の存続をかけて生徒会と対立したりできないのは、私も残念なんだけどね」
澄夏は本当に残念そうに言った。ラノベ好きは相変わらずのようだ。
「それじゃ、なんでまた俺と泰記なんかを誘おうと思ったの?」
俺は話を戻した。
「うん……それはね」
澄夏は、俺と泰記へ順番に目を向けてから、切り出した。
「それは、せっかくこの三人がまた揃ったから、だよ」
俺はまっすぐに澄夏の顔を見た。澄夏も真剣な眼差しで見返してきた。
「いくら一人でも存続できるっていっても、一人で交遊はできないでしょ? だから先輩たちが卒業したとき、交遊部は廃部にしようって思った。新入生を勧誘しようって熱意も、私には残ってなかったしね。けど……クラス替えの日。張り出された名簿に、自分の名前と、二人の名前を見つけたとき。私は、やり直すなら今しかないって、そう思った」
俺と泰記、そして澄夏の三人は小学校からの幼なじみで、当時は毎日のように、日が暮れるまで一緒の時間を過ごしていた。
だが、澄夏とは中学が別々だったこともあり、少しずつ、けれど確実に距離は開いていって……いつしか連絡を取り合うことさえなくなっていた。
直に顔を合わせる機会が減ることで生まれた溝は、思っていたよりもずっと大きなものだった。
それでも澄夏のことは、今でも泰記同様、気心の知れた大切な友人だと思っている。おそらくは、泰記も同じ気持ちだろう。それに、澄夏も。俺や泰記のことを大切な存在だと思ってくれているからこそ、
「だから、ね? 私と一緒に、部活やらない?」
そんなことを言い出したのだろう。
「澄夏頼む、副部長は俺にしてくれ!」
「泰記はゴミ拾い部を作るんでしょ?」
「なに言ってんだ泉、ゴミ拾いとか善良市民かよ? そんなことより俺は副部長の座を狙うぜ! 泉もそれでいいか!?」
「俺は別に権力には興味ないからね、平部員でいいよ」
「よっしゃあっ!! ルックスも成績も運動もあと一歩のところで泉に負けていた俺が、ついに泉の上に立ったぜ!!」
泰記がうれしそうでなによりだ。
「あの……二人とも、部活に入ってくれるのは決定でいいの?」
澄夏はなぜか戸惑ったような顔で訊いてくる。
「は? そりゃそうだろ?」
「うん。ほんとは俺も、もっと澄夏と話したいって思ってはいたんだけど、いかんせん澄夏の周りは女子が多くて話しかけづらいんだよね……」
澄夏は昔から、男女問わず友達が多かった。こんなことを言っては失礼かもしれないが、澄夏は特別同性に好かれやすいタイプではないと思う。
それでも澄夏がクラス替えから一週間にしてクラスの女子の中心にいるのは、高いコミュニケーション能力と謎のカリスマ性を発揮した結果だろう。
これが昔――小学生時代なら、男子も含めたクラス全体の中心になっていたところなんだけど、なにかと多感な高校生ともなれば、さすがの澄夏といえど異性の友達は作りにくいのかもしれない。
「実は私も似たような感じで、なかなか泉たちに話しかけるタイミングがなくて。だからこそ、部活っていうかたちで時間を作れればいいなって。ちょうど交遊っていう、部の活動内容とも一致するしね」
「名案だな」
「改めて、これからもよろしくね、澄夏」
「ん、こちらこそ。それにしても…………はぁ、なんだかなぁ」
澄夏は俺たちに見せつけるように、わざとらしく溜息をついた。
「どうかしたの?」
「だって、これ誘うのに私がどれだけ勇気を必要としたか、わかる? こんなこと言って変に思われたらどうしようとか、もう私のことなんてなんとも思ってなかったらどうしようとか、いろいろ考えたんだから。それなのに、こんなにあっさり……」
「そりゃ考えすぎってもんだろ」
「そうそう。それとも澄夏的には、もっと焦らされたかったとか?」
「そんなわけないでしょ、ばか泉……ほんと、こんなことならもっと早く誘えばよかった!」
肩の荷が下りたのか、澄夏は晴れやかな笑みを浮かべた。
「まったくだね」
だいたい、俺たち相手に勇気を必要とすることじたいが間違ってるんだ。俺たち三人はもっと気の置けない、ありのままの自分で付き合える……そんな関係だったはずだ。
でも、まぁ。
溝を埋めるための場所は、たった今、手に入った。
時間は取り戻せる。
開いてしまった距離は、縮めてしまえばいいだけだ。
――交遊部。
新しく始まろうとしている日常に、俺は密かに胸を躍らせた。
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