4-1 具体的にどんな女の子がタイプなんですか?
八瑛ちゃんの部屋で八瑛ちゃんの歓迎会が始まって、一時間ほどが経過した。
ローテーブルの上のジュースとお菓子が多少パーティー感を演出しているものの、話している内容は普段の部活とさして変わらない。
肝心の八瑛ちゃんは二言三言、泰記と直接言葉を交わしていたが、特に話が広がることもなかった。
ちなみに、樹里は友達と遊びに出かけているらしく不在だ。
本当は噂の『長谷川先輩』を自分の目で確かめたかったらしいが、八瑛ちゃんに家を追い出されたとのことだった。今朝LINEで愚痴を聞かされた。
「お、このポテチうまいな。どえりゃあうみゃあ味噌煮込みうどん味?」
「あ、それ私が買ってきたやつ。前から気になってたんだけど、一人で食べるのはちょっと勇気がいったんだよねぇ。泰記がいてくれて助かった〜」
「俺は毒見役なのか!?」
ちらりと八瑛ちゃんを見やると、表情にどこか元気がない。手応えのなさは本人がいちばんよくわかっているんだろう。
――駅前での待ち合わせの際、俺は八瑛ちゃんと澄夏を本来の予定より三十分ほど早く呼び出し、簡単な作戦会議をした。
「そろそろ次のステップに移行しよう」
俺は八瑛ちゃんに言った。
昨日、歓迎会の予行演習がグダグダのまま終わってしまったことを反省した俺は、家に帰ってから一人で作戦を練ったのだ。
「友達になる――つまり親しくなるのは当然大事だ。一昨日みたいな調子で積極的に会話していけば、泰記との距離は自然と縮まっていくと思う」
「うんうん、私もそう思う!」
「だけど、それだけじゃだめなんだ」
「えぇ! だめなの!?」
「だ、だめなんですか……?」
「あぁ。友達から始める――そこまではいいが、怖いのは、友達のまま終わってしまうことだ」
ネットで必死に調べた情報を自分なりに整理しながら、俺は語る。
「告白を断る理由に、『あなたのことは友達としてしか見れません、ごめんなさい』……なんてのがあるだろ?」
「確かに、よく聞く気がします」
「そう。いくら仲良くなれても、ただ仲がいいだけじゃだめなんだ。友達であると同時に、少しは異性として意識させる必要がある」
「……なかなか、難しいですね」
「とにもかくにも、泰記が八瑛ちゃんのことを異性として意識してなさそうなのが問題だ。だから作戦としては、とにかく思わせぶりなことを言って、泰記に『俺に気があるんじゃないか?』と思わせるんだ」
「わ、私にできるでしょうかっ……けっこう難易度高そうです……」
「あいつの鈍感さを考えると、真正面から攻めるくらいでちょうどいいかもな」
「よ、予行演習……はさすがにもう時間ないですよね……」
「大丈夫だ、俺たちがついてる。な、澄夏」
俺は澄夏の肩にぽんと手を置いた。
「……はっ。感心しすぎて言葉を失ってた。すごいね泉。――うん、私じゃ頼りないかもだけど、精いっぱいサポートするからね!」
「頼りないなんてことないですっ! 澄夏さんがいてくれれば百人力、泉先輩と合わせて二百人力ですっ!」
「そうか。それなら今回は目標を高くして、泰記をデートに誘っ」「そそそれはまだ無理ぃ〜〜〜〜っ!! 泉先輩の意地悪〜〜〜っ!」
――ここまでの一時間、俺と澄夏は八瑛ちゃんの動向を見守りつつ、タイミングを見て話を振ったり、うまいこと二人だけの会話に誘導できないか試みたりしていたが……
この様子だと、もっと直接的な、わかりやすい助け舟を出したほうがよさそうだ。
「なぁみんな、ここはひとつ『テーマ』を設けて、それについて語らないか?」
「お、なんか面白そうだなそれ!」
「で、テーマって?」
「――好きな異性のタイプ、なんてどうだ?」
「っ!」
八瑛ちゃんが息を呑む気配があった。
「いいねいいね、合コンみたいだ」
「うん、いいんじゃない? 八瑛ちゃんも大丈夫?」
硬い表情でコクコクとうなずく八瑛ちゃん。
「よーし、じゃあさっそくいこうぜ! まずは言い出しっぺの泉からな!」
「……え、俺か?」
「当然だろ」
まじかよ。考えてなかった。
うーん、好きなタイプ……好きな異性のタイプか……
ふと、八瑛ちゃんに目を向けた。俺の答えが気になるのか、じっと俺の顔を見つめている。
……と、危ない。俺は慌てて八瑛ちゃんから目を逸らす。
今、無意識に八瑛ちゃんを見てしまったが……もし泰記に俺のタイプが八瑛ちゃんだ、なんて誤解されたりしたら、せっかくの作戦が台無しだ。
……いや、確かに八瑛ちゃんは可愛いけど……でも、タイプとか、そういうことではないはずだ。
というか、タイプってなんだ? 自分でテーマに掲げておいて、あんまり考えたことなかったな。
八瑛ちゃんの手前、それを正直に言うわけにもいかないし……困ったな。
いや、考え込んでも仕方ないか。
俺は頭に浮かんだことを素直に口にした。
「……ま、顔が可愛い子だな」
…………。
「そりゃそうだろ」
「つまんなーい。もっとなんかないの?」
「私も気になります。具体的にどんな女の子がタイプなんですか?」
そう言われてもなぁ。
「……性格がいい子だ」
…………。
「そりゃそうだろ」
「つまんないよ泉」
「なるほど……泉先輩クラスになると、結局はそこに行き着くんですね……深いです……!」
キラキラした眼差しを向けてくるのは八瑛ちゃんだけで、残り二名は完全にシラけた目をしていた。
「そういうおまえらはどうなんだよ」
俺は強引に話を進めた。
「俺か? 俺はそうだな……女子力が高い子が好きだ」
「女子力?」
「あぁ、特に料理だな! 料理上手な子がいい。家庭的な、女の子らしい女の子が俺の好みだ!」
なるほど、料理か……。
「そういや澄夏って、小学生のころから料理得意だったよな。今でも作るのか?」
ふと昔の記憶が蘇り、俺は訊いた。
何度か振る舞ってもらったが、かなりレベルが高かったと思う。
「まーね。毎朝自分と家族のぶんのお弁当くらいは作ってるよ。夜は時々って感じ」
「すごいな」
「すごすぎます……私なんてお米もまともに研げません……」
それはどうなんだ、八瑛ちゃん……。
「それで? 澄夏はどんな男がタイプなんだ?」
泰記が訊いた。
「私は決まってるじゃない。ラブコメの鈍感主人公」
「は?」
そういえば前もチラっと言ってたっけ。鈍感主人公が好きなんて、変わってるなぁ澄夏は。
あれって見ててイライラする人も多そうだけど。なんで気づかないんだよ、いや気づけよ、って。
「鈍感主人公、よくない? まぁ、『タイプ』とは違うのかもしれないけど……」
「鈍感な男、か……」
泰記はつぶやいて、ちらりと俺に視線を向けた。
……まさか俺が鈍感だとでも言いたいのか? どこがだ。
八瑛ちゃんの気持ちに気づいていない泰記にだけは言われたくない。
「俺には魅力がよくわからんな。具体的にどういうところが好きなんだ?」
「私の好みなんてどうでもいいでしょ。それより、私は八瑛ちゃんの好みが気になるなぁ〜」
泰記の追及をさらりと受け流し、澄夏は八瑛ちゃんに振った。
「わわ、私ですか……っ」
いけ、ここだ! と俺は目で合図した。
思わせぶりなことを言って、泰記を意識させるんだ!
「え、えっと……せ、背が高い人、とか! ……カッコいいなって、思います!」
よし、いいぞ。泰記の反応はどうだ……?
「なるほどなぁ。やっぱり時代は3高ってやつか?」
だめだこりゃ……自分のことだとは微塵も思ってないな。
ていうかいつの時代だよ。
「い、いえ、高学歴と高収入は別に……」
八瑛ちゃんもよく知ってるな。俺は恋愛に関する情報をいろいろ調べたから、かろうじてわかるけど。
「身長以外にもあったりする?」
澄夏のフォローが入る。
「は、はい……えっと……優しくて、顔がかっこよくて、きれい好きで、ちょっぴりミステリアスで、不器用で、ちょっと天然っぽくて、鈍感なところもあって、いつでも明るくて、怒ったりしなくて、友達想いで、ゲームが好きで、物持ちがよくて、髪が短くて、染めてて、それから――」
「多いなっ!」
「す、すみません……!」
「そんな条件に当てはまる男がこの世にいるのか!?」
「いっ…………いる、と思います……」
「そうなのか……まっ、確かに花森さんくらい可愛ければ、そのくらい望んでもバチは当たらないだろうなっ」
「なっ……! かっ、かわっ……!?」
「…………」
泰記の言葉に、八瑛ちゃんが照れている。
……これは。
……………………これは、嫌だな。
時折感じることがあった、この気持ち。
この感情は……嫉妬なんだろう。そのくらいはわかる。
ただ、なぜ嫉妬してしまうのか、そこがよくわからない。
俺が八瑛ちゃんのことを異性として意識しているのであれば話は簡単だが、そうじゃない。
たぶん俺は、仲の良い八瑛ちゃんが、俺より泰記と仲良くなっていくのが嫌なんだろう。慕ってくれる後輩を、泰記に取られると感じてるんだ。
八瑛ちゃんが、俺を見てくれない。
つまるところこれは、そんな子どもじみた嫉妬心だ。
やれやれ、自分が嫌になるな。
――結局、八瑛ちゃんがこれだけアピールしたにもかかわらず、泰記がそれに気づくことはなかった。まぁ、八瑛ちゃんの中の泰記が美化されているというのもあるが。
そうして、それ以上の進展はないまま、歓迎会は終了した。
作戦こそうまくいかなかったが、気がつけば八瑛ちゃんは、泰記と自然に会話ができるようになっている。それだけでも、歓迎会をやった意味はあっただろう。
少しずつではあるが、告白というゴールに向かって確実に前進している。
……だけど。
ふいに、疑問が浮上する。
このまま、八瑛ちゃんが泰記と結ばれて……
俺は本当に、心の底から二人を祝福できるのだろうか?
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