5-4 私がラノベの幼なじみじゃなくてよかったね

「小学生のころは、まだよかった。焦りなんてなかった。恋愛なんてまだまだ先の話だと思ってたから。私もそのうち恋をするんだろうなって、ただ漠然とそう思ってた」

「……」

「中学生になって、違和感を覚えたの。周りの女子たちはみんな、恋愛の話ばかりしてる。実際に何組もカップルができてる。私は付き合うどころか、片思いすらまだしてないのに。……取り残されてる気がした。自分で言うのもなんだけど、私って友達作るのうまいと思うの、人見知りもしないし。だけど……輪の中心にいるのに、誰ともわかりあえてない。わかったふりして友達の恋バナに相槌を打つけど、本当はなんにも共感できてない。私には……恋愛がわからない。焦燥感だけが、日に日に膨らんでいく……」


 澄夏がそんな悩みを抱えていたなんて、想像もしてなかった。


「高校生になると、恋愛どころか、もっと際どい話も聞こえてきた。はじめては痛いとか、気持ちいいとか気持ちよくないとか。露骨すぎて中には嫌悪感を抱く子もいたけど、私はかえって、そういう話題のほうが心地よかった。性的なことのほうが、恋愛感情よりもずっとわかりやすかったから」


 ……確か前にも、そんな話を聞いた気がする。


「そんなとき、私は交遊部に出会ったの。この部に入れば、私も恋を知れるかもって思って入部したんだ。まぁ実際は、ただの女子会だったわけだけど」

「……なるほどね」

「えっと、それで……つまりなにが言いたいのかっていうと。そんな私だから、泰記に告白されたことが、すごく……ショックだったの。私が泰記とのあいだに感じてた友情は、一方通行だったのかなって……」

「うん、わかるよ」

「もし泉も泰記と同じで、私のこと好きだったらどうしようって……そう思ったら、確かめずにはいられなかったの。私だけ気づいてなかったら、ラブコメの鈍感主人公を笑えないし」


 念のため、俺はもう一度真剣に想像してみた。澄夏と付き合ってデートしたり、キスをしたり……うん、まったくピンとこない。


「ま、一度も笑ったことなんてないんだけどね。私、鈍感主人公好きだから」

「言ってたね」

「うん。感情移入できるんだよね。ヒロインの気持ちがわからないことに、共感しちゃうの。だから好き」


 なるほどなぁ。俺は鈍感じゃないから、鈍感主人公にはいまいち共感できないけど。


「はぁ、話せてすっきりしたなぁ……泉、聞いてくれてありがとう」

「うん、どういたしまして」


 言葉通り、澄夏は暗い夜空には似つかわしくない、晴れやかな笑みを浮かべた。


「最後にもう一回だけ訊くけど、泉は本当の本当に、私のこと異性として意識したりしてないんだよね?」

「くくっ……澄夏、なんかナルシストみたいだよ?」


 思わず笑いがこみあげてしまう。


「も〜、笑わないでよ。こっちは真剣なんだから」

「えっと、じゃあ真面目に答えるけど……澄夏のこと、女の子だなぁって感じることはあるよ? 仕草とか雰囲気とかね。澄夏ってなんていうか、すごく“女らしい”から」

「…………」

「だけど、それとこれとはまったく別。天に誓って、俺は澄夏にそれ以上の感情は抱いてないから、安心してよ」

「……うん」

「これから先、どんなことがあっても――澄夏は一生、俺の大事な『親友』だ」


 澄夏は俺の言葉を噛みしめるように、しっかりとうなずいた。


「うん……ありがとう、泉。その言葉、すっごくうれしい。……でも、そんなこと言われて喜ぶのって、なんかおかしいね」

「そう?」

「だって、ラノベのヒロインなら傷ついちゃうやつだよ、それ。なんだかんだ言っても結局、本心では主人公のことが好きだったりするんだから」


 そう言って笑う澄夏の表情は清々しく、どこまでも澄みきっていた。


「私がラノベの幼なじみじゃなくてよかったね、泉」

「確かに」


 俺たちは顔を見合わせて笑いあった。

 澄夏と一緒にいる時間は、やっぱり心地いい。


「それじゃ、帰るね」

「駅まで送るよ。澄夏のこと女の子として見てないけど、それはそれとして、女の子の夜道の一人歩きは危ないからね」

「……ありがと、お言葉に甘えるね」


 夜の道を澄夏と並んで歩きながら……考えるのはまたも八瑛ちゃんのことだった。


 澄夏のことは異性として見ていない。それは断言できる。

 それなら、八瑛ちゃんは?

 異性として見ていない。そう断言できるかと言うと……そんなこともなくて。

 それって、つまり……。


「ねぇ、八瑛ちゃんのことなんだけど……」

「えっ!」


 びっくりして思わず声が出た。


「なに、どうしたの?」

「いや、なんでも」

「あのさ……このこと、泰記には悪いけど、八瑛ちゃんにはちゃんと言っておいたほうがいいと思うの」


 ……その話か。澄夏も樹里みたいなことを言い出すのかと思った。


「うん……そうだね」

「泰記は……たぶんまだ、私のことが好き。告白は断ったけど、諦めたようには見えなかったから」


 八瑛ちゃんはそれを知って、どう思うだろう。

 心が折れてしまってもおかしくない。


『だってあの人の目、八瑛ちゃんを見てなかった』

『……八瑛ちゃんに、これ以上傷ついてほしくない。ようやく傷が治りかけて、立ちあがろうとしてるの』


 ……樹里が正しいのかもしれない。

 それならいっそのこと、泰記のことは諦めろ、とでもアドバイスすべきなのだろうか……。


「わかった。八瑛ちゃんには、俺から話すよ」


 ……とは言ったものの、気が重いな。

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