5-3 私のこと、異性として好きだったりする?
『ていうか、好きでしょ、たぶん。自覚ないのかもしれないけどさ』
昨日の樹里の言葉が、脳裏にこびりついて離れない。
「俺が八瑛ちゃんを……か」
あれから丸一日以上経つが、ずっと八瑛ちゃんのことばかり考えてしまう。
満面の笑顔。照れた仕草。ちょっと拗ねた顔。いろんな八瑛ちゃんが、浮かんでは消えていく。
昨日――八瑛ちゃんと泰記のデートを最後まで見届けて店を出ると、八瑛ちゃんが一人で待ってくれていた。
お礼をたくさん言われたような気もするが、あまり覚えてない。
唯一印象に残っているのは、やはりどこか弱々しく感じる笑みだった。……明日、改めて詳しく聞かないとな。
「ふぅ……もう寝るか」
まだ九時にもなってないが、なんだか考えすぎて疲れてしまった。
俺はベッドに倒れこむと、目蓋を閉じた。うとうとと微睡みの中をたゆたっていると、傍らに置いていたスマホが着信音を鳴らした。
心臓が、どくんと跳ねた。一瞬で眠気が吹き飛ぶ。
――八瑛ちゃんか?
急いでスマホを手に取り、画面に映し出された名前を見る。――澄夏だった。
「……え、澄夏?」
澄夏が電話をかけてくるなんて珍しい。チャットでのやり取りは日常的にしているが、通話をする機会は滅多にない。
そういえば、今日は泰記とスイーツが人気のカフェに行くって言ってたっけ。なにかあったんだろうか。
「もしもし、澄夏?」
『…………泉』
「? なんかあった?」
『今、直接会える? ちょっとだけでいいから……』
澄夏の声は落ち着いているものの、普段の落ち着きとは少し違う気がした。無理やり平静を保とうとしているように、俺には聞こえた。
「いいけど、今どこ?」
『……泉んちのすぐ近くまで来てる。昔よく一緒に遊んだ、
俺は急いで着替えると、近所の公園に向かった。
公園の敷地内に足を踏み入れると、すぐに澄夏の姿を見つけた。薄闇の中、街灯のそばで一人ぽつんと佇んでいる。
日中はそれなりに賑わっている公園だが、今は彼女以外に人の姿はない。
「澄夏!」
俺は澄夏のそばへ駆け寄った。
「泉……ごめんね、こんな時間に呼び出して」
澄夏は透明感のある水色のワンピースの上にカーディガンを羽織っていて、肩には小さいバッグを斜めにかけている。純白のパンプスは洒落ているが歩きづらそうで、こんな夜に、しかも俺に会うためだけの格好にしては少し不自然に感じる。
もしかすると、日中からこの時間までずっと泰記と遊び歩いていたのかもしれない。
「寒くない? うち来る?」
「ううん、もう夜遅いし迷惑になるから、ここでいい。すぐ終わるから……」
「わかった」
「あのね、ちょっと泉に、話を聞いてほしくて……」
「うん。どうしたの?」
「……その話の前に、一つだけ訊きたいことがあるんだ」
澄夏は緊張しているのか、少し表情がこわばっているように見えた。澄夏のこんな顔は見たことがない。
……いったいどうしたっていうんだろう。
澄夏は一度大きく深呼吸すると、意を決したように言った。
「正直に答えてほしいんだけど……泉さ、私のこと、異性として好きだったりする?」
「……え?」
――ていうか、好きでしょ、たぶん
またしても脳裏に浮かんだ樹里の言葉に、一瞬動揺しそうになる。
が、澄夏の質問そのものには、特に動揺する要素はない。なんでそんなことを聞くのか不思議には思うが。
「いや、全然。そんなこと考えたこともなかったけど?」
考えるまでもなく、するりと自然に言葉が出てきた。そこに迷いや葛藤は一切ない。
ということは、俺は澄夏のことは、別に異性として見ていないということなんだろう。
「もちろん友達としては好きだけどね、澄夏のこと」
そう俺が答えた瞬間、澄夏の表情が変わった。
最初は、あまりにも普通の答えすぎて笑われたのかと思った。
だけど、違った。
澄夏はきゅっと眉根を寄せ、一生懸命なにかを堪えるみたいに、閉じた唇をへの字に曲げている。
――そして。
「……よかったぁ」
ぽろ、ぽろ。
唐突に、澄夏の目から大粒の涙がこぼれた。
「私っ、泉にまでそんなふうに思われてたらって……気づいてないのが私だけだったらどうしようって、だからっ」
澄夏は泣いていた。
涙交じりの声で吐露される心情は、どうにも要領を得ない。
俺に向けられた言葉というよりは、抑えきれない感情が言葉とともにあふれ出した……そんな感じだった。
「落ち着いて、澄夏。深呼吸」
「う、うん……すぅ……はぁ……っ」
澄夏が落ち着くのを待ってから、俺は口を開いた。
「落ち着いた?」
「うん……取り乱してごめん……」
「いいよ。ゆっくりでいいから、話、聞かせてくれる?」
「うん……」
澄夏は指の背で目元を拭うと、小さく息を吐いた。
「あのね」
それから顔をあげ、俺の目を見てはっきりと言った。
「泰記に、告白された」
…………は?
「告白……って、愛の?」
「うん」
「愛の告白をされたの? 澄夏が?」
「そう」
「それって……泰記が澄夏のこと、異性として好きってこと?」
「そうみたい」
「……いつから?」
「昔から、だって」
「…………」
全然気がつかなかった。寝耳に水とはこのことだ。
「……驚いた」
「ね、驚くよね」
「それで、澄夏はなんて?」
「断った。ごめんなさい、って」
「そっか」
「泰記のことは、友達だって思ってたから」
「だろうね」
澄夏の気持ちは理解できる。俺ももしある日突然澄夏に告白されたりしたら、きっとすごく戸惑うだろうし、おそらく断るんじゃないかと思う。
「私ね……実は昔から、恋愛っていうものがよくわからなくて」
遠い目をして、澄夏は話し始めた。
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