エピローグ

「――そういうわけだから、泰記とのことはもう心配しなくて大丈夫だぞ」


 俺は樹里に、今日起きた一連の出来事について電話越しに話した。キスしたことはさすがに省いた。

 八瑛ちゃんからもだいたいの話は聞いているらしいが、俺の気持ちも含めて正直に伝えておきたかった。樹里は俺に恋心を自覚するきっかけをくれた、恩人みたいなものだからな。


『ま、泉ちゃんだったらあたしも安心かな』

「安心するのはまだ早い。なんせ当の八瑛ちゃんが認めてくれないんだから」

『ほんと、八瑛ちゃんも変なところで強情だよねぇ……』

「ほんとになぁ」

『早いところ落としてあげて』

「そうしたいのは山々だけどな、ここだけの話、具体的な策はなにもない。……樹里、俺に協力してくれるって言ってたよな? 八瑛ちゃんに恋心を認めさせる方法、一緒に考えてくれないか?」

『はぁ、世話が焼けるなぁ泉ちゃんは。ま、ほかでもないお義兄にいちゃんの頼みだし、あたしも考えてみるね』

「ありがとう、気が早すぎるけどな」


 でも悪い気はしなかった。


「ちなみになんだが……八瑛ちゃんの懸念したとおり、本当は俺に恋してないって可能性はないか?」

『ない。あれは完全に恋してる。あたしが保証してあげる』

「そっか」


 八瑛ちゃんの反応から、さすがにこれは俺のこと好きだろうとは思っていたけど、絶対間違いないと言いきれるだけの自信はなかった。

 だけど樹里のお墨付きをもらって、確信に変わった。八瑛ちゃんは俺に恋してる。


『なんか変にテンション高いし、今も隣の部屋から奇声が聞こえるし。おおかた、なにかを思い出してベッドでジタバタしてるんじゃないかな』

「…………」

『もしかしてキスでもした?』

「し、してない」

『めっちゃ怪し〜……けどまぁ、泉ちゃんにそんな度胸ないか』

「まぁ、そうだな。……それじゃ、いい案が思いついたら教えてくれ」

『……あ、待って』

「ん?」

『――ふつつかな姉ですが、八瑛ちゃんのこと、よろしくお願いします』

「あぁ、任せろ」


 かしこまったように言う樹里に、俺も真面目に返す。

 けどそういうのは普通、付き合ってからじゃないか? まったく、気が早い義妹いもうとだ。



     * * *



 翌日の放課後。

 澄夏と泰記と三人で部室に向かっていると、ふいに泰記が立ち止まった。


「――よし、決めた。二人とも、悪い! 俺、今日からしばらく部活休むわ!」

「は?」

「え……もしかして、私がいるから」

「いや、これは俺の問題だ」


 さしもの泰記も気まずさを覚えているのかと俺も思ったが、どうやらそういうわけでもなさそうだ。


「澄夏は気にしないでくれ!」

「うん……わかった。じゃあまた明日ね」

「おう! ……っと、泉は待ってくれ! 少し話がある!」

「話?」

「じゃあ私は先行ってるね、泉」


 澄夏が立ち去り、廊下に男二人が残される。


「急にどうしたの」

「いや、俺さ、自分磨きを頑張ろうと思ってな。手始めに、放課後はジムに通うことにしたんだ。と言ってもまだ入会してないから、今から申し込んでくるんだけどな!」

「なんでまた」

「少しでも澄夏に男として意識してもらえるように、な」

「あぁ……」

「その反応だと、やっぱり澄夏から聞いてるんだな」

「まあね」

「……わかってるんだよ、俺も」


 泰記はいつになく真面目な面持ちで、窓の外を見つめた。


「澄夏がショックを受けてるのは、わかってるんだ。澄夏を傷つけることになるかもしれないって、わかってた。それでも……俺は諦められないんだ」

「うん……」

「頼む、泉。おまえは澄夏の『親友』として、あいつの隣にいてやってくれ。すぐ近くで支えてやってくれ。その役目はもう、おまえにしか任せられないんだ」

「あぁ、言われなくてもそのつもりだよ」

「ありがとな、親友」


 泰記は満足げに微笑むと、俺に背を向けた。


「よっしゃー! 俺は澄夏の恋人の座を狙うぜーっ!!」


 元気に廊下を駆けていく背中を見送る。

 俺と八瑛ちゃんのことは、無事に付き合うことができたら、そのときにちゃんと報告しよう。



 部室に入るなり、先に着いていた澄夏が藪から棒に言った。


「泉はさ、恋を知ってるんだよね」

「ん? まぁそうだね。知ったのはつい最近だけど」


 昨日澄夏が帰ってからの一連の流れは、今朝早くに八瑛ちゃんと一緒にざっくりと説明してある。例によってキスの部分は伏せて。


「あのさ、私考えたんだけど――」


 純粋な目で俺を見つめながら、澄夏は言った。


「泉、私に恋を教えてくれない?」

「……は?」

「八瑛ちゃんに協力したみたいに、私にも協力してよ」

「と言われてもなぁ」

「お願いっ! 私、恋をしてみたいの」


 うーん……協力したいのは山々だけど、今は八瑛ちゃんのことで手一杯だし、そもそも恋愛初心者の俺に――


「ちょっと待ってくださいぃ〜〜〜っ!!」


 扉が開く音と八瑛ちゃんの声に、思考が中断される。

 八瑛ちゃんはどこか慌てた様子で澄夏の眼前まで迫った。


「え、八瑛ちゃん?」

「すみません、話聞こえちゃいました! あの、澄夏さんっ!!」

「は、はい! どうしたの……?」

「泉先輩は、私のことで忙しいと思うんです!」

「……うん、それはわかってるけど、でも……」

「それに泉先輩は、わ、私のことが好きらしいので……! 澄夏さんはっ、泉先輩のこと好きになっちゃだめなんですっ!!」


 ……ん? 八瑛ちゃん?


「え? 私別に、泉のことを好きになりたいとは一言も言ってないよ?」

「えっ?」

「ただ、どこかの誰かと恋をしてみたいってだけ」

「なぁっ!?」

「早とちりしたな、八瑛ちゃん」

「うぅ……!」


 八瑛ちゃんは頬を染め、恥ずかしそうに俯いた。


「にしても、泉と恋愛かぁ。まったく想像できないけど……でも、好きになれるなら、もしかするとありなのかも……?」

「なしです! 絶対なしです〜〜っ!」


 必死だなぁ。


「それで泉、協力してくれる?」

「……泉先輩は私に協力してくれるんですよね? 約束しましたよねっ!?」


 二人とも、いつになく押しが強い。それだけ本気ってことか。


 はぁ……やれやれ。

 ここは俺が一肌脱ぐしかなさそうだ。



「八瑛ちゃんも澄夏も、安心しろよ。俺が二人まとめて――恋を教えてやる!」



 俺は懲りもせず、そんな宣言をしたのだった。

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俺の親友のことが好きな後輩を全力で応援していたら、頼られまくって俺が後輩と甘々になっている件 かごめごめ @gome

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