第二話 目覚め


 不良達だけでなく異変を察して外に出てきた学院の職員や教師など、幸いなことに雷の目撃者は大勢居たため、落雷場所は推定出来た。


 姉はその後意識不明のまま帰宅した。魔術科の若い教師が彼女を横抱きにし、養護の医師も付き添っていた。そんな状態の彼女を出迎えた両親の気持ちは言葉では言い表せないだろう。


 僕も大人になって、自らが親になり、改めてこの頃のことを思い出す度に辛くなる。自分の子供が意識を失った状態で他人に抱えられて帰ってきたのである。そしてどうして倒れたのか、最初は原因も分からなかったのだ。




 ところで姉には何度も口を酸っぱくしてダイエットに励め、と言っていた僕である。魔術科の美青年教師に軽々と抱えてもらっていた彼女の意識が無かったのが幸か不幸か、良く分からない。何とそのイケメン教師は姉をそのまま二階の寝室まで運んでくれた。


「こんな重そうなのを乙女憧れのお姫様抱っこして下さって……申し訳ありません」


「私も騎士のように鍛えてないから、いくら体重が軽くても女性一人長時間横抱きは出来ないよ。実は浮遊魔術で浮かせてズルしているのだよね」


「魔術師として一人前になるのは大変だし、一人前になったらなったで責任は重いし、その位の役得でもなければやっていけませんよね」


「君、結構言うね……」


 でもこの人なら、魔力を持ってなくてもお姫様抱っこが出来なくても十分かっこいいから大層もてるだろう。




 姉はそのまま四日間目を覚まさなかった。


 昔の偉大な魔術師ブリューノ・フォルタン師が僕たちの高祖父母の記録を残してくれていたからまだ不安も少なかった。高祖父クロードが覚醒したときも三日間意識がなかったらしい。


 しかし、姉が大魔力を覚醒してしまったと言われても、まだそれが彼女の人生にどう影響してくるのかは、両親も僕もまだ全然分かっていなかった。


 その後姉が目覚めるまで、王宮の魔術師やら医師やらがひっきりなしに我が家を訪れた。




 人が大魔力を覚醒する時の黒魔力の空間のひずみが起こる、とブリューノ・フォルタン魔術師の記録に残っている。姉が覚醒した時の黒雲と雷がそれである。そしてその雷が落ちた場所に正反対の白魔力を持った運命の『片割れ』が誕生するらしいのである。百年前の記録によると当時の片割れ、つまり僕達の高祖母ビアンカはまだ母親のお腹の中に居たという。


 黒魔術を覚醒した者と、白魔術の使い手である片割れはお互いの魔力によって強く惹かれ合うとのことだった。


 目撃証言から、姉の片割れとなる者を探しているが、一向に捜査も進んでないとの報告を魔術院から受けていた。


 黒雷が落ちた辺りは中下流階級の住宅や商店が建ち並ぶごみごみとした一角で、雷が落ちた跡というものは全くなかった。


 黒いマントをまとった王宮魔術師様一行がそんな場違いな庶民の住宅街に連日繰り出しているのである。そんな彼らがいきなり戸口に立ち、黒い雷が落ちたのを見たか、妙齢の女性だったら子を身籠っていないかなど聞かれても一般庶民を怖がらせるだけだろう。


 実際僕がその界隈の住民だったら絶対居留守を使うか、裏口からこっそり逃げるかだ。貴族として育った僕でもそのくらいのことは分かる。いくら有力情報を握っていようが、厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだ。


 俗世に縁のない貴族の魔術師様達は四日かけてもその片割れとやらは見つけられなかった。手がかりもなしである。


 迷子や迷い犬なら張り紙という手もあるだろうが、大体人相も性別も何もかも不明なのだ。僕的に性別はまず男だと思いたい。年齢も分からないが多分まだ胎児だろう。いやそれ以前の胎芽状態かもしれない。


 王都警護団も、犯罪者の捜索というわけではないから特別捜査班など組めないし予算も下りない、とのことだった。警護団の方が魔術師軍団よりはよっぽど人探しに関してはましな仕事をするだろうが、お役所というのはまず臨機応変に柔軟な対応が出来ないものと相場が決まっているのだ。




 そうこうしているうちに倒れてから四日後に姉が目を覚ます。


 姉は生まれた時から薄茶色の髪に、青色の目だったのが、覚醒後、髪も眼も色が随分と濃くなり、どちらも黒に近い濃い茶色になってしまった。濃い色の髪の毛に縁どられた姉のぽっちゃりしていた顔は少しほっそりと見えるようになっていた。黒魔術万歳!である。それだけでなく少し顔つきも変わっていたように思う。いきなり備わった大魔力のせいだろうか。


 姉が目を覚ましたという知らせを受け、魔術院からお偉いさんたちがぞろぞろとやって来た。両親はとりあえず意識が戻ったということで、神に感謝し嬉し涙を流している。


「割れるように頭が痛いわ……」


 それが姉の発した第一声だった。普段は病気をしても体がつらいなど言わない姉のことだからよっぽど痛いのだ、と推測できた。


 タンゲイ魔術院総裁に何が起こったか説明を受けた姉は、まだ頭痛もひどいだろうに、寝台からそろそろと降り、覚束ない足取りで部屋から出ようとした。


「私の片割れを見つけに行かなくては……」


 もちろんそんな姉を両親や魔術師達が放っておくはずがない。


「止めないで下さい。私が行かずに誰が行くというの……」


 何かに取り憑かれたように彼らの制止を振り切る彼女の周りには黒い雲が湧きだしていた。そして感情が高ぶった姉は実際ミニ黒雷を屋敷内に落として、絨毯や家具などあちらこちら焦がしてしまった。


 今まで親にも教師にもまず反抗などすることのなかった聞き分けの良い姉が、この時だけは頑として譲らなかったのだ。


 テネーブル家には白魔術師だった高祖母ビアンカの個人的な手記が残されている。読書の虫の姉は幼い頃からそれを読み、魔法の世界に心を馳せていたのだ。まさか自分が黒魔術を覚醒するとは夢にも思っていなかっただろう。


 片割れの捜索は覚醒後の本能なのか、それともフォルタン師の記録や高祖母の体験談から得ていた知識からなのか分からない。姉は大人達の反対を振り切ってでも一人で徒歩で出かけようとしていた。


 しょうがなく魔術師達は姉を連れて推定落雷現場に向かった。姉は馬車を降りるとふらつきながらも迷うことなく狭い路地を進み、ある家の扉を叩いた。扉を開けて出てきたのは三十少し前の女で、彼女を見るなり姉は半分涙ぐみながらもニッコリと笑った。


「見つけた、片割れ」


 驚いたのは女の方であった。先日はいきなり王宮魔術師達が乗り込んできた。


『既婚か、未婚か? 妊娠しておるのか?』


 彼らにはそんな失礼な質問を投げかけられた。今日はそれに貴族の少女が加わり、今度はにこにこと『見つけた、カタワレ』と訳の分からないことを言われた。


 身なりがきちんとしてなければ彼らは即通報されていたことだろう。


 その気の毒な鍛冶職人の妻ポーレットは、自分が妊娠しているとは露とも思っていなかった。姉が家に上がり込み、お腹を触らせてくれと言われても何のことやらさっぱり分かっていなかった。姉はさも嬉しそうに彼女の腹を撫でまわし、挙句にはお腹に頬ずりまでしながらそこに語りかけていた。


「愛しい片割れよ……早く生まれておいで……」


 身なりがきちんとしていようが、事情を全く知らないポーレットにとってはただの痴女である。そこへ彼女の夫レオンが帰宅したものだから大変だった。いわゆる職人気質の夫は姉と魔術師達が事情を説明しようとしても聞く耳を持たず、結局一行は彼によってつまみ出された。無理もない。




***ひとこと***

「この世界の何処かに」のフォルタン魔術師とビアンカのお陰で、百年後に覚醒したガブリエルと周りの人々はとりあえず何が起こっているのかは把握出来ているようです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る