第九話 荒療治

― 王国歴1126年


― サンレオナール王都、王国西端国境の街ペンクール




 姉はザカリーが遠征に出かけるまで、今まで以上に取り憑かれたように魔術塔にこもり何やら魔法石の製作に力を注いでいた。


 そしてザカリーの出発前夜、姉はルソー家に彼を訪れる。彼女がここに最後に来たのはもう三年ほど前だった。彼が貴族学院に入学してからは難しい年頃の彼に邪険にされるようになり、段々と遠慮するようになっていたのだった。


 その夜ザカリーが留守なのはもちろん気配がしないので分かっていたらしい。姉は彼の養父母であるルソー侯爵夫妻に彼女の魔力を込めた石を託した。


「これはまだまだ完成品にはほど遠いですけど、二か月間くらいなら効果は薄れないと思うのです」


「ガブリエル様、ザカリーはこれを持っていればそう体調も崩さないでしょうが、貴女は……」


 ザカリーの養父、ベノワ・ルソー侯爵も魔術師で魔術院幹部の一人であるから、うちの姉の事情は良く分かっている。しかも赤ん坊のザカリーが養子に入った時から、彼目当てで毎日のように訪ねてくる姉もついでに娘のように可愛がってくれているのである。


「あの、ザックに体に気を付けて、とお伝えください。彼の出発前に出来れば一目会いたかったけれど、送別会ならしょうがないですわね」




 ザカリーが国境の街ペンクールに遠征してからの姉は何と言うか、ゾンビのようだった。クロエが無理にでも食事に誘うが二回に一回は断られ、残業が益々増えた。


 彼女自身は何も言わなかったが、体調が段々悪くなっていったらしい。侍女のグレタが姉は時々頭痛に悩まされていると教えてくれた。


 離れに居る時はよく庭仕事をしていた姉も、最近は椅子に座って自分の植えた草花をぼうっと眺めているだけのようだった。


 体調悪化はザカリーとの物理的距離が離れたことが原因だった。今までなら二人はお互い側にはいなくても、王都内の距離に居たのである。




 若気の至りで王都を飛び出し、自由を謳歌するつもりだったザカリーも姉ほどではなかったが体調不良を訴えるようになる。彼は環境が変わったせいだとあまり気にも留めていなかった。


 しかし、朝貧血気味でなかなか起きられない時は無意識のうちに姉の魔法石を握りしめ、胸元に持って行くようになっていた。そうすると少しは気分が良くなったのである。そして石に触れる度に姉の存在を近くに感じ、彼女の声が耳元で『ザック、無理しないで。体を労わってね』と聞こえ彼女の幻が目の前に見えるのだった。


 不思議なことに以前はあんなにわずらわしかった姉が懐かしく恋しく感じられてくる。ザカリーは未だに姉に対する感情を認めず、王都を離れて少しホームシックになっているのだろう、と軽い気持ちだった。そのうち魔法石は手放せなくなり、紐を結んで首に掛けるようになっていた。


 ここ西部国境の街に来るときもザカリーは変幻魔術で自分の姿を目立たない茶髪茶眼に変えていた。しばらくして彼は街の宿屋の娘とねんごろになる。


 アイタタ……これでもう性別にかかわらず読者全員ドン引き、総スカンだ。


 ザカリーお前は最低や、『抱かれたくないキャラランキング』の上位をシリーズ作歴代の悪役達と争うようになってもうたぞ。


 第一位「溺愛」の常習性犯罪者ジョゼ・シュイナール、第二位「蕾」のモラハラ極悪夫ガスパー・ラングロワに続き、お前には堂々の第三位を授けよう。


 ザカリーは主に彼女の宿屋の空き部屋で度々逢引を重ねるようになっていた。他に装身具など何もつけないザカリーが何故かその黒い石の首飾りだけをいつもしているのが宿屋の彼女は大いに気になっていた。しかも彼はそれを懐かしそうな顔をして時々握りしめるのである。


「ねえザック、その首飾り、王都で待っている恋人に贈られたの? だから肌身離さず首に掛けているのでしょう?」


「そ、そんなんじゃねぇよ」


 そう動揺しまくっていては肯定していると考えられるぞ、ザカリー・ルソー。


「少なくとも私と居る時は外しておいて」


「分かったよ」


 ザカリーは仕方なくその魔法石をズボンのポケットにしまった。彼女はしかし、ザカリーがそれからもその魔法石を常にポケットに入れて持っており、毎朝目覚めると一番にその黒い石をさも愛しそうに握りしめるのが気に入らなかった。


「ガブ……」


「ガブ? ちょっと、貴方の王都の恋人ってもしかして男? そう言われてみるとね、女から男にそんな色気もない安物の紐の首飾り、しかも黒い石なんて送らないわよね」


 宿屋の彼女、疑心暗鬼に駆られて妙な誤解に走っている……無理もない。


「違う! はぁ? ガブは……ってそんなことはどうでもいいんだよ!」


 どうでも良くないだろーが、ザカリー。ゲス男キャラ一位の座がすぐそこに近付いているぞ。




 そしてある夜、彼女は犯行に及んだのである。ザカリーが寝てしまった後、彼女は椅子にかけてあった彼の上着のポケットから魔法石を取り出し、窓から投げ捨ててしまった。その石は大きく弧を描いて丁度表の道を通っていた馬車の荷台の上に落ち、そのまま何処かへ運ばれて行ってしまう。


 慌てたのが翌朝目覚めたザカリーである。昨晩はポケットにあった魔法石の力が全く感じられないのである。気だるい体に鞭打って全てのポケット、鞄の中、部屋中を念のために探すがどこにもない。


 朝っぱらからザカリーがドタバタ音をたてるものだから彼女も目を覚ました。


「どうしたの、ザック?」


 その女の顔を見た途端、ザカリーは彼女が昨晩何をしたか悟った。白魔術によって知りたくもない他人の気持ちが時々分かってしまうのである。彼女を責めたり、何かを言ったりする気力もなかったザカリーだった。


 貧血で頭がフラフラする上に、魔法石を無くしたという事実にさらに血の気が引いたが、急いで服を着た。


「ごめん、ガブ……」


 ボソボソとつぶやきながら宿舎に頼りない足取りで帰り、自分の部屋の寝台に倒れ込む。それ以上体が動かず、研修はしょうがなく欠席した。時々話し相手になってくれる鳩達が心配して窓から覗いている。


『ザカリーさん、貴方の軽率な行為を咎めるつもりはありませんけどね! ポッポッポー!』


『そうですよ、ポッポー。私たちは貴方のように魔力を感じられませんから、そんな小さな石ころ、見つけられるかどうか……』


 ザカリー・ルソー十八歳、もしかしなくても鳩さん達に説教されているのか? 恥ずかしいぞ!


 それから親切な鳩達の呼びかけによって空から陸から動物達が必死で捜索してくれた。にもかかわらず、石は見つからず、次の日も体を起こすだけで眩暈めまいがしてまともに歩けもしないザカリーは二日続けて研修を休まざるを得なかった。


『ポッ、男のプライドが何とか、って言っている場合じゃないでしょう?』


『ガブリエルさんはとても優しい人なのでしょう? 彼女に文を書いたらどうですか、ポッポー!』


「だって、何て書いたらいいか分からない……」


 ザカリー・ルソー十八歳、お前鳩さん達に文の書き方を聞いているのか? 情けないぞ!


 まあ何だ、青二才のザカリーが姉のありがたみを素直に認識して二人の距離が接近するには根本的な荒療治が必要だったということだ。




 さて、ザカリーがペンクールの鳩達にポッポポッポと責め立てられていた頃、王都の姉は嫌な予感がしていた。流石に国境付近まで行ってしまったザカリーの魔力は距離があり過ぎて感じられなかったのだが、これを虫が知らせるとでも言うのだろうか。




***ひとこと***

ザカリーと最低男ランキング上位を争う他のキャラたちはこちらでーす。(フランソワ調べ)


ハゲエロ・テリエン伯爵(貴方の隣)

アメリママの再婚相手、アメリにセクハラを働いていた。ハゲエロは本名ではない。


黒い狼(王子と私)

王宮舞踏会で赤いきつねにそそのかされてピンクの子羊暴行未遂事件を起こした。


エマニュエルの元交際相手(愛の炎)

判明しているだけで他に二人も浮気相手が居て、彼女たちと揉めて刃傷事件になった。


ソニアの元婚約者(お家騒動)

ソニアと婚約していたのにソニアに非があったような噂を流し、他の女と駆け落ちした。

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