第十話 魔法石


 ザカリーが石をなくして鳩に説教されていた頃、姉は魔術塔に出勤して同僚の一人に頼み事をしていた。


「ガブリエル、君が俺に頭を下げて何か頼んでくるとはね。やっぱりあの少年のことか……」


「貴方くらいしか頼める人がいなくって……」


「自分で行けばいいじゃないか? 彼に会いたいのでしょ?」


「え? ええ。でも、それはやはり……」


「まあ君の遠慮する気持ちも良く分かる。いいよ。お礼は何にしてもらおうかなぁ?」


「そうね、今度我が家に家族の皆さまを食事にお招きしますわ」


「フランソワや奥さんと食事ねぇ、それはそれで楽しいだろうけど……まあ、お礼についてはゆっくり考えさせてもらうよ、西部までの移動中に」


 ザカリーに会いたくてしょうがない姉だが、ザカリーの方はそうではないという事は姉も重々分かっている。西端の街まで半日馬車を飛ばして恋人でもない男の所へ行き『来ちゃった♡』なんてやっても重すぎてイタい。


 若い娘ならまだ許されるかもしれないだろうが……三十過ぎの独身オバチャンがやることじゃない。辛口御免、身内じゃなければここまでは言えないだろう。だからこそ僕がこの作品の語り手として抜擢されたのだ。




 さてザカリーの方は、正直に姉に文を書こうかどうか寝台に横になったまま午前中は逡巡しゅんじゅんしていた。


『現地で出来た女が嫉妬に駆られて魔法石捨てちゃったから新しいのを送ってくれ』


 いくら厚顔無恥なお前でもそこまでは書けないだろーが。フン、しばらくはそうやって苦しめ。




 そうして朝から食事も喉を通らず横になっていただけだったザカリーに、その日の午後訪問者があった。彼はその人が近づいてくるのを感じていた。というのも彼は姉に託された魔法石を持っていたからである。


「やあ少年。酷い状態だね。ガブリエルじゃなくて悪いな」


 彼は朗らかにザカリーに挨拶をした。ザカリーは起きようにも体が鉛のように重く、横になったままだった。


「こんな遠方まで何が嬉しくて知り合いでもないヤローを訪ねないといけないんだよ、全く。ガブリエルの頼みじゃなければね。王宮魔術院、ロラン・フォルタンだ」


 ロラン様、貴方のご先祖様は偉大なお方です。ブリューノ・フォルタン師の記録のお陰で姉が覚醒した時どんなに助かったかしれないのだ。


 姉から託された布の小袋に入った魔法石をロラン様はザカリーの枕元に置いた。


「ガブリエルが丹精込めて作った魔法石の効果がもう無くなったなんてちょっと信じられないね。だって彼女はそのために日夜魔術塔にこもりっきりだったのだから。けれど、彼女が何か嫌な予感がするって言っていたのは本当だったね」


 ザカリーは横になったままで、布の袋にそろそろと手を伸ばし、それを開けた。


「あの石を……無くしてしまったのです……」


 嘘も方便だな、ザカリーよ。


 袋の中には首飾りが二つに腕輪が一つ入っていた。この三つの石がザカリーに近付いただけで彼の気分はすぐに良くなっていった。


「どうしてそこまで大事な石を無くすのか、俺は理解に苦しむねぇ」


 ロラン様、もっと追求してやって下さいよ。


 ザカリーはそれでも無理をしてゆっくりと寝台の上に体を起こし、彼に礼を言った。


「これをわざわざ私に届けるために王都から来て下さったのですか? あ、ありがとうございます」


 ザカリーは魔法石の一つを握りしめた。その石は少し暖かくなり彼に力を与えたが、以前の石のように姉の声も聞こえないし幻も見えなかった。それを少し寂しく思い、戸惑うザカリーだった。そうだ少年、大いに悩め!


「あのさあ君、涙が出るくらい体調が悪かったのか? それとも?」


 ロラン様が指摘するまで、ザカリーは自分がはらはらと流している涙に気付いてもいない。


「あの、フォルタン様、助かりました。今朝からはもう体も起こせないくらいだったのです」


 ザカリーは涙を拭きながら言った。


「仏の顔も三度までだ。それもう無くすなよ。ガブリエルが三つも持たせてくれたことだし。それに何だか前回の石に色々改良を加えたみたいだよ」


「……みっともない姿をお見せして申し訳ありません」


「ガブリエルだって……あ、いや……王都に戻ったら彼女にしっかり礼を言えよ」


 ロラン様はよっぽど王都に一人残された姉の状態をザカリーに言ってやりたかったが、姉にはきつく口止めされていたのでやめた。


 ザカリーは姉の魔力を込めた石があるからいいが、姉には何もないお陰で頭痛に苦しんでいる。


「あの、フォルタン様はガブリエルさんとどういった関係なのですか?」


「どうして君がそんなこと聞くのかなぁ?」


「いえ……何となく……」


「魔術院の同僚だよ」


「でも、ただの同僚じゃないのでしょう?」


 ザカリー、お前それ詮索する権利ないし。


「今はそうだよ。昔から家族ぐるみで付き合いがあったから、幼馴染みとも言えるし、貴族学院でも一緒だった。歳もそう離れていないしね」


「それだけでもないのでしょう?」


 だからザカリー、なんでお前そこまで食らいついてんだよ!


「そんなに気になるのか? 実は学院に居た頃告白した」


 ええっ、それは僕も知らなかった。


「彼女、覚醒前は今と外見が全然違ってね。髪も眼も色がもっと薄くて、少しぽっちゃりしていて眼鏡も掛けていたな。前はほんわかと優しい感じだったけどねえ。覚醒してからだよ、今みたいな黒髪に濃い茶色の眼になったのは。大魔力のせいで体調が悪くなって食欲が減ったとかでほっそりしたし。顔つきも随分変わった。一般的には覚醒後の方がよっぽど美人と言える」


「で、貴方はどちらのガブリエルさんに告白したのですか?」


 痛いとこつくな、少年。


「後者だよ。彼女が十五、六の頃だったかな」


 姉はなんとももったいないことをしたものだ。どうせ即断ったに決まっている。ロラン様は性格良し、見目良し、血統良し、魔術師としての将来も安定、何が不満だったんだ。


「で、フラれたんですね」


 ザカリーお前、何様だと思ってんだ、あぁ? お前がそれを言うのか。


「……まあね。不思議そうな顔をして『まあロラン、太っていて眼鏡を掛けていた以前の私を覚えているわよね? フランソワや他の皆に冴えないデブでブスだって言われていた頃の私を。私、中身は全然変わっていないのよ』って言ったきり黙り込んでしまったよ」


 だから僕もそれは反省している。子供の頃のことだ、許してほしい。


「何でも昔の彼女のことを良く知っている人間に告白されたのは初めてだったってさ。覚醒前の彼女も嫌いじゃなかったけど、その頃はお互いまだ幼かったし恋愛感情を持ったことはなかった。でも覚醒して魔術科に転科してきたガブリエルを見ているうちになんとなく、ね」


 姉は覚醒して外見が変わっただけで手のひらを返したように近付いてくる人間に不信感を抱いていたにも違いない。


「いきなり王国随一の魔力を手にして重圧も凄かったと思うよ。おこがましいけれど、俺で良ければ支えてあげたかった。君の所に通い詰めている健気な姿にもうたれた。まあ昔のことだ」


 姉上、やっぱりもったいないことをしたぞ、ロラン様は軽い気持ちで告白してきたのではなかったのに。彼は今ではとっくに結婚して三児の父親となり愛妻家として知られている。




***ひとこと***

おや、第五形態反抗期の生意気なガキに少し変化が見られますぞ!


それにしてもロランさま、カッコいい! ザカリーにライバル登場かと思いきや、既婚者でした。

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