青年期
第十二話 成就
ザカリーがわざわざ自分を訪ねてくるのだから余程の急用なのだろうと姉は急ぐ。自室から階下に移動するのも時間がかかるようになっていた姉は、身支度のためにザカリーを待たせたくはなかった。そもそも、彼は寝衣のままだろうがすっぴんだろうが自分の姿など一瞥もしないだろうと姉は自嘲していた。
丁度姉が階下に下り、グレタが離れの裏口から出て行ったと同時に玄関の扉を叩く音がした。姉が扉を開けるとそこには彼女が愛してやまない青年がそこに立っている。薄暗い明かりの下にいる彼は以前会った時よりも少し背が高くなり、益々精悍になったように見えた。
「ガブ……」
最近はアンタとか貴女と言われるだけで、久しぶりに名前を呼ばれた姉だった。それだけでも彼女の
姉はザカリーの声も長い銀髪も灰色の瞳も全てが愛おしかった。彼女の体内の細胞一つ一つが彼を求めてもがいている。それはザカリーがこの世に生を受けた時からずっと変わっていない。
しかし、会いたかったという言葉が姉の口から出ることはなかった。薄明かりの中、心なしかザカリーの顔色が良くないように姉には見えた。
「ザック、お帰りなさい。長旅お疲れでしょう? あの、改良した魔法石は効き目が弱かったのかしら? 貴方がこんな時間に私を訪ねて来るくらいですものね……もっと必要なのだったら魔術塔の研究室に沢山あるから、今瞬間移動で取ってくるわね。居間で待っていてくれるかしら?」
ザカリーは彼を居間に案内しようとする姉の腕を掴んだ。
「魔法石じゃなくて貴女自身が欲しい」
ハッとして振り向いた姉の黒い瞳には苦しそうに顔を歪めたザカリーが映った。
「ザック?」
そこでザカリーは床に両膝をつき、姉に深く頭を下げた。
「ガブ、ごめん。俺は……貴女に散々酷い言葉を投げかけていた。貴女の気持ちを踏みにじった。なのに、貴女は反発して遠征に出かける俺を見捨てず、魔法石まで持たせてくれた。俺が不注意で無くしたら、
「あの、ザック……」
姉は自分の目を疑った。目の前にザカリーがなんと土下座をして姉に今までのことを謝っているのだ。しかもオイオイと泣きながらである。この場面は僕もクロエも自分の目で見てみたかったね。
「俺は、生まれた時から貴方の存在が身近にあったお陰で、魔力をもらって元気に育ちました。だから貴女のことを当たり前のように考えていて、いかに自分に必要なのか全然分かっていませんでした。今回の遠征でそれを思い知らされたのです。俺、もう貴女の居る王都から離れないから、どうか、その、これからも俺に魔力を送り続けて欲しい。本当に悪かったと思っているのです。だから、その、貴女がフォルタン様と幸せになったとしても……俺は邪魔するつもりはないから、魔力だけは……」
「えっと? どうか立ち上がって、ザック」
それでもザカリーは頭を下げ、床にへばりついているので姉の方が座って彼の顔を覗き込んだ。
「どうしてそこにロランが出てくるの? 彼とは関係なく、私は一生貴方に魔力を送り続けるわよ」
それにしてもだ、ロマンス小説でも傲慢ヒーローがちょっと反省したくらいですぐ許してしまうヒロインというのは定番だが、うちの姉もその例外じゃなかった。バカザカリーが泣いて土下座で謝ったくらいで水に流すつもりなのか? 僕は断じて許せん。
僕は後日クロエに
『恋する女ですもの、許してしまうわ。でも、ザカリー坊やの方はもっとお灸を据えてやらないと気が済みません!』
怖いよ、クロエ。
姉の言葉に、涙に濡れた情けない顔をザカリーは上げた。
「あの、フォルタン様と復縁するのでは?」
「復縁するも何も、ロランとは今までもこれからもただの友人だし、それに彼、結婚しているのよ。私、奥さまともお友達なのに?」
「え、なんだ、そうだったのですか?」
「まあ、ザックったら。それにしてもよほど体調が思わしくないのね」
姉はザカリーの手を取り、ギュッと握り彼を立ち上がらせた。
「やっぱり貴女は笑顔の方がいい。久しぶりに見た気がします。いつも悲しそうな顔ばかりさせて、全て俺のせいですね」
二人は両手を取り合ったまま、そこでしばらくお互いを見つめ合っていた。手と手が触れた場所から彼の魔力が体に流れ込んできて、姉はそれだけで体が
ザカリーは数年前にもう姉の背を追い越し、頭一つ分以上背が高い。姉はすっかり青年になった彼の顔を感慨深く見上げた。ついこの間まで赤ん坊だった彼を抱っこして子守唄を唄いあやしていたというのに、月日が経つのは本当に早いものだ。
十代のモテ期も謳歌せず、処女のまま、イナイ歴イコール年齢でとっくに女としては終わりと自ら考えている憐れな姉である。ザカリーが先程、貴女が欲しいと言ったことは聞き間違いだったのではないかと考えていた。
「もう一度言います。貴女が欲しい」
ザカリーの灰色の目が姉の漆黒の目を覗き込んだ。まるで姉の考えを読み取ったかのようだった。自分に自信のない姉のことだ、何度でも繰り返して言ってやれ、僕が許す。
「えっと……ザック?」
姉はまだ聞き間違いか幻聴かと思っているのだろう、不思議そうな顔をして瞬きを繰り返すだけだった。
「あのさ、ガブ、俺体だけはもう大人の男なの。雷が怖くて泣いていた子供じゃない。手を握られて頬にキスされるだけじゃ満たされない」
「私も……貴方が欲しいわ」
姉の口からも迷わず彼への想いが溢れ出てきた。
「貴女がそれでいいのなら遠慮はしませんよ」
その言葉を言い終える前に姉の体はザカリーの逞しい腕に絡めとられていた。姉の体調はザカリーが王都に帰ってきただけでも良くなっていたのに、こうして触れ合っていると尚更である。先程までの頭痛は嘘のように軽くなり、常に熱っぽかった体の熱さもひいていくようだった。それと共に愛しいザカリーの腕の中にいるという幸福感で満たされていた。
「貴女の体、温かいですね」
ザカリーは生まれた時から平熱も低めで、彼の体は逆にひんやりとして姉には心地よかった。ザカリーの体が反応しているのが感じられ、姉は自分の事が彼に一人の女として認識されたことに得も言われぬ悦びを覚えた。姉はザカリーの顔を見上げ、二人の目が合った途端に彼女は唇を奪われた。
姉はザカリーが乳幼児の頃には彼の唇に口付けていたらしい。流石に本人がそれと分かるような歳になるともうやめて額と頬にだけにしていたようだが。もちろんこのキスは子供にするようなものではなく、大人のキスで彼氏いない歴が年齢と等しい姉にとってはもちろん初めての体験だった。何もかも全てが彼女にとっては初めてだったのだ。
「ガブ、今さ、ザックの裸なんて見慣れているわとか思ったでしょう?」
「お、思っていないわよ……」
「あの頃から俺も随分大きくなりましたからね」
ザカリーは意地悪そうに笑いながら姉を横抱きにして階段を上り、彼女の寝室に連れて行った。
「精神的には未熟ですが、俺だって体だけは大人の男になりましたから。今からすぐに証明しますよ」
ザカリーは寝台に姉をそっと下ろしながら、嬉しそうな笑みを浮かべた。
どうして僕はこんな甘ったるい場面のナレーションまでされられているのだ? これ以上続けられない。年齢制限がかかるし、実の姉の濡れ場を語るのはちょっと……というかそこまでの細部を僕は知らないし、知りたくもない。もう限界だ、勘弁してくれ。
***ひとこと***
キャー! キャー! キャー!
ガブリエル良かったねームフフ、とのたうち回りたいところですが……ザカリー、涙で土下座しただけで許されてしかもすぐに大人のご褒美なんて、クロエやフランソワじゃないですが少々甘すぎると思わずにはいられません!
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