第二十一話 成長
姉が結婚を決意した後のザカリーの行動は全くもって早かった。養父母ルソー侯爵夫妻、実の両親フォルジェ夫妻に二人で挨拶をしに行き、職場の魔術院へも報告した。
式は次の年の春、どうしても自分の二十歳の誕生日ではないと嫌だとザカリーが主張した。姉が二十歳になるまで待つと言ったが故に、二十歳になるその日に結婚式を挙げるとは……呆れてものも言えない。
姉とザカリーは中流階級の庶民が住む地区に土地を買い、二人の愛の巣として小さい家を建てることにした。就職して働き始めたばかりのザカリーには大きな負担というかまず手の届かない買い物だったろう。資金は姉がほとんど出したらしい。
うちの両親は姉が子供の頃から嫁入り費用を積み立てていた。不幸にもいつまで経っても必要のなかったその費用は、長年の利子により結構な額に膨らんでいたのである。それに就職して十数年間、姉は給与の使い道も特になく、自らの貯金も十分あった。土地も家の建設費用も即金で払ったようだ。
妻に新居購入費用をほとんど出させるのは男として
だから何となく新居の話題をザカリーの前でふらないようになど要らぬ気遣いまでしていたのだった。だが、ザカリーの実父、レオン父さんは思わずそれを二人の前で指摘してしまったようなのだ。まあ何でも率直に物申すレオン父さんだからしょうがない。
「お嬢様、申し訳ありません。この若造が不甲斐ないせいで新居の費用をほぼ出して下さるなんて……」
その上、未だにお嬢様呼ばわりだ。恥ずかしい思いをするのは姉本人と周りの人間なのだ。
さて、レオン父さんの言葉に焦ったのは姉とザカリーの実母ポーレットだった。ポーレット母さんなど、テーブルの下で夫の足を思わず蹴っていた。しかしザカリーは顔色一つ変えずにこう言ったらしい。
「親父、ガブは生まれながらの公爵令嬢様で、俺がまだ読み書きも出来なかった頃から既に働いていたから、彼女の方が貯金も収入も多いのは当然だろ。俺が男の小さな意地を張っている場合じゃないんだよ。俺が大人になるまで誰とも交際することもなく、誰にも嫁がず待っていてくれたガブの気持ちに精一杯応えたいから」
「結婚後の生活費はザカリーさんが出してくれる予定なのです。ね、ザック」
「うん」
そこで二人はお互い
「お前、いつの間にか大人になったな。というか本当に俺の血の繋がった息子か?」
そしてレオン父さんは照れ隠しのために頭をガシガシとかいていた。
貴族社会ではザカリーの生い立ちや姉との関係もそこそこ知られてはいたが、やはりこの歳の差である。色々と心無いことも陰でも面と向かっても言われていた。
姉が最初結婚に踏み切れなかったのは、ザカリーの面目のためでもあったのだ。
正式に婚約しても二人は公の場に一緒に顔を出すことはまずなかった。舞踏会の類は十代の頃に何度か経験しただけで、それ以降姉は華やかな社交界から遠ざかっていた。未婚既婚を問わず、貴族の女どもが集まる場に縁はなかったのだ。
姉とは反対に社交的なザカリーも、姉が行きたくない所へは一人で行っても楽しくないから別にどうでもいいなどと言い出すのだった。
年が明け春を迎え、彼らの結婚式の少し前に王家主催の舞踏会が王宮で開かれた。姉とザカリーも招待されていたが結局辞退していた。その代わり、国王と王妃には個人的に二人で結婚の報告をしに行っていた。
我が家も一応公爵家で王家とは親戚に当たるし、何と言っても王国唯一の大魔術師にその片割れである。重要無形文化財保持者、いわゆる人間国宝みたいなものだ、と考えて頂ければ分かり易いと思う。
二人連れ立って出掛けるのは主に庶民の市や商店街に加え、歌劇や音楽会、芝居などだった。もちろんその時は人目を気にせずに楽しむために二人共変幻魔法で姿を変えていた。特にザカリーの白銀の髪は悪目立ちするのだ。
ザカリーは姉と交際していようが婚約していようが、同年代の女性からもてるのは変わっていなかった。あれは僕の誕生祝いのささやかな会をクロエが開いてくれた時だった。ささやかと言っても家族に友人、結構な数の人間を我が家に招待していた。
ザカリーは終始姉と一緒に居たのだが、姉がちょっと席を外した時を狙って女に話し掛けられていた。別に女と話をするだけなら構わないのだが、ザカリーにはその気はないとしても女の方はありありなのが明らかだった。
「フランソワ、あれはまずいでしょう」
「クロエ、君の友達?」
「失礼ですわね、違います。婚約者が居る人に色目を使うような友人はおりませんし、居たとしても我が家には呼びません。貴方のお友達の交際相手ではありませんか?」
「まあそうカリカリするなよ。ザカリーの奴はもう昔とは違うしね」
「女の方も大した度胸ですわね。恥を知りなさい」
「それにしても僕の友人の連れだけあって、ザカリーよりもだいぶ年上じゃないのか、彼女? 流石に十五も上ではないだろうけれど。いつの間にかあいつ熟女キラーになりやがって……」
「……相変わらずの毒舌ですこと、フランソワ」
僕達二人はザカリーの様子を見るために近付いた。今までのザカリーだったら魅惑的な誘いにホイホイと乗っていたかもしれない。
「俺が今晩アンタに付き合わないからって、俺自身でなく愛する婚約者を
ザカリーの気を引けなかったその肉食女は、どうやらうちの姉を侮辱する言葉を発したようだった。
現在のザカリーはガブ一筋青年になったものだから、そこで逆上して声を荒げていてもおかしくない。彼は大声こそ挙げていなかったが、かなりドスの利いた口調で女に釘を刺していた。
「な、何よ……」
「アンタと話しているところを俺の大事なガブに見られたくない」
女は不満気な顔をしてどこかへ行き、ザカリーは僕達の姿を認めた。
「あ、テネーブル公爵夫妻……みっともないところをお見せしました」
「いや、ちょっと心配になってね。姉はお手洗いかな?」
「ええ。こんな大勢が集まるのは久しぶりだから緊張してしまったとかで……少し席を外すとおっしゃいました」
「私たちがやきもきする必要はなかったのですね、ザカリーさん」
「公爵のお誕生祝いの場をしらけさせるような騒ぎにならなくて良かったです」
ザカリーは短い間に急成長を遂げていた。
「お前、変わったな」
「もちろんです。ガブリエルさんに相応しい男になれるよう日々努力している次第です」
「そうね。とても良い顔つきをしているわ。最近の貴方を見ていると私も何だか昔の自分と重ねてしまいます」
そこで姉が戻ってきた。
「ザック、お待たせしてごめんなさいね。グレタに少しコルセットを緩めてもらっていたの」
「貴女がお疲れなら、もう失礼させていただきましょうか?」
「うん、僕達は構わないから。ザカリー今日は来てくれてありがとう。姉上も」
二人は僕に改めてお祝いを言ってくれて、仲良く寄り添って母屋を出て行った。
ザカリーは歩きながら姉の耳に何か囁いて、彼女が真っ赤になっているのが見えた。
「ザカリーの奴、『グレタを呼ばなくても、コルセットなら俺が脱がせてやるよ』とでも言っているに違いないよね」
「別に解説してくれなくてもいいですから、フランソワ」
***ひとこと***
二人の絆は強く、レオン父さんもほっと一安心のようです。それにしてもガブリエルは義理の娘になるのですし、お嬢様はもうやめた方が……
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