片割れ

第二十三話 契り

― 王国歴1128年-1129年


― サンレオナール王都




 姉とザカリーは一年弱の婚約期間の間に新居を建て、身内だけのささやかな結婚式の準備をしていた。


 姉は結婚式を挙げることにも実は前向きではなかった。それについては僕を始め親族の大多数も地味婚で婚姻許可だけ取るのだろうと思っていたのだ。しかし、うちの両親、特に父とザカリーが花嫁姿を見たいという言葉に姉はついに折れたらしい。


「娘時代ならともかく、純白の花嫁衣装なんてきっと私には似合わないでしょうし……」


 一回り以上若い彼氏とイチャラブでも、相変わらず女としての自信が皆無の姉だった。不憫で泣けてくるレベルだ。


 うちの両親とザカリーは何としてでも姉に花嫁衣裳を着せたいという同じ目的を持つ同士として絶妙なチームワークを見せた。


 ザカリーは元々社交的で、彼の人付き合い、立ち回りの上手さは僕も見習いたいものがある。うちの両親を既に御義父上、御義母上と呼び、信頼関係を難なく築いていた。そして両親が若い義理の息子に超甘かったりするのには時々僕も舌を巻く。


 とにかく、『ガブリエルに花嫁衣裳を着せたい会』はザカリーを会長、父を副会長として設立された。会員はうちの母とクロエだけである。そしてその『ガブリエルに花嫁衣裳を着せたい会』略して『ガブ花会』の会員たちはわざとらしくなり過ぎず、姉をおだて過ぎもせず、巧妙な手口で仕立屋に連れて行き、試着に採寸、衣装の注文、仮縫いと順調に活動を続けたのだった。


 姉にしても、一度ザカリーの求婚を承諾したからにはもう腹をくくったようだった。姉もいい歳だから、大人の女性として何でも受け入れるようにしている、とクロエには少し打ち明けていたようだった。結婚の日まで、二人はもう喧嘩をすることもなく、いつ見ても仲睦まじかった。


 二人にはこちらが恥ずかしくなるようなイチャイチャぶりも見せつけられていたが、それは家族の前だけだった。公の場や職場である魔術塔などでベタベタすることは姉がザカリーにやんわりと禁止していたそうだ。姉はザカリーが他人に色々と心無いことを言われるのを出来るだけ避けたかったのだった。


 ただ、同僚の魔術師達は二人が職場の先輩後輩として事務的に接していても、彼らを包むラブラブ魔力を感じ取っていたそうだ。それについて僕はロラン様から聞いていた。


 結婚まで二人は同棲こそしていなかったものの、毎晩のようにうちの離れかザカリーの住むルソー家で逢っていた。




 結婚式もあと数日後に迫ったある夜のことだった。ザカリーはいつものようにうちの離れを訪ね、彼を迎えるために扉を開けた姉の顔を見るなり、満面の笑顔になった。


「ああ、ガブ! 貴女は素晴らしい……」


 そう声を上げていきなり彼女を優しく抱きしめるザカリーは、いつもよりも少しだけ愛情表現が大袈裟だと姉にはすぐに分かったようだった。僕にしてみればいつものバカップルでしかなく、違いなど分からないのだが。


「どうしたの、ザック?」


「うん、いや……とても嬉しい知らせがあるのだけれど、貴女が正式に俺の妻になってから報告します」


「なあに、今すぐ教えてくれないの?」


「俺達の記念すべき日までのお楽しみです」


「まあ、待ちきれないわ」


「俺もです。結婚式も、貴女と晴れて夫婦と名乗れて、一緒に住めるようになることも全てが楽しみです」




 そして春の良き日、彼らは王都の大聖堂で結婚式を挙げ、正式に夫婦としての誓いを立てたのだ。参列客は家族に親戚とごくごく親しい人間だけで、ザカリーの昔の女達が乱入してくることもなく、厳かな雰囲気の中で無事に終わった。


 うちの父はもう歳だからか、式の間中涙ぐんでいた。姉が三十過ぎた頃にはもう誰にも嫁ぐことはないのだろうと諦めていたのだから気持ちは良く分かる。僕は今日のこの日が迎えられたことを改めて感慨深く思った。


 晴れて夫婦となった二人が大聖堂から退場すると同時に、屋根の上で待機していた百羽近い白鳩が一斉に飛び立った。新婚夫婦の門出を祝うためにザカリーを知る動物たちが今日の為に呼び寄せたのだった。


 僕達参列客や、大聖堂前の通行人は、珍しい白鳩が群れをなして飛んでいる青空を見上げてほぅっとため息をついたものだった。


「まあ、圧巻だわ。ザック、貴方があの鳩さんたちを呼んだのね!」


「うん。鳥たちが皆で祝福するために来てくれるって言っていたけれど、白鳩ばかりを集めたとはね。口々におめでとうって言ってくれているよ」


「素敵……」


「ねえねえ、ガブゥ、俺のこと惚れ直した?」


「ザックったら……私ずっと前からこれ以上惚れ直せないくらい貴方のことが好きなのに……」


 そこで二人はしっかりと抱き合い、熱い口付けを交わし始めた。ザカリーが人前でバカップルぶりを炸裂させ、堂々と甘えてイチャついてきても彼を許せるのは姉的には結婚式当日くらいなのだろう。僕も今日くらいはまあ目をつむろう。


「結婚式っていつ参加しても良いものですね……それにあの白鳩の演出はザカリーさんの呼びかけでしょう。なんてロマンティックなのかしら」


 僕の愛妻が空を見上げながらほぅっとため息をついていている。彼女の目なんてハート形になっている。こんな表情、夫の僕にでさえまず見せることはないというのに……


 くそっ、僕も自分の結婚式に白鳩使いザカリーを雇えば良かったと後悔しきりである。いや、まだ遅くはないのだ、結婚記念日やクロエの生誕祝いにとびっきりの演出をさせるために奴を使えばいいじゃないか。年上の義弟の頼み事はザカリーも断れないだろう。白魔術師万歳!


 さて、大聖堂の正面入り口前の階段のところで一通りイチャつき終わった彼らは次々と参列客からの祝福を受けていた。僕達夫婦も彼らに近付いた。


「姉上、ザカリー、おめでとう。正直、お前が姉に求婚したばかりの頃はまだまだ頼りない感じもした。けれど今のお前なら安心して姉を任せられるよ」


「フランソワの言う通りよ。ザカリーさん、お義姉さま、おめでとうございます。どうか二人いつまでも仲良く幸せになって下さいね」


「ありがとうございます、公爵夫妻」


「お前いつまで僕のこと公爵って呼ぶのさ? もうやめてよね」


「では何とお呼びすればよろしいのでしょうか? フランソワ?」


「だからって誰が呼び捨てて良いって言った? あぁ?」


「私は貴方の義兄になったのですから」


「もう二人共、いい加減にやめなさい」


「クロエさん、今日から続柄としては私の義妹に当たるのに、力関係で言うとまるで私の義姉ですよね」


 皆が思っていることをコイツは自分で言っている。って言うよりどうしてクロエだけさん付けなんだ?


「歳の差ではなくて、人徳の差ですわよ」


 僕達のやり取りを先程から姉はニコニコしながら見守っている。


 結婚式にはもちろんザカリーの実の両親と家族も呼ばれていた。レオン父さんも感無量の様子だった。


「ザックは貴女のことを散々待たせてしまって……彼が生まれたのは俺達にとってはつい昨日のことのように感じられるというのに」


「私にとってもザカリーさんの誕生は何だか昨日のことのように思えます。年月が経つのは早いですね」


「貴女まで年寄りくさい事おっしゃらないで下さいよ、ガブリエル様。この不肖の息子を見放さず、いつまでもよろしくお願いいたします」


 レオン父さんはやっとうちの姉をお嬢様呼ばわりするのをやめたようで、周りの人間がほっとしていた。


 式の後にはささやかな晩餐会をテネーブル公爵家で身内だけで行った。小規模な会だったが、本当に二人の門出を祝ってくれる人々ばかりの格式張らない温かみのある会となった。




***ひとこと***

百年前、ビアンカとジャン=クロードの結婚式でも白鳩さんたちが飛んでくれ、祝ってくれました。ネタの再利用で今回も全く同じ演出をさせてみました。ロー〇製薬提供の某クイズ番組のオープニングを思い浮かべていただければイメージが湧き易いかと……。古い例えですみません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る