降誕

第一話 公爵令嬢

― 王国歴1108年


― サンレオナール王都




 僕の名前はフランソワ・テネーブル、今年十二歳になるテネーブル公爵家の長男だ。僕には二つ上の姉、ガブリエルがいる。家族や親しい友人は愛称でガブと呼んでいる。


 代々優秀な魔術師を輩出してきたテネーブル家だが、僕の代には魔力持ちは生まれなかったと家族や一族は思い込んでいた。姉も僕も魔力の魔の字にも縁はなく、ごくごく普通の子供として育ち貴族学院に進んだ。


 僕は今年入学し、文官になるため文科で学んでいる。姉が在籍しているのは普通科だ。普通科というのは女生徒ばかりの科で、要は職に就く予定のない、卒業後はそのまま嫁ぐ令嬢が花嫁修業を行う科と考えて頂くと分かり易いだろう。


 姉自身は文科に進みたかったようなのだが、両親には何も公爵令嬢が仕事に就かなくても……とやんわりと反対されてしょうがなく普通科に入ったのだった。


 姉は昔から自分の意思を突き通すことも我儘を言うこともない子供だった。我が姉だと言うのに、性格は引っ込み思案で人見知りが激しい。不美人ではないが、お菓子を食べるのが好きでぽっちゃり体型、近眼で眼鏡を掛けている。孤独な彼女は読書量が半端でないからなのだ。だから容姿もあまり冴えない。およそ世間一般の人間が想像する華やかな公爵令嬢という幻像を裏切る。


 僕にとっては優しい姉だが、僕まで周りに散々からかわれるのが嫌だった。


「フランソワ、お前のお姉さん、何であんなに冴えないんだよ」


 僕も含め、子供という生き物は何でも率直に残酷なことを言ってのけるものだ。僕も貴族学院に入った頃までは姉のことを一家の恥だと思っていて、彼女に少々辛くあたったこともあった。


 もう少し痩せろ、自分の外見何とかしろ、鏡に映る自分の姿を見ろ、たまには本から顔を上げてみろ、などずけずけと並べ立てていた。


「アンタみたいなのが姉だなんて、友達に対して恥ずかしい。僕まで馬鹿にされるんだからな!」


 そんなことまで言ったこともしょっちゅうだった。その度に姉は怒りもせず、少し悲しそうに微笑むだけだった。僕は姉が何も言い返してこないのがまた気に食わなかった。




 両親も二人共穏やかな気性の人で、公爵という高い身分にしては大らかだった。娘を王太子に嫁がせようとか、侯爵以上の家との縁談を取り付けようとか鼻息を荒くすることも無く、悠長に構えている人々だった。


 僕自身は次期公爵ということで、幼い頃から嫌と言うほど縁談を持ちかけられていたようだった。


『まだまだフランソワは子供なので、そんな縁談だなんて……』


 両親はそうやんわりと断り続けていたようだ。


 そして僕自身は初等科の高学年くらいから既に、ませた女子どもからよく声を掛けられていた。




 女子ならば十歳になるかならないかくらいから既に花婿探しに親子揃って精を出す貴族が僕の周りには大勢いたので、自分の家族はなんでこんなに呑気なのだと疑問に思わずにはいられなかった。


 貴族の娘で十四歳なら来年は社交界デビュー、既に婚約している同級生もちらほらいるというのに、姉も両親も全然慌てる様子もない。余計なお世話かもしれないが、き遅れてもいいのかと渇を入れてやりたい。姉にも一度だけ聞いたことがあった。


「姉上って、結婚する気はないのかよ。少しは公爵令嬢としての自覚持ったら?」


 そうしたら彼女はまたあの悲しそうな諦めきったような笑顔になった。


「そうね、フランソワ。貴方が爵位を継いで奥さまを迎える頃になっても私を貰ってくれるようなお方に巡り合えてなかったら修道院に行くわ。私、神様にお仕えするのが性に合っていると思うのよ」


 その姉の言葉には大いに脱力したものだった。この達観ぶりに呆れかえった。


「そうじゃないだろ、もう少し痩せて眼鏡も掛けっぱなしにしなくても。ドレスと化粧で女はどうにでも化けられる。どうしてそっちの努力をしないんだよ……」


 十やそこらで既に周りの肉食系令嬢達の猛撃に遭っていた僕は、姉にも少し彼女らの闘志と気概を分けてやりたかった。


 男は爵位と経済力さえあれば良縁は降るようにある。女は家柄と気立ての良さだけでは駄目で、容姿が一番重要なのだ。昔に比べ、世の中も段々と男女平等になりつつあるとは言え、やはり男女の待遇、社会的地位など格差は大きい。




 そんなある日、我がテネーブル家だけでなく王宮魔術院やその他大勢を巻き込んだ、王国史に残る大事件が起こる。


 青天の霹靂へきれきとは正にこのことだった。あの姉がなんと大魔力を覚醒し、霹靂というその文字通り、平和な王都の街中に真っ黒な雷を落としたのだった。




 事の顛末はこうである。


 その日、いつものように放課後に学院の図書館に行った本の虫の姉は本を数冊借りて帰宅しようと学院の校舎を出たところ、数人の不良に言いがかりをつけられ、絡まれてしまった。


 学院ではいつも目立たないようにひっそりと生息している姉は、いじめられることもなかったというのに何故かこの日だけは違った。


 わざわざ姉が大魔術師として覚醒するその日時を選んで彼女に絡んできた不良たちには正直、同情を禁じ得ない。あの日、本を抱えて通り過ぎる小太り眼鏡の女生徒をそのまま放っておけば彼らもこの先ずっとチョイ悪として気楽な人生が待っていただろうに。


 どんな魔が差したんだか魔力が差したのだか、奴らは姉にちょっかいを出してきたのである。


 怯える彼女は放課後の人気のいない校舎裏で不良達に取り囲まれてしまった。そこで姉は、急に頭痛がすると言って頭を抱え座り込んだ。


「ご、ごめんなさい……あ、頭が痛くて……」


「おらおら、仮病使ってんじゃねぇぞー!」


 不良のうち一人がわめきながら彼女の肩を掴んだところ、彼女の体は燃えるように熱く、彼を見上げた彼女の双眼は漆黒に暗く染まっていた。


「ギャッ! 何だおめぇは」


 不良達が驚くのも無理はない。日頃魔術を目にしていない人間には、いや目にしている人間にとっても異様とも言える姉の顔つきの変化だったろう。


 それからあれよあれよという間に姉の頭上にはもくもくとおどろおどろしい黒雲が湧き、辺りが真っ暗になるくらいまでその雲は広がった。そして学院から少し離れた王都の街中に黒い雷が落ちたのである。


 そして姉は、というとそのまま気を失って倒れてしまう。姉という間違った標的を選んでしまった気の毒な不良の中には恐怖で失禁してしまった者まで居たのである。


 大魔力の覚醒は王国史によると百年に一度起こるか起こらないかの貴重な事象なのである。しかしそんな場面に遭遇するのだけは正直遠慮したい。魔術院の連中でさえ、その場に居たとしても何が起こっているのか把握できたとは思えない。




***ひとこと***

物語本編はガブリエルちゃんの弟フランソワ君が語り手です。彼、身内だけあって結構辛口なのですねえ。

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