最終話 白魔術師

― 王国歴1145年-1149年


― サンレオナール王都



 姉の机の上には僕への手紙があった。それによると、その魔法石は自分が死んでもすぐに効果が薄れないように作ったつもりだからザカリーに力を与えられるだろうとのことだった。


 僕達の高祖父クロードが亡くなった時、高祖母ビアンカはそのわずか数日後、愛する夫の後を追うように静かに息を引き取ったらしい。


 姉はまだ若いザカリーにもっと生きて欲しく、せっせと魔法石を作ってあらん限りの魔力を込めていたのだ。


 僕は姉の魔法石を全部ザカリーに渡してしまうのではなくて、一つずつ例えば一か月おきに持って行くことにした。残りは我が家に保管している。


 姉は子供達にも魔法石のお守りを残していた。それらは首飾りになっていて、僕はすぐにドミニクとジョゼフに渡した。


「魔法石っていうのは色々な効果があってね、僕も以前は散々世話になった。ただのお守りではなくて本当に君達の危機を救ってくれたり、守ってくれたりする。ご利益があるから肌身離さず付けているといいよ。それに何と言ってもお母さんが君達のことを想いながら魔力を込めた貴重な石だ」


「お母さん……」


「ほら、お母さんの瞳の色と同じだろう?」


「フランソワ叔父さんもお母さんの魔法石を持っていらっしゃるのですか?」


「うん、ずっと前に作ってもらった。結婚する前、クロエ叔母さんとお揃いにしてくれてね。流石にもう魔力はなくなってしまったけれど僕達のペアの石は思い出の品として大事に保管している」


「へぇ、モテ効果とか惚れ薬のような効果もあるのですね」


 若い頃を懐かしむような目をしたのが良くなかったのか、ドミニクがすかさず喰らいついてきた。


「いや、そうとは言っていないだろ」


「叔父さん、魔法石のお陰でクロエ叔母さんを射止めて結婚出来たのですか?」


「だから違うってば……」


「叔父さんのは縁結びの魔法石なのですね」


「何とでも言ってろよ!」


 確かに、あのペアの魔法石は僕達が交際を始める前から色々と役に立っていた。だが、僕自身の名誉の為に声を大にして言わせてもらうと僕は魔法石なしでも大いにモテた。それに、あの魔法石がなくてももちろんクロエと結婚出来たに……決まっている。


「ジョー、今度クロエ叔母さんに聞いてみようぜ」


「そうだね、ドム」


 勝手にしてくれ、もう僕はイジラれキャラに徹する。十代の子供でさえ軽口を叩いてお互いを元気付けて僕達の間に流れる悲しみの空間を取り払おうとしているのだ。


「とにかく叔父さんありがとうございました。お母さんのお守り、大事にします」


「僕も魔力は感じられないけれど、何だかお母さんが側に居て見守ってくれているみたいだ、お母さんありがとう」




 ザカリーは姉を失って生きる気力も無くしたようで、正にもぬけの殻だった。その気持ちも良く分かる。ドミニクとジョゼフが居なかったら自ら命を絶っていたのではないかと思わずにはいられない。


 姉はマリー=アンジュの隣に葬られた。ザカリーは二人の墓の前にぼうっとたたずんで、ドミニクやジョゼフが迎えに行かなかったら一日中でもそこに居座っているのだ。


 鳥や動物達にも励まされ、喝を入れられていたようだ。


『ザカリーさん、しっかりして下さいよ。貴方がそんな状態だったら天国のガブリエルさんも心配するじゃないですか』


『いつまでも悲しみにくれていて、日常生活に支障をきたすようでは……何と言っても貴方は父親なのですし!』


「うん……」


『ねえ、みんな、ガブリエルさんの好きな草花の種や苗をお墓の周りに植えましょうよ!』


『それ、いい考えだ。ザカリーさんも天国のガブリエルさんが喜ぶような建設的なことをしようよ』


「それもそうだな……」


 そして鳥たちは生前姉が好んで庭に植えていた花の種をせっせと墓場に運び、野兎は雑草を食べ、墓の周りの手入れを始めた。ザカリーも彼らに触発されて草花の苗を植え、水やりをするようになったようだった。




 ザカリーは家族や動植物に支えられて少しずつ普通の生活が出来るようになっていった。時が経っても愛する人を失った悲しみは薄れることはないだろうが、その悲しみと共生し、人生を続けていくことはできる。


 季節は何回か廻り、ドミニクは優秀な成績で医師試験に合格、街の診療所で見習い医師として働くようになっていた。ジョゼフも成人し、家具職人の弟子として忙しい日々を過ごしている。


 二人共家を出て独立してもいい年だったが、ずっとザカリーと三人で住んでいる。姉とマリー=アンジュの墓参りにも三人揃ってよく行っているようだ。


「お父さん、寂しくありませんか? 再婚は考えられませんか? 天国のお母さんだって、お父さんが幸せになれるのなら喜んで祝福して下さると思いますよ」


「俺にはお前達がいるし、そんなヒマなんてないよ」


「僕達はもう成人して手もかかりませんから、そんなの言い訳になりませんよ」


「お父さんが一人孤独にしているよりも、新たに愛する人を見つけて家族を築くことをお母さんは喜ばれると思いますよ」


「俺が大人になってガブの気持ちに応えられるようになるまで長い事ずっと彼女を一人で待たせていたからな、それに比べればこんなの孤独でも何でもないさ……」




 姉が渾身の力を込めて作った魔法石を残したからなのか、ザカリーは彼女の死後も数年間、体の不調を感じることもなかったらしい。それでも魔法石の威力もいずれはなくなってしまう。


「ガブ、そろそろ俺の寿命も尽きるよ。俺に新しい幸せを掴んで欲しい、人生を謳歌して欲しいというのが貴女の願いだとは分かっていたけれど、貴女なしでどうやってこの現世を楽しめばいいんだ。長かった、貴女が居なくなってから。ドムとジョーももう立派な青年に育ったしね。そろそろ貴女とマリー=アンジュの所へ行ってもいいだろう?」


 ザカリーも運命の片割れなしではこれ以上長生きできないことを悟っていたようだった。彼は再び墓地に頻繁に通うようになり、長い事そこにたたずんでは姉とマリー=アンジュに話し掛けていた。


「ガブにとって俺は最初で最後のただ一人の男だったろ、でも俺はそうじゃなかった。けれどこれだけは言えるよ、ガブは俺の最後の人だよ」


 神もこれ以上二人を引き離しておくことを不憫に思ったのだろう。ザカリーは肉体的にも弱っていった。そろそろ天国に召されてしまうことが家族にも分かった。


 義理の娘である姉の死をいたんで男泣きに泣いていたレオン父さんは、今度は自身の息子までってしまうということにやりきれなさを感じていたようだった。他の家族がすすり泣きしながら見守る中、ザカリーを元気づけようとして怒鳴っていたのは正に彼らしい。


「ザカリー! この親不孝者がぁっ!」


「お父さん、お母さん、すみません。息子らしいこと何一つ出来なくて。なのに二人とも養子に出した俺のことをずっと見守ってくれていました」


「違う! お、親に我が子を看取らせるのが親不孝だって言ってんだ!」


「貴方、落ち着いて下さい……ううっ」


「申し訳ありません。ガブリエルとマリー=アンジュが待っていますから……」


 ザカリーは微笑みながら静かに息を引き取り、愛妻と愛娘の元へ旅立ってしまった。あまりにも生き急いだ白魔術師ザカリー・ルソーだった。




 もちろん彼も姉とマリー=アンジュの傍に眠っている。三人の墓は冬は雪に埋もれているが、春から秋にかけては常に鳥がさえずり、美しい花が咲き乱れている。




     ――― 完 ―――




***ひとこと***

うえぇーん、書いた私も涙が止まりませーん。


最後までお読みいただきありがとうございました。この後、恒例の座談会、重要でない登場人物紹介に後書きを更新いたします。

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