第3話 不思議

「マー坊。一緒に暮らすようになってどれくらい経ったか覚えているかしら?」


 ベッドに座っている叔母さんが僕に尋ねる様に声を出した。

 だけど、その問いに僕は答えない。

 今はそんな話をする気分じゃないんだ。

 一人にしてくれ。


「丁度、明日で一年になるのよ? 是非お祝いしましょう」


 そう言えば、もうそんなに経ったのか。

 そしてグロウ達とパーティーを組んだのもその日だったな。

 一年後にこんな思いをするなんて思わなかった。

 それなのにお祝いなんてする気分になれる訳がないじゃないか。


「お姉さんが腕によりをかけてご馳走作るわね」


 やめてよ! みじめになるだけだ。

 僕は心の中で叫んだ。


「ふぅ、……マー坊? あなたは自分にテイマーの才能が無いって思い込んでるわね」


「何言ってるんだよ! 実際にそうじゃないか!」


 叔母さんの言葉に耐え切れず僕は起き上がり叔母さんに声を荒げた。

 そんな僕を見て叔母さんは驚くどころかにっこりとほほ笑んだ。


「やっと起き上がってくれたわね」


 そう言って叔母さんは僕の頭を優しく撫でて来た。

 僕は馬鹿にされたと思いカッとなって叔母さんの手を力一杯振り払おうと……振り払おうと?

 う……叔母さん凄く力が強い。

 僕が手で払い除けようとしても、全く微動だにせず僕の頭を撫で続ける。

 両手で掴んで押し退けようとしたら、頭をガッと掴まれてしまった。


「イタタタ! お、叔母……、お姉さん痛いって!」


 あまりの叔母さんの握力に僕は思わず悲鳴を上げた。

 すると叔母さんは手の力を緩めて、今度は頬を摩ってくる。

 僕はこれ以上何か言うとまた痛い目に遭いそうなので、されるがままにする事にした。


「あのね、本当に才能が無いって言うのは私みたいな事を言うのよ」


 叔母さんが少し悲し気な顔でそう言った。

 その表情に僕は言葉を失う。


「私は生まれつき魔力が少ないってのは知っているでしょ? 魔法の素質が一切無かったのよ。テイマーの一族の家系に生まれてその才を持っていなかった。いくら長男……いえ私達は姉妹しか居なかったから長子と言うべきかしら? その長子がテイマーを継ぐと言っても、一族は皆多かれ少なかれその才能を持って生まれて来るものなのよ。 お父様……あなたにとってはお爺様ね。私は小さい頃から無能と罵られたものだったわ」


 この話は母さんから聞いた事がある。

 年が離れた姉妹だった母さんは魔力を持たず生まれて来た叔母さんをとても可愛がっていたそうだ。

 叔母さんに対して才が無いと嘆くお爺さんに喰って掛かったりもしたと言っていたっけ。

 その頃の母さんは既にテイマーとしての才能がお爺さんを凌駕していたようで、『お父様ったら本気の母さんにビビっていたわ』と、カラカラ笑っていた。

 お爺さんが死んで母さんが後を継いだ。

 一応入り婿の父さんが表向きは家長となっているけど、実質母さんが家を仕切ってる。

 父さんだって凄腕のテイマーなんだけど母さんと比べると霞んでしまう。

 そう言えば父さんもお爺さんに母さんと比べて才能が無いとなじられていたと言ってたっけ。


「ある日姉さん……、マー坊のお母さんが言ったのよ。『全てあたしが守るからあなたはお父様なんか気にせずに好きに生きなさい』って。だからあたしは魔物学者になったの。好きに生きなさいと言われても少しでも姉さんの役に立てたらと思ったのよ」


 そう、叔母さんはこの街にあるこの国の最高学府である王立大学の生物学科で、まだ二十歳半ばを過ぎた歳だって言うのにの教授として教鞭を取っていた。

 才能が無いなんてとんでもない。

 ある意味テイマーよりも険しくそして立派な道を進んでいるんだ。


「僕は力も弱いし、頭も良くない。それに魔法だって初歩しか使えないんだ。何よりテイマーの才能はスライムにも逃げられる始末さ。お姉さんの様な才能は無いよ」


「何言ってるの。モコが居るじゃない」


「……そうだけど。僕はブーストだって満足に使えないんだろ」


「それが不思議なのよね~」


 僕の吐き捨てるような呟きに小首を傾げながら叔母さんは考え込む。

 この言葉は今までもよく耳にしていた。


「マー坊の魔力量は私と違って決して低くないのよ。姉さんと義兄さんのテイマーとしての才を受け継いでると思うのよね~」


 そうなんだ。

 魔力量に関しては人並み程度は十分に有るらしい。

 ソーサラーと違って攻撃魔法は無理だけど、簡単な魔法なら一通り使える。

 だから僕はグロウのパーティーに入れて貰えたんだ。

 大器晩成型って言って……。

 けどそれは間違いだった。

 魔力が有って、契約する為のキャッチやブーストが発動しているのに魔物に対して効果が無い。

 唯一仲間になったのが、魔物界最弱と名高い子供のコボルトだけ。

 

「それとそれと~。モコに関しても謎なのよ。普通コボルトの子供って二か月も有れば大人になるってのが最近の研究でも分かってるんだけど、モコはもう半年もあの姿。不思議よね~。魔物学者としてとても興味深いわ」


 お姉さんは眉間に皺を寄せて唸っている。

 これもそうなんだ。

 グロウが怒鳴っていた通り、いつ大人になるんだってずっと不思議に思っていた。

 契約した時が生後どれだけ経っていたのか不明だけど、少なくとも僕と一緒に暮らしてから半年になる。


「僕と契約してるからじゃ……。ブースト使っても影響が無いんだし」


「う~ん、テイマーは魔物と契約するのだけど、あくまで魔物は魔物でしかないわ。マー坊との契約によって成長に影響が出るとも思えないし、前例も聞いた事が無いのよね。これに関しては姉さんも同じ事を言っていたわ。けど、もしかしたら逆に凄い事なんじゃないかとも言っていたのよ」


「母さんが?」


「えぇ、マー坊は全てイレギュラー。もしかしたら今の従魔術の枠を超える存在になるんじゃないかってね」


「えぇ~? それは親の欲目って奴だよ!」


 母さんったら僕を慰めようとそんな事を叔母さんに言ったんじゃないのかな?

 僕にそんな才能が有ったらパーティーを追放される事なんて無かった筈だよ。


「だから、ゆっくり訓練しましょう。お姉さんも手伝うから。この街の近くなら弱い魔物しか居ないしね。強くなってマー坊をクビにしたパーティーの奴らをギャフンと言わしてやりましょうよ」


 叔母さんの言葉で少しだけ心が楽になった。

 母さんが言うような事は無いだろうけど、頑張れば僕だって強くなれるかもしれない。

 モコだって大人になればブーストが使えるかもしれないし。


「分かったよ。お姉さん。僕頑張ってみる。そしてグロウ達を見返してやるんだ!」


「そうよ! その意気よ! 二人と一匹で頑張りましょう!!」


 お姉さんが手を上げてそう言った。

 僕も手を上げる。

 そしてモコも……。


「あれ? モコは?」


 てっきり叔母さんの話を一緒に聞いているものだと思っていた。

 僕は慌てて部屋の隅に設置してあるモコの小さなベッドに目を向けたけど、さっきまで丸まっていた筈のモコの姿がそこには無かった。


「あれ? 入ってきた時はベッドで寝ていたわよ? どこ行ったのかしら? トイレかしらね」


 お姉さんも気付かなかったようで辺りを見回している。

 だけどそれは違うと僕には分かった。

 だって、肩掛けベルトとこん棒も無かったんだから。

 トイレに行くのにそんな物は持って行かない。

 僕は左手の甲に黒く浮かび上がった契約紋に魔力を集中させた。

 モコとはまだ念話が出来ないけど、一応僕と契約している従魔だ。

 契約紋に魔力を集中させると従魔が何処に居るかが分かる。


「ダメだ! 近くに反応が無い。少なくとも家には居ないみたい。いつの間に?」


 分かると言っても僕の力じゃ半径20m程度しか詳細は把握出来ない。

 それ以上離れると方向がおぼろげに分かるくらい。

 それによると……。


「街の正門の方角に反応が有るみたい。なんで?」


 北にある街の正門の方向からモコの気配を感じる。

 なんでそんな方角からモコの気配がするんだ?


「も、もしかして、慰めようとしたのを僕が邪険に扱ったから? だから愛想を尽かして逃げ出したのかも……」


 僕はモコに見捨てられたのかと思い、目の前が真っ暗になった。

 僕はなんて馬鹿なんだ。

 モコの優しさを踏みにじって怒鳴ってしまった。

 モコは一人で扉を開けて部屋から出ていけない。

 だってノブに手が届かないから。

 いつも外に出たい時は開けて開けてとおねだりしていたんだ。

 多分叔母さんが入ってきた隙を見て逃げ出したんだろう。

 情けない主人に愛想を尽かして……。


「マー坊! あの子の足なら今から追いかければ間に合うわ! 早く行って謝っておいで」


 お姉さんの言葉に僕はベッドから飛び起きて玄関に向かった。


「玄関が開いてる……。やっぱり外に出て行ったんだ」


 玄関の扉の前に台が置かれていた。

 丁度その上にモコが乗ると扉のノブに手が届くくらいの台だ。

 いつの間にこんな事が出来るようになったんだよ。

 

「くっ!」


 モコの成長がとても愛おしく感じた。

 今すぐ抱き締めたい。

 僕はモコが居ると思われる街の正門に向かって走り出した。


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