第35話 旅は道連れ

「ふぅ~、本当に間に合って良かったよ」


 僕は馬車の荷台から背後に過ぎ去っていく景色を眺めながらホッと安堵の言葉を零した。

 ギリギリ馬車の出発時刻に間に合った僕達は、叔母さんちが在る街より南に位置するガイウースを目指して定期馬車に揺られている最中だ。

 城塞都市ガイウース、僕の生まれ育った街だ。

 かつてそこから更に南方にある国との戦争をしていた頃に建てられた大要塞の跡を街に改造したんだって。

 とっくの昔にその国とは終戦していて、今では普通に交易盛んな同盟国なんだけどね。


「ライア、もうフードを取って良いよ」


 ライアの存在を街の人にはまだ知られたくなかったので、馬車に乗るまで頭がすっぽりと隠れる外套のフードをライアに被せてたんだけど、もう街が見えなくなったのでさすがに大丈夫だろうと横で大人しく座っていたライアにそう声を掛けた。

 大人しかったのは多分馬車酔いに堪えているからだと思う。

 早く大きく深呼吸させてあげないと、荷台の中が阿鼻叫喚になってしまうからね。


 幸いな事にこの馬車には知り合いが乗っていない。

 御者の人もガイウース所属の人みたいだし、正直僕がガイウースの街に住んでた頃は御者の人と知り合いになる機会なんて無かったし、叔母さんの街に来た時は定期馬車じゃなくてうちの馬車だったからね。

 馬車と言っても普通の馬じゃなくて母さんの従魔のバイコーンが引いていたんだけど……。

 凄く速いんだけど、とっても目立って恥ずかしかったな。

 そして、馬車に並走して周囲を警戒している護衛の冒険者も相乗りしているグレイスの街の雑貨店を営んでると言う商人が、旅の目的地であるガイウースまで雇っている人達らしい。

 偶然にも同じ目的地……と言ってもこの馬車の最終目的地がガイウースだから当たり前か。

 どっちにしても、この人達ならあの街で有名人だったらしい僕達を知っている人も居ないだろう。


「ぷふぁーーー! くゆしかった~」


「ふふ、お疲れライア」


 僕の許可が出たのでライアは嬉しそうにフードを捲り顔を出して大きく深呼吸をした。

 どうやらフードを被るのは窮屈だったみたい。

 それに服を着るのもなんだか嫌がるんだよね。

 ついこないだまでコボルトモコの姿だったライアは服なんて着た事が無かったし、雨が降ったら雨宿りするからフード付きの外套も着る機会があまり無かったんだから仕方無い。

 そんな今のライアは、昨日叔母さんが何処からか入手してきた可愛らしい服に身を包んでいる。

 白地にピンクのレースが装飾されているワンピースだ。

 頭にはまんまるお耳がちょこんと顔を出す様に細工されたリボンを結んでおり、一見付け耳アクセサリーに見えなくもない。

 たまにピクピクと動くのでよく見れば気付かれるかもだけど……。

 足はブーツを履いてるし、手は……そのままだけどケモノミトンをしている様に見える……と思う。

 そんなどこからどう見ても可愛らしい女の子にしか見えないライアの姿。

 今のライアを見て元コボルト、現伝説のカイザーファングだとは気付かない筈だ。

 少なくともおよそ冒険者がする恰好とは思えないよ。

 そりゃあくまで僕達は冒険者としてじゃなくただの旅人としてこの馬車に乗ったんだけどね。

 とは言え、護衛が一緒って事からも分かる通りこの国の南方は北方に比べてあまり治安が良くないんだよ。

 だから僕の実家が有るガイウースへの道程は結構危険が付きまとう。

 魔物が出る森の道を通らないといけないし、盗賊だって出ないとも限らない。

 Cランク以上の冒険者なら良い稼ぎが出来るんだろうけど、Dランク冒険者の僕じゃ命が幾つあっても足りやしないよ。

 

「おや、これは可愛いお嬢さんだ」


 相乗りしている商人が顔を出したライアを見てニコニコと笑顔を浮かべながら声を掛けて来た。

 商人は人の良さそうな顔をしたおじさんで、鼻の下に一文字の髭を生やしている。

 雑貨屋の店長って言っても小さい店なのかな? あまり裕福には見えない感じ。

 服装は少しくたびれたよれよれの服を着てるし、街の行き来に定期馬車を利用してるんだもん。

 それなのに護衛の冒険者が六人も居るのが不思議なんだよね。

 たまたま冒険者の人達もガイウースに行く用事が有ったのかな?

 じゃないと、街を一つ跨いでの護衛なんて結構費用が掛かるしね。

 僕みたいなDランク冒険者なら安いけど、この人が雇っている冒険者達って少なく見積もってもBランク以上のパーティーだと思う。


 そんな不思議な商人だし、元から母さんには『ニコニコしている商人には気を付けなさい』と教えられていたんで、その教えに従って少し警戒しながら「どうも」と愛想笑いを浮かべて頭を下げるだけにして、それ以上は何も言わない事にした。

 母さんが言うには『商人の笑顔には価格が有る』らしい。

 タダでは笑わないんだって。

 だから人の好さそうに見えるこのおじさんも、何か考えが有って笑っているのかもしれないから注意しないと。

 ライアの正体をバレては無いと思うんだけど……。


「おや? 警戒させてしまいましたかな? ふむ、その様子だと『笑う商人には気を付けろ』と誰かに言われたようですね」


「え? い、いやそんな事は……」


 うげっ! 一瞬でバレちゃった!

 さっき挨拶を返した時の愛想笑いが引き攣ってた所為かな?

 やっぱり商人は母さんの言った通り油断ならないや。


「はははは、良いんですよ。その言葉は正しい。お若いのにしっかりしておられる。感心感心。と言っても先程の私の笑みには特に含みは有りませんよ。ただ、目的地まで数日の行程。折角相乗りとなったのです。旅は道連れと申しましょう。ですので少しばかり親睦を深めようと思いましてね。よろしく」


 そう言って商人のおじさんは手を差し出してきた。

 多分握手をしようとしているのだろう。

 僕はその手に促されるままに握手をする。


「出発の際にもちらっと言いましたが、私はグレイスの街で雑貨店を開いているホフキンスと言います。短い……間ですが、よろしくお願いしますね」


 商人のおじさんが言う通り、相乗りの許可を貰った際に軽く自己紹介はしてたんだけど、名前までは聞いてなかった。

 ホフキンスさんって言うのか。

 グレイスの街のホフキンスさん?

 なんかどっかで聞いた事が……。

 それに一瞬変な間があったよね?

 僕は『短い』の後の意味有りげな沈黙に少し戸惑いながらも自己紹介をする事にした。

 そして僕は予め用意していた言葉を口にする。


「えぇ~と、僕の名前はマーシャルです。この子はライア。孤児で一人だった所を僕が保護して親代わりに面倒をみています。ほらライア。ライアも挨拶して」


「ラ、ライアでち。よおしくおにゃがいしましゅ」


 少し噛んでるけど、昨日叔母さんと一緒にライアを特訓した成果が出ているようだ。

 用意していた答えって言うのはこう言う事。

 ライアを暫く人間として正体を隠して行動する為に、言葉遣いと共にお互いの関係の口裏合わせをしていたんだ。

 と言っても、あまり複雑にし過ぎるとライアが混乱するし、僕の事を『パパ』と呼ぶ事を止めたりしない。

 だから孤児を引き取って僕が親代わりになっていると言う設定にした。

 僕が若いからちょっと無理が有るように感じるけど、それは大丈夫。


「ほうほう、それはお若いのに大変でしょう」


「はい、実際大変なので実家に帰ろうと思いまして、この馬車に乗ったんですよ」


 と言う様に、帰る理由も織り込んでの設定なので問題無し。

 発案者の叔母さんも『これならバレる事は無いわ』と言っていた。


「なるほどねぇ、マーシャル君の実家はガイウースなのですね」


 まるで僕の言葉を確かめる様にホフキンスさんはそう言って来た。

 う~ん、今まで商人と言っても元気のいい八百屋のおっちゃんとか厳つい肉屋の大将、あとちょっと偏屈だけどあれこれと親切な魔道具屋のお婆さんしか知らなかったから、こんな正統派の商人って言う人は初めてだよ。

 なんだか探られているようで嫌だな~。


「んん? あぁ、またもや警戒させてしまいましたか。これは私の悪い癖ですな。申し訳ない。それでははっきりと申しましょうか。我が商人の家系として歴史のあるバードン家当主は代々人見の才を持っていましてね、どうもマーシャル君を一目見た瞬間から今後長いお付き合いをするのでは? と言う予感をビンビン感じるのですよ」


「えぇっ? バ、バードン家って、バードン商会の?」


「はい、そのバードン商会です。いやこの格好ではびっくりするでしょう」


 グレイスの街のホフキンスってどこかで聞いた事が有ると思っていたけど、ホフキンス=バードンって言ったらとんでもない有名人だ。

 小さい雑貨屋の店長かと思っていたらとんでもない!!

 バードン商会と言ったらグレイスの街のみならず、国内でも押しも押されもしない大商会じゃないか!

 そんな人が今後僕と長いお付き合いをする予感がしただって?


「ほ、本当に?」


「はははは、嘘は申しませんよ。それに勝手に商会の名を騙ったら恐ろしい報復があると言う噂をご存じでないかな? 商人ならばそんな事いたしませんよ」


 その話は母さんに聞いた事が有る。

 『商人を相手する時には、その所属商会を聞きなさい』って教えられた。

 今ホフキンスさんが言った通り、商人は八百屋と言えども大なり小なりの商会に所属してる。

 だからもし騙されたりぼったくられたりしたら、その商会に苦情を言えば対応してくれるんだって。

 そこでもし、商会名を騙ったりなんかしたら……ブルブルッ。

 物騒な話だけど、大きい商会には暗殺部隊とかいるらしい。

 バードン商会くらい大きな商会なら多分居ると思う、暗殺部隊。

 まぁ、気に入らない店に対して客が騙ると、それはそれで恐ろしい目に遭うらしいけどね。

 だから、今ホフキンスさんが言った事は本当だと思う。

 それよりさらっとバードン家当主とか言ってたし、それってホフキンスさんが当主って事だよね?

 恐れ多いと言うか、恐ろしいと言うか……、あわあわ。


「あ、あの……、僕とホフキンスさんが長い付き合いになるってどう言う事ですか?」


「いや、どう言う訳かは私も分かりませんが、何となくマーシャル君の目を見ていたらピーンと来たのですよ。まぁ、もしその予感がハズレたとしても、私としては構いませんよ。それに先程も申しました通り旅は道連れ世は情け。ガイウースまでは数日の旅です。お互いの友好を深めようではありませんか」


 そう言ってホフキンスさんは握手している手に一層力を込めてブンブンと上下に振り出す。

 商人の眼力恐るべし! バートン商会とのコネは嬉しい気もするけど、それ以上に面倒事が舞い込んで来そうな予感が……。

 僕の左手の赤い契約紋とライアの秘密は何としても守り通さなきゃ……。


 僕はその力にガクンガクンと振られながら、出発を明日にすれば良かったと後悔していた。

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