第36話 縁

「はははは、しかししかし、この度の旅の目的がガイウースに着く前に果たされるとは思いもよりませんでしたよ」


 焚火を挟んだ向かい側に座るホフキンスさんは笑いながらそう言って来た。

 時刻はもう夕刻を過ぎて夜の帳が落ち始める頃。

 僕達は一日目の野営を行っている。

 本当は目の前にそびえる山脈を越えた向こうに有る宿場町まで行けたら良かったんだけど、最近峠付近が物騒なんだって。

 だから少しでも日が落ち始めたら安全の為に麓で野営をする事になっているみたい。

 まぁ、遅れた理由ってホフキンスさんが雇った冒険者達が馬車に同乗せずに徒歩で周辺を警護してる所為だよね。

 でも実はこれも不思議な事じゃなく、王都がある北側と違いある種辺境と言える南側への定期便では普通の事らしい。

 なんでも急な襲撃が有った場合、馬車の中じゃすぐに対応出来ないから、外で並走して警戒をするみたい。

 まぁ、それもこの山を越えて宿場町の先にある大森林を越えるまでの間みたいだけど。

 そこから先は『城塞都市ガイウース』が目を光らせているんで安全なんだ。

 正直なところ僕は今までうちの家所有の馬車でしか叔母さんが住む街『叡賢都市メイノース』に行った事が無かったんで、南行きの定期馬車にそんな習慣が有るなんて知らなかったよ。

 だって、母さんの使い魔のバイコーンは元々従魔限界と言われる現在のテイマーが従える事が出来る魔物の上限に位置するBランク上位の魔物なんだ。

 とは言っても、そんな魔物を従えられる事が出来るテイマーなんて現在は天才と謳われる母さんの他数人しかいないんだけどね。

 疲れ知らずの怪力で、下手な魔物や盗賊なんてその巨体でぶっ飛ばしちゃうから、この場所で野営なんかした事が無かったよ。

 と言うか冒険者になってからは南に近寄った事が無かったんだ。

 最低でもCランク、自由に依頼を受けるのはBランクになってからって教官に言われてたしね。

 そう言えば、ホフキンスさんが雇った冒険者が居なかったら僕のギルドの先輩達が護衛する事になってたのかな?

 あんな盛大にお別れしたのに一緒に旅するのってちょっと恥ずかしかったかも。

 うん、そんな事にならなくて良かった良かった。


 てな感じで、そんな初めての新鮮な体験に少しの不安と、屈強な冒険者に守られていると言う安心感で心を躍らせていたんだけど、今ホフキンスさんてば何か気になる事を言ったよね?

 旅の目的が果たされただって?

 ガイウースに商談に行くって話じゃなかったの?


「え……っと、どう言う事ですか? 何か途中で貴重な採取素材を見付けたとか……?」


「まぁ、それは当たらずとも遠からずって所ですね。元々今回の旅の目的はうちのお抱え占い師の予言によるものだったんですよ。なんでも『ガイウースに向けて旅に出るのです』と言う事でしてね」


「えぇぇーーー! その言葉だけでガイウース目指してたって言うの?」


 大商会は占い師を雇ってるって聞いた事は有るけど、ちょっと信用し過ぎじゃない?

 こんなに冒険者を雇わないといけないくらい南側は危ないみたいなのに下手すれば命落としちゃうよ。


「いえいえ、まだ続きが有りましてね。『そうすればバードン家にとって良し縁を結べるでしょう』と言う事なのですよ。だからマーシャル君との出会いでその予言は果たされたと言う訳です」


「いやいや、僕の事を買い被り過ぎですよ。僕なんてDランクの雑魚冒険者ですし。バードン家にとって良し縁なんてとんでもないです。多分別の人ですよその予言」


 と言いながら、僕は内心焦っていた。

 その占い師が言った良し縁って言うのは、実際に僕の可能性が有るって事を。

 占い師って馬鹿に出来ないんだ。

 そりゃ詐欺師紛いのインチキな奴も居るんだけど、凄腕の占い師となれば人の死や予測不能な天変地異でさえもピタリと当てる事が出来るらしい。

 バードン商会程の大きな商会なら、それくらいの占い師を雇っていてもおかしくないよ。

 そして、その占い師は僕の中に宿る始祖の力を予言した。

 う~ん、有り得るから怖いよ。


「少なくとも私はそう思っておりませんよ。何しろあなたが腕に装備しているその手袋……」


「え? な、なんですか? これがどうしました?」


 ももももしかして、赤い契約紋がバレたの?

 何処か破れて光が漏れてた? ……いや漏れてない。

 慌てて手袋の様子を確認した僕は、どう言う事だろうとホフキンスさんの顔を見る。


「ははははは、その手袋はかの有名な『狂暴龍』と名高い剣姫が現役時代に使用していた物ではないですかな?」


「えぇっ!? 知ってるんですか?」


 僕の反応にホフキンスさんは「やっぱりそうか」と頷いている。

 しかし叔母さん『狂暴龍』って二つ名もアレだけど、剣姫って呼び名もアレだなぁ~。

 どれだけ自由人だったの?


「勿論ですよ。現役時代彼女はうちの店にも良く顔を出しておりましたしね。その手袋を良く拝見しておりました。それにメイノースを出発する際にあなたを見送りに来ていた男女。当時の面影が無くて最初は分かりませんでしたが、あの方達は確かに突如引退して世間を賑わせた凄腕冒険者パーティー『疾風の暴龍』。『疾風の稲妻』魔法剣士サンドライトさんと『狂暴龍』剣姫ティナさんのお二人だと言う事を思い出したのですよ。違いますか?」


「そ、そうです。『疾風の暴龍』って言う事は僕も昨日まで知りませんでしたけど」


 実際の活躍やその物騒な二つ名に関しては、今朝聞いたんだけどね。

 その活躍からすると叔母さん達がバートン商会の店に顔を出しててもおかしくない。

 この手袋は凄いマジックアイテムらしいから、そりゃ見る人が見ればバレちゃうのか。

 けど、始祖の力の事じゃなくて良かったよ。


「やはり! と言う事は……その伝説と呼ばれるアーティファクトの一つ『覇者の手套』をティナさんから直々に譲り受けたと言う事ですね……」


 僕が叔母さん達の事を認めた途端、嬉しそうに声を上げたホフキンスさんだったけど、さすがに『アーティファクト~』って部分は小声で言ってくれている。

 何故かと言えば、数あるマジックアイテムの中でもアーティファクトと呼ばれる品は『人魔大戦』の更に昔、先史魔法文明と呼ばれる時代に造られた物の事を指すからだ。

 物によって国宝として国が所持してる物も有るんだって。

 そんな物を一個人が所有してるってのは余り大きい声で言っていいものじゃない。

 と言うか、知らなかったよそんな事!


「ちょっ、ちょっと待って? これそんなに凄い物なの? 『丁度良いのが有るから』って貰っただけなんだけど……」


 叔母さん! なんて物をくれたんだよ。

 マジックアイテムでも冒険者なら喉から手が出る品だろうに、アーティファクトなんて持ってるのがバレた日には僕ってば殺されちゃうかも……。

 ガクガクブルブル。


「はははは、ティナさんは相変わらず人が悪いですね。大丈夫マーシャル君が心配しているような事は無いので安心してください。なにしろその品は自ら主人を選びますからね。資格無き者が身に着けようとすると最悪死に至ると言われている凶悪な呪物でも有るのです。その品の正体を知っている者なら好き好んで手を出したりしませんよ」


「え? なにそれ怖い! 僕死んじゃうんですか? 早く外さないと……あわあわ」


 マジで叔母さん僕に恨みでも有るの?

 そんな事一言も言わずに無造作に僕に手渡したじゃないか!

 身に着けようとしたら死ぬって、いつまで有効なの?

 昨日の試着からもう三回は手を通してるし、出発してからもう五時間くらい経ってるんだけど。


「いやいや、それも大丈夫ですよ。今マーシャル君が身に着ける事が出来ていると言う事は、キミには資格が有ったと言う事です。じゃないと今頃棺桶の中ですよ。はははは、ティナさんの信頼を受け、そして『覇者の手套』を身に着ける事が出来る者。そして……もう一つ」


 『今頃棺桶の中』だなんて笑わないでよ。

 冗談じゃないんだってば。

 けど、ホフキンスさんの身に着けられているから大丈夫と言う言葉にホッと安堵した……んだけど、『もう一つ』ってなに?

 まだ何かあるの?

 やっぱり契約紋の事がバレているんじゃ……?

 バ、バレたら権力者に捕まっちゃうよ!


「マーシャル君。そのマントの襟首に有る紋章。それはクロウリー家の紋ですね? と言う事はキミは従魔術の天才と謳われるマリア殿の御子息ではないですかな?」


 あっ……そっち?

 そう言えばこのマントは家から持って来たやつだから、クロウリー家の紋が入ってるんだった。

 今までそれに気付いた人なんて居なかったのに。

 さすが大商会の当主。

 見る所が普通の人と違うや。


「そうです。っと言っても僕は母さんどころか妹にも及ばない劣等テイマーなんですけどね」


「やはりやはり! あなたとの出会いはバードン家にとって、とても良い縁となりましたよ」


 なんだかホフキンスさんはとても喜んでいるようだ。

 まぁ、うちの家は今では見下されるテイマーの家系と言えども、先祖代々様々な魔法を開発してその特許による収入のお陰で、それなりの地位と富を持っている。

 特に母さんが開発した魔法は従魔術だけじゃなく多岐の系統の魔術に及ぶもんだから、現在収入を得ている特許料の三分の一は母さん作ってのが恐ろしいよ。

 母さんは契約紋を刻んでる訳だから他の系統の魔法は使えないんだけど、特許は何も自分が使える必要は無いんだ。

 その理論が正しくて実際に有効であれば認められる仕組みだからね。

 そんなクロウリー家とお近付きになりたいと言う商人は沢山居る。

 バードン商会としてもそれを狙っててもおかしくないか。

 うんうん、僕目当てと言う訳じゃなかったんだね。

 最初から僕が有名冒険者だった叔母さんと知り合いで、危険なアーティファクトの適合者で、そして金の匂いがするクロウリー家の者だって事に気付いて声を掛けて来たのか。

 逆にホッとしたってのが本音だよ。


「んん? どうやらまた勘違いしているようですね。クロウリー家との縁は商会としても嬉しくも有りますが、私はそれよりもキミと出会えた事の方が喜ばしいんですよ。先程自分の事を劣等テイマーと卑下しておりましたが、私の目にはその様には映っておりません。それにライアちゃんも……」


「え? な、なななんですか……それ……?」


 ホフキンスさんはにっこりと笑いながら僕と隣でご飯を食べていたライアを交互に見て含みのある事を言って来た。

 あまりの事にしどろもどろになった僕だけど、余計に怪しいよね。

 これじゃ完全に何かあるってバレるじゃないか。


「いや……何も申しませんとも。下手な事を言ってこの素晴らしい出会いを潰したくは有りませんからね。これからは困った事が有ったら私を頼って下さい。キミの頼みなら喜んで力になりますよ!」


「う……、は、はぁ。よ、よろしくお願いします」


 こう言うしかないじゃないか……。

 まるで脅迫だ。

 結構です! なんて言っちゃうと後が怖いしね。

 トホホ……。



「おーーー! ホフキンスの大将に随分気に入られてるようだな。若いのに大したものだぜ」


 少し離れた所に座っていた冒険者の一人がそう言って声を掛けて来た。

 一応契約上主従になるので、冒険者は契約者の許可が無い限り別の場所で休憩する決まりだ。

 あくまで離れ過ぎないって範囲の話だけど。

 今回みたいに少し離れた所に別の焚火を囲むって感じかな。

 多分アーティファクトの部分は聞こえてないと思うけど、それ以外の話は結構大きい声で話してたし、特に最後の方なんてホフキンスさん興奮して周囲に丸聞こえな大声だったしね。


「あはははは、いや僕なんてそんな……」


「それにチラッと聞こえたが『狂暴龍』と知り合いってのは本当か? 数年前に相棒だった『疾風の稲妻』の怪我が原因で引退したのは知っていたが行方は知れなかった。まだメイノースに居たとはな。知らなかったぜ」


「そうそれ『疾風の稲妻』も一緒に居たんだって? も、もしかして二人は結婚したのかしら? きゃーー」


 どうやら漏れ聞こえてくる叔母さん達の話に興味津々だったようで、次々に他の冒険者の人も質問してくる。

 本当に二人共人気者だったんだな。


「二人はまだ結婚してませんよ。……と言っても時間の問題かもしれませんけど」


 うん、時間の問題だと思う。

 僕の捜索を期によりを戻したらしい二人は、僕が恥かしくなる程ピンク色のオーラを出していたからね。

 修行から戻ったら結婚してた! なんて事になってても驚かないや。


「そうか。二人の行方はギルドが緘口令を敷いてたからな。なるほど、所属ギルドのお膝元なら早々バレる訳は無いか。しかし、坊主と『疾風の暴龍』の二人とどんな関係なんだ?」


「ぼ、坊主……。いえ、僕の母さんの妹なんです。ティナ叔母さんは」


「おぉ~。『狂暴龍』はクロウリー家出身だったのですね! それは私でも知らなかった」


 僕と叔母さんの関係を知ったホフキンスさんが驚いている。

 その様子からすると叔母さんってば内緒にしてたんだね。

 もしかして、従魔術の家系に生まれながら魔力が無いって事を隠したかったのかな?

 だとしたら、あまり僕がペラペラ喋らない方が良いか。


「あ、あとこの事は内緒にしてて下さいね。冒険者だったと言う事は僕にも昨日まで教えてくれなかった事なんですから」


「任して下さい。一流の商人は自らの益となる情報を他者に漏らす様な真似はしませんよ。勿論この益とは、マーシャル君との縁な訳だからね。秘密は守りますよ」


「あぁ冒険者の流儀に、冒険者同士の秘密は守るってのが有るんだよ。だから誰にも言わないから安心してくれ」


 そう言ってホフキンスさんと冒険者達は笑って頷いた。

 うん、その流儀知らなかったよ。

 一体幾つ有るんだろう? 冒険者の流儀って。

 教官ってば、実技の指導は細かかったんだけど座学については適当だったんだなぁ~。


「しかし坊主は『狂暴龍』の甥っ子だったのか。ははははいや、『狂暴龍』の血縁者に坊主はねぇな。マーシャルだっけ? 俺の名前はダンテってんだ。大将の言葉じゃねぇが、俺としても良い縁と出会えたもんだぜ。これからよろしくな」


 そう言って冒険者の内、一番初めに話し掛けて来た戦士風の人が手を差し出しながら、自己紹介して来た。

 僕は突然の展開に着いて行けず、流されるままその手を握る。

 有名人の血縁者ってのはこういう時に辛いよね。


「は、はい。よろしくお願いします」


「次あたし~。あたしの名前はレイミー。精霊使いよ。いやいや、ついに『疾風の稲妻』と『狂暴龍』が結婚かぁ~。引退で二人は別れたとか言う噂は嘘だったのね。憧れのカップルだったからショックだったのよね。良かったわ~」


 ダンテさんを押し退けて自己紹介を始めたレイミーと名乗った若い女の人は、途中から叔母さん達の事をうっとりとした目で語り出した。

 冒険者と言えども女の人って恋バナ好きなんだなぁ~。


 この後、残った冒険者の人達とも自己紹介をしてお互いに友好を深め合ったんだ。

 そして占い師がホフキンスさんに予言した通り、この出会いによって結ばれた縁がとても長く続く物となるなんて思わなかった。




 そして、そんな僕達を夜の帳がすっかり落ちた闇の中からじっと見詰めている存在に気が付くのは、もう少し後の事になる。

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