第34話 とある初心者パーティーの悔恨 後編
「ぐわぁぁぁーーー! 目が、俺の目がぁぁ!」
シーフの彼が何処からともなく放たれた矢に貫かれた右目を抑えながら悲鳴を上げた。
少年も治癒師の少女もローブを着た男も、予期せぬ突然の奇襲に恐慌状態となる。
先程の会話から暫くしてからの事、廃坑に着いた少年達パーティーは採取拠点を築く為に廃坑内入り口付近の旧休憩所跡と思われる広場に仮設のテントの設営を行っていた。
そこを襲撃されたのだ。
普段お荷物に任せっ切りだった為、慣れぬ作業に周囲への警戒が疎かになっていたのも確かだが、少年達とてそこまで馬鹿ではない。
まず周辺の安全を確保した後、魔物除けの結界まで張っていた。
魔物除けの結界は、特殊なポーションを用いて魔法陣を描き、そこに術者が魔力を注ぎ込む。
そうする事によって魔物が近寄れなくと言う魔法である。
これは紋章を身体に刻む事なく魔力が有る者ならば誰でも取得出来る初歩魔法に分類される術で、術者の実力によって強度は異なるが、魔法を覚えたての者でもゴブリン程度効果時間が続く限り結界の安全は確保される。
それは範囲外からの投擲武器も同じこと。
結界内の存在に危害を加える気を起こさせないくさせる効果が有る……筈だった。
そして、先程張り終えた所で勿論効果時間中である。
「おい! 結界張り損ねたのか!」
少年は今回結界を張ったローブを来た男に叫ぶように文句を言った。
剣を構えながらもローブを着た男にチラと目を向けると、信じられないと言った表情でわなわなと震えている。
『くそっ! 今までこんな事なかったのに。なんで今回失敗しやがったんだ? ……あっ』
少年は何故か上手くいかない今回のクエストを回顧していると一つの共通点が有る事に気付いた。
結界についてもそうだし、採取もテントの設営も食事だって、いつもは雑用係だったお荷物にさせていた。
さっきまでパーティー内でギスギスした空気だったのも今まであのお荷物がクッションになっていたからなのか?
結界に関しても、専門技能である従魔術も満足に使えない雑魚テイマーが掛けた術など気休め程度にしか思っておらず、今みたいにその隙をついて襲われるなど思ってもみなかった。
だから今回お荷物の代わりに、それなりの実力者と認めているローブを着た男に頼んだ。
ローブを着た男は「こんな雑用など魔力の無駄遣いだ」とぼやきながら面倒くさそうに結界を張っていたし、それを横目で見ていた自分もお荷物が張るよりマシだろうと気にも留めなかった。
しかし、結界とは実は重要な物だったのではないか?
あのお荷物は自分達が思っていた以上に自分達に貢献していたのではないか?
そんな考えが少年の頭を過ぎる。
だが少年は『そんな筈が無い! あいつはお荷物だ! 俺は間違っていない!』と、自らの過ちに対する疑念をすぐさま否定した。
そしてそれが逆にこの危機的状況に対して冷静になる切っ掛けとなった。
『俺の判断は正しかった! そして、それを証明してやる』そう心の中に火を燃やし、リーダーとしての自覚を奮い立たせる。
「おい! 早くそいつの治療を。毒を塗られている恐れが有るから解毒を忘れるな!」
少年はまずシーフの彼の治療が先決だと、パニックに陥っている治癒師の少女へ声を掛けた。
その声に我に返った治癒師の少女は自分の本職を思い出し、回復魔法の準備をしながら蹲って目を押さえているシーフの彼の側に駆け寄る。
「は、はい! だ、大丈夫? 今治すからね」
そう言って回復魔法を掛け始めた少女だが、自分の実力では目は治せないだろう事を分かっていた。
自分が出来るのは傷を塞ぐだけ、欠損部位を治すにはまだ自分が使えない高等魔法が必要だと言う事実に唇を噛む。
「おい! 矢避けの魔法を張ってくれ!」
次に少年はローブを着た男に指示を出した。
矢避けの魔法は周囲に漂う風の精霊に働き掛け飛来物を逸らせると言う術だ。
精霊に働き掛ける魔法なので本来精霊魔法に属しても良いのだが、精霊の中でも風の精霊は比較的自由な習性を持っており、魔力さえ供給されれば簡単な
その為、ただ風の精霊が自由に飛び回るだけで発揮される矢避けの魔法は初歩魔術の範疇だった。
「あ……あぁ。わ、分かった!
ローブを着た男も少年の号令によって正気に戻ったようだ。
その魔法によって次弾として放たれた矢は見当違いの方に飛んで行った。
少年はなかなかリーダーとしての素質を有しているのだろう。
ズタズタに崩れかけたパーティーの士気が彼の号令によって再び纏まったのだから。
だが、その後も地獄は続いた。
この広場を中心に幾つかの坑道に分かれて奥に続いていたのだが、飛び道具が使えないと分かるや否やそれらの坑道全てから幾匹ものゴブリン達が這い出て来る。
しかし今までならそれくらいの数、少年達の実力なら然程の問題も無くただ数が多いだけで面倒くさい、それだけである筈だった。
片目を負傷しながらも回復魔法によって戦線に復帰したシーフの彼、火の矢の魔法で離れたゴブリンを射抜くローブを着た男、怪我する前衛に対して回復魔法で癒す治癒師の少女。
そして迫りくるゴブリン達に対して剣を振り続ける少年。
『おかしい!』その言葉が全員の頭に焦燥と共にぐるぐると回っていた。
素早さが売りのシーフの彼の剣も、いつもなら反撃の機会すら与えずに切り伏せる筈。
自分の実力に自信を持っているローブを着た男も、今までの敵は自ら放つ火の矢によって確実に絶命させていた。
治癒師の少女だって、回復魔法によってあっと言う間に傷を塞いでいたのだ。
しかし、シーフの彼は防戦に回る回数が多い事に冷や汗を垂らす、ローブを着た男は火の矢の魔法を受けながらもそのまま身体を焦がし突撃してくるゴブリンに恐怖し、治癒師の少女も皆の回復が追い付けない自分の不甲斐無さに涙を流す。
そして少年はいつもと違うこの状況に絶望した。
ゴブリン目掛けて一心不乱に剣を振るう少年だが、今まで一撃で屠っていたゴブリンに対して二撃三撃を必要としていたのだ。
『このままでは死んでしまう』そう確信めいた言葉が頭に過る。
ふと横目に廃坑の出口が見えた。
そこにはゴブリンの姿は見えない。
そう言えばと、このゴブリン共は坑道の中から湧いて来ていた事を少年は思い出す。
『自分だけなら逃げられる』そんな考えが頭に過った。
メンバーの中で一番素早いシーフの彼は出口から一番遠い所で敵に囲まれており、恐らく出口に向かった途端背中から斬り付けられて倒される事が予想される。
他の二人は足の遅さでゴブリンから逃げられるとは思えない。
だが、幸運な事に一番出口に近い自分なら隙を見て逃げ出せるだろう。
彼の頭の中に『皆を見捨てて逃げ出したらいい』そんな悪魔の囁きが響き渡った。
「ぐわっ!」シーフの彼の呻きが聞こえた。
「う、ぎゃぁぁーー!」ローブを着た男の絶叫が廃坑内を木霊する。
「きゃぁぁーー」治癒師の少女の悲鳴が耳を劈いた。
『逃げなきゃ! 俺まで死んでしまう!』少年は頭の中で埋め尽くされた悪魔の囁きに負けて廃坑の出口に足を向け……。
「って、んな事出来る訳ないだろぉがぁっ! うおぉぉぉぉ!!」
少年は悪魔の囁きを自らの気合で吹き飛ばした。
突然の怒号にゴブリン達の動きが止まり少年を見る。
その眼には驚きの色が宿っていた。
ふと仲間達を確認する。
すると皆その場に蹲りながらも驚いた顔をこちらに向けていた。
どうやらまだ死んではいないようだ。
「うりぁぁぁっ!! ゴブリン共そこをどけぇぇっ!!」
仲間の無事にホッと安堵した少年は、更に大声を上げながらゴブリンの群れに向かって突進した。
絶対皆で生きて帰ると胸に誓って……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁ~、そこに偶然近くを通りかかったグレイスの冒険者が騒ぎを聞き付けて助けに来たって訳か?」
少年が語った悔恨塗れの状況報告と、少年から受け取ったグレイスの冒険者ギルドからの報告書内容と照らし合わせながら、ギルドマスターはギルド内に併設された酒場の大机の席に座らせている少年達パーティーに確認を取る。
「はい……」
少年は俯きながらギルドマスターの問い掛けに対して素直に認めた。
他の仲間達も俯いたまま何も言わずただ黙っている。
「う~ん、この子の右目は重傷だわ。私の魔法でも治せない。見える様にするには教会本部に行って大司祭様に治療して貰う他ないわね」
シーフの彼の負傷した右目を診察していたこのギルド一の治癒魔法の使い手が落胆の声を上げた。
その事実に少年達全員が顔を歪める。
グレイスの街のギルドでも同じ事を言われたのだが、落ち着いた今改めてその事実を突きつけられると、ショックのあまり息が詰まり言葉が出ない。
「……すまない皆。全部俺の所為だ……。俺の考えが浅はかだったばかりに皆に……」
暫しの沈黙の後、少年はリーダーとしての責任感からそのケジメとして涙交じりに仲間に向けて頭を下げた。
この謝罪はこの場には居ないお荷物……いやかつて仲間だったテイマーへの懺悔も含まれていたのかもしれない。
少年の謝罪の言葉を聞いた仲間達は一斉に顔を上げて口を開く。
「そんな事ない! リーダーは頑張ったわよ! 私達が倒れた時も大声で敵を引き付けて身体を張って庇ってくれたじゃない!」
「……あぁ、そうだ。リーダーのお陰で命拾いした。結界を張るのを面倒臭がった俺が悪いんだ」
「そうそう、リーダーは悪くねぇよ。この眼も俺が油断しただけだ。それにほら、伝説に謳われるシーフだって眼帯してたって話じゃないか。ほらお揃いだろ?」
「み、皆……」
仲間達が口々に少年に向かって擁護する言葉を言い出した。
あの時逃げ出そうとした自分に激しく自己嫌悪していた少年は、その言葉に救われたと感じ更に涙を流して嗚咽と共に身体を震わせる。
それを見た仲間達は少年の側に駆け寄り抱き付き同じ様に大きく泣き声を上げた。
少年は仲間達の温もりを感じながらも、本来ある筈だった欠けている温もりに悔恨の念を抱いていた。
確かに戦力にはならなかったかもしれないが、知らず知らずの内に彼の存在が仲間の間の空気を和らげていた事。
また雑用と侮っていた採取や拠点の設営、それに食事したって冒険の最中だってのに俺達の舌を楽しませてくれた。
それら全て冒険に必須な技能であり知識だった。
今回それを実感した。
もし今回あいつが居たら……違う今日を迎えていたかもしれない。
少年は肩に残っている彼の手の温もりを思い出していた。
さっきのあいつは自分の事を本気で心配してくれていたんだと思う。
あいつが駆け寄ってその手が肩に触れた瞬間、何故か鎧の上からでもその温もりを感じたんだ。
何かこう……上手く言えないけど身体の奥が熱くなると言うか、元気が湧いてくると言うか……。
……明日あいつに謝りに行こう。
酷い事ばかり言って来たから許してくれないかもな。
けど、許してくれるまで何度でも……。
そして、また皆で……。
そんなIFが少年の脳裏を掠めた。
この場に居たギルドのメンバー達は、この光景に感動はするものの少しばかり複雑な心境でもある。
何故かと言うと、先程までこの目の前の初心者パーティー共を如何にいびり倒すかと思案していた為だ。
それは教え忘れていたからとは言え、冒険者としての流儀において最もしてはならない仲間への侮辱によって追放された一人のテイマーの為だった。
そのテイマーはこのギルドに取って大切な人の親戚であり、皆も自分の弟の様に思っていたのだ。
いや、弱いから追放される。
それは冒険者として当たり前の事。
だが、罵って追い出すのは全く意味が違うのだ。
仲間とは、命を互いに預け合い共に歩んで行くもの。
その仲間を罵り貶し馬鹿にする行為は、それまで歩んで来た自分達の道をも貶める事に他ならない。
そのテイマーは自らが弱い事を自覚しており、自分を鍛え直す為に実家に戻ると言う。
そして最後に彼は『仲間達も立派な冒険者に鍛えて欲しい』と自分達に懇願して来た。
なんでも『強くなった彼らに対して、更に強くなった自分で見返してやりたい』と言う事らしい。
なんと立派な話だと感動し、必ず少年達を一流の冒険者に鍛え上げると約束した。
しかし、その立派な話で有れば有るほど追い出したパーティーへの苛立ちは更に募り、どう虐め鍛えてやろうかと手ぐすね引いて帰還を待っていたのである。
とは言え、目の前の彼らを見てそんな毒気も抜けてしまった。
未熟である事を認めた彼等をテイマーが残していったお願い通り一から鍛えてやるかと苦笑しながら肩を竦めた。
「今回の件はお前達の驕りが生んだ結果だぞ。下手に運良く手柄を立てて来た初心者が罹る病気みたいな物だな。これに懲りて心を入れ替えろ。やる気が有るなら一から鍛えてやる。どうだ? お前達にその覚悟は有るのか?」
ギルドマスターはその驕りの発端となったテイマーの存在をあえて口にせず、抱き合いながら涙を流している少年達に、冒険者として一からやり直す決意の有無を問い掛けた。
その言葉に少年達は泣くのを止め、決意有る眼でギルドマスターに顔を向ける。
そして息を合わせたかの様に一斉に口を開いた。
「はいっ!!」
少し離れた所に座っていた甘いマスクのイケメンのファイターが同じ席に座っているシーフに話し掛ける。
「しかし、数が多かったとは言え、あいつらがゴブリンなんかに負けるとはな~」
その言葉にシーフは肩を竦めておどけた仕草をしながら苦笑する。
「いや、まぁそれが俺達が感じた疑問通りの実力だと思うぜ」
シーフが言っているのは以前少年のパーティーに居る同じ職種であるシーフの彼と模擬戦をした時の話である。
聞いていた戦績対して明らかに実力が劣っていると感じていたのだ。
そしてイケメンファイターもその疑問は抱いていた。
「まぁ、そうなんだが、それにしてもな~。あいつが嘘を吐いてるとも思えないんだよ」
イケメンファイターが言っている『あいつ』とは、追放されたテイマーの事だ。
罵られて追放された彼が、その憎いだろう相手を擁護する様な嘘を吐くとは思えない。
それに確かに実力不足で追放されたのは事実であり、お荷物としての彼が居なくなった途端ここまでボロボロになるのだろうか? と二人は首を捻った。
「フフフフ」
その二人の会話を聞いていた女性が笑い声を上げた。
彼女の左手の甲に浮かんでいる紋章は契約紋。
どうやら彼女もテイマーの様だ。
突然笑い出した彼女に二人は目を向ける。
「どうしたんだよ。突然笑い出して? 俺達なんか変な事を言ったか?」
イケメンがテイマーの女性に笑い出した理由を尋ねた。
「いえ、笑ったのは彼らが弱くなった理由の事よ」
「え? お前知っているのか?」
「フフフ、それは……
テイマーの女性の言葉に二人はキョトンとする。
しかしながら、二人にもその言葉に心当たりが有ると言えば有った。
「あぁ! た、確かに仲間の人数が変ると調子を崩すパーティーは居るな。今までみたいな連携が取れず下手こくってな」
「あるある! それに採取なんかの雑用を全部あいつに任せてたんだろ? そりゃ居なくなったら自分達がやらなきゃなんねぇんだし、最初は戸惑ってもおかしくはねぇや。熟練パーティーでも良くあるし、なるほどなるほど」
若干違和感が残りながらも二人はそれが理由の落としどころと納得した。
しかし、テイマーの女性は更に笑う。
その様にまた二人はその真意を知りたくてテイマーの女性に目を向けた。
「まぁ、それも関係有るでしょうけど、私が言いたいのは別の事よ」
「別の事? なんだよそれは?」
シーフがテイマーの女性にその理由を尋ねる。
テイマーの女性はもう一度クックと笑い口を開いた。
「それはあの子が
「はぁ~? なんだそりゃ?」
「あいつがお姫様だって? あいつは男だぞ?」
テイマーの女性が言ったあまりにも馬鹿らしい回答に二人は呆れ返った。
何を言ってんだこいつは? と白い目で見る。
その目を涼し気な顔をして受け止めたテイマーの女性は肩を竦めて苦笑した。
「まぁまぁ、お姫様ってのは言葉の綾。要するに護る対象が居れば力を出せるって事よ」
そう言ってウインクしながら人差し指を立てた。
それには目から鱗が出る勢いで二人は頷く。
「あぁなるほど! 確かにそれは言えるな。俺だって護る奴が居れば力が湧いて来る気がするし、行動も慎重になる」
「そうだな。護衛のクエストなんて如何に対象を無事目的地まで送り届けるかって気が張るし無茶な行動は控えるぜ」
テーマ―の女性の言葉に大いに納得した二人はとてもすっきりした顔をしている。
そしてその事も少年達に教えてやらないとなと、これからの育成計画を二人して相談し出した。
そんな二人を見ていたテイマーの女性は心の中で呟いた。
彼女の先程の言葉は全ての理由を語った訳じゃないようだ。
但し、彼女とてそれに確信が有る訳じゃない。
本当に信じている訳でもなくただの絵空事。
もしかしたらそうなのかも? と言う他愛の無い妄想だった。
『ふふふ、私の家系に伝わる禁書に載っていた原初の従魔術の力。魔物のみならず、自らに与する者全てに力を与える……。もしかしたらあの子……。フフフ……いや、まさかね……』
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