第33話 とある初心者パーティーの悔恨 前編

「はっはーーー! お荷物が居ないってのは良いこったな」


 ある晴れた日の午後、ガタガタと揺れる乗り合い馬車の荷台に腰を下ろしている少年が伸びをしながら仲間に向けて大きな声で言う。

 少年は冒険者で仲間はパーティーメンバーである。

 今回のクエストの為に新調したピカピカと輝くスケイルメイルに身を包んだ少年は、このパーティーのリーダーを務める若きファイターだ。

 先程までもそのお荷物の悪口を言い合っていたのだが、さすがにネタが無くなって来たので仕方無く目的に着くまでの間お互い仮眠なり読書なりと休憩を取る事にした。

 その数刻後、仮眠から目覚めた少年はまだ行程の途中であった事に落胆しつつも暫くは皆の休憩を邪魔をしない様にと黙っていたのだが、そろそろ間が持たなくなり休憩前まで楽しく話していたネタをぶり返そうと思った次第である。

 また楽しい会話が始まるだろう、そう思っていた。


「ん? えぇ、そうね。馬車の旅が少し退屈な事を除けばだけど……」


 仲間の内で紅一点の治癒師の少女が読んでいた本から顔を上げて興味無さげにそう言った。

 『退屈?』少年は治癒師の少女の回答が思っていたのと異なる物だったので少し首を捻る。

 少年の想定では、もっとノリノリで笑い声を上げると思っていたのだ。


 『いや、退屈と言うのは何となく分かるか』少年は先日までの馬車での移動風景と、今の静かな荷台の中の雰囲気を比較してなるほどと頷いた。

 そして、それはお荷物が契約している従魔の所為だろうと、呆れた溜息を吐く。

 アレは存在するだけで次から次と面倒事を起こしていた。

 揺れる馬車の中、じっとしてればいいものをちょこまかと歩き回ってはコケて転がる。

 その所為で他の客にぶつかったり、積み荷を抜け毛で汚したり……。

 まぁ、よく言えば退屈しないと言えるかもしれない。

 しかし、その度にリーダーである自分が従魔の主人であるお荷物と一緒に頭を下げるなんて身にもなって欲しい。

 そう心の中で小さな苛立ちと共にそう吐き捨てた。


「まぁ俺はリーダーの言う通り最高だと思うぜ。ただ欲を言えばこんなチンケな依頼じゃなく俺達の実力をもっと発揮出来る依頼が良かったけどな。折角そのお荷物がいなくなったんだしよ」


 少年の反対側で横になって仮眠していた少年と同じ年頃の皮鎧に身を包んだ男の子が起き上がりながら最高に同意する言葉とは裏腹に明らかにつまらなそうなトーンで愚痴を言った。

 その顔には不満の色が大きくにじみ出ていた。

 彼はショートソードを巧みに操るシーフ。

 少年はシーフの彼には一目を置いている。

 その剣のスピードは自分よりも速い。

 戦闘でも自分と共に前衛を務める頼もしき相棒だ。

 とは言え、ファイターである自分が戦闘において後れを取るなど思っておらず、模擬戦をしても負ける気はしない。

 それに口が悪く手癖も悪い。

 同じく自分も口が悪い事は自覚しているが、その似た者同士と言うべきか性格に関してあまり反りが合うとは少々言い難い。

 あくまで彼にはシーフとしてのスキルに期待している。

 少年は頭の中でシーフの彼の事をそう評価していた。


「まぁそりゃ仕方ねぇって。今までお荷物の所為で出遅れていた俺達のランクで受けられるクエストの中じゃ、これが一番実入りが良い仕事だったんだからよ。なんせ廃坑のゴミ拾いと言う楽な依頼なのに往復の路銀込み。それで今までやってたクエストの倍近い報酬と来た。こんなおいしい仕事を逃す手は無いぜ。それに俺達が上を目指すにはまず装備を整える必要が有る。俺も鎧は新調したが武器までには手が回らなかったしな。お前だってそうだろ? そろそろその皮鎧も買い替え時じゃねぇのか?」


 愚痴っているシーフの彼を宥める様に少年がなぜこのクエストを選んだかの理由を話した。

 シーフの彼は自分の身に着けている少々くたびれかけている皮鎧を見ながら納得しながらも唇を尖らせる。


「ちっ、シーフの俺が前衛してる所為でたった一年でボロボロだ。そりゃリーダーの意見も尤もだが、俺としちゃあいつに鎧代を請求してぇ気分だぜ」


「ははははは、今まで戦闘で使えない従魔なんて連れてた所為でお前もとんだ災難だったな。けど俺はお前の腕を信用してるんだぜ」


「けっ! 言ってろ。俺はもう少し寝るぞ」


 少年の信用していると言う言葉に照れたのかプイっと顔を背けてまた横になる。

 その仕草に少年はクックと笑いながらも、口の悪い彼へのフォローに小さく溜息を吐く。

 『リーダーってのは疲れる仕事だぜ』そう心の中でボヤキながらも、今までここまで気を使ってたか? と首を捻る。


 最後に少年は今の会話に入って来なかったもう一人の仲間に目を向けた。

 彼は仲間達から少し離れた荷台の一番後ろに膝を立てたローブの男が座っている。

 座っていても分かるが、そのローブの男はかなり背が高い。

 しかしながら体格に恵まれているとは言い難く、ヒョロッとしたまるでマッチ棒の様な印象を受ける。

 その視線は幌の隙間から見える外の景色に向けられている。

 だが、少年の視線に気付いたのだろう。

 声を掛けずとも少年の方に顔を向けてきた。


「クエスト資料によると鉱山の周辺にはゴブリン程度しか出ないらしいな。楽だと言えばそうだが、そんな奴らに俺の魔法を使うのは勿体無い」


 ローブに身を包んだ男は吐き捨てる様にそう言うと、また外の景色に顔を向けた。

 彼は言葉の通り黒魔術を扱うソーサラーである。

 歳は少年より少し上であるのだが、落ち着いた性格と言うよりも堅物と言う言葉がピッタリの人物だ。

 それは自分の魔法への絶対的自信がそうさせていた。

 とは言え、凄い才能が有るかと言うと別にそう言う訳でもなく、一人前のソーサラーとしてはまだまだ修行は足りず、その自信の根拠はこの一年の冒険者としての成功体験から来るものだった。

 そんな彼とて普段から堅物と言う様に無口であった訳なのだが、今日は特に酷いようだ。

 

 魔法を使うのは勿体無いだって? なら使わなければいいじゃないか。

 ゴブリン程度、何匹来ようと前衛二人で充分だ。

 新生パーティーの門出と言う事で楽して儲ける事が出来るこのクエストを選んだのに何で皆不満なんだ?

 さっきまで楽しく笑っていたじゃないか。

 皆の勝手な口振りに少年は苛立ちを抑えつつ不貞寝する様にまた横になった。

 



        ◇◆◇




「おいおい、魔石に傷が付いてるじゃないか。こりゃ価値が下がるぞ」


 少年は治癒師の少女に回復魔法を掛けて貰いながら、先程倒した魔物から採取された魔石を日にかざしてそう呟いた。

 日光に照らされた表面にいくつもの細かい傷が見える。

 傷が有れば有るほど買取価値は下がるのだ。


「仕方ねぇだろ。俺は解体屋じゃなくてシーフなんだよ。いくら手先が器用でも魔物の魔石採取なんて新人教習以来なんだ。文句言うならリーダーがやれよ」


 少年の言葉にカチンと来たシーフの彼がそう文句を吐いた。

 シーフの彼が言う通り手先が器用なだけでは魔石採取は出来ない。

 魔石とは魔物の力の根源であり、魔力が凝縮された物だ。

 その位置や大きさは種族毎に異なっている。

 取り出した状態ではそれなりの硬度を有するのだが、不思議な事に魔物の胎内に埋もれている間は弾力のあるゴムの様な状態である為、肉に紛れてしまいナイフでの切り分けが難しく、それなりの技能と経験が必要になるのだ。

 その点シーフの彼が採取した魔石は、素人が採取したにしちゃまだマシな方だった。

 下手すれば真っ二つになって魔力が抜け落ち価値どころの騒ぎじゃない。

 少年もそれを知っているから先程の言葉はシーフの彼を非難するつもりでは無く、ただ疲れからポロっと本音が出てしまっただけなのだ。


「いや、そう言う意味じゃねぇって。気分を害したら謝るよ。俺がやるとこんなもんじゃすまねぇしな」


 少年は謝ったがシーフの彼は不貞腐れたままそっぽを向いてしまった。

 その態度にイラついたがまだクエストは始まったばかり、ここで喧嘩なんてしようものなら折角の楽で儲かる仕事が台無しだ。

 そう思って少年はその苛立ちを口に出す事を止めた。


「はい、治療終わったわよ。リーダーが怪我するなんて珍しいじゃない。相手はゴブリン一匹よ? 調子でも悪いの? しっかりしてよね」


 治療を終えた治療師の少女がそう言って立ち上がった。

 その言葉に自分としても返す言葉が無い。

 不意打ち気味に飛び掛かって来たとは言え、そろそろ初心者を卒業したと思っていた自分がゴブリン如きに後れを取るなんて……。

 オークとだって複数相手に無傷で立ち回った事が有るんだぞ!

 少年は軽いとは言えゴブリンに怪我を負わされた事実にいまだ信じられないでいた。

 少なくとも自分が冒険者になってこの一年、傷を負ったのは片手で数える程で相手は少年の冒険者ランクより格上の魔物ばかりだったのだから。

 その焦燥が先程の本音を吐露する事に繋がったのであろう。


 体調が悪い? そんな事は無い。

 ……いや、そんな事は有るのか? 何故かいつもより剣を振る速度が遅かった気がした。

 長時間馬車に揺られたにも拘らず、十分な休憩を取らずにそのまま廃坑を目指した所為で、疲れが出たんだろうか?

 そう言えば、いつもならお荷物の従魔が乗り物酔いして暫く休憩する羽目になっていたな……。

 少年は従魔を必死で介抱するお荷物の後ろ姿を思い出し少し苦笑した。


 『馬鹿野郎! 何笑ってんだ俺!!』


 お荷物の事を思い出して苦笑している事に気付いた少年は慌てて否定する。

 こんな事だからヘマをしたんだと、自分を戒めた。

 

「お荷物が居なくなったんでちょっと気が抜けちまったみたいだ。馬車から降りてすぐ出発ってのもしくじっちまったな。すまんもう大丈夫だ。廃坑に着いたら少し休もうぜ」


「まぁ、そうよね。なんだか落ち着かないのよね~。居るとうざかったんだけど」


「うざいっての酷いな。まぁうざいけどな」


 少年の言葉に治癒師の少女とシーフの彼が同意する様に軽口を叩く。

 二人も少年が考えていたお荷物とその従魔の事を思い出していたようだ。

 そして、これまでの冒険と違うと言う状況に浮足立っている事を自覚していた。

 治癒師の少女が言った様に『落ち着かない』と言う表現がピッタリだなと少年とシーフの彼は苦笑する。


「おい、早く目的地に向かうぞ」


 少し離れた所でローブに身を包んだ男が面倒くさそうにそう声を掛けて来た。

 三人は何もしなかったのに偉そうにと心の中で愚痴を言いながらもローブに身を包んだ男の元に駆けて行った。




        ◇◆◇




「なんかおかしくないか?」


 少年は地面に転がる三体のゴブリンの死体を見下ろしながら、肩で大きく息をしているシーフの彼に話し掛けた。

 先程の会話から暫くの事だ。

 廃坑に向かう途中、またもやゴブリンの襲撃を受けた。

 しかしながら前回の反省を踏まえて警戒していたお陰で、その襲撃はやや不意打ち気味であったにも拘らず見事無傷で撃退せしめたのだ。

 だが、二人の心は勝利の美酒に酔いしれるでもなく、何処かいつもと違う違和感を思えていた。


「あぁ、何がと言われると困るが、なんかしっくり来ねぇ気がするぜ」


 『何が』とシーフの彼は言ったが、それ自体が何なのかは二人共分かっていた。

 ただそれを口にするのを憚られたと言うのが彼等の本当の気持ちだ。

 『身体が重い……いや力も出ない。弱くなっている……?』

 そんな言葉が頭の中でぐるぐると回っていた。


「あっ! 分かったぜ! 魔物って言や弱い奴を狙う習性が有るじゃねぇか」


 突然シーフの彼が何かを思い付いたように声を上げた。

 少年は『そう言えば新人教習の時にそう習った気もする』と当時の事を思い出しながら頷く。

 ただそれが、この違和感に関係するのかと首を捻った。


「俺らのパーティで弱いと言えばお荷物とあの毛玉じゃねぇか」


「あぁ、そう言う事か! 今まであいつらが的になってくれていたって事か!」


 シーフの彼の言いたい事に気が付いた少年は、答え合わせするかの様に思い付いた事を言葉にした。

 それはシーフの彼の考えと合致していたようで少年の言葉に頷いている。

 魔物は弱い者を狙う習性が有る。

 これは事実、魔物には相手の強弱を鑑定魔法を掛けたかの様に、正確に実力を読み取る能力を有している物が多くいる。

 最新の魔物研究によると、魔物の胎内の魔石からある種のソナーの様な波動が発せられ、その反響を受信して相手の強さを測るのではないか? とされていた。

 その根拠として付与魔法や神聖魔法の中に、自身の強弱惑わせて魔物の行動を制御する魔法である敵視ホスティリティ退散ディスパージョンが挙げられていた。

 またその習性はただ単に実力が劣る相手だけでなく、傷付き弱っている者や何らかの原因で者も含まれる。


「しまったなぁ~。あいつに的役なんて使い道が有ったとはよう。こりゃ追放せずに連れて来れば良かったか?」


「はははは。それはいい考えだが、止めておいた方が良いだろ。何故かあいつは先輩達に好かれてるからな。下手に殺しちまったら俺達の評判が下がっちまう」


「それもそうだな。弱い癖に贔屓されやがって。面白くねぇ」


「それに報酬が減っちまう」


「ははっ! 違いねぇ。まぁ理屈が分かったんだし次からは大丈夫だろ」


 やっと息を整え終わったシーフの彼はそう言いながら伸びをして、調子を確かめるかの様に軽くジャンプする。

 少年はシーフの彼の言葉に頷いた。

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