第32話 始まり

「ただいま……」


 モヤモヤした気持ちのままギルドから帰って来た僕は、力無げにそう言ってダイニングテーブルに突っ伏した。

 しかし挨拶には誰も応えない。

 これは不思議な事じゃなく僕も分かっていた事だ。

 別に何か問題が発生したわけでもなく、単純に叔母さんは出掛けているだけ。

 なんでも午前中どうしても外せない仕事が有るらしく、僕がギルドに向かった後すぐに大学に行ったんだろう。

 お昼までには帰るって言ってたから、もう少ししたら帰って来るのかな?

 僕の出発前にお別れの食事会をしようって事になってるんで、仕事の帰りに買い物して帰るわとも言ってたっけ。

 それでライアだけど……。


 ガチャッ! タタタタタッ。


「パパおかえり~!!」


 思った通りライアは僕の部屋で遊んでいたようだ。

 ライアは寂しがり屋だから僕だけ出掛ける時はいっつも僕達の部屋に籠ってたからね。

 けれど、少しだけドキッとした。

 だって、今までだったら『コボコボ~』とか言ってたのに、今じゃ『パパ~』だもん。

 外見だってモコモコほわほわのコボルトから、パッと見どこからどう見ても可愛い女の子になっちゃったわけだし。

 ライアがこの姿になってまだ一日しか経ってないんだから、中身は同じだと分かっていてもその姿のギャップにまだ慣れないや。

 今朝なんて横で寝てるライアを見て『だだだ誰? なんで僕女の子と寝てるの?』って叫んじゃったくらいだからね。

 女の子姿になったライアを、コボルト用の寝床に寝かすのはさすがに気が引けたんで一緒のベッドで寝る事にしたの忘れてたよ。

 意思疎通が出来る様になったのは嬉しいけど、念話の前に言語通話が出来るようになるって言うのはテイマーとしてどうなの?

 

「ただいま、ライア。いい子にしてた?」


「うん! イイコしてた~! …………ぱぱどちたの?」


「え?」


 ライアには僕のモヤモヤした気持ちを悟られまいと普段通り明るく振舞おうと思ってたけど、逆に違和感持たれたのかもしれない。

 ライアは心配そうな顔で僕を見上げている。


 あぁ僕って駄目な奴だな。

 コボルトのモコだった時は気にせずにモコの前で不満を愚痴ったり、モコが飛び出していった時の様に当たってしまった事だってあったんだ。

 それなのに人間の姿になった途端、態度に気を付けるだなんて……。

 僕は見上げているライアを持ち上げて抱き締めた。


「ごめんね、ライア。ライアには隠し事をしないよ。え~と、……グロウ達を覚えてる?」


 僕は一旦抱き締めるのを止めお姫様だっこの体勢に持ち替えて、さっきあった出来事を話す事にした。

 覚えている? と聞いたのは、グロウ達にパーティーを追放されたのが僕達にとって体感時間で言うと一日程度とは言え、そもそもライア的に彼らの事をちゃんと認識してたのか知りたかったからなんだ。

 主人である僕と一緒に住んでいた叔母さんの事はちゃんと覚えていたけど、サンドさんの事はよく分かっていないようだった。

 僕達のパーティーは長期任務は今まで受けた事が無かったから、それ程いつも一緒だったわけじゃない。

 もしかしたら幼いライアにとって冒険者パーティーと言う物を理解していない可能性も有るからね。

 知らない人間と会って凹んだんだよって言っても『?』になるだけだろう。

 それに純粋に興味が有ったんだ。

 ライアモコの目には彼らがどう映っていたかって。


「おぼえてゆよ。あたちきらい! あいつりゃぱぱいじめた!」


 腕の中のライアはプンプンと頬を膨らませて怒っている。

 これは多分追放された時の事を言っているんだろう。

 直近の話とは言え、ここまで怒っていると言う事は元から皆の事が嫌いだったのかも知れないな。

 ルクスなんて僕の前ではモコの事をカワイイカワイイってって言っていたのに裏では汚いと思っていたみたいだし、僕とモコが会話出来ないのを良い事にモコに直接悪口を言っていたとしてもおかしくないよ。

 今の姿ライアになって会話出来るようになったんだから、そこら辺を掘り下げて聞いてみたい気もするけど、嫌な事を思い出させるのも可哀想だし止めておこう。

 覚えているだけで良しとするか。


「そのグロウ達なんだけどね。さっき会ったんだよ」


「パパだいじょぶだった? いじめりゃれなかた?」


 ライアは僕の頬をぺちぺちと触りながらそう聞いて来る。

 心配してくれてるようでとってもかわいい。


「うん、それは大丈夫だったんだけどね。それよりも皆大怪我してたんだ」


「やったーー! パパいじめたばちあたった!」


 ライアは嬉しそうだ。

 キャッキャ笑ってる。

 しかし罰が当たったって……魔物にもそんな概念が有るなんて不思議だな~。


「はははは、まぁ正直ざまぁみろって思ったのは確かなんだけどね。ただ僕達が強くなった所を披露するまで誰かに負けて欲しくなかったって思ったんだよ」


「むむむ……よくわかんにゃい」


 僕の言葉が難しかったようでライアは眉間に皺を寄せて首を捻った。

 けど、正直僕にも自分の感情がよく分からないんだよね。

 ただモヤモヤ~ってするんだ。


「そうそう、僕も同じ気持ち。よく分からないからそんな気分を吹き飛ばそうと思ってね。ほらライア~、たかいたかい~」


「ひゃ~、きゃっきゃっ」


 僕はこのモヤモヤする気持ちを吹き飛ばす為に抱っこしてるライアを赤ん坊をあやす様に持ち上げた。

 そのままくるくると回るとライアも上機嫌で笑ってる。


 モヤモヤしたってやる事は変わらないんだ。

 僕はライアと強くなる。

 その為の旅立ちなんだからいつまでも凹んでいられない。

 それにグロウ達なら大丈夫。

 ギルドマスター達が鍛えるって言ってくれたんだから、僕達が強くなって帰って来る頃には彼等だって一流の冒険者になってる筈さ。

 僕はそんな事を思いながらライアを掲げてテーブルの周りを回った。



 ガチャ。


「ただいまーー。って、あら? 二人共えらく上機嫌じゃない。ライアちゃんたかいたかいして貰って良かったわね~」


 突然玄関の扉が開いたかと思うと叔母さんが両手に一杯の袋を持って入って来た。

 僕達を見て笑っているけどどうやって扉を開けたんだろう?


「お邪魔するよ~」


 と思ったらその後にサンドさんが入って来た。

 なるほどね。

 そう言えばサンドさんも来てくれる事になってたんだった。

 共通の秘密を持つ四人だけの食事会。


「おかえりなさーーい!」

「おかえりなちゃーーい!」


「ほら、いっぱい買って来たわよ。すぐに美味しいの作るからマー坊も一旦着替えておいで」


 叔母さんはそう言って買って来た食材を僕達に見せて来た。

 材料からするとメインディッシュは叔母さんの得意料理『鶏の香草詰め』みたいだ。

 僕大好物なんだよね。

 他にも僕の好物ばっかり。


「美味しそう! ありがとうお姉さん!」


「そりゃマー坊の記念すべき旅立ちだもん。腕によりをかけて作るから少しだけ待っててね」


「はぁーーい!」




        ◇◆◇




「じゃあ、これから始まるマー坊の伝説を祝ってカンパーーイ!」

「カンパーーーイ」

「カンパーーーイ」

「かぱーーい」


 暫くして僕達は食卓に着いて乾杯をした。

 目の前には豪華な料理。

 まだお昼なのにこんなに食べて大丈夫かな?

 これから馬車に揺られるって言うのに……程々にしとかないと。

 ライアも食べ過ぎない様に言っておかないね。

 転送陣で酔って吐くくらいだもん。


「って、伝説って止めてよ。恥ずかしいじゃないか」


「あら? マー坊は既に片足ツッコんでるわよ。その赤い契約紋に横にはカイザーファングのライアちゃん。既に始まってるのよ。いえ、もしかしたら生まれた時からね」


「ちょっ、生まれた時からって、そんな訳ないじゃないか。だったらパーティーなんか追放されないって」


「おいおいマーシャル。情けねぇ事いうんじゃねぇって。男なら伝説を作ってやるぞ! ってくらいの自信と気合が有ってなんぼだぜ? グロウ達に見返したいんだろ~? わはははは!」


 バンバン!


 何故か凄く陽気なサンドさんが僕の背中をバンバン叩きながら大笑いしてる。


「痛たたた! サンドさん痛いって! あっ! サンドさんもう酔っぱらってる!」


「酔ってねぇってこれくらいじゃ水飲んでるみたいなものだぜ。うぃ~」


 早! 酔うの早! サンドさんもう顔が真っ赤だよ。

 でも、サンドさんの言う通りかもしれない。

 それにお姉さんも言ってたけど、僕の左手には始祖と同じ赤い契約紋、そして隣にはカイザーファングのライアが居る。

 伝説への道標は手に入れたんだ。

 あとは僕次第。


「分かったよ。絶対伝説を作ってやる!」


「おお~よく言った! それでこそ男だぜ!」


 バンバンッ!


「だから痛いってサンドさん!」


「わははははは!」



        ◇◆◇



「ふ~ん、なるほどねぇ~。あのグロウ君達が……」


 楽しい食事会も一段落ついた頃、叔母さん達に今日あった出来事を話した。

 先輩達が贈ってくれた言葉やグロウ達との再会。

 先輩達が叔母さんの現役時代の話をしてくれたって言うと『あいつら勝手に解禁だと思ってペラペラと~』って額に青筋立てて怒ってたのが怖かった。

 そして、さっきの叔母さんの言葉はグロウ達のボロボロの姿の事だ。

 一応僕のパーティーメンバーだったわけだから、叔母さんは勿論グロウ達の事を知っている。

 それに僕もクエストから帰って来ると今の様にご飯食べながら冒険の報告をしていたからね。

 だからある程度グロウ達の実力も知っているんで、僕の話に少し難しい顔をして溜息を吐いたんだ。

 この話になった途端酔っぱらって陽気だったサンドさんも同じく真剣な面持ちで顎に手を当てて考え込んでいた。

 早! 酔い覚めるの早! 今さっきまで顔が真っ赤だったのにもう普通の顔色に戻ってる!


「う~む、マーシャルは連中の依頼内容は知らねぇんだよな?」


「え? あっ、クエストの内容自体は知ってるよ。Dランククエストで鉱石採取依頼だったみたい。ギルドに申告してた行程表では今日帰って来る予定だったから会わないように帰ろうとしたんだけど、丁度ギルド出た時に鉢合わせになったんだよ」


「あ~そりゃ運が悪かったな。しっかしDランクの採取依頼でボロボロになぁ……?」


 そう言ってサンドさんはまた顎に手を当てて首を捻る。

 場所はグレイスの街から少し離れた山にある鉱山跡って聞いたけど、魔物討伐は依頼内容には入ってなかった。

 多分サンドさんは初心者パーティーとは言え、それなりに実績を積んでいるグロウ達がボロボロになる程の魔物がグレイスの街の近くに出没した事を懸念してるんだと思う。


「マー坊? もしかしてそのクエストの場所ってグレイス近くの廃坑?」


「え? お姉さん知ってるの?」


「多分それあたしの大学からの依頼だわ。地質学の教授があそこから産出される鉱石を欲しがってたからね」


「へ~、廃坑なのに?」


「えぇ、普通の鉱石なんだけど、なんでも生成過程が珍しいから欠片でも良いって……って、今はそんな事はどうでも良いわね。大学の予算会議に出席した時に、その教授が提出してた依頼料算出資料によるとあの近くにはゴブリン程度しか魔物は居ないって話だったのよね~。だからDランククエストになった筈よ」


 へぇ~今まで依頼は受ける側だったから依頼者側の話はなんだか新鮮だよ。

 もしその資料が間違ってたとしても、ギルドは独自で情報を持っている筈だし危険が有れば依頼ランクは上がっていたと思う。

 となると、グロウ達はゴブリンにやられたの?

 そんなまさか。


「こんな事言いたくないけど、正直な話グロウ達がゴブリンに負けるなんて思えないよ」


「そうだな。噂で聞いちゃいるがギルドでも期待の新星って話だしな。しかも今回はマーシャルが居ないと来たもんだ」


「グハッ! サ、サンドさん、本当の事だからこそソレとてもグサッてくる。足手纏いの僕が居なくてゴブリン程度に負ける訳が無いって事でしょ?」


 そうは言っても僕もそれは思っていた。

 だっていつも皆は僕を守ってくれていたんだ。

 僕が居なけりゃもっと戦いやすかった筈。

 僕と言う足枷が居なくなったのに皆があんな目に遭うなんて信じられないよ。


「いや、すまんすまん。けどよ、これが結構ある事なんだぜ。護る対象が居たからこそ実力を出せるってな」


「え? そうなの? 僕を護っていたから皆が強かった? ……いやそれってどうなの? 僕男なのに」


「わはははは、まるでお姫さんだ~って、まぁ今回は違うかもしれないないけどな」


「そうね、お姫様なマー坊ってのもそそるんだけどね。けど聞いた惨状からすると、もしかして……」


 叔母さんそそるって言い方止めて!

 ただ、その後の二人が懸念している事は僕も思ってた。


「それは新たなる魔王の影響……?」


 僕が恐る恐る言葉にすると、二人はコクリと頷いた。

 最近東方の国で低ランク冒険者のクエスト失敗が増えているらしい。

 それは僕の家に伝わる禁書に載っていた予言に書かれていた新たなる魔王の所為じゃないかって僕達は昨日話し合ったんだ。

 もしかすると、その影響はこの国にも浸食して来たのかもしれない。

 そんな恐ろしい想像に僕らはゴクリと唾を飲んだ。




「……ん? おいマーシャル。そろそろ馬車の時間じゃねぇか?」


 来るべき魔王の到来への不安に皆が黙っている中、その沈黙を破ったサンドさんは窓の外を見てそう言った。

 日の傾き方から時間を読み取ったんだと思う。


「え? あっ本当だ! やばい! 馬車に乗り遅れちゃう! ライア! 起きて早く出発の準備をするよ」


「ん~むにゅむにゅ」


 僕は慌てて立ち上がり難しい話に退屈して眠ってしまったライアを抱きかかえながら部屋に走った。

 荷物の準備はしてるけど部屋着に着替えたままだよ。

 早く旅の装備に着替えないと!


「随分話し込んじゃったからねぇ~。魔王が出て来たって、マー坊が強くなったら問題無い事よ。期待してるわね、未来の英雄さん」


「そうだそうだ。まぁグロウ達の事は俺が事情を探っとくよ。ただのアクシデントって事も考えられるしな。分かったら連絡するからそれまで実家で鍛えて貰え」


 後ろから二人の激励と言うか、無責任と言うか……そんな言葉を受けて僕は部屋に飛び込んだ。




 こんな慌ただしい旅立ちが、世界を巡りかわいい娘達と出会う事になる僕の冒険の始まりだった。

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