第10話 本心
「……うっ」
左手を祭壇に置いた瞬間、身体の中を弄られる様な感覚が全身に広がった。
何の封印か分からないけど、その今まで感じた事の無い感覚に僕は胸が高鳴る。
これで……。
これで皆を見返す事が出来る。
僕を認めるさせる事が出来る!
高名なテイマーを始祖とする家系に生まれ、国内有数の能力を持つ両親の英才教育のもと幼い頃から従魔術を学んだ僕だったけど、その才は一向に芽吹く事は無かった。
その事について母さんも父さんも天才だから簡単に出来るんだと現実から目を背けていた。
自分より幼い妹が軽々と課題を熟していくのも全て天才だからと諦めていた。
けど、分かってはいたんだ。
僕にはただ才能が無いんだって事を。
そんな天才達に囲まれて暮らすのが辛くて、僕は家を飛び出した。
別に両親や妹に冷たくされた訳でも無い。
むしろ愛されていたと言えるだろう。
使用人達だって僕に優しくしてくれた。
だけど、それが余計に僕には耐えられなかったんだ。
僕は同じ様にテイマーの才能が無い所為で家を出た叔母さんの元に居候する事にした。
言い訳は『僕には座学より実戦の方が性に合ってるから』なんて事を言ってね。
これも分かっている。
叔母さんはテイマーの素養どころか魔力すら持っていない。
僕は自分より下の人間を見て安心したかっただけ。
冒険者となって鍛えれば僕でも天才達に追い付けるんじゃないか?
そんな期待を胸に冒険者ギルドの門を叩いたんだ。
……しかし、現実はそんなに甘くなかった。
僕は更なる劣等感に苛まれる事になる。
いくら魔物と契約しようとしても失敗ばかり。
テイマー見習いですらわざわざ契約する者は皆無と言われるスライムにも無視される始末。
やっと契約出来たモコも念話はおろか従魔術の基礎であるブーストさえも僕には出来ない事が分かった。
僕にはテイマーの才能が無いと言う現実を嫌と言う程思い知らされたんだ。
それでも仲間達は優しかった。
……と思っていた。
でも、もうそんな辛く悲しい過去は今日で終わる。
僕は力を手に入れるんだ!
「コボ? コボ~」
僕の顔を見たモコが心配そうな声を出した。
それで気付いたけどどうやら僕は笑っているらしい。
ゲラゲラと笑う自分の声が耳に入って来た。
モコはそんな狂気の笑みを浮かべている僕を見て心配になったのだろう。
「大丈夫さモコ。僕は強くなってやる。そうすれば誰も僕達をバカになんか出来やしないさ」
「コボ~……」
モコは僕の言葉にシュンとなって僕の身体に顔を埋めた。
そしてそのままふるふると首を振っている。
もしかして、僕に『そんな事は間違っている』とでも言っているんだろうか?
ふっ、間違っているのは皆さ。
それに安心しろモコ。
僕が力を付けてもお前を見捨てたりしない。
何故なら僕が強くなればその従魔も強くなる。
母さんが契約している従魔達の中にはトロールでさえ一撃で屠る力を持つゴブリンもいるんだ。
ならモコだって強くなる筈だろう。
皆を見返してやるには僕だけじゃない、弱い弱いとバカにしていたモコと一緒に強くなる必要が有るんだ。
弱いと見下していたコボルトにも負けて地を這うグロウ達。
その姿を思い浮かべると背筋にゾクゾクと何かが走るのを感じた。
『見返す』と言う言葉がいつの間に僕の中で『復讐』に代わっていた。
それには気付いていたけど訂正する気にはなれない。
だってそれが僕の『本心』なんだから。
「さぁ! 封印されし大いなる力よ! 今こそ僕の力となれ!」
僕は大声で祭壇に向かって叫ぶ。
早く! 早く! 僕に力を!
……。
………。
…………。
「……あれ?」
何も……起きない?
あれ? あれれ?
権力者が恐れたって言う封印を解くんだから、光ったり音がしたりするものじゃないの?
だけど魔道灯に照らされている祭壇も魔法陣も僕の左手も、謎の言葉に促されてそこに手を当ててから変わった様子はなかった。
最初にゾクッとしただけで、それ以降は特に身体に変化が有るようにも感じない。
「な、なんで? 封印が解けて僕に力をくれるんじゃないの?」
僕は何も起こらない祭壇に向けて情けない声を出した。
あの声もあれ以降何も喋ってくれない。
「コ、コボ~?」
僕の嘆きのような声にモコが顔を上げて心配そうな声を掛けて来た。
今度はさっきのように狂気に染まろうとしていた僕を止めようとしているんじゃない。
情けない顔をしている僕を励まそうとしているようだった。
「も、もしかして……」
僕は頭に浮かんだ仮説に頭が真っ白になる。
声に促されるまま封印を解こうとしたけど何も起こらない。
それが意味する理由。
言葉にするのが怖かった。
僕は思わずゴクリと唾を飲む。
「……僕の力が弱すぎて……封印を解く事が……」
出来な……い?
最後の言葉は口から零れ落ちる事は無かった。
そんな……、僕ってそこまで雑魚なの?
謎の声はあんな思わせぶりな事を言っていたじゃないか!
ここまで来て何も無いってどういう事だよ!
なんで……また僕に現実を突きつけて来るんだ……。
なんで、皆して僕を虐めるんだよ……。
僕は失意のあまりその場で崩れ落ちそうになった。
「コボ、コボ~」
突然モコがふわふわもこもこの手で優しく撫でて来た。
どうやら慰めてくれているみたいだ。
その手から僕を思う気持ちが伝わってくる。
「ありがとう……モコ」
モコの優しさで少しだけ心が軽くなった。
僕はモコを抱える右手に力を込める。
僕に力は無いけどこんなに優しいモコが居るんだ。
そう思うと先程までの自分の言動に顔が赤くなってくる。
は、恥ずかしい!!
これってまさに取らぬ狸の皮算用って奴?
手に入ってもいない力に酔いしれて、なんて尊大で情けない妄想をしてしまっていたんだ?
自分の弱さに対する劣等感に託けて、見返すだの復讐するだの恥ずかし過ぎる!!
「コボコボ!」
顔が真っ赤になっている僕にモコがポンポンと肩を叩いて来た。
どうやら『誰も見てなかったんだから大丈夫』と言っているようだ。
本当にモコは優しいなぁ~。
「モコごめんね。あんな僕を見て嫌いにならないでね」
「コボ~」
僕が謝るとモコはぎゅっと抱き付いて来た。
そうだ僕にはモコが居る。
こんなズルをしなくても二人で頑張って強くなろう。
……それに強くなったら今度こそ封印が解けるようになるかもしれないしね。
「モコ。じゃ帰る方法を探そうか」
「コボコボッ!」
僕は壁に隠し扉が無いか調べる為に振り向い―――。
「ん? あれ? い、いてて」
振り向こうとしたんだけど左手が引っ張られて振り向けない。
左手の筋を違えそうになって腕に痛みが走る。
「な、なんで?」
僕は慌てて身体を戻し左手を確認した。
何が左手を引っ張っているんだ? もしかしてお化け? ゴースト? ファントム?
ヤバい! ファントムならエナジードレインされる! そう言えば松明はどこ?
そんな言葉がぐるぐると回っている僕を尻目に僕の左手には何も変化は無かった。
ただ単に祭壇の上に置かれているだけ。
お化けに掴まれてもいないし、急に崩れてきた瓦礫に挟まれた訳でもない。
ただ祭壇の上に乗せられてるだけの僕の左手だ。
訳が分からない僕は祭壇から手を離そうとした。
しかし……。
「は、離れないっ! どうして?」
何故か左手は祭壇にピッタリと貼り付いていた。
いくら引っ張っても離れない。
まるで最初から身体の一部だったかのように貼り付いている。
僕は焦って祭壇に足で蹴り思いっきり体重を掛けて引き剥がそうとした。
「イタタタ! 駄目だ! 腕が抜けちゃう」
僕は離れない左手と引き剥がそうとした事による痛みにパニック状態となった。
なんなのこれ?
もしかして封印してある力で皆に復讐しようとした罰なの?
このまま死ぬまでここで貼り付いたままなの?
そ、そんなの……、そんなの嫌だよ!
「助けて! 助けてっ!」
僕は泣きながら助けを求めた。
誰でも良い、僕を助けて!
「コボーーー!」
僕の鳴き声にモコは僕の右手から飛び出して祭壇の上に乗った。
そして、僕の左手を祭壇から剥がそうと一生懸命引っ張ってる。
「モコ! 祭壇の上は危ないよ! モコまで貼り付いちゃうかも」
僕はモコに離れるように声を掛ける。
しかしモコは僕を見てふるふると首を振った。
まるで『自分が助ける』とでも言いたいようだ。
「け、けど……」
「コボ」
それでも止めようと声をかける僕にモコは『死ぬ時は一緒だ』と言う感じに僕に向けて腕を突き出し親指を上げてサムズアップした。
「モ、モコ……『スキャンガカンリョウシマシタ』
「え?」
「モコ?」
モコに右手を伸ばして抱き締めようとした所で、またもあの声が聞こえて来た。
驚きの声を上げて辺りを見回してる僕にモコは驚いている。
相変わらずこの声が聞こえるのは僕だけのようだ。
『ツヅイテ≪カイザーファング≫ヲサイダンニ……≪カイザーファング≫カクニンシマシタ』
何を言ってるの? 『カイザーファング』? 祭壇の上にはコボルトのモコしかいないじゃないか。
「コ、コボッ!」
僕が謎の声の言葉に混乱していると、急にモコの身体がピクンと跳ねた。
もしかして僕が左手を当てた時に感じた身体中を弄られるようなあの感覚の所為だろうか?
その後もぷるぷると震えながらキョロキョロと辺りを見回している。
『オールクリア。フウインヲカイジョシマス』
「え? 解除? な、なに? ま、眩しい! そ、それに左手があ、熱い……」
謎の声と共に祭壇が魔導灯よりも眩しく輝き出した。
そして祭壇の上に描かれた魔法陣が赤く光り出す。
それと共に僕の左手が熱を帯びだした。
突然の出来事に僕は先程力を得ようとしていた事も忘れて左手を必死に引きはがそうとする。
「コボーー!」
モコが足元が光り出した事に驚いて祭壇から飛び降りた。
飛び降りたモコは僕の所までやって来て足にしがみ付く。
どうやら離れられなくなるのは僕だけらしい。
祭壇の光はどんどん強さを増している。
僕は目も開けられない眩しさに、思わず右手で顔を覆う。
左手は相変わらず貼り付いたまま熱は高まるばかりだ。
ドクンッ!「うっ!」
突然左手が脈動した。
まるでそこに心臓が有るかのようにドクンドクンと脈打っている。
僕は右手で顔を覆いながら薄目を開けて左手を見た。
白く眩しい祭壇の光の中、赤く浮かび上がっている魔法陣。
その浮かび上がった赤い光が徐々に僕の左手に集まって来ているのが見えた。
いや、集まっているんじゃない。
僕の中に入って来ようとしてるんだ!!
「ぐっ、ぐぅ……。あ、熱っ。腕まで……違う……身体全部……」
僕の中に入って来た赤い光は左手だけじゃなく、熱を持ったまま腕を伝って全身に行き渡ろうとしていた。
身体中を駆け巡る熱と激しい痛みに僕は抗えない。
助けて! 助けて! 助けて! 助けて! 助けて!
そして、僕の意識は薄れていった……。
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