第9話 封印の間

「うわぁぁぁーー!!」

「コボコボーーー!!」


 怖くて目を瞑っている僕には何が起こっているのか分からないけど、ひどく揺れている船に乗せられているような浮遊感に苛まれて僕は思わず悲鳴を上げる。

 モコも僕の腕の中でその違和感に怯えているようだ。

 必死に僕にしがみついていた。

 僕もモコを守るように抱き締め身体を丸める。


 なんだこれ? どうなってるの?

 僕は今起こった事を整理しようとした。

 まず謎の声は気の所為じゃなかった、なんで僕にしか聞こえなかったのかは分からないけど。

 今の状況は謎の声が言った通り転送されているんだと思う。

 僕は今まで利用した事は無かったけど、これが噂では聞いた『転送機』と言う奴なんだろう。

 遠い所に一瞬で行けるって言う魔道機。

 大都市だけじゃなくてダンジョンにも設置されている場合も有るらしい。

 と言う事は、あそこってダンジョンの入り口だったんだろうか?

 もしかしてモコの両親が居なかったのは同じように転送されたから?

 じゃあ、この先に……。


 う、うぷ……気持ち悪い。

 ぼ、僕船とか馬車とか揺れる乗り物に弱いんだよね……。

 ぐるぐるぐる~、目が回る~。

 も、もう限界……、は、吐く……。


「え?」


 もう少しで胃の中が出そうになったその瞬間、一瞬ふわっと身体が浮いたかと思うと突然僕の身体に重力が戻って来た、そして……。


 ドシャッ!


「痛ぇっ! お、お尻が……」


 どうやら空中一メートルくらいの高さに放り出されたようで、僕はそのまま落下して思いっきりお尻が地面に激突した。

 あまりの痛さに暫く起き上がれなかったけど、正直頭からじゃなく運が良かったのかも。

 これくらいの高さからでも死んでたよ。

 それにもしうつ伏せならモコを潰しちゃってたしね。


 僕は目を開ける前にまず耳を澄まして周囲の音を聞く事にした。

 だって、目を開けたら『魔物に取り囲まれてた』なんて事になっていたら僕気絶しちゃうかもしれないし。

 モコの両親が居る可能性もあるけど。


 とは言っても、集中して澄ました僕の耳には幸いな事に魔物の息遣いは聞こえてこなかった。

 聞こえてくるのはモコが抱き締めた僕の胸の中で「コボッコボッ」と震えながら小さく震えている声だけ。

 多分「怖いよ怖いよ」か「ぐるぐる気持ち悪かったよ」と言っているんだろう。

 今まさに僕も同じ気持ちだしね。

 それ以外には何も聞こえない。

 あの謎の声も。


「ん?」


 目を瞑っているとは言え、何となく周囲の感じは分かる。

 それによると前方少し離れた所に何らかの光源が有るのを感じた。

 

「コボコボ……うっぷ」


 光を確かめる為に目を開けようと思ったその時、急にモコが少し暴れながら嗚咽する声を上げた。

 僕は慌てて目を開けてモコの顔を見ると口を押さえてぷるぷると涙目で僕を見ている。

 どうやら、さっきの転送で酔っちゃって吐きそうになっているようだ。

 僕は慌てて地面に下して背中をさすってあげた。


「コボコボコボコボ……コボ~」


 モコは出すもの出すと何とか落ち着いたようで、顔を上げて「ふ~やれやれ」と言った感じに手で額をこすっている。

 僕は何か拭く物は無いかとポケットを漁ろうとすると、腰にポーチを付けたままだったことに気付いた。

 そう言えば帰ってから着替えずにそのまま不貞寝したんだったっけ。

 まさか追放されるなんて思わなかったし、いつ冒険に出ても良い様に準備はしていたんだ。

 と言ってもいつも僕達が冒険していたのは近場ばかりだったんで、大掛かりな装備は入っている訳でも無く、ポーチの中には手拭いや携帯食料、あとは周辺の地図それにロープぐらい。

 残念ながら武器になる様な物は入っていない。

 しかし、僕を追放したその日に皆して遠出するなんて……。

 ずっと前から僕の追放を計画していたって事か……くそっ。


「いや今はそんな事良いや。ほらモコ、動かないで」


 僕はポーチから手拭いを出してモコの口を拭いてやった。

 水筒も持ってくれば良かったな。

 いや、持ってたら走ってる途中で全部飲んじゃってたか。


「しかし、ここは何処だろう?」


 落ち着いたモコをもう一度抱き上げて僕は辺りを見回した。

 目を瞑っていた時に感じた通り、少し離れた場所が煌々と輝いている。

 どうも日の光や松明じゃなく魔道灯のようだ。

 その光に照らされた周囲は石造りの壁で覆われている事が分かった。

 明らかに人工物。

 やっぱり、ここはダンジョンだったんだろうか?


「う~ん、他に扉とか無いな。密室って事?」


 部屋の大きさはそんなに広くなかった。

 僕が居る所は部屋のやや中央。

 奥で輝いている魔道灯に向かって少し縦長の部屋の作りになっている。

 前後左右何も遮る事の無いガランとした部屋だ。

 周りを見回しても魔物の姿は見えない。

 地面にも死体が転がっているなんて事もなかった。


「取りあえず良かった~。カイザーファングとか封印解除とか言うもんだから、目の前にそんな化け物が居るのかと思ったよ」


 取りあえずこの部屋の中には僕とモコだけだ。

 謎の声が言った物騒な名前の奴の姿は見えない。

 『カイザーファング』なんてのは聞いた事ないけど、どう考えてもヤバい奴としか思えないもん。

 モコの両親に会えるかと思ったけど、それも期待外れだったか。

 いや、それはそれで子供を攫ったとか逆上されるかもしれなかったけど。


「コボ~?」


 モコが僕の安堵の声を不思議そうな顔をして見ている。

 そうか、モコには聞こえなかったんだね。

 僕はモコの頭を撫でながら微笑み掛けた。


「ここが封印の間って事だと思うけど、何が封印されているんだろう?」


 少なくとも過去に来た時には転送どころか声さえ聞こえてこなかった。

 グロウ達も聞こえていた様子は無かったし、なにより謎の声は『テイマー』と言ったんだ。

 と言う事は、少なくともテイマーである僕に聞こえないのはおかしいと思う。

 だとすると今までと今回、何が違うんだろう?

 大きく違うのは僕とモコの二人だけって事だけど、前回も僕とモコだけで隠し穴に入ったし他にも何かが関係してるはず。

 『基準値クリア』が関係しているだろうけど、何が何だか分からないな。


「『封印解除を承認しました』って言われても、そもそも僕何も申請してないよ?」


 ガランとした部屋の中、何か有るとすればわざわざ灯っている魔道灯の付近だろう。

 そう思って魔道灯の方に目を凝らすと、その下に小さな祭壇の様な物が設置されているのが見えた。

 高さは僕の腰より低い。

 明りの真下なんで気付かなかったよ。

 けど、ここからじゃ何が有るのかわからない。


「もしかして、あれが封印に関係しているのかな?」


 そう思っても近付く勇気がなかなか出ない。

 だって封印だよ?

 しかもこの山にダンジョンが有るなんて聞いた事もないし、この場所の事も誰も知らない筈。

 そんな訳の分からない封印なんて悪い予感しかしないよ。

 どこか出口は無いの?

 もしかしたらモコの両親もそこから出たのかもしれない。

 ずっと閉じ込められていたら餓死してもおかしくないけど周囲には死体なんて転がってないし。


 僕はもう一度周囲を見回した。

 扉は無いけど隠された扉とか、転送陣とか有るかもしれない。

 兎に角、封印なんてのには絶対に関わりたくないよ。

 雑魚な僕には荷が重すぎる!


 『サイダンマデオススミクダサイ』


「ヒッ!」


 周りを見渡していたら、またあの声が聞こえて来た。

 僕は思わず悲鳴を上げる。

 今の感じ……、この部屋に入ってはっきり分かった。

 この声はやっぱり耳じゃなく頭に直接響いている感じだ。


「祭壇までって……。ねぇ、誰? 誰なの?」


 僕は謎の声に話しかけた。

 しかし、回答は来ない。


 『サイダンマデオススミクダサイ』


 もう一度同じ言葉が頭に響く。

 どうも、誰かが話しかけてきているんじゃないみたい。

 その後も定期的に同じ言葉が繰り返されるだけだった。

 もしかして、これは蓄音機みたいな物かもしれないな。

 蓄音機は魔石に記録した声や歌を流す魔道機で叔母さんも持ってるし、それなりにポピュラーな代物だ。

 けど、念話型ってのは聞いた事が無いや。

 そんな珍しい物がなんでここに有るんだ?


 『サイダンマデオススミクダサイ』


「あーーうるさいって! 分かったよ」


 出口らしき物は見つからない。

 もしかしたら封印を解除しないと出られないのかも。

 封印解除した途端に封印していた奴に殺されちゃうって可能性も否定出来ないけどね。

 そんな不安をよそに何度も頭の中に響く声に思わず怒鳴ってしまった。


「あーーモコ。ごめんごめん。びっくりさせたね」


 僕の声に驚いて顔を伏せたモコに僕は謝った。

 もういいや! このままここでビビっていてもしょうがない。

 封印だろうが何だろうがどんと来いだ!!

 覚悟を決めた僕はやけくそになってズカズカと祭壇に近付いた。


「しっかしこの魔道灯明るいな。魔力供給はどうなってるんだろう?」


 祭壇の上の壁に取り付けられている魔道灯を見ながらつぶやいた。

 勿論直接見るのは眩しいので薄目でだけどね。

 街でもここまで明るいのは見た事が無い。

 持って帰ったら高く売れそうだけど、取りあえず今はそれどころじゃないな。


「祭壇の上には……、なんだこれ? 左手の手形の周りに魔法陣が書かれてるな」


 今まで横から見てたから分からなかったけど、祭壇の上には言った通りの左手の手形、それにこの魔法陣は契約紋の形に似ている気がする。

 けど見た事の無い線や呪文も沢山有ってかなり複雑だ。


「なんかあからさまにアレだよね。左手を祭壇に乗せろって事かな。ははは」


「コボ~?」


 色々と繋がった状況に少し現実逃避気味にモコに話しかける。

 勿論モコは声を聴いていないので僕の言葉はちんぷんかんぷんだ。


 テイマーは左手に契約紋を刻み、その力によって魔物と契約を結ぶ。

 謎の声が『テイマー』と名指ししていた事といい、左手の手形と契約紋に似た魔法陣。


「そう言えば聞いた事が有るな。昔の従魔術は凄い術だったって。魔王を封印して平和になった時にその力を恐れた権力者が封印した。も、もしかしてこれがその封印……?」


 自分に言い聞かせるように僕は繋がった推測を口にする。

 もしそうだとすると、これは大変な事かもしれない。

 時の権力者がその力を恐れて封印した。

 それが従魔術自体なのか、それとも強力な従魔なのかは分からない。

 けど、それだけ強大な力なんだ。

 僕なんかがそんな物を解いて良いのだろうか?


「……けど、もしそんな力が手に入るのなら……ゴクリ」


 僕は封印された強大な力と言う魅力的な響きに抗えず唾を飲む。

 そんな力が手に入れば、僕をバカにした皆を見返す事が出来る筈だ。


 『ヒダリテヲサイダンニノセテクダサイ』


 また聞こえて来た謎の声。

 僕はその声に促される様に躊躇無く左手を手形に合わせた。


 この後、何が起こるかなんて考えもせず……。

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