第25話 原初の魔法

「やっぱりね……」


 ライアが放つ眩い光の中、叔母さんは静かにそう呟いた。

 僕には何が『やっぱり』なのかさっぱり分からない。

 それよりこの魔法はなんだんだ?

 ライアってば元に戻るんだろうか?


「お姉さん! これはどう言う事なの?」


「この魔法はね、禁書によると始祖が従魔術を編み出す切っ掛けとなった魔法らしいの」


「切っ掛けとなった魔法?」


「えぇ、魔力が無い私にはよく分からないんだけど、マー坊なら魔物と契約する際には魔物が持つ魔石に自分の魔力を通す事になるって言う事は分かるわよね?」


「え? う、うん……」


 そう答えちゃったけど実は僕にもよく分からないんだ。

 今まで色々な魔物にキャッチの魔法を掛けて来たけど、魔石の手応えどころかまるで煙を掴もうとするかのようにするっとすり抜けちゃう。

 あぁ、唯一手応えを感じたのがライアと契約した時だった。

 僕のキャッチがライアと繋がったって感じたんだ。

 一度感覚を掴めたら次から大丈夫だと思ったんだけどやっぱり無理だった。

 それが分かってたらスライムにさえ契約を無視される事は無いと思うし、パーティーからも追放されなかったと思う。


「キャッチは魔石の表層部の情報を呼び出して、そこに自分の情報を刻み直す呪文よね? だけど今の魔法は魔石の深層部に刻まれている情報を呼び出す為の呪文……らしいわ。まぁ要するに魔石に対して操作する魔法。言わば原初の従魔術って訳なのよ」


「魔石の情報を呼び出す……? じゃあ、真名や種族名と言う情報が魔石に封じ込められてるって事なの?」


「えぇ、不思議でしょ? 何故その様な物が魔石に封じ込められているのか不明よ。呪文の通り神が魔物を創造した時に情報を魔石に込めたって言うのかしらね? そこははっきり言って誰にも分からないけど、不思議な事に私達が古くから呼んでいる魔物の種族名と、この呪文で呼び出した魔石の情報は一致してるのよ。全部試した訳じゃないけど、少なくとも姉さんと一緒に実験した時は全て同じだったわ」


 魔物学者の面目躍如と言わんばかりに叔母さんは満面の笑みで饒舌に説明した。

 叔母さんの語るその情報は僕が知らなかった事ばかりだ。

 その中に色々と気になる事は有るんだけど、一つだけ納得いかない事が有る。

 確かに種族名が一致しているのは不思議なんだけど、今まで僕はこの魔法の事を一切知らなかったんだ。

 従魔術の英才教育だけは小さい頃から受けていた僕が知らない魔法。

 それだけじゃない、冒険者になってからも少しでも早く魔物と契約出来るように色々な入門書を買い漁って読みまくった。

 それなのに知らないっておかしいじゃないか。

 と言う事は、逆を言えば一般には広まっていない魔法って事だ。

 禁書に載っていた魔法って事だけど、なんで広まってないんだろう?

 僕でさえ使えたんだから誰でも使える筈だ。

 そこまで秘密主義にするほど僕の先祖ってケチだったんだろうか?

 

「お姉さん。なんでクロウリー家はこの魔法を秘密にしていたの? 母さんどころか僕でも使えたんだよ?」


「それは簡単よ。封印って訳じゃないけど、この魔法は暗号という形で禁書に記されていて、うちの先祖達もこの呪文の事は知らなかったみたいなの」


「暗号だって? なんでわざわざそんな事をしたんだろう?」


「そもそも先祖代々解かれなかった暗号だけど、私と姉さんで解く事に成功したのよ。けど何故そうしたかまでは書かれていなかったからね。なぜそんな形で残したのかは今となっては分からないわ」


「じゃあ、解読で来たんなら広めたらいいじゃないかな?」


 新たな魔法を開発した者には魔術師ギルドに申請するとその有用性に応じた額の褒賞が貰えるんだ。

 始祖が編み出した術だけど、その弟子の子孫なんだから権利は有るよね?

 簡単な詠唱で従魔の真名と種族名が分かるんだ。

 色々と応用が利きそうだし結構な額を期待出来ると思う。

 名案だと思って叔母さんの顔を見ると、何故か難しい顔をしていた。


「それは私も考えたんだけど、姉さんが反対したの。この魔法を姉さんと解読して色々と実験した結果ね、姉さんは『この魔法は危険だから他言無用』と言っていたのよ。使った者にしかその危険度は分からないみたいなんだけど……マー坊は分からなかったの?」


 げげっ! 逆に聞き返された!

 そ、そんな事言われても、僕はただ単に叔母さんの詠唱を復唱しただけだし……。


「い、いや全然。これっぽっちも……。本当に母さんはそんな事を言っていたの?」


「そうよ、かなり深刻な顔していたわ。何故かは私にも教えてくれなかったの。そして、そして……。あっ! サンド! お、お願い、この呪文の事は内緒にしてて! 本当は門外不出の秘伝なの。私が漏らしたってバレたら姉さんにお仕置きされちゃう! ついライアちゃんの真実を知りたくて気が逸っちゃって……」


 どうやら叔母さんはサンドさんの存在を忘れていたようだ。

 慌ててサンドさんに手を合わせて黙っているように懇願している。

 叔母さんって一旦研究に没頭すると周りの事は前後不覚になる癖が有るんだけど、直した方がいいと思うんだ。


「わーったって。誰にも言わねぇよ」


 サンドさんは頭を掻きながら仕方が無いって顔をしてそう言った。

 多分似た様な事は過去に何度も有ったんだろうな。

 なんだか慣れた感じだもん。


「本当にごめんね~。姉さんから身内以外には絶対に喋るなって言われてたのよ~。だからついあんたの前だと気が緩んじゃって~」


「ブホッ! なっ! 何言ってやがる。お前身内って……」


 叔母さんの言葉にサンドさんが顔を真っ赤にして噴き出して焦りだした。

 すると叔母さんは笑いながらサンドさんの肩を叩いて「もう照れちゃって~」とか言っている。

 え? え? 僕まだ子供だから分からないけど、二人ってそんな関係だったの?

 そりゃさっき昔二人でパーティー組んでたって聞いてたけど、一年叔母さんちで暮らしてたのに全く気付かなかったよ。


「ったく……。今回の事はマーシャルの事含めて無闇矢鱈に喋って良い問題じゃないってのは俺にも分かるしな。と言うか、正直禁書だの新たな災厄だのと話がデカ過ぎて一介の門番としては夢だと思いてぇくらいだ」


「本当よね~。私も夢だと思いたいわ~。あぁ、さっきの魔法だけど、実は誰でも使える訳じゃないの。少なくとも私が実家に居る時は義兄さんも使えなかったし。それに姉さんだって苦労したのよ? なんでもキャッチは魔石表面だけに作用する魔法だけど、この原初の従魔術は魔石自体を掌握する必要があるとかなんとかで難しいようね。だから広めるにしたって誰も使えない魔法なら価値は下がると思うわ」


「は? 僕何も苦労せず使えたよ?」


「うん、その赤い契約紋なら使えるかな? って思って試してみたのよ。始祖の遺産を継いでいたら使えるんじゃないかってね。まぁ元から使えた可能性も有ったかもしれないけど今となっては分からないわね」


 叔母さんが言っていた『やっぱり』ってそう言う事だったのか。

 母さんが苦労して父さんが使えなかったって言うくらいだから、元の僕が使える訳が無いじゃないか。

 それどころか、他のテイマー達でも無理でしょ。


「いや、確実にこの契約紋のお陰だよ。……それでライアの事なんだけど、これ元に戻るの?」


 原初の従魔術についてはこれ以上叔母さんは知らないようだから仕方が無い。

 それより、いまだ無表情のまま眼を見開いて光ってるライアを薄目で見ながら叔母さんに尋ねた。

 この不気味なライアの姿を見ると母さんが『この魔法は危険』と言った意味が分からなくもないや。


「安心してマー坊。解除方法を教えるわ。え~と、ライアちゃん場合は……どこでも良さそうね。取りあえず額に左手を当ててみて。そして真名を唱えるのよ」


 なるほど解除方法が有るのか…………って、話している間ずっとライア光ってたんだけど……。

 光らせてて大丈夫なものなの?

 体力とか魔力とか減っちゃわない?

 や、やばい! なんで叔母さん早く言ってくれないんだよ!


「え~と、ライア……ライアスフィア!」


 僕は慌ててライアの額に手を当てて真名を叫んだ。

 すると叔母さんが言った通り、放たれていた光はだんだん収まっていった。

 これで一安心かな?


「え? ラ、ライア!」


 左手をどけてライアの顔を伺うと目を瞑ったまま動かない。

 僕は焦って大声で名前を呼んだ。

 すると微かに瞼が動いた。


「む~? むにゃむにゃ。スピーー。Zzzzz」


「あっ、なんだ寝てるだけか。びっくりした~」


 目を開きかけたけど、ライアはすぐに夢の世界に旅立ってしまったようだ。

 やっぱり光らせてたままだったのが負担だったんじゃないの?

 本当に叔母さんには困ったものだ。

 僕はさっきまでの無表情じゃなく、幸せそうな顔して僕の腕の中で寝ているライアを見ながらそう心の中で呟いた。

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